また来るそうです
先日の器物損壊事件で判ったことですが、使用人さんたちに愛され、旦那様にもとても気を使っていただいて、私はなんと幸せなのでしょう! みなさんから追い出されない限りは公爵家で頑張ろうと決意を新たに、今日もお邸をちょろちょろしています。
使用人さんたちの妙な気遣い攻勢が一段落して、お邸中がいつもの落ち着きを取り戻した頃。
私は今日も今日とて楽しく雑巾片手にガラス窓の掃除に専念していました。
外の景色を部屋の中にいても見ることができ、そして明るい陽光を部屋の中にもたらす透明の壁、そう、ガラスというものは一般的に普及しているものなのですが、一枚の大きさが大きくなればなるほど加工が難しく、高価になっていきます。高価にもかかわらず公爵家には、そんな一枚板のガラスが各部屋に使用されています。さすがはお金持ちです。そしてガラスは透明だからこそその価値があるので、曇っていたり汚れていたりするのは言語道断なのです。ですから私たちは毎日せっせと磨いて回ります。とくにメインダイニングや大広間は庭に面している壁が全面ガラスですので、これがなかなか骨が折れる作業なのですよ。天井近くはさすがに届かないのではしごを使うのですが、私がそれをやろうとしたら使用人さん全員に全力で止められましたので仕方なく諦めて、私は手の届く範囲を掃除することにしています。
庭園にあるシトリンという木になる黄緑色の実の、皮の汁が汚れを取るのに効果的で、かつ艶出し効果もあるのでそれをいただき掃除に使用しています。これは実家にいる時に駆使していた生活の知恵なのですが、ちょっと酸っぱい爽やかな香りもするので、汚れは落ちるわ、艶は出るわ、いい香りがするわで一石三鳥なんですよ! 最初はお掃除用の洗剤を使っていた使用人さんたちでしたが、このシトリン掃除法を気に入ってしまい、今ではすっかりガラス掃除の定番になってしまっています。ちなみにシトリンは繁殖力が強く、実をもいでもすぐに次の実をつけるという優れものです。今までは多少は料理の香りづけに使用していましたが、大半は廃棄処分だったということで快くいただくことができます。毎日庭師チームが収穫してくれています。
ああ、お掃除のことで熱く語ってしまいました。
そうそう、そんなガラス掃除をしていた時でした。サロンのガラスを一心不乱に、そりゃあもうストイックなまでにピカピカ磨いていると、
「奥様、先代様からお手紙が参っております」
と言ってロータスがサロンに姿を現しました。
「まあ、お義父さまから?」
またご機嫌伺いのお手紙を忘れているから、とうとう催促のお手紙でしょうか? 気付かなかったふりをして後でしれっと書いておきましょう。『まあ、入れ違ったみたいですわ! おほほほほ~』的にしらばっくれておくのも忘れずに。
なんて考えていたことはさておき。
「はい。王宮から招集がかかったということで、王都に来られるそうでございます。その際お邸に滞在されるということでございます」
ガラス磨きの手を休めて手紙を受け取り中身を改めているとロータスが説明してくれました。公爵家に届く手紙類は、余程親展でない限り、ロータスがまず目を通しているのです。
私が手紙に目を通すと、その旨がしっかりと書かれていました。
そして、
「……ねえ、これ、明後日来るって書いてある気がするんだけど?」
思わずじとんとした目でロータスを見上げれば、
「左様でございます」
しれっと冷静にロータスは答えましたが、今はもう昼も過ぎて夕方に近くなっています。ということは準備時間はほぼ明日一日ということですよ。これはまた何とも急な話です。
「旦那様はこのことご存知なの?」
「いえ、先程手紙が参りましたのでまだご存知ではないと思われます。仕事場にも連絡が入っているならば別ですが」
「そう。今日はもう夕方近くだから準備できないけど……まあ、明日一日あれば間に合うわね」
いつもキラキラピカピカ隅から隅まで綺麗なお邸です。急なお客様でも慌てることはありません!
「そうでございますね」
「では客室の準備とお料理の相談、くらいかしらね。あ、そうそう。今回もきっと旦那様と同室になると思うので簡易ベッドを運び込まなくちゃね」
「そうでございますね」
「明日は忙しくなりそうね」
掃除もいつもより念入りにして、お花も全部取り替えましょう。
私は頭の中で明日の段取りについて考え始めたのでした。
夜、いつもどおり帰ってこられた旦那様に手紙のことを報告すれば、仕事場の方にも同じ文書が届けられていたようで、ご両親の訪問はすでに知っておられました。
「急なことで申し訳ないです」
眉尻を下げ、申し訳なさそうにおっしゃる旦那様。
「確かに急でございますけど、明日一日ありますから何とかなると思います。しかし今回は急ですね。前回のご訪問は一週間前には知らせてくださいましたのに」
首を傾げて考えます。私的にはあまり深く考えて発言した覚えはなかったのですが、
「王宮からの命令が急だったのですよ。……領地に関することのようです」
口に拳を当て、少し思案しながら旦那様がおっしゃるところを見ると、私があまり詮索してはいけないことのように思われましたので、召集理由については軽くスルーしておきましょう。
ですから話題を変え、
「そうでしたか。では私は失礼のないように精一杯準備させていただきますね。ああ、そうそう、お部屋、今回も旦那様と私はご一緒ということでございますよね?」
一応確認させていただきました。
「そうですよ」
それまでちょっと浮かない顔をしていたのに、いきなりころっと笑顔になる旦那様。切り替え早いですね。旦那様が肯定されたので、
「ではまた簡易のベッドを運び込んでおきますね」
と当たり前のことを申し上げたのに、
「えええっ?!」
お次は目を見開きものすごく残念そうな顔をし、がっくり肩を落とされる旦那様。さっきからまるで百面相のようですね。
「でも簡易ベッドでなくてソファで寝てもよろしいのですが、ロータスたちが絶対ダメっていうものですから」
別にどこでもいいんですけどね。恨めし気に旦那様を見上げると、
「それはもちろんダメに決まっていますよ」
きっぱりと言われました。やっぱり旦那様もソファで寝るのはダメとおっしゃいますか。そうですか。
「ではやはり簡易ベッドを運び込んでおきますね」
そう私が念押しすると、
「……簡易ベッド以外の選択肢はないのですね……はい」
何かつぶやいておられましたがよく聞こえませんでした。しかし不承不承ですね、旦那様。
次の日は、旦那様をお送りした後、一旦使用人ダイニングに集合して緊急ミーティングです。もちろん『明日の先代様のご訪問を歓迎する会』ですよ。
ロータス議長の仕切りのもと、今お邸にいるすべての使用人さんたちがダイニングテーブルに集まっています。私も使用人さんのカテゴライズで☆ 私抜きで会議をしようとしていたみたいなのですが『ハブったら泣くよ?』と泣き脅しで参加させてもらいました!
「前回はご訪問までに時間がありましたので準備に余裕がありましたが、今回はそれがありません。みなさん、気を引き締めて取り掛かってください」
ロータスがビシッと開会宣言をすれば、
「「「「「はいっ!!」」」」」
きりっとした返事がみなさんから返ってきます。
「まずはお邸中の掃除。とくに困るところはありませんが、念には念を入れて」
ロータスが掃除班の使用人さんたちに向かって指示をすると、「イエッサー!」と返事をし、すぐさま持ち場に消えていきました。
それを確認してから、ロータスは次々に指示を出していきまます。
「洗濯班は総てのリネンを取り換えること」
「イエッサー」
「厨房は、いつもより多めに食材を発注しておいてください。どんなリクエストにも対応できるように」
「もちろん」
力強くカルタムが頷きました。
「庭園に関しては特にありませんね。通常営業でお願いします」
「わかりました」
ベリスが無表情で肯きます。
「飾り付けなどは奥様と、手の空いている侍女でやるということでよろしいでしょうか?」
ロータスが私の方を見ながら確認してくるので、
「もっちろんですとも! 張り切らせていただきます!!」
全力で答えておきました。
そうして会議は手短に終了、各自配置につきました。
いつもより慌ただしい公爵家。
普段はゆったりとした時間が流れているのですが、今日ばかりはそうもいっていられません。
掃除も念入りに、お飾りも念入りに。
窓枠にその美しい指を滑らせ『あら、こんなところに埃があってよ?』な~んていうお姑さんではありませんが、それでもいつも以上に気合を入れて磨かせていただきました!
お花も総入れ替え。
総てのリネンの入れ替え。
出入りの商人さんも、今日はとっかえひっかえやってきます。
ロータスは何やら急ぎの書類を用意せねばならなくなったとかで執務室に籠ってしまいました。きっと今回のご訪問に関してのことでしょう。よくわからないので任せておきますが。
そうしてバタバタと用意をしていると、すっかり日が暮れて気が付けば夕方でした。
「あららら! もう夕方じゃないの! バタバタしていたらすっかり着替えるのを忘れるところだったわ」
あぶないあぶない。私は慌ててミモザとともに私室に戻りました。ダリアはまだいろいろ用事が残っているので私一人につきっきりになるのがしのびないからです。
「あぶないところでした」
ミモザもコクコク肯いています。二人揃って忘れていたら、お仕着せのまま旦那様をお迎えせねばならないところでしたよ!
「軽く湯を使われた方がよろしいかと存じますわ。今日はたくさん動かれましたので」
そう言うとミモザは湯殿に行き湯あみの用意を素早く整えています。確かによく動いたので言うとおりにした方がいいなと思い、素直に湯あみをすることにしました。
軽く汗を流してさっぱりし、着替えて用意ができたところに私室のドアがノックされて、
「旦那様がお戻りになられたのですが……」
という、旦那様付の侍女さんの声がしました。間一髪セーフです! しかし、侍女さんの、その語尾が気になります。
「ですが……」?
どういうことでしょう?
「帰られたのですよね? 何かあったの?」
ドアを開けて入ってきた侍女さんに私が尋ねると、
「それが……騎士団の方もご一緒にいらっしゃられていまして……」
困惑気味に答えてくれました。
このくそ忙しい時に来客だぁ?! ……すみません。動揺がすぎました。
侍女さんの言葉に驚きつつ、慌てて私室を出てお出迎えに向かった私たちが目にしたものは。
「きゃ~奥様ぁ! お久しぶりです!」
「今日もお綺麗ですわ!」
「来ちゃいました~」
という、今日も素敵にキラキラお美しい部下のお姉さま方と、
「うお~、奥様だ~!」
「まぼろし、ふたたび~!!」
「やっぱりかわええ~!!」
「天使~!」
と訳の分からないハイテンションの男の部下の方々と、
「ただ今戻りました」
困惑した表情ながらもどこかしら爽やかな感じのする旦那様が、エントランスを占拠している光景でした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
いつもの円陣が、今日は規模拡大で円卓会議w
5/15と本日(21日)の活動報告にて53話の裏小話を載せています♪ よろしければそちらも覗いてやってくださいませ m( _ _ )m




