内覧会
旦那様の贖罪らしい別棟の改装は内装だけのことなので3日ほどで終了しました。改装初日こそ休暇でお邸にいらっしゃった旦那様はずっと『僕がすべての指揮を執る!』とはりきってへばりついていましたが、後の二日はもはや休暇は終了、後ろ髪ひかれながらお仕事に行かれましたので、帰ってきたらすぐに様子を見に別棟へ直行されるという熱の入れよう。
「お気の済むようにさせてあげてください」
ロータス以下、誰もがそう言って温かく見守っているので私も黙って見ていますが。
「改装が完了しました! ぜひ中をご覧になってください」
夕方、旦那様がお仕事から帰ってこられて。
ロータスから別棟の作業が完了した報告を受けた旦那様はすぐさまその足で別棟に向かいご自分の目で色々確認してきたのでしょう、再び本宅へ戻ってくるや否や私を別棟内覧に誘ってきました。
「ありがとうございます。では明日にでも行かせていただきますわ」
何がどう変わってどうなったとかは判りませんので、綺麗なおうちができたくらいの気持ちで見させていただくことにします。そんなに興味のあることじゃないから『また後で~』的にお返事をしたのに、
「いや明日とかじゃなくて、今から行きましょう!」
すぐさま私の言葉を全否定した旦那様は今すぐに、と私の手を引いてずんずん歩き出してしまいました。もうすぐ晩餐の時間だしそんなに慌てて見る必要もないと思うのですが? 明日ゆっくりダリアミモザと見学して回るつもりだったのですが?
旦那様に引きずられながら居並ぶロータス・ダリア・ミモザ・侍女さんたちに視線で助けを求めたのに、誰も目を合わせてくれないってどういうことでしょう?
「「「「いってらっしゃいませ!」」」」
みなさんが声を合わせて、なおかついい笑顔で送り出してくれますが、誰か止めてくださいよ?
「あ、あの~! 晩餐はどうするんですか?」
誰も助けてくれないから仕方なく自分で抗議すれば、
「旦那様と奥様がこちらにお戻りになってから用意するようにカルタムに伝えておきますので、ごゆっくりなさってこられても結構でございます」
にっこり微笑んでロータスが答えてくれましたが、私はそういう答えを望んでいたのではないのです! 私はゆっくりするつもりありませんし! むしろお腹減ってますし!
「わかった。では行きましょうか」
私の心とは裏腹に、旦那様はロータスの言葉に満足げに肯いています。なんなのでしょう、みんなしてこの「ごゆっくり~!」な雰囲気は! 早く切り上げて晩餐を食したい私としては、別棟内覧をまきでやるしかありませんね!
旦那様に手をひかれ、初めて足を踏み入れる別棟は小ぢんまりしていて落ち着く雰囲気でした。本宅はお客様をお迎えすることもある、いわば『公』の場所なので、立派なものにする必要がありますが、別棟は完全なる『私』の場所なので華美にする必要はないのです。庶民派感覚の私としては、別棟の飾らない雰囲気の方がしっくりきました。
中に進むと広いリビングが一つ、寝室が一つ、バスルームが一つ。リビングに続くダイニングスペースにはちょっとした厨房が作られています。ちょこっとしたお料理ならばここでもできそうですね。外から見えたウッドデッキ――いつぞや旦那様と彼女さんがいちゃこらしていたところですね――は取り払われて、青々とした気持ちよさげな芝生が敷かれてありました。もちろん以前に置かれていたソファもなくなっていて、その代わりにかわいらしいテーブルセットが置かれてあります。天気のいい日にはここでお外ランチも気持ちよさそうです。
どれもこれも質はいいのでしょうが、それと見せないつつましやかな感じのものばかり。なんでしょう、この安心感!
当初の『まきで内覧終わらせよう!』と思っていた私はどこへやら、すっかり感心しながらあちこちを見ているのを旦那様は黙ってにこやかに見守っていました。
ようやく私のきょろきょろがおさまった頃に旦那様が声をかけてきました。
「どうです? お気に召しましたか?」
「はい、とっても。なんだか落ち着きますね」
「よかった! みんなの意見を取り入れましたからね!」
「はい?」
みんなの意見てなんでしょう?
「ロータスやダリアたちにどういったものがあなたの好みかを聞いたのです」
うぉっ?! いつの間にかリサーチされていたのですね?! だからこんなにも私の好みそうな質素……もとい、つつましやかな感じなのですね!
ありえない旦那さまの行動に、驚きで口がパクパクしてしまいました。
「え、と。ありがとうございます?」
「なぜに疑問形なのでしょう? まあいい。これからはここも貴女が自由に使っていただいて結構ですよ。この邸のものは総て貴女のものも同然です」
「……そう思えるように努力シマス」
自信はありませんが。
それからも室内を見ていると、本のぎっしり詰まった書架が目に入りました。前にも言いましたが本は嫌いじゃありませんよ? ただそれだけで一日中すごせるかというとそうではないだけです。どんな本が置いてあるのかと近寄ってよく見れば、結構雑多なタイトルが並べられています。
物語が並んでいるかと思えば推理物が並べられていたり、その横を見れば紀行物、料理にお菓子、庭園管理や植栽、植物図鑑のようなものまであります。
……これって誰の趣味でしょう? ワタシ的には興味をそそられるものばかりですが。
横から視線をバシバシ感じるのでそちらを見ると、『褒めて褒めて』としっぽを振るかのようにキラキラしたお目目で見つめてくる旦那様のお姿が。
「こちらもお気に召しましたか? ダリアとミモザに聞いて貴女の好きそうなものを取り揃えていますよ!」
すごいです。確かに釣られました。こちらに来てからあまり本を読むことはなかったのですが、普段の会話から類推した結果なのでしょう。ダリア、ミモザ、貴女たちは立派な安楽椅子探偵さんになれますよ!
「すごいですね~! たくさんある」
まじまじと背表紙を追っていると、
「本宅の図書室にもこれからまだまだ揃えさせますから、そちらもご自由に持って行ってもらっていいですよ。ああ、今からでもよかったら」
とのこと。そうおっしゃられたら断る理由もないので、興がそそられた二冊ほどを手に取りました。推理物と紀行物です。
「ではこれを。そろそろあちらに戻りませんか? みんなが待ってると思いますよ?」
「そうですね。またゆっくりときたらいいことですし」
そろそろ本格的にお腹が空いてきたので旦那様を促してお邸に戻ることにしました。
なぜかまた手をひかれています。逃げませんのにね。
今日もありがとうございました(*^-^*)
いつの間にリサーチした?!w
遅ればせながら、4/3の活動報告に小話を載せています(^-^) 初デエトの後の旦那様の一人反省会w お時間よろしければそちらもどうぞ♪




