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新たに始める関係

 床が固い。


 だんだんと頭が覚醒してきた星夜が抱いたのはその感想だった。

 どうやら寝てしまっていたようだが、体を横たわらせている寝床は固く、身体の節々に軽い痛みを感じていた。


 だが頭が置かれているところは柔らかさがあり、首に負担もなかった。

 さらに顔はなにやら柔らかいものに包まれているようであり、身体の痛みを忘れさせるような安心感があった。


(やわらかい……。)


 無意識に腕を回し、横向きの身体の正面にあるやわらかいものを抱きしめる。

 固い寝床にありながらも、そのままずっと寝ていたくなるような快適な気持ちになっていた。


「先輩……。」


 そんな星夜の眠りを妨げようとする声が、小さいながら聞こえてきた。

 だが星夜はまだ目を開けようとはしない。このぬくもりがただただ心地よかった。


「起きてください、先輩。」


 まだ控えめながらも、少々不愉快そうな感情が混ざった声が続く。

 それでも星夜は起きるどころか、抱きしめる腕に込めた力をやや強めた。


「不健全です!!起きてください、起きろー!!」


 ついに大声で発せられた言葉が、星夜の意識を覚ましていく。

 重い瞼をようやく開けた星夜の視界に入ってきたのは、白い肌だった。


「んー……。なに……。」


 しかし寝起きの悪い星夜はまだ寝ぼけた状態である。はっきりとしない意識で状況を理解しきれていなかった。


「先輩!とにかくこっち向いてください、そこから離れてください!」


 背後からかけられる声に反応して、重い体を少し起こしてそちらの方を振り返る。

 そこにはベッドの上からこちらを睨み付ける晴香の姿があった。


「ん……あ、晴香。おはよう。」

「おはようございます。先輩、ちょっとその状態はよくないですよ。」


 晴香の指摘を受けて、星夜は自分が抱き着いているものに目を向ける。

 そこにいたのは、少し衣服がはだけて胸元が見えている菫だった。


「……菫か。」

「反応が薄いですよ!!」

「あーうん、いや確かによくないかもしれないけど。ただ昔もべったりだったしね、妹みたいなもんで。」

「それは子供のときのことですよね?高校生になってそれは不健全です。」


 もっともな指摘に対し、星夜は答えに窮してしまう。


「そうだね……気を付けるよ。」


 そう言って菫から体を離そうとする。だが星夜の身体に回されていた菫の腕が、それを阻んだ。


「菫、朝だよ。」

「……。」


 星夜の呼びかけに菫は反応しない。まだ寝ている、ように見える。

 だが晴香は状況を正しく見抜いていた。


「起きてますよ、菫さん。」

「え?」

「寝たふりはやめてさっさと起きて離れてください、菫さん。」


 その呼びかけに、やれやれといった感じで菫がけだるそうに瞼を開ける。


「……別にもう少しいいだろうに。」

「駄目です。昨日も言いましたが、2人は近すぎます。」

「これは昔からだ。」


 晴香の指摘に、菫は一切引き下がる気が無かった。

 菫にとって、星夜とくっついているのはごく当たり前のことなのだ。


「間違いでも起こったらどうするんですか!?」

「うーむ……確かに姉さまが男だったのは想定外だったが。しかし姉さまと私の間で何が起きたとしても、それは間違いではないだろう。」

「高校生には早いんです!!ていうか早く抱き着くのやめてください。」

「はあ……しょうがない。」


 しぶしぶ、と言った感じに星夜から体を離し、身を起こす。

 それに合わせて星夜もようやく体を起こすことができた。


「あ、晴香。体は大丈夫?痛いところとかは?」

「大丈夫です。……あの、昨日はありがとうございました。」

「うん、よかった。それに礼を言うのはこっちだよ。ありがとう晴香、今までもずっと助けてもらってたね。」

「あの……。」


 自分が魔人であることを隠してきたことを、晴香は謝ろうとする。だがその言葉を星夜が遮った。


「それとこれからよろしくね。あのならず者から僕たちは身を守らないといけない。僕が戦力になるか、まあ期待はできないけど……それでも一緒に戦おうか。同じ魔法少女として、ね。」

「あ……。」


 菫と同じく、星夜もまた晴香のことを魔法少女と呼んだ。

 そのことが、とにかく晴香にとってはうれしく思えた。


(似た者同士、か。うらやましいな。)


 それと同時に、2人して同じことを言ってきた星夜と菫の関係がうらやましくもある。

 

「まあ、そうはいってもなにかこちらから行動するつもりはないけどね。3人手を組んでれば、向こうも下手に手は出せないだろうから、基本的には受け身だ。」

「その……相手は魔法使い、なんですよね?」

「そうらしいね。」

「それって魔法少女の味方なんじゃないですか?先輩や、菫さんにとっても……。」


 まだためらうような晴香の言葉に、星夜は苦笑して答える。


「あんなのを味方にしたことはないかな。それに仕掛けてきたのはあっちだ、僕としても自分の身を守らないとね。」

「でも先輩たちなら、話せばどうにかなるのかも……。」

「晴香。」

「は、はい。」


 ぴしゃりと冷たい星夜の声に、晴香は背筋を伸ばす。


「友達を見捨てて自分は助かろうとする。……僕のことをそういう人間とみてたのなら、ちょっと悲しいな。」

「いえ!そんな!」

「つまりはそういうことだよ。それに、あいつは気にいらない。出来ることなら、この手で倒していくらいにはね。」


 魔法少女に復帰、とは言えない自分の状態を嘲笑しながら星夜は言う。結局は菫と晴香頼りになってしまうのだ。


「先輩……でも、すごかったです。あの動き……一体先輩って。」


 それなり以上に戦闘経験を積んで生きてきた晴香だからこそ分かる、星夜が見せた動きの異常性。今まで見てきた魔法少女や魔法使い、あるいは魔人とも一線を画すものだった。


「大したもんじゃないよ。それに、もう昔のことだから。」


 そう言うと星夜は晴香から目をそらした。これ以上このことについては話したくなさそうであると感じた晴香は、この話についてはこれ以上聞くことをやめた。

 そんな2人の間に、菫が割って入る。


「……明日からはまた学校です。姉さまは少し離れてしまいますね、学校内という同じ場所ではありますが。」

「僕だけはクラスが違うからねえ。ああ、それにそろそろ文化祭の準備か。放課後もなかなか一緒というわけにもいかないね。」

「先輩、うちのクラスに転入しますか?」

「高校で留年は嫌だな……。」


 先ほどまでの雰囲気を取り払うように、晴香はいつも通りの調子を見せ始めた。


「まあ学校で事を起こすこともないだろうし、基本的には心配はいらないよ。」


 それは単なる楽観というわけではなく、ホワイトたちがもいる場所で星夜たちを襲うことは無いと考えてのことだ。

 それよりも心配すべきは学校以外での行動だった。とにかく基本的には一緒に、特に戦えるかわからない星夜は単独では行動しないようにとの2人からの厳しい指摘を受けたりしながら、今後の方針を3人で話し合っていった。





 1人になりたい。


 翌日、登校した星夜はただ、1人になる時間が欲しかった。

 それは戦えない自分を知り、過去の自分との決別を世界に命じられたように感じた心の整理を付けたかったからだ。


 3人一緒にがんばろう、そう言ったものの、自分の心と向き合う時間が欲しかった。


 そうして星夜は、昼休みの屋上に足を運んでいた。

 いつもの3人組はここにはいない、教室で弁当を広げているのを星夜は確認していた。


 そろそろ真夏にさしかかる日差しが、容赦なく降り注いでいる。

 腰を下ろしたコンクリートの床は熱く、やけどをしそうにも感じられた。それでも星夜は床に体を寝かせ、空を仰いだ。


(眩しい……暑い。)


 日差しに熱せられながら、思考はぼんやりとしてくる。己と向き合うことを欲してはいたが、そうしてあやふやになっていく思考もまた星夜には心地が良かった。


(何も……考えず。)


 蝉の音が遠くに聞こえている。背中から伝わる熱が、今の星夜にはむしろ心地が良かった。

 ある種の自傷的な行為であったかもしれない。


 魔法少女には戻れない、そんな星夜は自分が何であるのか、それも分からなくなっていた。

 戻れないのなら、消え去ってしまえば……。


 そんなこともぼんやりと考える。

 じりじりと顔を日に焼かれながら、次第に瞼は落ちていった。





「危なかったね。怪我はない?」


 懐かしいものを見ている気がした。


「えへへ、私ね……魔法少女なんだ。」


 目の前にいるのは幼い、しかしまっすぐで強い思いを抱いた女の子。


「あなたも魔法少女になれるんだって!……どう、かな。」


 この女の子にとって、初めて会う自分以外の魔法少女候補だった。

 自分を求めるその瞳に、つい頷いてしまった。


「やった!!じゃあこれからは友達だね!」


 それはとても綺麗で、自分がずっといたかった世界。

 だが、もう失われてしまった世界。


「私はね、ホワイトって言うんだ!」


 思い出であったとしても、すがりついていたかった。





「あの……。そこで寝てると、焼けちゃうよ?」


 暑くて不愉快な世界に、綺麗な声が響いてきた。

 まだ夢の中にいるのか、星夜にははっきりと分からなかった。


「顔も少し赤くなってるよ?日陰に入らない?」


 強く吹いた風が、校庭の木々を揺らす音がした。その音を聞いて、目を覚ました。

 視界に入ってきたのは、相変わらず眩しい青空。今の星夜には憎たらしいほど、雲一つない快晴だ。


「おはよう……かな?でも駄目だよ、こんな熱いとこで寝てたら。」


 そうして声をかけてきた人物を見たとき、星夜は胸が締め付けられるように思えた。

 息をのみながら、なんとか声を出す。


「……君は。」

「同じクラスの雪音だよ。覚えてなかったかな……転校生だからしょうがないかな。」


 少し残念そうに笑う女子生徒は、星夜にとって不意打ちのようにこの場に現れた。

 星夜がその名を知らないわけはない。ただ、ここにいて、そして自分に話しかけてきたことが予想外過ぎたのだ。


「いや……うん。覚えてるよ、もちろん。他の2人も含めて。」


 星夜がその3人を忘れたことなどないのだ。


「えへへ、よかった。影が薄かったかなって思っちゃった。」


 昔と同じように照れ笑いするその姿は、まるで過去に戻ったような錯覚すら感じさせた。

 ただかつての態度よりは、いくらかよそよそしく感じられるものでもあったが。


「あ、早く日陰に入ろう?せっかく白い肌なのに、赤くなっちゃってるよ。」

「え、ああ、うん。」


 男に対して白い肌を褒めるような口ぶりに、星夜は困惑しつつも起き上がり、日陰へと移った。

 照りつける日差しが無くなった分、だいぶ涼しく感じられた。


「うーん、焼けてないかな……。」

「いいんじゃないかな、焼けてても……。」

「駄目だよ!!そんなに綺麗なんだから!」

「あ、ありがとう……?」


 調子がくるわされるような言葉に、星夜はうまく会話を続けることができない。


「あ、ううん、ごめんね。なんか男の子に向かって変なこと言っちゃったね。嫌だった?」

「いいよ。褒められてる、ってことは分かるから。」

「へへ、ありがとう。変なこと言うけど、ちょっと友達に似てる子がいるんだよね。女の子なんだけど、なんだか星夜君に似てる感じで……おんなじように綺麗だったから、焼けたりしたらもったいないなって。」


 どきりとした。

 5年も経ち、そして性別すら異なるにもかかわらず、星夜とブラックの共通性をかぎ取っていたことに。


「綺麗って言われて、嫌な気はしないからね……。美人に言われるならなおさらね。」

「えっ、び、美人!?」


 一方的に困惑させられてしまった星夜は、つい反撃したくなったのだ。もっともそれは本心から出た言葉であったのだが。


「ふふ、おもしろいね、雪音さんって。話したことなかったからよく知らなかったけど、結構明るいんだね。」

「今もしかしてからかったの!?」

「いや、本心だよ。嘘は付けないからね、僕。」

「あやしい!あーもう、つい心配になって話しかけたけど、第一印象がこれだと微妙な感じだよ……。」


 とほほ、と言った感じで苦笑する雪音。最初こそ星夜は驚いたものの、次第に普通に会話することができるようになっていた。

 それどころか雪音との会話は心地が良かった。


 雪音の一挙一動、口から出る言葉、それらが皆楽しく思えた。


「ところで、雪音さん1人なんだね。いつも3人でいるのに。」

「あー、ちょっと1人で散歩したい気分になったんだよね。昔の夢見たからかな。」


 奇遇だな、と星夜は思う。自分と同じように、雪音も1人になりたかったのだと。

 もちろんそこに至る事情は相当に異なるはずであったが。

 

「悲しい夢?」

「ううん、楽しい夢、だと思う。むしろ楽しい昔の夢だったから、つい恋しくなっちゃって。」

「あー、分かるよ。僕にもそういう思い出はあるから。」


 その思い出が、同じものであったなら、と星夜は思う。


「今も楽しいけど……ちょっと寂しくなっちゃうからね。そういえば星夜君も今日は1人なんだね?」

「僕もまあ、1人で寝たくてさ。」

「駄目だよ。あの後輩の子、今日も教室に来てたんだからね。」


 そういえば晴香には何も言ってなかった、と星夜は思い出した。

 悪いことをしてしまったと思った。


「あー、後で謝っとかないとね。」

「すごい困った顔してたから、ほんとに謝ってあげてね?」

「うん、そうする。」

「ちなみにその……付き合ってるの?」

「えっ!?」


 意外な質問に星夜は驚く。普段の2人の様子を見ていれば自然な疑問であるはずだが、星夜にはその自覚が無かった。


「いやいや、そういうわけじゃないよ。いい子だけど、うん。」

「あ、そうなんだ。私てっきり……。」

「ただの友達関係だよ。」

「そっかー。でもあの子見てると…………うん、いいや。そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻ろっか?」

「あれ、そんなに時間たってた?」


 意外に長く星夜は寝てしまっていたらしい。


「そんなに寝てたの!?……焼けちゃってるかなあ。」


 そう言って雪音は星夜に顔を近づけて観察する。

 思いのほか近づいてきたことに、星夜の心臓が高鳴る。


「ま、まあ焼けない体質だから……問題ないよ。」

「そっかー。でも肌には良くないから気を付けてね?」

「そうするよ、あ。」


 そう言った時、チャイムが鳴った。予鈴だ。

 そこで会話は切り上げられ、時間だね、などと言いながら2人して屋上を後にし、教室に向かっていった。


 教室に戻りながら、星夜は心が軽くなっていることに気付いた。

 雪音と5年ぶりに交わした言葉、なんのことはない会話が星夜には嬉しかった。

 過去の思い出ではない、新しい2人の関係が、始まったように思えた。


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