へこみました
ちょっと驚きの別棟内覧会を終え、また旦那様に手をひかれてお邸に戻った私。本館のエントランスを入ると先程と同じようにお出迎えの皆さんが勢ぞろいしていました。そんなところに手をつないだまま帰ってくるのってとっても恥ずかしいのですが、旦那様は全く気にならない様子。押しても引いても一向に離してもらえません。どうやってこの手をはがそうかと腐心している私に、
「改装の出来はいかがでございましたか?」
にこにことロータスが問いかけてきました。
「とっても良かったです。いい感じに仕上がりましたね」
と答えれば、
「そうおっしゃっていただければ、アドバイスした甲斐があったというものでございますよ」
うれしそうに目を細めてくれました。
いつもより少し遅めの晩餐を済ませてから私室に戻り寝支度を整えると、早速お借りしてきた本を読み始めることにしました。
「すごいわね、ダリアもミモザも。私こういう本が好みだとか一度も話したことなかったと思うのに」
手にした本を見せながらダリアとミモザを振り返ると、
「何気ない普段の会話から考えさせていただきました」
「ほら奥様、賄郷土料理食べてる時に『行ってみたいな~』『どんなとこなの?』って興味津々に聞いてたじゃないですか」
当たり前でしょう、とばかりに返ってきました。一流は観察眼も鋭いのですね!
「カルタムが調理しているところをじっと見ていらしたり」
「庭いじりもお好きだし」
なるほど。いつもの言動にヒントはいっぱいありましたね!
「推理物と物語は?」
「その辺りは王道かと」
あらま、これはそういうことでしたか。まあでも王道スキーだから全然文句はございません!
「でも王道なら普通は恋愛ものとかじゃないの?」
「「奥様がそのような種類を好まれるとは思えませんでしたので」」
声を揃えられてしましました。
えーと、それは普段の言動から類推したんですよね? しれーっと視線を泳がせたダリアミモザから感じ取りましたとも。若い乙女(?)としては不甲斐ないですが事実はきちんと受け止めます。
「ソウデスネ。……こほん。でも面白そうな本がたくさんあったわ、ありがとう」
「お礼なら旦那様になさってくださいませ」
にこっと微笑みながらさり気なく言うダリア。
「そうね。今日はこの本を読んでから寝るわ」
なんとなくすぐに読みたい気分だったので本を片手にベッドへ向かいます。
「ほどほどになさってくださいませ」
ベッドサイドの燭台に火をともしながらダリアに注意されました。
「ええ、大丈夫よ」
どうせすぐに眠たくなるでしょう。
「「ではおやすみなさいませ」」
「おやすみなさい」
就寝の挨拶をすると二人は私室を出て行きましたので、私は布団に潜り込んだまま本を読みだしました。
結論から言うとちーっとも大丈夫ではありませんでしたね~。
朝日のまぶしさに目がしょぼしょぼします。いつもは目に優しい明るい陽光なのに今日はまるで透明なナイフのように刺さってくる感じがします。
一応いつも通りの時間に起き出したのですが、完全なる寝不足です。ほぼ一睡もしていません。
結局夜通し本を読んでしまいました。
紀行物では、行ったことのない辺境の土地、よその国、それらが美しい絵で表現され目を奪われ夢中でページをめくってしまいましたました。かと思うと推理物は最後まで幾重にも張り巡らされた罠やトリック、最後まで犯人が分からないというじれじれ感。眠たくなるどころかどんどん目が冴え、犯人当てを読むまで眠れなくなってしまったのです。
しかしそんなことで寝過ごすのはよくないと思い、いつもの時間にさも今起きました~みたいな顔をしてベッドから降りたのですが、いかんせんふらふらします。しかしふらついているとみんながとっても心配するのでここは気力でカバーです!
ですが。
「おはようございます。まあ……奥様? 昨日はちゃんと眠られましたか?」
それでもやっぱりダリアの目はごまかせませんね。ちょっと怖い声で尋ねてくるダリアに、私の寝不足の顔色からいつもの調子でないことがあっさりとばれてしまいました。
「ちょっと本に夢中になっちゃってね。……ごめんなさい~」
小っちゃくなって謝る私は、まるでお母様に叱られている気分です。
そんな私に呆れたのかため息を吐くと、
「仕方ありませんね。朝食の後少し横になられますか? とりあえずは化粧で顔色は何とかいたしましょう。できるわね、ミモザ?」
「もちろんでございます」
横に控えるミモザに指示をしました。うう、ごめんなさい反省しますもうしません。
旦那様との朝食も、若干意識を飛ばしながらもなんとか堪え、いつもどおりエントランスまでお見送りしました。さすがに旦那様とは距離がありますので、ミモザの特殊メイクで何とか誤魔化しおおせました。
旦那様さえ送り出せば後は何とかなると思い、気が抜けたのでしょう。サロンにいったん引きあげようと踵を返したとき、不意に強い眠気に襲われたのです。あまりの眠さにふらついたところで慌てて手をついたところがなんだか高級そうな置物で。
バァァァァン!!
「きゃー!! 奥様?!」
「大丈夫でございますか?!」
とても派手な音を立ててそれはエントランスの床に落ち、粉々に割れてしまいました。慌てふためく使用人さんたち。しかし若干寝ぼけ気味な私は一人床で、
「? ?」
四つん這いの状態から起き出せません。
「奥様! お怪我はございませんか!」
ロータスが私に駆け寄ってきてすぐさまそこから移動させられました。破片のない安全なところまで離れてからさっき私のいたところを見ると、割れた置物の破片がそこかしこに散らばっていて危ないったらありゃしない状態で……って、えええ?! ものすごく他人事のようにぼんやりと寝ぼけた頭で見ていた私でしたが、突然ハッと我に返りました。
お高そうな置物、割っちゃいましたよ!! どうしましょう?!
「ど、ど、ど、どうしましょうロータス!! とっても大事そうな置物壊しちゃいました!!」
パニックに頭を抱えてしまいました。
今更ながらに顔色を変え慌てだす私にロータスは、
「大丈夫でございますよ。あれはただの飾りです。奥様にお怪我がなければいいのです」
と優しい声で宥めてくれますが、あれはどう見ても『ただの飾り』と言ってのけるような代物ではありませんでしたよ。いつも掃除の時に使用人さんがことさら丁寧に扱ってたのを見てましたからね!! もちろん私はそういった高級品にはノータッチですよ。普段からそういったもののお掃除は使用人さんに任せていたのにですよ! 寝不足でふらついて破壊とか、どういうことでしょう!?
「いいえ、いいえ、このお邸には『ただのお飾り』って言ってのけるようなそんなものはないはずです~! ああもうどうしましょう!」
いつも気を付けていたのに!
「落ち着いて下さいませ、奥様。一度お部屋に戻りましょう」
顔色を変え半べそかいている私の背を優しく撫でながらダリアも慰めてくれますが、今は動揺が激しいのであまり効果はありません。
ダリアとミモザに抱きかかえられるようにして私室に戻れば、そのままソファに沈みこみました。
「家宝やそういったものではございませんから、お気になさらずとも大丈夫ですわ」
ソファでべそべそしている私にダリアがまた声をかけてくれました。
「そんなことないです。ここのお邸にあるものは総てかなりの値打ちのものだと聞いてます~!」
お掃除の時の使用人さん情報。
「しかし奥様にお怪我がなかったことが何よりですのよ」
「ああもう、身を挺して壊れるのを防げばよかったわ! 私ってば頑丈にできてるくせに、こんな時には役に立たないんだから……。弁償よね……。って、とってもお高そうだったけど払えるかしら? せっかく借金なくなったというのにまた借金こさえちゃった……うう……」
慰めてくれるダリアの声など耳にも入らずえぐえぐ泣く私。
「まさかそのようなことございませんから、どうか落ち着いて下さいませ」
そう言ってため息をつくミモザの声も耳に入りません。
「うう、どうやって弁償しよう……? やっぱり労働? 今以上に働く? いっそ使用人さんたちの部屋に格下げでもいいわ」
ブツブツと弁償方法を考えていると、片づけを終えたのか、ロータスが顔を出しました。
「奥様、そんなに気に病むことではございませんよ。もちろん弁償などする必要もございません」
まだ落ち込む私に苦笑しながらロータスが言いました。
「でも、でも~」
そう言ってまだぐずぐず言う私に、とうとうため息を一つこぼしてから、
「どうでしょう。ここにいてお気に病むくらいでしたら今日は久しぶりにご実家に帰られてはいかがですか? ご実家でしたら気分も変わりますし、落ち着きますでしょう?」
と、ロータスが提案してきました。しかしその提案ですらも、
「ああ、実家に帰されるのですね……」
今日はどこまでも後ろ向きな私です。
「ではなくてですね、奥様、いいですか? ご実家で少し気分転換してから、こちらに戻ってくるのです」
今度は噛んで含めるようにゆっくりと話すロータスです。『こちらに戻ってくる』というところを強調していましたね。
「……ワカリマシタ」
しゅんとしつつも大人しくうなずく私。
離縁でも何でもいいです。とりあえず実家に帰らせていただきます。
「まあきっとすぐにでもお迎えが行くでしょうけどね」
苦笑しながらポツリと言われたロータスの言葉は、すっかり後ろ向きになっている私の耳には入ってきませんでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
4/12の活動報告に小話を載せています♪ 旦那様のリサーチ編。お時間よろしければお付き合いくださいませ(^-^)/




