道の行く先は分からない、ならば好きな道を選べばいい
晴香はとりあえずは星夜の部屋まで運んでいくこととなった。
まだ目を覚ましていない晴香を、そっと星夜はベッドに寝かせる。
「その子は魔人だったんですね。」
「ん……まあ、そう呼ばれてるね。言ってみればホワイト達にとっては敵、だったのかもしれない。」
眠っている晴香の顔を見ながら、星夜が答える。
「いたって普通の子に思えました。」
「普通の子なんだよ。僕にとっても数少ない友人だ。晴香も、ヨゾラもどちらもね。」
結果的にその2人は同一人物であった。
そのため星夜の数少ない友人の数は、1人減ってしまうことなった。
「あの女に見つかった時……晴香は逃げることだってできた。それなのに晴香は敢えて僕やあの女に秘密を明かして戦ってくれた。感謝してるよ。」
そう言って眠る晴香の髪をなでる。
眠りながらも時々反応しているのが星夜にはかわいく思えた。
その様子を見て菫は、星夜がいかに晴香を大事に思っているかを理解した。そして同時に、今後の方針についてもおおかた察することができた。
つまり星夜は、晴香と自分たちの身を守るために、あの魔法使いと敵対することになるだろう。
魔人である晴香を差し出す、などという選択肢は存在しない。
「あの女は、ホワイトたちと協力するかもしれません。」
「……その可能性も無くはないよね。そうなると面倒だけど……。」
とは言いつつも、それについては星夜はそれほど心配していなかった。
第一にあの女が本性を見せたままではホワイト達は協力などしないであろうし、もしくは本性を隠して協力させた場合でも、そうなれば表立って星夜たちを襲うわけにもいかないだろうからだ。
晴香はともかく、星夜は魔人ではない。それを攻撃することにはホワイト達は協力しないだろう。
「菫も疲れたでしょ?ベッド……は埋まってるか。」
「いえ、私はそれほどでも。もう回復しましたし……それより姉さまこそお疲れのようです。」
体力を回復させたように見える菫とは対照的に、星夜はどうにも眠そうな様子である。
頼りなさげな歩きで、星夜は薫の隣に腰を下ろした。
「魔法を使って、こんなに疲れたのは初めてだ。」
「久しぶりですし、そういうものでしょう。」
「いや……それが理由じゃないと思う。結局僕は……。」
魔法の力が衰えてしまったのだと、星夜は考える。
「そう気を落とさないでください。魔力も戻っていくかもしれないですし、それに……。」
魔法が使えなかったとしても、菫が星夜の傍を離れることは無い、と。
そう言いかけた菫だが、口にすることはやめた。戦えないことを何よりもつらく思う星夜の心境が、菫には分かっていたからだ。
「……ほんとは、すごくつらいんだ。」
そう言いながら、星夜は隣に座る菫にもたれかかる。
不意に触れてきた星夜の身体に、菫は内心ドキリとするが、冷静さを保ったまま受け答える。
「……はい。」
「僕は、勝ちたいと思っていた。負けたくないと思っていた、その思いから戦うことも怖くなって、結局逃げ出した……。でも今になってようやくわかったんだ、負けることより、戦えないことの方がつらいんだって。」
うとうととしながら、星夜は語る。
「そうだ……今になって……。」
それ以上星夜が言葉を発することは無かった。完全に眠ってしまったのである。
ベッドが空いていない以上は床で寝るしかないのだが、少しでも星夜の負担を減らすために、菫は星夜の身体を寝かせるとその頭を自らの膝の上に置いた。
その髪を優しく梳きながら、菫はその場にいる別の存在に小声で話しかけた。
「なぜ姉さまをこの世界に呼び戻した?」
「星夜自身が身を守るためだ。」
存在を消していた黒い妖精が答えた。
「それは私が果たすことだ。姉さまが戦う必要はない。」
「あの戦いの後でよくそんなことが言えたものだ。星夜が戦えなければ、お前たちは揃って奴に倒されていたではないか。」
その言葉に、菫は反論できない。
「……だが、姉さまが戦わなくても、あのホワイト達もいる。」
「奴らに魔法使いと敵対しろ、と言うつもりか?まあ、奴らなら星夜を助けるのだろうが、そんなことは星夜も望んでいない。」
「それでも、姉さまが傷つくことになる。肉体的にも、いやそれ以上に精神的にも。……姉さまは男だ、魔法少女の力を再び持つことは……無理だ。」
自身も認めたくないことを、菫は口にする。
再びともに戦うことができないことは、菫にとってもつらいことだ。
「そう決めつけるものでもないだろう。現に星夜はかつてのように戦えていたではないか。」
「それは一瞬のことだ。変身もできていない、あれではおそらく魔法に対する防御力もなく、生身のままだ。危険すぎる。」
魔法少女の衣装は、ただの装飾ではない。魔法の攻撃に対してある程度の防御力を持ったものだ。
それが無い星夜は、生身の身体で戦っていたことになる。
「だが戦うことは、星夜自身が望んだことだ。星夜は戦いたがっている、そして戦えないことに絶望している。」
「姉さまが望んだとしても、それが姉さまを傷つけることになるのなら……私は認められない。」
「お前は星夜の思いを優先する人間だと思っていたがな……。だが人は望んだ道を選ぶべきだ。そもそも結果など制御できるものではない。人が選べるのは、自分がどう選択し行動するか……それのみだ。報われるか報われないか、そんなことを考えたところで本人にはどうしようもない部分が大きい。」
「だがそれで不幸になったら……。」
「好きに生きられないとしたら、そこにどれだけの幸福がある。たしかに安定や肉体的満足は得られるかもしれない。だが星夜にとって、そんなものは心を満たすものにならない。」
たとえ破滅に至るような道であったとしても、星夜が望むならその道を歩むべきなのだと、妖精は言う。
だが菫は、星夜の思いは尊重しながらも、星夜が結果として傷つくようなことにはなって欲しくないと思っている。
菫と妖精の間には、そうした考えの違いがあった。
「すべては星夜の思い次第だ。かつてのような強い思いを取り戻せば、力は戻るだろう。」
「姉さまは心の底から勝ちたいと思っている。その思いの強さは、かつてと変わらない。」
星夜自身も、その思いの強さは確信していた。だからこそ魔法が使えないことに絶望したのだ。
「……それが本当に、幼心から抱いた思いであればな。」
「なんだと?」
「これ以上は俺から言えることではない。妖精にもルールがあるんでな。……ただ、本当の思いに星夜が気付けたのなら……。」
勝ちたいという思い。星夜が本来抱いてきたものはそれではないと、妖精は言う。
その言葉に対して、実のところ菫には心当たりはあった。
星夜自身は気付かなくとも、傍で見てきた菫には垣間見えていた、星夜の本質のところ。
「それは……違う。」
だが菫は否定する。星夜の思いは、そんなものではないのだと。
「お前は気付いているはずだ。……まあ、星夜自身が気付かぬのなら詮無きことだが。」
そういうと妖精は姿を消してしまった。これ以上教える気はないのだろう。
残された菫は考え込む。星夜の本当の思いについて。
(姉さまは……違う。もしそうであったなら……そんなものは。)
救いが無いのではないか、と考えてしまう。だからこそその推測を菫は必死に否定した。
もっと別の、きれいな思いを星夜は持っているのだと。自分には気づけていないものを持っているはずなのだと、菫は必死に思い込むことにした。
「……独り言ですか?ぶつぶつ聞こえるから起きてしまいましたが。」
寝ていた晴香が目を覚まし、体をゆっくりと起こす。その様子を見るに、少し体に痛みを覚えているようだった。
「目が覚めたのか。」
「助けてもらったようですね……礼は言います。」
「お前を助けたのは……いや。」
星夜が助けた、と言ってしまうところだったが、それでは星夜の秘密がばれてしまうことになる。
しかし晴香はすべて分かっていた。
「先輩が助けてくれたんですよね。ちゃんと見てたんですよ、先輩が戦うところも。まあ、最後は安心して寝ちゃいましたけどね。」
晴香は最終的には気を失っていたが、星夜が戦っているところはちゃんと見ていたのだ。そして晴香は、星夜の秘密も知ってしまった。
「先輩はえっと……魔法少女だったんですか。」
「……見ていたなら仕方がないが。まあそういうことだ、かつてはな。」
「そうですか。女の子みたいだと思ってましたが、魔法少女なんて。」
魔法少女であったと聞いて、晴香はふと疑問を覚えた。
「あれ、じゃあ先輩は女の子なんですか?」
当然の疑問であるかもしれないが、菫はすぐに否定する。
「いや、男だ。それは確かだ。」
「でも確認してみないと分からないですよ。」
「私は最近確かめたからな。……これは失言か。」
以前そんなことをつい口にしてしまって晴香に変な疑念を抱かせてしまったことを思い出す。その時は菫は逃げ出してしまったが。
「……そんなこと言ってましたね。でもそれで確証になるんですか?決定的なモノを見たわけでもないなら、もしかしたら。」
「いや、それはちゃんと見た。」
「…………それとんでもない失言ですよ。」
菫は今度こそ重大な失言をしてしまった。
訝しげな眼で見つめる晴香に対して、菫は背中に冷や汗をかいてしまった。
「まあ、いいです。付き合いもずっと長いでしょうし……。とにかくありがとうございます、あとごめんなさい。私のせいで巻き込んでしまった。」
魔人である自分のせいで星夜たちを巻き込んでしまった。そのことが晴香にはつらかった。
「気にするな。姉さまが望んだことだ。」
「姉さま……?まさか先輩をそんな呼びかたで……あれ。」
そこでようやく晴香は星夜の場所に気付く。
暗くてあまり見えなかったが、菫に膝枕されて眠っている星夜の姿を捉えた。
「なんていう羨ましいことしてるんですか。」
「合理的な判断からだ。ベッドは使えないからな。」
「今すぐ譲ります。」
「いや、そうはいかない。3人の中で一番重症なのはお前だ。姉さまも、お前が起きたとしてもベッドで寝かせておくように言われている。」
「先輩がですか……そう言われると逆らえないですが。」
苦渋の決断ながら、晴香は提案を引っ込める。
「お前が魔人であることなど、気にするな。姉さまはお前のことは本当に、大事な友人だと思っているんだからな。その思いを無下にすることは私が許さない。」
「……先輩が、私を?」
「ああ。だからこそ私もお前に味方する。お前の身は、お前を含めた3人で守ることになる。なかなか安泰だとは思わないか?」
自分のせいで星夜に危険が及ぶならば、星夜のもとを離れてしまおう。そんなことを考えていた晴香に対して、菫は先手を打つ。
星夜の思い、晴香を友人として守りたいという思いを踏みにじるようなことはするなと。
その言い方は、晴香にとっては極めて効果的だった。
「で、でも。相手はあんな強い魔法使いですよ。それに他の奴らだって来るかもしれない……魔人の私のために先輩が危険にさらされるなんて……。」
「姉さまがそうしたいと望んでいるんだ。その思いはお前も叶えてあげるべきだ。」
ふと、先ほどと自身の立場が逆転していることに菫は気付く。妖精が自分に言ったことを、今度は晴香に対して言っていた。
結局菫にも、本当は星夜のしたいようにさせてあげたいという思いはあったのだ。
星夜を危険にさらしたくない、という思いももちろん抱いてはいるのだが。
「それに、そもそも既に姉さまも私も奴のターゲットだ。いまさらお前が離れたところでそれは変わらない。それなら、一緒に同盟を組んでおいた方がいいだろう。」
「同盟……。でもまた襲われたら。」
「戦えばいい、我々で。それに向こうも下手に手は出せないだろう。こちらの戦力を考えるとな。」
星夜が戦えるとは限らない、だが敵にしてみれば星夜も戦力として見積もっているだろう。それもかなり強力な。
「ホワイトと並び伝説と呼ばれた魔法少女……それを含めて、3人だ。3人の魔法少女がいるんだ。下手に手を出すには大きすぎる戦力だとは思わないか?」
「魔法少女……?」
3人、菫はそう言った。それはつまり、晴香のことも魔法少女として数えていることになる。
「そうだ。魔法を使う少女、そのまま魔法少女じゃないか。お前もな。」
「でも……私は魔人って呼ばれて。」
「魔法の世界の連中がそう呼んでいるだけだろう。そもそもここは我々の世界だ、こちらでどうお前を呼ぶかはこっちで勝手に決めることだ。お前は間違いなく魔法少女だ。」
「私も……?でも全然違う……私はそんな綺麗なものじゃない。そんな呼び名なんて……。」
「はあ……。だいたい魔法少女の文字からすれば、姉さまの方が外れているんだ。それでも姉さまは魔法少女だ。ならお前は完全に魔法少女だ。」
自分を魔法少女として、仲間と呼んでくれたことに晴香は心が温かくなる。本来であれば敵であったかもしれない相手にそう認められたことが、何よりうれしかった。
「私は……うん。ありがとう。」
「人の好意は素直に受け取っておけ……特に姉さまのものはな。」
なんだかんだと口調には棘があるが、それでも菫の言うことは晴香に優しい内容だった。
それは星夜の思いを受けてのものでもあったが、菫自身、晴香のことを悪くは思っていなかったのだ。星夜を守ろうとした晴香のことを、認めてすらいた。
「とにかく寝ておけ。まだ癒えてはいないだろうから。」
「うん……じゃあ悪いですが、ベッドは使わせてもらいますね。」
「それとその口調……姉さまはともかく私は同級生だ。くだけてくれないと、やりづらい。」
「はは、ちょっと慣れてないんですよね。人と親しく話すことに。」
自分には本当の友人などいなかったから。
「……すぐに慣れる。」
そういうと菫も体を横にする。
星夜を起こさないようにゆっくりと姿勢を変え、固い床でせめて頭は安らぐようにと腕を星夜の頭の下に回しながら。
「……ちょっといちゃつきすぎてないですか?」
「私と姉さまはこんなものだ。」
「高校生はもっと健全であるべきです。」
「これが不健全に見えるのは、お前が変な考えを抱いているからだ。」
「むう……。」
その後少し言い合いはしたが、両者とも疲れもあり眠りについていった。
魔法使い、あるいは魔法の世界にとって無視できない同盟関係が生まれた夜だった。




