汚れた思い
グレーにはこれ以上教えられることはないと判断した星夜は、ブルーに頼んでグレーを彼女たちの戦いに参加させることとしていた。
そして今、グレーはホワイト達の戦いを見つめていた。
「……すごい。」
またたくまに無力化された魔獣を見つめる。
そこに至るまでのホワイト達の魔法は、星夜が感じたように、あるいはそれ以上にグレーにとって見事で美しいものだった。
自分よりはるかに実力のある人間を見たとき、自分が惨めになる人間も多い。そして星夜もその1人だった。
だが星夜の心配とは逆に、グレーはホワイト達の実力を見て、むしろ強いあこがれを抱いていた。
「これが、本当の魔法少女……。私とは全然違う。」
グレーの思いは、魔法少女に対する憧れだった。その思いは、自らが魔法少女になった瞬間に達せられてしまった、と考えていた。
だが、そうではなかったことにグレーは気付いた。
自身が憧れた魔法少女とは、今目にしているホワイト達のような、強く美しい魔法少女ではなかったか。
「私のなりたかったもの……これだ。」
星夜は、グレーは新しい思いを見つける必要があると考えていた。その思いは、ホワイト達を見たことで見つけられつつあった。
「どうです、あの子?」
戦闘を終えたホワイトに、ブルーが話しかける。
「動きはちゃんとしてるね。素質はあると思う。」
「そうですね。あとは魔法を強化していけば、もっと強くなれそうですね。」
少しだけではあるが戦闘に参加したグレーの動きについて、各々感想を述べる。
「結構いい腕だよね、今まで全然目立ってなかったけど。」
レッドもグレーについて、肯定的な評価を述べる。星夜による指導はある程度実を結んでいた。
「でも、ちょっと不思議なんだよね。」
そう言うのはホワイト。
その意味をはかりかねたブルーが首をかしげると、ホワイトが言葉をつづける。
「なんでだろう、あの子の動きを見てると、思い出すんだ。ブラックのこと。」
「ブラック、ですか……。」
その言葉にブルーは少しヒヤリとする。グレーにブラック……星夜が絡んでいることを察されているのではないかと。
それと同時に、少し怖くも感じていた。教え子のグレーの動きを見ただけで、ブラックの存在を感じ取るホワイトのことが。
「ブラックはもっともっと綺麗な動きだったけど、でもあの子もなんだか似てる気がするんだ。」
「不健全な視線はやめなよ、ホワイト。」
「ち、違うって!なんでそうやって茶化すかなあレッドは……。」
グレーにブラックを投影しているのではないかと邪推したレッドがからかう。その指摘は、実際のところそこまで的外れたものではなかった。
事実、ホワイトはブラックのことを連想して、グレーのことが放っておけなく感じていたわけである。
「とにかく!私たちで教えられることは教えよう、私たちの仲間なんだから。」
「そうですね、そうしましょう。」
星夜に頼まれた通りの展開になり、ブルーはとにかくもほっとする。これでグレーを成長させることができるだろう。
そしてそれは同時に、グレーが星夜のもとを離れていったことを意味していた。
「グレーのことは、面倒を見てくれるみたいですよ。」
学校にて、美空が星夜に状況を説明する。
「そうか、ありがとう。彼女は折れなかったんだね……、やっぱり違うな。」
グレーが新たな出発を遂げたことに、寂しさを覚えている。
翻って自分はどうなのか。新たな一歩を踏み出せるのだろうか。
「いい子です。さすが星夜さんが教えただけのことはあります。他の2人も褒めていました。」
「彼女には素質があったからね。そして何より、憧れる強い心がある。それが彼女の一番の武器だ。今回はっきりわかった、彼女は折れない。」
自分とは違う。
「星夜さんは……。」
折れてしまっているのか、と美空は問いかけそうになる。だが、星夜の心情をくみ取るとその続きを口にすることはできなかった。
しかし星夜はその言葉を読み取って答える。
「駄目だね、僕は。やっぱり惨めだ。だから……。」
変わろうと思っていた。
妖精からの問いかけに対して、本当は星夜は心を決めていた。
後は実行に移すきっかけを求めていた。
「ところで星夜さん。」
暗そうな表情になった星夜を見てか、美空が話題を変える。
「雪音とは話しましたか?」
「いや、なにも。」
彼女たちが転校してきて以来、美空とはこうして話しているが、他の2人とは一切会話はしていない。当然、星夜の正体を明かしているはずもない。
「そうですよね。まあ、雪音については難しいところです。菫さんとも違いますから……。」
イージスこと菫は、星夜のことをある種絶対視しているようでもある。だが雪音は異なる。
また星夜をすんなり受け入れた美空とも異なっていた。
「雪音はブラックに入れ込んでますからね。自覚が薄いですけど、あの子かなり気に入ってたんですよ、あなたを。」
「……どうかなあ。僕にはなかなかわからないけど。」
そうは言いつつ、星夜がホワイトからある程度の好意を感じていたのは確かだ。それは星夜としてもまんざらではなかったし、事実2人はかなり仲良く戦いに身を投じていた。
「君はどう思う?僕が彼女にすべてを明かしたらどうなるか。」
また仲良く話したい、という気持ちが星夜にもある。だから美空にそんな問いを投げかけていた。
「……そこが難しいところです。」
美空は言わないが、雪音はブラックに思い入れを持ちすぎている。しかし一方で、菫のように星夜を信奉しているわけでもない。普通に友人として(あるいはそれ以上であるのだが)好んでいるという関係だ。
雪音が星夜のことを知ったらどうなるのか。
「まあ、そう分かるわけでもないよね。というよりも良くない方に行く可能性の方が高い。」
「本当は、雪音にも教えてあげてほしいんです。でも彼女の反応は分かりませんから……。」
今度こそ拒絶されるかもしれない。そう思うのは星夜だけでなく美空も同じだった。
「近くにいるのに話せもしない。なかなか寂しいね。」
以前はホワイトに会えなくなったことを寂しく思っていた。だが再会した今でも、結局何も話せないのでは、むしろその寂しさは増すばかりだった。
週末、特に用もなく星夜は町を歩いていた。
今日は女装するでもなく、ただぼんやりと行くあてもない散歩であった。
ただ、何かに引き寄せられていたのかもしれない。あるいはあちら側から寄ってきたのであろうか。
路地裏にそれはいた。
「……何度目だろうね、どうにも。やっぱり引き寄せられるのかどうなのか。」
溜息をつくようにつぶやいた星夜は、それに近づく。
「やあ、久しいね。今日は随分と、調子が悪そうじゃないか。」
そこには、傷を負い力なく座る魔人の男がいた。
「お前は……。」
力なく顔を上げた男は、星夜の顔を見て相手が誰であるかを察する。
敵と言って問題が無いその男に対して、しかし星夜はそれほど敵対的な言葉遣いはしなかった。
「その傷は……手ひどくやられたようだね。なんとか逃げてきたという感じか……。」
「ふ、笑うがいい……。お前の敵は手負いの状態、惨めに身動きも取れん状態だ。私も運が尽きたと見える……こうして見つかるとはな。」
自嘲するように、男が言う。手負いの状態で、敵と考えている星夜が現れてしまった時点で、もはや詰みであると認識していた。
だが星夜は、止めを刺すなどと言う意思はないし、あるいは誰かを呼ぶ気もなかった。
「誰にやられた?」
「いつもの魔法少女連中ではない、まあ向こうも本気と言うわけか。」
例の魔法使いか、と星夜は確信する。ホワイト達が手こずっていた相手をこうまで追いつめていることを考えると、やはり腕は一流なのだろう。
「よく逃げてこれたな……まだそいつはこの辺にいるのかい?」
「……お前は知らない、ということか。」
「そもそも僕は魔法少女じゃないからね、魔法の世界の事情はろくに知らない。」
「よく言う……。そいつなら、まだその辺にいるだろうよ。……私を突き出して手柄とするか?」
あきらめたように男は言う。だがその提案を、星夜が受けることは無かった。
「万全のあんたと戦って打ち倒す、というのなら手柄と呼ぶんだろうけどね。どうにも僕の趣味じゃない。」
「私はお前の教え子の、グレーを殺そうとした人間だぞ。」
「そうだね、じゃあまずはそこを問うてみようか。あんたはどうして戦っている?いや、この問い方は違うな。あんたはなぜ魔法の世界から追われているんだい?」
「……珍しいことを聞くものだ。」
身柄を突き出すどころか、質問を始めた星夜に男は拍子抜けしたようになる。だが星夜が本気らしいことを察すると、質問に答えだした。
「向こうの世界で、ある魔法使いの女を殺した。理由としては十分だろう。」
さらりと殺人の過去を述べる。だが星夜はそこでまだ納得しない。
「どうして殺した?理由なく人を殺すほどの狂人でもあるまいに。」
「理由か……。ふ、もはやどうでもよいことだ。他人に理解されるものでもないし、理解されようとするものでもない。私はその女を殺したかった、その果てに魔法の力を手にし、実行した。事実としてはそれだけのことだ。」
「殺したい、か。」
「それこそ私の魔法の力の源泉だ。分かるだろう、私は根からの殺人嗜好者だ。」
魔法少女にも共通する、力の源としての思い。男のそれは、人を殺したいという極めて物騒なものだった。
「そう自分を貶めるものでもないだろうに。」
「そういう生き方しかできん人間だ。まあ、それも過去形になろうとしているがな。」
星夜がふと付近に嫌な気配を感じる。不愉快な、魔法の雰囲気だ。おそらくは男を襲った魔法使いの者だろう。やはり近くにいるようだ。
「このままいると見つかるな。いいのかい?」
「それほど理不尽な最期でもないだろう。ここまで来れば、甘んじて受け入れるつもりだ。」
「あんたがいなくなったら、ヨゾラはどうなる?」
ヨゾラのことを口にすると、男の表情が少しだけ変わる。
心残りがある、といったような顔だ。
「あいつは……。あいつは、哀れな娘だ。」
「どういうことだ?」
「あいつは魔人とはいえ、別に魔法の世界を追われたわけでもない。もともとお前たちの世界の人間だ。それが何の因果か、魔法とあまりに親和性が高かったものでな……。妖精を介さずとも魔法を使えるようになってしまったわけだ。」
「ヨゾラは……そうか。」
ヨゾラが別に罪を犯して追われているわけではないことに、星夜はほっと安心する。
「だがそれは魔法の世界の連中にとっては厄介な存在だ。」
「なぜだい?」
「妖精を介してもいない、魔法の世界の統率下にもない。まったくもって制御しえない力だ、だから排除しておくというわけだ。……そう不思議な話でもあるまい、権力者と言うのはどこの世界も変わらん。」
「それは、あまりに理不尽で、勝手すぎる。」
怒りを覚えた星夜の語気は荒くなる。そんな理由でヨゾラは狙われてしまっているのか。
「それが世の常だ。だからこそ、私は……。」
そこで男は口を閉ざす。
だがどうやら、男が人を殺めたことには、やはり何かしらの理由があるようであった。
「やはりあんたにだって事情があるんだろうに。」
「そうかもしれん、が。私の命ももう長くはない。私の過去などを話すには惜しすぎる。それより価値のある事に時間を使いたいものだな。」
「……あんたは。」
男の事情について問おうとした星夜であったが、その言葉は遮られた。
「お前は魔法少女の関係者なのは間違いないことだ。だが、やはり敵とは限らぬようだな。ヨゾラにしつこくそう言われていたが、今になってようやく理解ができてきた。」
「ヨゾラが?」
「あいつはお前のことを気に入っているからな……。あいつにとって、本当の自分を知りながら友人となったのはお前だけだ。あいつにとっての本当の友人は、お前だけでな。つくづく哀れだが。」
「……僕は彼女を裏切っていたのかもしれない。」
自分がグレーに指導をしていたことを持ち出す。だが男はその言葉を鼻で笑い否定した。
「あいつも言っていた、お前はお人よしなのだと。頼まれればNOと言えない、そんな性格なのだと。……だからこそあいつはお前を好いているのかもしれんな。その性格はお前の欠点であるかもしれんが、お前自身を形作るものだ、そう否定するものでもない。」
「あんただって自分のことは否定しているだろうに。」
「……なるほど、そうか。そうかもしれん、が。今は彼女のことだ。頼める筋でもないがな、ヨゾラのことを頼む。」
「僕にできることなんて何もない。」
「別に何かする必要はない、ただ彼女の傍にいてやってくれ。あいつには、そういう友人が1人くらいは必要なのだ。」
今までの言動とは打って変わって、男は素直にヨゾラのことを星夜に頼みだした。星夜はやはりこの男の本性がつかみきれないでいる。
「あんたにとってヨゾラはなんなんだ?なぜそうまで面倒を見る?」
「……さあな。別に娘と思っているというわけでもない。ただ……。」
「ただ?」
「子供を助けてやりたいと思うのは、そうおかしな考えでもないだろう。たとえ人殺しの男であってもな。」
そういうと、壁によりかかりながら男がなんとか立ち上がる。そして星夜の肩を強くつかむ。
「奴が言うには、ヨゾラはむろんのこと、それに親しい人間にも制裁を加えるようだ。……お前もその対象だろう。」
「どうも、そうらしいね。」
「となればお前も危ない。お前が我らの敵でないことが、今回は裏目に出ている。」
「となるとこの場をいかに離れるか、ということか。」
この辺りに魔法使いは確実にいる。となればターゲットの1人である星夜がこの場から脱出するのも難しい。
「ヨゾラにはお前が必要だ、だからお前を逃がさせてやる。」
「足止めをすると?」
「そうだ。」
「……見捨てるわけにもいかない。」
たとえグレーや星夜を攻撃した相手であっても、どうにも星夜にとって見捨てるという判断はし辛いものだった。
「もとより私の問題だ。1人の大人として、最後に責任は取らせてもらう。お前の意見は聞かない。」
そういうと男は駆け出して広めの道路に飛び出した。さらには魔力を見せつけるかのように漏れ出させている。
魔法使いを、呼び寄せるためだろう。星夜を逃がすおとりとして。
「おい!」
思わず星夜が止めようとするが、もう遅い。ここまで露骨なにおいを出しては、魔法使いはすでに感知していることだろう。
「行け!!!時間を無駄にするな、その時間は私の命を削って作る時間だ!」
「……っ!ありがとう!!」
もはやどうしようもない。
星夜はしばし男をみつめると、踵を返し自宅方面へと走り始めた。
その星夜の背中を満足げに見送ると、男は上空を見つめる。
そこには冷たい目をした女が、男を見下ろしていた。
「……そっちから出てくるとはね。あの少年を逃がすためか、殊勝だな。」
「奴は一般人だ、あれを狙うのは度が過ぎる。」
「あんたに言えたことかねえ。まあいい、もう戦う力も残っていないだろう、さっさと倒れてもらう。」
魔法使いの女の言う通り、男は満身創痍で立っているのがやっとの状態だ。
普通に考えれば、戦えるはずがない。
だが、男は笑みを浮かべる。
「魔法の強さは、思いの強さによるものだ。肉体的損耗など、より強い思いによって補える。」
「……なに?」
男は星夜に言った言葉を思い返す。欠点であっても、自身を形作る要素なのだと。
「汚い思いだと、忌み嫌いながら抱いてきた。初めに抱いた時ですら、そんな自分に嫌気がさした。だが……。」
本当は、人を助ける人間になりたかった。
「私が持てる本当に強い思いはこれしかないということが嫌だった。だが今は感謝すらしている。」
「……魔力が回復している?」
「お前を通せば、彼女も、あの少年も危険にさらされる。そんなことを見過ごすわけにはいかん、だから私はお前を殺す。」
男は殺意を自分の中で高めていく。
「汚い思いだ、だがそれゆえに人間の本質だ。こんな状況であっても、強く抱くことができる。それで人が助けられるのなら、いくらでも願おう。お前を殺したいと。」
男は今までで最も強い魔法の力を実感していた。こんなに強い殺意を抱いたことは今までになかった。
だがそれでも、両者の戦力差は明確だ。
勝つ見込みはない、それでも挑む。
(良いものだな……この感じは。)
無謀な挑戦こそが、男に最大の充足感を与えるものだった。




