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盾は居場所を取り戻す

 グレーとイージスとの戦闘は、言うまでもなくイージスの勝利に終わった。

 完敗と評するのが適切であった戦いであったが、しかしグレーも一方的にやられっぱなしというわけではなく、今までの練習で身に着けた機動によっていくらかやりあうことはできていた。


(やっぱり、随分と成長したな……。嬉しい半面、寂しくもある。僕が教えられるのはせいぜいここまでだ。)


 成長した弟子が、そろそろ自分の手から離れることを星夜は寂しく思う。

 ここから先の成長は、戦いの中で自ずと育つか、あるいは他の魔法少女たち……つまりはホワイトたちに教えられながらのものになるだろう。


 そこに、もはや星夜の役目はない。



「さて、グレーには帰ってもらったからここには私と君だけだ。少し、話をしようか、イージス。」


 その場に残っているのは2人だけだった。グレーは戦いの後、すぐに帰らせておいた。ここから先は2人での話し合いの時間である。


「あの……。」


 一方のイージスは、最初の堂々とした風格は消え去り、困惑した様子で星夜のことを直視できていなかった。

 震えながらも、どうにか言葉を絞り出した。


「申し訳ありませんでした。私は、あなたに気付けなかった。それどころかあなたを……。」

「そのことならいいんだ。5年も経てば分からなくなるのも当然だ。それに、戦いに乗ったのは私だ。」

「いえ、ダメなんです。私はあなたの……。」


 星夜の言葉を聞きながらも、イージスはどうしようもなく落ち込んでしまっているようだった。

 彼女にとって、自身のアイデンティティはブラックの盾であることだった。共に戦うことは無くなっても、ブラックに代わって自分が戦うことが、ブラックの盾になることなのだと信じてきた。


 そんな自分が、いかに5年を挟んでいたとはいえブラックに戦いを挑んでしまった。


 イージスは自分を見失ってしまったような気持ちになり、また盾になると誓ったブラックに対する申し訳なさから彼の方を見れなかった。


 そんな彼女を見かねた星夜は、少し迷ったあと心を決めて声をかける。


「……おいで。」


 そう言って両手を広げる。イージスを迎え入れるような格好だ。

 昔よくやっていたことをやってあげれば、落ち着いてくれると考えたのだ。


「あ。」


 そんな星夜を見て、イージスは身を乗り出しそうになった。

 この5年、ずっと望んでいたものが目の前にあった。


「いいよ、おいで。」


 まだ迷いつつあったイージスに、とどめの一声をかけた。


 その声に反応したイージスは、涙目になりながら星夜の胸に飛び込んだ。

 その体を星夜は抱きしめ、右手でその頭を撫でてやる。


「ブラック……申し訳ありません。」

「いいさ。楽しかったよ。」

「……はい。」


 星夜に抱きしめられ、頭を撫でられて気分も落ち着いてきたのか、やや涙は残りながらも星夜の言うことを聞くようになった。

 その様子を見て星夜は安心するとともに、男子高校生らしいやや邪な感想が頭に浮かんでしまっていた。


(やわらかい……。いや、こういう考えはやめたいな。)


 5年ぶりのイージスは、だいぶ成長して体つきも変わっていた。

 身長も星夜よりやはり少し高い。いつの間にか逆転していた身長関係も、年月を感じて少し寂しくなる。



 ただ、邪な思考を抱いていたのは片方だけではなかった。


「スー……ハァ……。変わってない、この匂い。」


 その呟きは本当に小さな独り言であったため、邪念を振り払おうとしている星夜の耳に届くことは無かった。


 しばらく抱き合ったのち、星夜は軽くイージスの身体を押し離す。


「落ち着いた?」

「っあ……はい。」


 まだ名残惜しい、といった感じの表情でイージスが答える。


「よかった。それにしても、相変わらず綺麗な動きだったね。ただどうも君らしくないところが見れた。単調気味であるのと動作の繋ぎがやや遅いのと。そうだな……少し、ぬるま湯につかっていたような感じだ。」

「面目有りません。」

「君が、魔法少女たちに模擬戦を仕掛けているのが原因かな?」

「……彼女たちは、甘いのです。あの程度の腕でどうこうできる敵ではないんです。」

「だから、先に君が教えてあげることにしたと?」

「好意的に受け取っていただけるのなら、そういうことです。」


 なるほど、と星夜は納得した。これでイージスが魔法少女たちに戦いを挑んでいた理由が分かった。

 魔人との戦いは、甘いものではない。力不足のままそれに挑もうとする彼女たちに、現実を分からせるためだったのだ。


「君は優しいね。」

「そう言われたのは久しぶりです。」

「表情が固くなったんじゃないかな?昔はもっと笑ってた。」

「それは……善処します。」


 5年経ったイージスの表情は、随分と固く冷たいものになっていた。表情だけでなく、言葉遣いや態度も冷たい印象を持っている。

 星夜からしてみれば、予想外の変貌を遂げていたわけであるが、一方でイージスの側に立ってみれば、その原因は涙ながらに離れ離れになったブラックが突然魔法少女をやめてしまったことにあった。


 いつかまた一緒に戦うことを夢見ていたイージスがブラックの引退を知った時、その絶望は計り知れないものだった。ブラックを絶対的に信じるイージスが、ブラックに失望したり恨みを持つなどということは有り得ない。ただその行き場のない悲しみは、ホワイト達の他の魔法少女に向いていた。

 そうして他の魔法少女を突き放すようになり、自然と性格も変わっていったのだった。


「そういえば、会えたのはうれしいけど、なんでここに?」

「それは、不愉快なことですがブルーから連絡がありました。この町に来なさい、と。」

「不愉快、か。それにしてもブルーとは連絡を取っていたんだね。」


 イージスは、ブラックが引退した原因がホワイト達にもあると考えている。だからこそ彼女たちに対して反発心を持っていた。


「普通なら聞く理由はないのですが、ブラックに会えるなどと言うものですから。半信半疑ながら、この町に来ました。」

「へえ、ブルーがねえ。」


 ブルーも意外と口が軽いのか、とはいえ星夜は彼女を恨むわけでもなく、感謝さえしていた。


「聞くところあなたのことを知っているのはブルーだけのようですね。先を越されたのは不愉快ですが、あなたに会えて本当によかった。この上ないことです、姉さま。」

「……ん?」


 聞き捨てならない言葉を耳にして、星夜は一瞬戸惑った。


「これからはずっと姉さまをお守りします。」

「えっと、それはありがたいとして、その呼びかたは……?」

「私はあなたの盾ですが、それに似合う親しい呼びかたをしたいと思っていました。」

「それがその呼びかたと?」

「ぴったりだと思います。いけませんか……?」


 不安げな目で見つめられると、星夜としては断ることもできなかった。むずがゆい限りではあるが、認めざるを得ない。


「……まあ、かまわないよ。」

「ありがとうございます、姉さま!」


 昔のような輝いた笑顔で抱き着いてきたイージスを見て、星夜はこれも悪くはないかと思ったのだった。



 イージスが星夜たちの学校に転校してきたのは、そのすぐ後のことであった。




「うちのクラスに転校生が来たんですよ。」

「へえ、どんな人?」


 昼休み早々、星夜の教室にまでやってきた晴香が頬杖をついて星夜に話しかけている。


「女子生徒です。結構冷たい感じの美人さんなんですけどね、背も高くてスタイルもよくて。(すみれ)さんっていうんですけどね。」

「それで、今頃クラスのみんなでその子に質問攻めでもして盛り上がってるんじゃないの?」

「盛り上がってましたねー。なかなか冷たい感じの受け答えでしたけど、人気ですよ。」

「その輪に加わることもなく、昼休みが来るなりすぐに僕のところに来たわけか。」

「私はこっちのほうが楽しいですから。」

「そりゃどうも。ただ毎日僕んとこにきて昼ご飯食べてると、そっちのクラスでの交友関係に支障があるんじゃないの?」


 星夜の言う通り、ここ最近は毎日晴香が星夜のクラスに来て、一緒に昼ご飯を食べていた。


「大丈夫です、これでも交友関係は充実してますから、お昼が別々でも問題なしです。」

「羨ましいことで。」

「あれ、先輩。やっぱり友達いないんですか?」

「直球だなあ。ま、多くはないね。」


 星夜はクラスを見渡す。その中に、友人と呼べるような人はいなかった。


「先輩は近づきづらい雰囲気出し過ぎですよ。」

「いまさら変えられないよ。」


 星夜はイージスにもっと笑うように言っていたが、星夜自身も大して変わらないものだった。結局のところ、似た者師弟であったわけである。


(師弟……今の向こうの認識だと姉妹なのか。むずがゆい。)


「で、転校生見に来ますか?」

「やめとくよ。次の授業は体育だし、更衣室行って着替えないといけないしね。」


 転校生に興味が無いわけではない。特徴を聞いて気になったことも有った。ただわざわざ見に行くものではないと思ったのである。


「あれ、着替えって教室じゃないです?」

「女子はね。」

「……あーっと、そうでしたか。」

「今の間は気になるけど、まあいいや。そういうことでちょいと急ぎだ。」

「先輩大丈夫ですか?変な視線を向けてくる人とかいないです?」

「君は僕の級友をなんだと思ってるんだ。」

「男はみんな狼ですよ?」


 心底心配していそうな顔の晴香を見て、星夜は苦笑いしてしまう。


「じゃあ僕も狼か。」

「先輩を男のカテゴリに入れるのはやめましょう。」

「どこからどう見ても僕は男だ。」


 本当のことを言うと、星夜は自分が男のカテゴリに入れられるのは嫌だ。魔法少女たちと完全に異なる集合に振り分けられてしまうからだ。

 とはいっても生物として星夜は男なわけであり、避けられないところでもあるのだが。


 そんな会話をしながら昼食を食べ終え、しばらくの歓談ののちに教室を出た星夜と晴香は、ちょうど入れ替わりで教室に入ってきた女子生徒に意識を向けることは無かった。



「どうして姉さまがいないんですか!!!!」


 その叫び声は、教室から離れて行ってしまった星夜たちの耳に届くことは無かった。


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