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素敵な代替品

しばらく黙って馬車の揺れに身を任せていると、あまりの心地よさに思わず眠ってしまいそうになりました。いやほんと、ほんのわずかな時間だったのにですよ。うつらうつらとして舟を漕いだ途端に、がつん、と壁で頭を痛打しました。

「くぅぅぅぅ……っ!!」

痛みに目が覚め唸っていると、

「何をしているのですか……貴女は……くくく……!」

それまで黙ったまま窓の外を見ていた旦那様が私の様子に目を丸くし、あまりの間抜けさに吹きだしてしまいました。

「うう、少し眠くなってしまって。申し訳ありません」

旦那様が目の前にいるっていうのに何たる失態。緩んでいますね、私。

「謝ることなどありませんよ。それよりも打ったところは大丈夫ですか? こぶになどなってませんか?」

まだ笑いを目に浮かべながらも私の心配をしてくださるようです。笑いながらはどうかと思いますが、我ながら間抜けだったと思いますので仕方ありませんか。

「大丈夫です」

「それならよかった。さ、もうすぐ着きますよ。みな、貴女の帰りを待ちわびています。元気な顔を見せてやってください」

「はい」

私の失態に、先ほどから二人の間にできていた見えない壁が氷解したようです。また元の和やかな空気に戻ったところで、馬車は公爵家に着いていました。




馬車を降り旦那様にエスコートされてエントランスの扉をくぐれば、


「「「「「お帰りなさいませ、奥様!!」」」」」


使用人さん総出で出迎えてくれているではありませんか!! ずざざ……っと音がしそうなくらいに揃って腰の角度はお約束の45度。うわ、これデジャヴ。確か結婚式の夜にもこんな風に出迎えられましたね。って、そんなに大袈裟に出迎えなくても……。よく見ればロータスダリアはもちろんのこと、侍女さん一同、カルタム以下厨房ズ、下っ端使用人さんたち、庭師チームなんとベリスまでいますよ、まさに総出!! 普段の旦那様のお出迎えくらいの小ぢんまり感でよかったのですが。

「た、ただ今帰りました」

若干この空気に押され気味に挨拶を返せば、

「ほらね、言った通りでしょう? みな貴女の帰りを待っていたのです」

と、旦那様が私の耳元に顔を寄せ囁きました。使用人さんたちはとってもいい笑顔で出迎えてくれています。本来ならばほぼ一日の業務を終えてゆっくりしている時間にも拘らず、こうして出迎えさせるなんて申し訳ないとは思う反面、うれしいとも思ってしまいました。超過労働のお詫びとして、明日は何かお礼をしなくちゃですね!


実家ですでにゆっくりしてきている私ですから、そのまま私室へ直行、湯あみをしてすぐさまベッドへダイブしました。

いつも清潔洗いたてリネンにこのふかふかベッドは、比べるにはおこがましいほどに土俵が違いますが実家の私愛用ベッドとはまた違った快適さで、やっぱりお気に入りです。

「やっぱりこのふかふか加減は絶妙だわ~!」

枕にすりすりしながら肌触りの良さを噛みしめます。

「それはようございました」

決してお行儀がいいとは言えない行動ですが、ダリアもミモザも微笑んで見守ってくれています。

「なんだか一人で勝手に落ち込んじゃってすみませんでした。旦那様も気にしないでいいとおっしゃってくださいましたし、実家で充電もできましたから、明日からはいつもどおりに戻りますね!」

「はい。ではおやすみなさいませ」

「おやすみなさい」

ダリアとミモザは一礼すると部屋から出て行きました。

私も明日からはまた張り切ってお邸をうろうろさせてもらいましょう! でも間違っても調度品には近寄らない方向で。これは徹底しておかねばなりません。また高級お飾りを壊したりしたら、今度こそ追い出されるかもしれませんからね。ああ、しかしここのシーツの肌触りは最高です。ほんのりと香るせっけんの爽やかさ、サラサラの手触り。ほんと、いい仕事してますよね~。このせっけんの香りを胸いっぱい吸いこんでいたら安心して睡魔が……ぐぅ。




「ヴィオラ、ヴィオラ」


寝ぼけた頭に男の人の声が届きます。……この声は旦那様と思われるのですが、私は夢を見ているのでしょうか?


「ヴィオラ、起きて」


また声が聞こえました。しかも今回はゆっさゆっさと体が揺すぶられてもいます。夢にしちゃリアルです。しかしおかしいですね、私は私室のベッドで一人で寝ているはずなのですよ。そして旦那様もご自分の部屋で寝ているはずなので、ここで声など聞こえるはずもないのですが。

まだ頭は眠ったままですが、ぼんやりと瞼を開くと。


「~~~~!!!!」


声にならない絶叫。


目を開けたらそこには超至近距離で旦那様の秀麗な微笑み。


は、は、はいいい?!

びっくりしすぎて瞼全開の瞳孔全開、思わず光速で後ずさりしたら壁にぶち当たりました。あーびっくりした。驚きすぎて心臓が止まるかと思いました、いや、一瞬止まったかもしれません。確実に呼吸は止まりましたから。背中の痛みでこれが現実だと理解したのですが、この状況はいったい何なんでしょうか?! 

「だ、だ、だ、旦那様?!」

眼の前に旦那様がいるという不可思議な現象が夢ではなく現実のものだと理解した途端に心臓がバクバクと高速運転を開始するわ、顔に血がのぼってくるわ……。いろいろ動揺で噛みまくりです。

「はい、やっと起きましたね。おはようヴィオラ」

そう言って私とは正反対に爽やかに微笑む旦那様はベッドの上、私の寝ていたすぐ横に胡坐をかいて座っています。そりゃそうですね、このだだっ広いベッドのど真ん中で寝ている私(寝相はいいのです!)のすぐそばまで来ようと思ったらそこに乗り込まなくてはなりませんからね。もちろん天蓋押しのけて。

「お、おはようございます……? あの、私そんなに寝坊してしまいましたでしょうか?」

こんなことは初めてですし、いつもなら私が寝坊してようが(といってもそんなに寝坊したことないですけどね)早起きしてようが起こしに来ることなどなかったのですが、すでに着替えを終えられている旦那様を見上げて恐る恐る尋ねると、

「いいえ。むしろいつもよりずっと早いくらいです」

またニコッと笑う旦那様。まあそもそも早い遅いというよりも旦那様がここにいることが異常事態なのですが。

「え? 早いのですか? ダリアとミモザは?」

いつも起こしてくれる二人の姿を目で探せば、静かに目を伏せ壁際に控えています。明らかにこちらを見ないようにしていますが、確実に見られているこの事態。非常に恥ずかしいです。とゆーか、旦那様を止めてほしかったです、切実に。

「いや、それよりもヴィオラに相談したいことがありましてね、早く起こしに来たんですよ」

「相談?」

「ええ。朝食の前に見せたいので早く支度をしてください」

そう言って私の手を取り引き起こしてくださいます。

「はい?」

相談だの見せたいものがあるだの、一体何のことでしょう? いぶかしげに小首を傾げながらも促されるままにベッドを降りましたが、

「ああ、なんでしたらこのまま僕が支度を手伝い……」

「ダリアー、ミモザー。おはよう~。ちょっと早いけど起きるわね~。では旦那様、サロンでお待ちくださいますか? 急いで支度いたしますので」

「……はい」

旦那様がトチ狂ったことを言い出しそうになった途端に私の脳は覚醒し、フル回転し始めました。爽やかな朝ですね! しょぼくれた背中? そんなの見えません! 幻ですよ、まーぼーろーしー!


旦那様には先にサロンでお待ちくださるようにお願いし、丁重に部屋から追い出……こほん、退出していただいてからミモザの待ち構えるドレッサーに腰かけました。

「ちょっと、朝からあれは心臓に悪いわ……目を開けたらキラキラ美形さんよ? 心臓止まったと思ったらお次は高速回転だし。勘弁だわ……」

ミモザに髪を梳ってもらいながら私は思わずこぼしました。

「私どもも驚いておりますよ。まだ奥様をお起こしする時間ではございませんでしたので。ちょうどこの部屋の前を通りかかったところで扉の前に立つ旦那様に出会いましたのでご一緒に部屋で待機させていただくことにいたしましたの。まさか旦那様がご自身で奥様をお起こしに来られるなんて考えてもおりませんでしたわ」

ミモザの後ろで今日着るドレスを用意しているダリアが答えてくれました。鏡越しに見るダリアもミモザも苦笑しています。

「しかし……寝込みを襲撃するとは卑怯なり」

「まあまあ、奥様」

ダリアに宥められます。


とりあえずいつもどおり簡単に用意を済ませ、サロンへ急ぎました。




「これです」

と、旦那様が見せてくださったのは一抱えもある大きな鉢に植えられた観葉植物でした。

ここは庭園内の素敵施設・温室。支度をして旦那様のところに向かったらその足でここに連れてこられたのです。

「これ、ですか?」

その観葉植物はこんもり丸く形を整えられていますが、小さめの葉っぱが青々と茂り、その合間に小ぶりな桃色の花をみっしりとつけています。目を引く派手さはありませんが、なかなかにかわいらしい鉢植えです。今からが見頃なのか、花からは甘いいい香りが放たれています。

この花は以前からここで育ててもらっていたのは知っていますが、もっと素朴な鉢に植えられていたような気がします。今目の前にあるのは小洒落た鉢植えに植えられています。

「そうです。これをエントランスに飾ってはどうかと思いましてね。貴女の意見をぜひ聞きたいと思ったのです」

「エントランス?」

「ええ、高価な置物よりもこちらの方が和むのかな、ってね」

あー……あの壊してしまった置物のところにですね。ちょっと良心がちくりとしました。

でもまた旦那様がセレブ力を発揮して高級品を買いに行くとかなんとか言って引っ張り出されるよりいいというか、むしろこういう方が私好みですから、

「はい! すっごくいいと思います!」

私は両手を握りしめて勢い余ってぶんぶん振りながら大賛成です。

「やっぱり。貴女ならそう言うと思いましたよ。鉢も倉庫から見栄えのするものを探してきて植え替えてもらいました。お気に召しましたか? では、このままエントランスに運ばせましょう」

旦那様が心なしかホッとした様にはにかんで微笑まれています。

鉢もリユースですか! 素敵です!! 繊細な花モチーフのレリーフが施された真っ白なそれは、リユースには見えないオシャレな鉢ですよ。これならまたエントランスが柔らかい雰囲気になりますね。

「ありがとうございます! すごく素敵だと思います!」


心からの笑み付きでお礼を言いました。……絶対破壊しないように気を付けます!!


今日もありがとうございました(*^-^*)


遅ればせながら5/2の活動報告に52話の裏小話を載せています♪ お時間よろしければそちらも覗いてやってくださいませ(^-^)

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