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意外な人

「ああ、そうそう。ここでどうしても貴女に話をしておかなくちゃいけないことがあるんです」


それまでの黒っぽい微笑みを引っ込めて、旦那様が真顔で言いました。

いきなりそんな真面目な顔でおっしゃるなんて、何か大事なお話なのでしょうか? 

でもここは王宮の大広間です。大事な話をするのに、向いているかと聞かれれば否と答えるしかないような場所です。

真顔で話すようなことをここでしていいものかしら、と疑問に思った私でしたが、ふと周り見て納得しました。


そか。ここ、超一等席だから誰も寄ってきてないんですね。なんていうか、遠巻きにされてる的な?


気が付けば義両親もどこかに行ってましたし、私の周りには旦那様と部下のみなさんしかいません。少し離れたところで、お貴族様方や騎士様方がいますが、みなさん思い思いに雑談をしていて適度にざわついていますから、こちらの話が聞こえることはなさそうです。そしてこちらを意識しているわけでもなさそうですし。

まあ、旦那様たちがここで大事な話をしてもいいと判断されたのでしたら、いいのでしょう。私は黙って従うだけですね。

「どんなお話ですの? 今ここでしないといけないようなお話って」

部下のみなさんに囲まれてする話に思い当たる節のない私は、小首を傾げます。

「今回の戦に関してなのですが。以前の愛人騒動のように、貴女に誤った情報が伝わらないように、先に話しておきたいんですよ」

「あ――。そんなこともありましたね」

そう言いながら、私が愛人役だった銀糸のお姉様を見れば、お姉様はにっこ~っと笑って頷いています。

今日はいつも通り騎士様の制服を着ていますが、あの時のお姉様は美しかったなぁ……っと、どうでもいい回想が入りました。失礼。

「そうですよ! 一歩間違えればまた僕は不実な旦那に逆戻りですからね! それは勘弁してほしいわけですよ!」

苦虫を潰したような顔になっています、旦那様。まあまあ、そう興奮なさらずに。

「そうですか。で、今回は何をしてきたんですか?」

「……なんだかいたずらを白状しろと言われている気になるのは、僕の気のせいでしょうか?」

「はい。気のせいです。で?」

だって実際そうなんでしょう? そんな疑わしい行動をしてきたから先に私にお話するんでしょうが。

私がじと目で催促すれば、


「……はい。実は、今回の戦の情報提供元が、カレンデュラだったのです」


旦那様は少し言いにくそうにしながらも、その名前を口にしました。




「まあ! 彼女さん、ですか!」

久しぶりに聞くそのお名前に、私はびっくりして瞠目してしまいました。まさかここで彼女さんが出てくるなんて思いもしませんでしたからね!

「そうです。聞いていただけますか?」

「もちろんですわ」

私の顔色を窺いながら旦那様は聞いてきましたが、別にやましいことはないのでしょう? 

私が肯くのを見て、旦那様は続けました。いちおう周りを考慮して、声のトーンを落として。

公爵家うちを出てから、カレンは南隣の国に行ったようでした。以前のように酒場で踊り子をしていたのですが、あの国の第二王子がその店を贔屓にしていてしょっちゅう顔を出していたんだそうです」

「第二王子っていうのは、隣国の軍部のトップなんですけどね」

旦那様の後を、ユリダリス様が補足説明してくださいました。


旦那様とユリダリス様のお話をまとめれば。

南隣の国に行ったカレンデュラ様のもとに、その国の第二王子が通いだしたそうです。さすがはカレンデュラ様ですね! 王子様をもメロメロにしてしまったようです。

軍のトップでもある第二王子なのに、軽い人物らしく、いろいろぺらぺらと重要なことをカレンデュラ様にお話したようでした。

そこでカレンデュラ様が気になったのが、「フルール王国に攻め入って、向こうの豊富な産出物をかっぱらってこようと思うんだ~」みたいな発言でした。

さすがに発言軽すぎるだろと思っていたのですが、どうも戦の準備が本当に進められている様子に、さすがのカレンデュラ様も「こいつバカ?」と呆れたそうです。

ちなみにカレンデュラ様をスパイと疑うことはなかったそうです。どんだけ無防備よ。いや、実際スパイではないですけどね。

そう言えば、南隣の国ってあんまり賢く戦をする国ではなかったですね~。あまり考えなしにいちゃもんつけては戦を吹っ掛けるとか。お義父様たちもおっしゃってましたが。

こういっちゃなんですが、酒場で知り合ったオンナに、軽々しく大事なことを洩らしちゃいかんでしょ。トップがこれじゃあ、そりゃ駄目だわ。戦がどうの、戦略がどうのと詳しいことを知らない私にでもわかりますよ。

と、まあそれはいいとして。

カレンデュラ様も、まだほんの少ししか付き合いのない第二王子よりも、長く滞在したフルール王国や旦那様の方を大事に思ってくださったようで、このことをこっそりと知らせてくださったのだそうです。

ちょうどその頃、フルール王国の軍部でも南隣の国のきな臭い動きを察知していて、旦那様たちが動き出したところでした。

そしてその諜報活動の中で、旦那様は何度か直接カレンデュラ様に会ったそうです。

どうやらそこを、私に誤解されたくないとお話しているようです。


「あくまでも仕事・・ですからね!」

旦那様が真剣な顔をして言いました。おまけに手をぎゅっと握られました。

「はい、わかっておりますわ」

まさかこんなところでカレンデュラ様の今を知ることができるなんて驚きですけど、お話を聞く限りお元気そうで何よりです。

私というお邪魔虫の登場でお屋敷を出て行くことにはなりましたが、やっぱり、本当は旦那様のことを大事に思って……

「僕のことを未練になんて、これっぽっちも思ってませんでしたからね!」

旦那様が、私の思考を読んだようなことを一息で言い切ると、じと目で見てきました。あれ? 口に出ていたのかしら?

「いやぁ、そんなことは~」

「貴女もあの時あの場にいて聞いていたでしょう! きっぱりはっきり切り捨てられたじゃないですか、僕は!」

「そう言えば、『こんな女々しい男、奥様に差し上げるわ』とか言われてましたね?」

そう言えば……とあのシュラバを思い出しながら、私は何の気なしに呟いたのですが。ああもう、かなり昔のことのように思いますねぇ。

私のつぶやきをしっかり耳に入れた旦那様は、

「げほっ!! げほげほ……!!」

胸をかきむしり、痛々しげな表情です。あ、すみません、うっかり古傷を抉ってしまったようですね!

「あ、団長……」

ユリダリス様が崩れ落ちる旦那様を苦笑いで見ています。

私が咽た旦那様の背を撫でていると、

「……あー、うん、まあ。そういうことだし、僕としてはヴィオラに疑われることはしないと誓ったから、二人きりで会うことはしなかったということが言いたいんだけど」

若干涙目になりながらも気を取り直した旦那様が言いました。

「と言いますと?」

具体的にはよくわからなくて、私が首を傾げていると、

「カレンと接触するときは、客のフリをして、何人かで行動していたんですよ」


聞けばカレンデュラ様との接触は、カレンデュラ様の働いている酒場で行われていたそうです。

酔客のフリをして大人数で押しかけて、騒いでいる間に素早く情報交換。そもそも酒場なんて飲んだくれた人たちが飲んで食べて喧騒に包まれている空間ですから、近くにいる仲間内の会話を聞き取るのがやっとなくらいで。ましてや周りがどんな話をしているのかなど気にもしていし、聞こえなかったそうです。

まあそれでも用心はしていたようですけど。


「ああ、なるほど。そうでしたか」

「ええ。しかも、やろーだけでは信用できないでしょうから、ここにいる女性の部下を男装させて、常に一人は一緒にいました」

そう言って旦那様が指した先にいるのは、ニコニコと微笑むお姉様方で。

お姉様方を男装させて……! なんと。それはそれでとっても素敵なのではないでしょうか!? ……あぶない。妄想が先走ってしまいそうでした。

私の無駄にキラキラとした視線を華麗に受け止めてくださったお姉様方は。


「ええ、団長のおっしゃる通りですのよ」


うふふ、といたずらっぽく微笑むのは金髪煌めくお姉様。ど、どんなふうに男装したのでしょうか?


「ばっちり見張らせていただきましたわ! 厠の入り口まで行きましたからね!」


と素敵にウィンクをきめるのは銀糸のお姉様で。うん、そこまで徹底マークしなくてもよかったのですが……。旦那様、中まで見張られなくてよかったですね!


「奥様の心配なさるようなことは一切ございませんでしたよ~! ご安心ください!」


親指を立てていい笑顔で言ってくださったのはブロンズのお姉様。

三者三様、みなさん旦那様の潔白に太鼓判を押してくださいました。

しかし旦那様、なんつー用意周到なアリバイ……。これじゃ、私が嫉妬深い奥さんみたいなんですけど。

何だか違う方向に旦那様の優秀さが発揮されてる気がしますが、そこまでされてはさすがに『騎士団ぐるみで浮気の証拠隠滅!?』とは疑えませんよね。

ちょっと降参気分で旦那様を見上げます。

「そういうことがあったのですね」

「はい。ですから、またおかしな浮気疑惑が出てきても、貴女は鼻で笑っていればいいのです。今回の情報収集について、誰がどんなことを言い出すかわかりませんからね。真実を知っていれば誤解することもないでしょう?」

もう一度私の手を取った旦那様が、屈みこんで私の目をしっかりと覗きこんできました。ちょっと、握られた手が痛いんですけど? それほど力を入れなくてもいいと思うのですが。

そして揺れることなく見つめられると、ドギマギしてしまいますよ。

「なるほど。今ここでお話したかったというのは、お姉様方(しょうにん)がいるところでお話がしたかったということだったのですね」

「そういうことです。わかっていただけましたか?」

「はい。大丈夫ですわ」

私も旦那様の綺麗な濃茶の瞳を見つめて、しっかりと首を縦に振りました。

私が納得したのを見ると、旦那様の肩からみるみる力が抜けていき、

「あ~、よかった~」

と、明らかにほっとした顔で微笑まれました。

よかった。手の力も抜けました。指折られるかと思いましたよ。




「でも、そんな危険なことに加担していたら、カレンデュラ様は大丈夫なのでしょうか?」

カレンデュラ様は今もあちらの国にいらっしゃるのだとしたら、何かの拍子にスパイ的なことをしていたことがバレては、身の危険ではないのでしょうか? 

ここにいれば褒賞モノの働きをしたと言ってもいいカレンデュラ様のことが、にわかに心配になった私が旦那様に問えば、

「大丈夫。カレンは開戦と同時に我々が身柄を確保しましたからね。そしてそのまま本人の希望を聞いて、友好国である東隣の国に送り届けましたよ」

と教えていただきました。

「そうですか! それはよかったです!」


意外なところで意外なお方のお話が聞けてよかったです。

あ、旦那様の潔白は信じますよ? 大丈夫です!


今日もありがとうございました(*^-^*)

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