矛無き盾 その誓い
「動きが単調だよ、敵の攻撃に対して即座に軌道を変更できるように意識しながら飛んで!」
「はい!」
結界を張った夕方の公園に、星夜の声が響く。魔法少女グレーへの指導だ。
(ずいぶんと動きがよくなった……。飛行の制御、切り返し、最初とは比べ物にならないな。やはりセンスはある、ただ惜しいことに魔力が足りない。)
グレーの動きを観察する。星夜が考える通り、グレーの飛行は最初とは見違えるほど機敏なものになっていた。単調、と星夜は評したもののその飛行は俊敏だ。
動きを目で追いながら、星夜はグレーの銃を構える。そしてグレーの近くに狙いを定め引きがねを引いた。
「……っと!」
その光条に反応し、すぐにグレーは軌道を変更する。敵の攻撃を回避する練習だ。
間髪おかず、さらに2射、3射と放たれる攻撃にその都度反応して回避軌道を取る。
「悪くないよ、ただもう少しバリエーションが欲しいな。それでは読まれる。」
その言葉を実証するかのように、星夜が放つ光条は軌道を変えたグレーの前方を横切る。
傍から見ていればグレーに当たる可能性もある危険な練習にも思えるが、当然魔法はダメージなどほとんど入らないように設定してあった。せいぜい少ししびれる程度だ。
敵に動きを読まれない、それは攻撃を回避する基本だ。
(動きを読んで攻撃を当てる……。それはまず第一には現在の速度から未来位置を予測すること。)
星夜は銃を構え、グレーに狙いをつける。
(だがそれでは足りない。敵の速度は常に変化する、向きも大きさも。その変化を予測してこそ動きを呼んだことになる。)
グレーの動きを、魔力を観察する。
(根本に至るならば、敵が動きたい方向、取りたい位置を読むこと。敵の意思を読む、目に見える敵の情報からそれをくみ取ること……。)
不規則に軌道を変えながら飛行するグレーの姿を観察し、意思をくみ取り、未来位置を予測する。
(意思を正しく読み取れば、すなわち必中。)
グレーの動きを読むことに完全に集中した結果、星夜は練習という状況すら忘れていた。ただ狙うべき的を撃ちぬくという思考のみに支配され、そしてその指は引き金を引いた。
その攻撃は、俊敏に飛び回り軌道を変えるグレーが、むしろ自ら飛び込んでいったかのように命中した。
「ひあ!!???」
予想外のしびれにグレーは悲鳴を上げる。その声を聞いて、星夜はようやく正気に戻った。
「あ……。ご、ごめん!!つい……。ごめんね、ちょっといったん降りてきて。」
その言葉に従い、グレーは地上へと降り星夜のもとにやってきた。
「びっくりしました……。」
「ごめんね、少し集中し過ぎたというか。」
「あ、いえ。当てられたことを悪く思ってるとかじゃなくて、なんで命中したんだろうって。結構むちゃくちゃに動いてたつもりだったんですけど……。」
怒っているわけでもなさそうなグレーの様子に、ひとまずはほっと息をつく星夜。
「それは動きを読んだ、としか言いようがないかな。」
「私の動きってそんなに読みやすいですか?」
「うーん、そうでもないと思う。自画自賛だけど、私はそれなりに射撃に自信はあるからね。」
よかった、と安心するグレーをよそに、星夜には別の感情が浮かんできている。
それは攻撃を当ててしまった申し訳なさとは別のものであり、言うなれば安心と言えただろうか。
(射撃の腕は落ちていない……僕はまだ。)
まだ戦える。
それが確認できたように感じられ、安心するとともに喜ぶような気持ちにすらなっていた。
もちろんグレーに対する謝罪は嘘ではない。実際に申し訳なく思いつつも、歓喜は確かに存在していた。
「とにかく少し休憩しようか。体を休ませて、あともう少し練習を……っ!??」
そう言いかけたところで星夜はいきなり振り返り、銃を後方上空に向けて構えた。
その動作にグレーは驚く。そこにいた存在には、本来であれば視界に入れることができるグレーの方が先に気付くのが順当であったにも関わらず。
そこには1人の少女。
銃をその少女に向け、星夜は口を開く。
「……誰かな?攻撃の意思をすごく感じるんだけど、何をしにここに来たんだい?」
ただの少女ではない。その姿からして明らかに魔法少女の1人である。
紫色の衣服に身を包み、10mほど上空を浮かんでこちらを見つめていた。彼女は向けられた銃に動じることなく、星夜に語り掛けた。
「お前は魔法少女ではなさそうだな。その銃は後ろにいるそいつのものだろう。むしろ私はお前の正体こそ気になる。死角にいた私になぜ気付いた?」
やや威圧的な口調で星夜の正体を問いただす。その顔からは冷たい印象を星夜は抱いた。
「奇襲をするならもう少しは気配を消した方がいいよ。」
「ほう。」
会話しながら、星夜はその少女が何者であるかを考える。
(魔法少女に対する襲撃を意図したものか。だとすれば……やはりイージスか?)
美空から聞いていた情報に加え、紫の衣装からかつての相棒を連想する。だが星夜は即座にその想像を否定する。
(いや、違う。いくら年月が経ったからと言ってあれは別人だ。イージスの顔つきはあんな冷たいものではなかったし、口調も違う。身長も、成長しているにしたってあれは長身の部類だ。)
彼女の身長は、おそらくは星夜よりやや大きいくらいであろう。その姿はイージスとは一致しなかった。
(イージスについてもっと美空に聞いておくべきだった。まあいいか、この子がイージスでないとして、模倣犯か?あるいは共犯、またはそもそも魔法少女を襲っていたのはイージスではなくこの子だったということも考えられる。いや、むしろその方が自然だ。イージスは優しい子だ。)
星夜はその魔法少女を注意深く観察する。攻撃する動きが見られたら即座に引き金を引くつもりであった。
ふと後ろにいるグレーの様子をちらりと伺う。どうやら状況を飲み込めていないようで、星夜と魔法少女とを眺めていた。
(グレーは……戦えないな。成長したとはいってもこの子には技量で敵うまい、おそらくは何人も魔法少女を倒してきた相手だ。それに、戦う意思も期待できない。)
相手は魔人ではない。戦えと言ってもグレーが躊躇するのは明白であろう。
(となれば……。)
星夜が決心したところで、紫の少女が動く。
それに瞬時に反応し、星夜は引き金を引いた。
「!?」
驚いたのは紫の少女である。星夜が放った攻撃は、すでに動いていた少女を的確に射抜いた。
だが驚愕するだけに終わったのは、その攻撃が極めて弱い威力であったからだ。
「グレー、銃の威力上げて!」
「え、ええ!?」
星夜の要請に、グレーはすぐには応じかねている。躊躇しているのだ。
その間にも紫の少女は動きを見せるが、その速度が初速からほとんど上がらないうちに星夜の攻撃が命中し動きが止められてしまう。
(このまま動きを封じることも可能か……?いや、そんな甘い相手ではないはずだ。)
その予想通り、紫の少女に変化が見られた。
星夜が放った攻撃は、少女のいる位置を正確にとらえていたが、紫色のシールドによって阻まれる。
(シールド……いやこれは違う!)
そのシールドを見た星夜は、即座に地面を蹴って横に跳んだ。その直後、星夜が立っていた場所を光条が貫いた。
紫の少女が放った攻撃ではない。その光は星夜の攻撃を阻んだあとに、シールドから放たれていた。
(攻撃を吸収し、発射する防壁魔法。なるほどね。)
その魔法は攻撃を吸収、貯蔵して使用者の意志によって発射することができるものだ。使用者の魔力を消費しないその魔法は、防御的な性格が強いが同時に強力な矛でもある。
星夜の攻撃から抜け出した少女は、今度は素早い動きによって星夜に飛びかかってくる。十分な速度を得たその動きは、攻撃を回避するためのロール機動も含みながらの美しいものだった。
(速いが単調だ!)
その軌道に翻弄されることなく、星夜は少女を射抜く。
当てられることを予想していなかった少女はシールドを展開しておらず、再び軽い痺れに襲われることとなった。
「っ……!貴様!!」
(とはいえ、見事だ。これほどまでに動ける魔法少女はほとんどいないだろう。ホワイトも魔法はとんでもないが、動きはそうではない。)
何度も攻撃を当てられ頭に来たのか、少女の顔つきがさらに厳しいものになる。本気を出すということだろう。
(使用する魔法、戦闘スタイル、機動……いずれもイージスと同じだ。しかし、いくら相手の思うままに当てられてるからと言って、魔法少女でもない相手にカッとなって本気になるとはね……。)
それでは、イージスとは異なるのだ。
ブラックの盾になると誓い、相棒として戦った彼女とは。
本気の顔つきで、紫の魔法少女は魔力を集めだす。銃で撃つよりはるかに効率は悪いが、自らの魔力をシールドに供給すれば自前の魔力での攻撃を繰り出すことは可能だ。
その攻撃を、ろくに動けるわけでもない星夜に向け放とうとしていた。
そんな危機的な状況にありながら、星夜は昔のことを思い浮かべる。
かつて彼の盾が、その証として自身にかけた不可逆の魔法を。
”私はあなたの盾ですから”
その誓い。それはもはやイージスの存在意義ですらあった。
だからこそ星夜と離れ離れになる際には、とんでもなく号泣していたのだった。
”絶対、また一緒に!!”
”うん、いずれその日も来るよ。”
”再会したら何年たっててもすぐ気づきますから!!約束ですから!”
”私も!約束するよ!!”
ためられた魔力が、ついに光となって発射される。
その行先は正確に星夜の立つ場所であった。
(約束は……僕の勝ちだったね。)
それでも星夜は焦らない。なぜなら彼には確信があるからだ。
「君の魔法は、私には効かない。そうだろう、イージス?」
魔法少女イージスの目を直視して放たれた星夜の言葉に、イージスは驚愕で目を見開いた。
そして星夜の言葉通り、イージスが放った攻撃は星夜に触れると霧のように消え去った。
これこそがイージスが自らにかけた不可逆の魔法である。イージスの攻撃はブラックには効かないという、永遠に解くことができない魔法。
「……え、そん……な。あなたは……。」
呆然とするイージス。その顔をひとしきり懐かしんだ後、星夜は横にいてまだ動揺しているグレーに向けて銃を放り投げた。
「わっ!」
なんとかキャッチしたグレーに対し、星夜は軽い口調で言った。
「グレー、模擬戦だ。いい練習相手だ、胸を借りるといい。」
「ええ!!??」
「君にも頼むよ、イージス。気づかなかった罰とでも受け取ってもらっていいが、ここにいるのは君の妹弟子だ。相手をしてあげてくれ。全力でね。」
「あ……あの。」
先ほどまでの威圧的な態度は消え去り、いまだ呆然としたままのイージスは星夜をじいっと眺めるが、しばらくするとグレーの方にも視線を向け、そして星夜の提案への同意をしめす頷きを見せた。
「そうか。じゃあ、見せてくれ。私の盾の本気を。」
再会の感傷に浸る前に、戦闘が始められた。




