贖罪は散財?!
旦那様との初めての外出は、はっきり言って疲れました。きっとあれはセレブのデートなのでしょう。普通のご令嬢ならばきっと喜ぶデートなのでしょうが、いかんせん私です。別にドレスや宝石のプレゼントは欲しくないですし、美食だってカルタムの料理で充分、いえ十二分に満足しています。きっと旦那様がこれまでにお付き合いしてこられたご令嬢方とはまったくタイプが違うでしょうから、理解できなくても仕方がないと思います。
まあ、とりあえず疲れたということで。
私室に戻るといつものソファにどさっと座り込みました。
「ふわ~~~!! 疲れたわ」
そのままう~んと伸びをし体中の空気を入れ替えるかのように大きく深呼吸すると、ようやく血が巡ってきたような気がしましたよ。
「まあまあ奥様、今日は楽しまれましたか?」
そんな私を見てクスクスと笑いながら、ダリアがハーブティの入ったカップを手渡してくれました。
「う~ん?」
完全否定をしていいものかどうか悩んだので、とりあえず濁しておきましょう。
「疑問形でございますか」
恐らく私の返事に察しがついているダリアは苦笑です。
「旦那様はきっとよかれと思ってお出かけに誘ってくださったとは思うんですけどね。ちょっと行きたいところと違ったというか、なんというか。普通のお嬢様なら大喜びでしょうけど~」
「まあ大体察しはつきますわ」
「ね。あ、そうそうお薬ありがとう! とっても助かったわ!」
「それはようございました。旦那様があそこの料理店を予約したとロータスから聞きましたので」
「なるほどね。アレが無かったらやられてたわ」
「お役に立てて何よりでございます。お邸でしたらなんとでもお助けできますが、離れておりますとお助けに参上できませんもの」
「そうよね」
有難いダリアの配慮に感謝してもしきれませんね!
ちょうど飲みごろの温かさになったハーブティを美味しくいただきます。ハーブの優しい味が疲れを癒してくれます。ダリアはハーブティを淹れるのも上手だなぁとほっこりしているところに、
「奥様、湯あみの用意ができました。今日はゆっくりなされてください。上がりましたらお疲れほぐしのマッサージをいたしましょうね」
とミモザが呼びにきました。
お疲れの私にミモザの癒しは拒めるでしょうか? いいえ拒めません! というわけで、お風呂上りにミモザとゆかいなエステ隊によって全身マッサージを施され極楽極楽……ぐぅ。
「……様、奥様、朝でございますわよ……」
遠くの方でダリアの声が聞こえます。これは夢の中でしょうか? 寝ぼけた頭には判然としませんが、
「ん……まだ、もう少し寝させて……」
一応答えておきます。多分ダリアには『むにゃむにゃ~』としか聞こえていないでしょうが。
「昨日は……になられた……りました」
眠たくて眠たくて、ダリアの声が途切れ途切れです。特にこれといって今日は予定もありませんし、ゆっくり朝寝させてもらってもいいですよね? いつもちゃんと起きてるんですけどね、さすがに昨日はいろいろ疲れたので……すぴー。
どれくらい惰眠を貪っていたのでしょう。すっきりさっぱり目が覚めると、もはやお日様は随分高いところまで登っていました。
しばらくベッドの上でぼけーっとしていると、
「奥様、お目覚めですか?」
そう言ってダリアが水差しとコップを乗せたお盆を手に近付いてきました。
「おはよう、ダリア。私、すっかり寝坊してしまったみたいね」
ダリアからハーブが効いた冷たい水をもらい、口にします。すっきりとした味がのどを潤し、水の冷たさに頭が覚醒していきます。美味しくてぐびーっと一気飲みです。
「ええ、お起こしいたしましてももう少し寝るとおっしゃいましたので、そのままにさせていただきました。昨日はお疲れになられたのでしょう」
私が飲み干した空のグラスにもう一杯ハーブ水を注ぎながらダリアは優しく微笑みます。
「思っていた以上に疲れたみたいね~」
「いつもと違ったことをなさったからですわ」
「そうね」
「そのうち慣れますよ」
「いや、絶対慣れない気がします。一生」
「……」
私が力いっぱい言い切ったのを見て苦笑するダリア。
二杯目のハーブ水を飲み干してダリアにグラスを渡し、ベッドから降りました。
今が一体何時なのか判りませんが、とりあえずいつまでも夜着でうろつくわけにはいきませんので、ミモザが待っているドレッサーに向かいます。
今日はとってもいい天気で、腰高の窓から降り注ぐ陽光が気持ちいいなぁと思いながらふと窓の外を見ると。
「……あれは、何?」
腰高の大きな窓は庭園に面していて、いつでもこのお邸の素晴らしい緑が見渡せるのですが、今日はなんだか人がたくさんいるのです。
それも別棟のあたりに。
別棟は、誰がそのように指示したのか知りませんが、この本館からは上手いこと見えにくいように建っています。方向といい木立の配置といい緻密な計算によって上手く隠されているというか。ですから今まで旦那様と彼女さんの生活など、よほど近くで垣間見しない限りは見ることがなかったのです。
よく言えば『非日常の空間』、悪く言えば『密会宿』。そんな感じでしょうか。きっと当初は前者の意味で設計されたのだと思いたいものです。
彼女さんが出て行って旦那様が本宅で暮らすようになった今、いつもならひっそりとしているその方向に何故だか男の人がたくさんいるのです。庭師というか、何かの作業をするようなラフな格好をした。
庭園の非日常に何事かとダリアに問えば、
「何やら旦那様が別棟を改装すると言い出しまして、朝からあのように作業の者たちが出入りしているのでございます」
淡々と答えます。
「まあ、そうなの。どうしていきなり改装なのかしら? 老朽化しているとか?」
前に見た感じではとてもきれいだったと思うのですが。むしろ実家の方が……涙。
「いいえ、まだそう古くはございません。壁を替えたり、床を替えたり、家具を替えたりしているそうでございます」
そんなに傷んでいないのに改装ですか、そうですか。何でまたそんな無駄遣いするのか、ほんとお金持ちさんの思考にはついて行けません。
「そうなんですか」
旦那様のお考えは私に解るわけもなく。私に関係ないでしょうからとりあえず着替えましょう。お腹も空きましたし。
まったく私に関係ないと思っていたお気楽な私よカムバック!
「別棟を改装することにしました。貴女にとって嫌な思い出しかないでしょうから、総てを新しくすることで少しでも気分を変えることができればいいなと思いましてね」
本日初めて旦那様と顔を合わせた昼食の席で、とってもいい笑顔でそうおっしゃいました。
改装は私のせい、もとい、私のためだったのですか……。スケールの大きさに魂的な何かがぷしゅ~っと離脱していく感覚に襲われ、くらっとしました。
「そ、そんなことなさらなくてもちっとも嫌なことなどございませんでしたのに!」
旦那様のお言葉に慌てる私です。そもそも旦那様と彼女さんに関しては一切合切ノータッチでしたから、嫌な思い出も何もありませんし、つか、むしろ何とも思ってないというか。
慌てる私とは対照的に落ち着き払った旦那様は、
「いいえ、これからあちらに行くことがあった時に、ふと思い出されてはいけませんから」
さも当然のように言ってますがしかし大事な点が抜けています。
「というか、私、別棟に一度も行ったことがないのですが」
「あ」
一瞬で固まる旦那様、そんなことも失念なさっていましたか。まあ偶然に垣間見したことはありますが、それは内緒の方向で。
しかしすぐに復活なさると、
「それでは別棟自体が嫌な思い出になりますね……。いっそ建て替えるか……?」
これまたとんでもないことをブツブツと呟きだしました。改装どころか建て替えですと?!
「いやいやいやいや、建て替えなんて滅相もないです! 嫌な思い出も何もございませんから改装だけに留めてくださいませ!」
さらに慌てて旦那様の服に取り付きお願いです。
「それでは貴女の気が……」
「全っ然おさまってますから、建て替える方がよっぽど気に病みますから!」
これ以上無駄遣いしないで~!!
「貴女がそこまでおっしゃるのなら……。まあいい、これからは貴女との思い出で新しく塗り替えて……」
「さ、昼食をいただきましょう! せっかくのお料理が冷めてしまいますわ!」
なにかさむ~いことをおっしゃりかけたようですが、なんでしょね~? さ、美味しい料理を食べましょう!
直接指示がしたいからと、昼食後もまた別棟に様子見に行かれた旦那様。一緒にどうかと誘われましたがここは丁重にお断りさせていただきました。
「別棟、改装なんてしなくてもよかったのに。まったくどんだけ浪費すれば気がすむのかしら。これで財政が傾いたりしたらどうするのかしら……」
「……奥様、心の声がダダ漏れでございます」
「ぬぅ、声に出ていましたか」
「はい」
おおう、つい口に出していたようです。冷静にロータスにつっこまれてしました。
「これくらいの出費でしたら傾くことはございませんから、ご安心を」
そこも冷静に補足してくれます。
「そうですか。でも勝手に改装とかしていいのかしら?」
「当主はすでに旦那様でございますから。それに先代様にもすでに報告済みで、『こちらに来るときは別棟に滞在するのもいいな』とのことでございました」
すでに報告済みかつ了承済みでしたか。
「ワカリマシタ」
もう好きにしてください。
そんなさじ投げ状態の私を見て、くすっと笑いを漏らしてから、
「ここは旦那様の贖罪だと思って、好きなようにさせてあげてくださいませ」
フォローが入りました。
もはや私がどうこう言うレベルではありませんので、ロータスの言うとおり好きなようにしてもらいましょう。
今日もありがとうございました(*^-^*)
旦那様、暴走中w




