看病され
魔法の攻撃を受けた直後の倦怠感は緩和されたが、軽い発熱とだるさは翌日になってもまだ残っていた。そのため星夜は学校を休み、自室で寝て過ごしていた。
「ブルーか……。」
ベッドに横たわりながら、星夜は昨日のことを思い出していた。
あの後、過去の女装だけではなく現在の女装趣味までもさらけ出してしまった星夜は、発熱に加えて羞恥心によって顔が赤くなる。
魔法少女たちと違う自分になってしまうことが怖いこと、彼女たちと同じ世界が見たいこと、それゆえに女装などということを始めてしまったこと。それらをブルーに説明しなければならなかったのだ。
(応援します、なんてブルー……美空は言ってたけど、引いてるだろうなあ。)
実際のところ、それらの告白を受けた美空は引くどころか輝いた笑顔で星夜の手を握り、「私も協力します!」などと言っていたのであるが、星夜はどうしても自分を恥じてしまうのであった。
(昔の戦友が実は女装した男で、しかも高校生になって自分の意志で女装をしているなんて……うん、とんでもなく恥ずかしい。)
星夜は顔を覆う。とんでもなく恥ずかしいと思っている、だが一方でそれをやめることもできないのだ。
(まあ……グレーの件も相談できたことはよかった。ある程度は鍛えることができたけど、それでは足りない。やはり憧れとなる相手を見せてあげないことには彼女はここから育つことはできない。ホワイト……うん、相変わらず、というより昔よりもっと綺麗になった。)
星夜は戦闘中のホワイトの姿を思い出す。本当に美しかったと思う。
美空にグレーの件を相談した星夜は、ホワイトたちの戦闘をグレーに見せることへの協力をとりつけていた。グレーが自身の思いを再発見するために必要なことだと考えたためである。
(ただ……僕はあの戦いをみて怖くなった。僕と彼女たちの間の壁が、自分が思っていたよりさらに高いということが分かってしまった。果たしてグレーがあれを見てどう思うか……。)
自分の実力とかけ離れた存在を目にしたとき、どうしても自分が無力に感じ、時に絶望し逃げ出したくなってしまうのは人としてごくありふれた反応だ。
星夜はグレーもまた自分のように感じてしまうのではないかとの懸念も抱いていた。だがこのままグレーに指導をしたところで、状況が打開されるわけでもないことは彼には分かっていた。
だからこそ、グレーが魔法少女をやめてしまうリスクを負ってでもこの手段に出ることにしたのだ。
(あるいは、思いを再発見できないのなら、グレーは魔法少女をやめるべきなんだろう。本物の魔法少女の戦いを見て絶望するような人間は……。)
強い他人を見て逃げ出したくなるような人間には、戦いの世界に生きる資格はないのだろう、と星夜は考える。
それは無論、自分自身に対してもあてはまることだった。
(僕もそろそろ決別するべきだ。いつまでも過去に縛られて、これからのことを考えないでいるわけにもいかない。魔法少女はすでに遠い過去のことだ、僕にとって未来でもなく、夢でもない。)
そこまで考えたところで星夜はふと思案する。
(夢……思い……。僕のそれは、いったい何だ?)
自分には何があるのか、自分の意志は何なのか。何を求めるのか。
星夜は失ったままだ。魔法少女である自分を失ったあと、得たものは何もなかった。
夢はなく、強い思いもなく、願いもなく……。
(空っぽだ。)
決別のためには、新しい自分が必要だ。
だが、それが見つからないならば過去にすがるしかない。もしくはそれこそが星夜が過去と決別できない、魔法少女に執着する理由ともいえるだろう。
(つまらない人間だ……。というか、眠い。少し寝てからまた考えよう。)
体調の悪さもあり、睡魔が彼を襲ってきていた。抗うのをやめ、星夜は瞼を閉じた。
物音で星夜が目を覚ました時、時刻はすでに夕方になっていた。
音のする方に目を向けると、学校から帰ってきた美空がキッチンに立っているのを認めた。
星夜を看病するという美空に甘える形で、部屋の鍵は渡してあった。だんだんと目が覚めてきた星夜は、美空に声をかける。
「おかえり……は変かな?」
「あ、起きましたか?ふふ、ただいまですね。」
笑顔で星夜の方に振り向く美空。制服の上にエプロンを付けた姿は家庭的であった。
「こういうときはおかゆが定番でしょうかね。栄養がつくものも食べてほしいです。」
「結構回復してきてるから、普通のご飯でも食べられるよ。……ほんとごめんね?」
「私が看病するって言ってるんですから謝らなくてもいいですよ。それに星夜さんとはまだまだ話し足りないですしね。」
つい謝る星夜に対して、気を使わないようにと美空は返す。実際美空は迷惑をかけられているなどという気持ちはなかった。むしろ彼女が言った通り、もっと星夜のことを知りたいと思っていた。
「とはいっても……既に僕の全てをさらけ出し過ぎたような感じで……。」
「まだまだ聞いてないことはいっぱいありますから。それにこっちのことも話してませんし。」
「ああ、そうだね。僕は君たちのこと知りたいな。」
と言いつつ、星夜は彼女たちを知ることは少し怖い。それでも知りたいと思う気持ちは本当だった。
「そうですねえ。ではご飯を作ったら……あら?」
言いかけたところで、部屋のインターホンが鳴る。基本的に来客はない星夜の家であるが、今日は珍しい日のようだ。
「私が出ますね。星夜さんは動かなくて大丈夫ですから。」
そういうと美空は玄関の方へ行ってしまった。まるで同棲だな、などと星夜は苦笑する。
ドアを開けた美空は、自分より少し背が低い来客の姿を認めた。
「先輩ー!学校お休みって言ってましたが大丈夫です……か。あれ?」
その客は応対する人を良く見ず話しかけたが、途中で相手が自分の想像した人物ではないことに気付いた。
「確か、先輩のクラスの転校生さん……?」
「星夜さんのお知り合いですか?」
その来客とは星夜の後輩の晴香だった。元気よく訪問した晴香であったが、応対したのが美空であることに気付くとやや怪訝そうな表情になる。
「そうですが……どうして先輩の家にあなたが?」
「看病にきました、同じクラスで家も近いですから。」
「へえ、そうですか。あ、ならもう大丈夫ですよ?私が代わりますから。」
晴香はややぶっきらぼうに過ぎる口調で話す。それに対して美空は別に腹を立てるでもなく、むしろ微笑ましいものを見るような感情で苦笑いをする。
「転校生さんなら、先輩ともそう親しいわけでもないでしょうし、後は私に任せて大丈夫ですよ。」
「ふふ、これでも星夜さんとは仲良くさせてもらってますから。とにかく、上がって星夜さんのところまで行きましょうか?」
やや不満そうながら、その言葉に従って晴香は星夜の部屋に足を踏み入れた。
その姿を見て星夜は驚いてしまう。
「え、晴香!?どうしたの。」
「先輩が熱出したって言うので、看病に来ました。お加減どうですか?」
「だいぶ良くなったよ、それより看病なんて別にいいのに……。」
その言葉に晴香はむっとする。
「その人には看病されてるじゃないですか。むしろ私が代わって看病しますよ。」
「いや、気持ちはありがたいけど。」
「ふう……まあしょうがないので妥協して、看病をお手伝いします。」
「妥協……?」
どうやら美空を追い出すことは諦めたらしいが、ただし看病への参加は押し通すようであった。
「とにかく、先輩は寝ていてください。」
「晴香がそう言ってくれるなら、ありがたく助けてもらうけど……。」
「ふふ、じゃあ一緒に料理作りましょうか。」
「分かりました。」
やはりそっけない返事に美空は苦笑しながら、再び台所に向かい合う。
「にしてももう1人増えていましたか……しかも星夜さん本人に対して。困ったわ。」
小声でつぶやくその言葉は他の2人の耳には入っていないが、美空は小さく溜息をつく。
「そういえば熱出したって伝えてたっけ?」
「あれ、言ってませんでした?……まあ普通にそう予想しますよ。」
「それもそうか。」
そうして晴香もまた台所に向かい合い腕をまくり上げた。
「ですから先輩に女装してもらいたいんですよ。」
「いやいや……。」
3人で食卓を囲みながら話はあらぬ方向に飛んでいた。
「絶対に似合いますから、美空さんもそう思いますよね?」
「そうですねー、私も見てみたいです。」
最初のそっけなさは解消されたようで、晴香は親しげな感じで美空に話しかけるようになっていた。
美空も敵に回るのかと、星夜は愕然とする。そして自身の趣味を知っている美空が敵となったことに恐怖すら感じる。
「興味ありませんか、星夜さん?」
その言葉がどうにも怖いのだ。
「いや、ないよ。」
答えを知っている相手に対して明らかな嘘をつくというのは、きついことであった。
「今度の文化祭、私たちのクラスは男子にいくらか女装してもらおうかなーなんて話してるんですけど。」
「え、初耳なんだけど。」
美空の言葉に驚く。どうやら聞くところ、星夜がいない今日いろいろ話し合われていたらしい。
「あ、じゃあもうすぐ見れるってことですね!」
「待って、僕がやるとは決まってない。」
「私が推しておきますから。」
だんだんと自分にとって旗色が悪い方に状況が動いていることに星夜は冷や汗をかく。自分で女装するのは結構だが、学校で見世物にされるなどというのは心底嫌であった。
「大丈夫です、ちゃんと可愛くしますから。」
「そうですよ。というかきっと可愛くなりますし。」
「待って、えーっと。頭痛がしてきた……。」
不穏な未来に、またしばらく寝込みたくなる星夜だった。




