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厨房にて

最近はすっかり穏やかな空気が流れていた公爵家に、久しぶりの激震が走りました。先だっての、旦那様が別棟から本宅に帰ってきたどころの騒ぎなんて目じゃありません!


旦那様が王都の郊外に別荘を購入し、そこに愛人と思しき女性と出入りしていると。


出入りの商人さんが持ち込んだ噂にすぎませんが、それを耳にした途端の使用人さんたちの激怒たるや、さすがに私も口を挟む余地がありませんでガクブルするしかありませんです、はい。

当の噂を持ち込んだ商人さんは、般若の形相の侍女さんたちやちょっぴり辛口にたしなめた(脅した?!)ロータスにすっかり顔色をなくしたまま退散していきました。

商人さんが退散した後はすっかり旦那様への怒り爆発タイムに。


「お連れ様と別れてようやくまともに公爵様としての自覚を持ちだした矢先にこれですか!」

「シュラバ演じてまでお連れ様と別れたのに、また性懲りもなく?!」

「こんなに素晴らしい奥様をまた蔑ろにする気ですか?!」


むきーっと目を三角にして怒りのボルテージは上がる一方で、口々に罵る使用人さんたち。もう少ししたら頭から角が生えてきそうな勢いです。

しかしまだ噂の段階ですので、愛人さん云々は本当かどうかはわからないのですが、どうやら使用人さんたちの中では確定事項のようです。どんだけ信用ないのでしょう、旦那様……。これには内心苦笑するしかありませんが、とりあえずどうしたものかとあわあわしながら成り行きを見守っていると、


「まだ断定するには早計ですよ、あなたたち」


と、それまで黙って様子を見ていた冷静なロータスの声が使用人さんたちの声を遮ってくれました。

「ロータスさんはこんな話を聞いて平然としていられるんですかっ?! そもそも火のないところに煙は出ませんよ!」

「しかし事実とは決まったわけじゃないですよ、落ち着きなさい。もし本当ならば公爵家としても何らかの手を打たねばなりませんので私も少し調べてみます。それまでは口を慎みなさい。奥様が聞いていらっしゃるのですよ」

「「「あ……!!」」」

それでもなお通常営業のロータスに侍女さんたちは食って掛かりましたが、私の存在をさり気に示唆されると一瞬にして私に視線が集まり、そしてばつが悪そうな表情になるとハッとして口をつぐんでしまいました。うん、何気に気遣われてしまっていたたまれないです。

みんなにじっと見つめられてハッとなった私は、

「あ、私は大丈夫ですからね!! 元気ですよ~!」

全然お気遣いなく~! と慌てて否定しておきましたが、どう考えても空元気にしかとられないでしょう。


まあそれはおいといて。


確かにこの情報が正しければ、ロータスの言うように公爵家としても対応せざるを得ないでしょう。あの旦那様のことですから、隠そうともせずまた社交界に連れ歩いたりするかもしれませんしね。何せその件に関しては前科持ちです。何気に一途というかのめり込むタイプのようですから、すぐに盲目・猪突猛進になりますし。

新彼女さんの身分次第では愛人として遇するのか、はたまた高貴なお嬢様でしたら新たに正妻として迎え入れるのかという問題になります。……っと、おおっ?! それって私が奥様をクビになるということですよね?! ぬぬ、他人事のように客観視している場合ではありませんでした!


お飾りの妻契約の復活になるのか、きれいさっぱり婚姻解消になるのか。


「奥様?」

いきなりぼーっと黙り込んでしまったがために、ミモザが私の顔を覗き込み気遣わしげな声をかけてきました。私は大丈夫ですよとか言ったくせに自分の人生の分かれ道的なことに思い至ってすっかり気をとられてしまい、ちょっとプチトリップしていた私は、ミモザの声に現実こちらに帰ってきて、

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまってたわ。そうね、ここはロータスの言うとおり調べてもらいましょう」

一瞬ぽかんとミモザを見つめてしまいましたが、慌てて大丈夫アピールでミモザに微笑んでから、ロータスに向かって頷くと、

「早速調べてまいります」

目を伏せ丁寧に腰を折るロータス。

「お願いしますね」

それを見て私がもう一度頷くと、ロータスはさっと踵を返して使用人ダイニングを出て行きました。いつもより歩調が速いので、一見落ち着いていたように見えても内心は思うところあるのかもしれません。


冷静なロータスが出て行ったあとのダイニングは依然として微妙な空気が流れています。

怒りで混沌とした雰囲気ではなくなったものの、使用人さんたちがえらく私に気を使っているのが見えるというかなんというか……。えーと、何とも居心地が悪いので、ここは私がこの場を収めてお開きにしないといけませんね。

そう思い口を開きかけたところで、


「はいはい、そんな怖い顔していたら別嬪さんが台無しですよ~。マダームが困っておいででしょう? ほらほらスマイルスマイル~!」


パンパンパン、と軽快に手を打つ音とともにこの場の空気とは裏腹な明るい声が厨房の端から響きました。一斉に視線がとんだその先には、さっきまでロータスの横にいたカルタム。それまで腕組みをしコンロにもたれかかって静かに事の成り行きを見守っていた彼ですが、ここにきてこの場を収めるべく行動したのでした。いつもなら激甘ごちそうさまとしか思えない甘い笑みを湛えた彼が、なんかもう今は救世主のように見えます!! 今日はその甘ったるい笑顔もキラキラと輝いて見えます!

「カルタム!」

この空気を一掃してくれてありがとう! と感謝の念を込めて見つめれば、

「ロータスさんが調べるって言ってんですから、任せたらいいじゃないですか。大丈夫ですよ~マダーム!」

胸に手を当て仰々しくお辞儀をしてから私に向かってにっこりと笑いかけてきました。ちなみにスキンシップは旦那様からきつく禁止令が出ているのでありません。

カルタムの明るい口調と醸し出す空気に、張り詰めたものがあったダイニングの雰囲気は一気に軽くなりました。そして、空気が緩むとともに使用人さんたちもちょっとクールダウンし、

「そおね」

「確かに」

「騒ぐのは罪状が確定してからでいいわよね」

肩をすくめ目元を和らがせ、いつもの様子に戻りました。つか、最後のセリフは若干怖いです。まあそれはいいとしてさすがは亀の甲より年の功、カルタムグッジョブです。

なんとなくみなさんがいつも通りな感じになって胸を撫でおろしたのもつかの間。たしかに微妙な緊張感が緩んだのはいいのですが、


「旦那様、『むしろヴィオラがいいと思った』とか絶叫してたしね」

「あ~、あのシュラバん時ね」


侍女さんがくすっと笑いながら肩をすくめて旦那様のものまねをすると、隣にいた侍女さんもそれを見てクスクス笑いながら肯いています。

あ、あの、ちょっと? なぜそんなこっぱずかしい話をこの場で蒸し返すんですか?

いやーな予感をバシバシ感じて私が頬をひくつかせていると、彼女らをきっかけに、


「うんうん、お連れ様と別れるのは奥様のためだって断言してたしね」

「『ちゃんとした夫婦になる』って言ってたし?」

「とどめに『僕以外の恋人は一切禁止です』な~んて言っちゃってましたし?」

「きゃ~! それって独占欲ってやつ?!」

「逃げないようにとか言ってお姫様抱っこしてたわよね~」

「いやん、奥様愛されてるぅ~!!」

「それまで取り澄まして『私』って自分のこと言ってたくせに、すっかり地の『僕』に変わってたわよね!」


それまでのどよんとした空気はどこへやら、いつも通りのきゃぴきゃぴした会話に戻っている侍女さんたち。対照的にどんどんげんなりしていく私。どうしてここでそれを思い出すかな~?

あ、『私』が『僕』に変わってたとかそんな地味な変化、今の今まで気付いてませんでした……って、どうでもいいですけど。

まだまだ彼女たちの話は続き、すっかりみなさんあの日のシュラバの回想シーンにどっぷり浸かっています。や、これはちょっと、いやかなり恥ずかしいんですけど?

「あーんなに饒舌な旦那様、初めて見たかも」

「うんうん、同意同意」

二やーっと笑う侍女さんに、したり顔でうんうん頷く侍女さんたち。

いや、ちょっと待って? なんでみなさんそう一言一句覚えているのかしら? そしてなぜそんなに楽しそうに盛り上がってんでしょうか?

微妙な空気だったのが、いつの間にか生温かい空気になってきているのは気のせいですかね?

……これは一体何の羞恥プレイでしょう?




生温かい空気になってきたことで(羞恥プレイに耐えられなくなってきたともいう)めまいを感じ、

「……ちょっと自室で休ませてもらうわ……」

目頭を揉み揉みしながら訴えると、

「「「「それはいけませんわ! 今すぐお休みくださいませ!!!」」」」

侍女さんたちは一斉に回想(若干妄想も入ってきた)を切り上げて、椅子を引いてくれーの、扉を開けてくれーの、使った食器を下げてくれーの、それはそれは甲斐甲斐しく私の世話をし、あれよあれよという間に至れり尽くせりで自室まで運ばれてしまいました。そしてとどめに、


「「「「奥様がご心配なされることなど何一つございませんから!!」」」」


といい笑顔で言い切られました。あなたたち、さっきまでどんだけ旦那様の悪口言ってたよ? 変わり身はやすぎよね?! ……まためまいがしましたよ。





今日もありがとうございました(*^-^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりカルタムさんは、ここぞという時に 良い仕事をしてくれますね。 さすがです。
[気になる点] >>「旦那様、『むしろヴィオラがいいと思った』とか絶叫してたしね」 「あ~、あのシュラバん時ね」 侍女さんいくらなんでも、サーシス様の真似でも、公爵夫人を本人の前で呼び捨ては、おか…
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