歩み寄り?
二週間の出張から帰ってきた旦那様は、
「二週間も休みなく働いてきましたからね、三日休みをもぎ取ってきましたよ! 少しの間ですけどゆっくりできます」
「そうですか」
「三日しかありませんが、のんびりしましょう」
「三日もあるんですね。わかりました」
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
ビミョーにすれ違った会話をして、旦那様は自室に下がられました。
次の日。
今回の出張がよほど厳しいものだったのか、旦那様はお昼近くなっても起きてきません。
「大丈夫かしら?」
さすがに気になり旦那様のお部屋の様子を扉越しに窺いながらロータスに問えば、
「かなりお疲れのようでございましたので、まだよくお休みになられております」
との答え。
「そう。じゃあ起こさずに寝かせて差し上げましょう」
「そうですね」
寝た子は起こすな。……ではなく、せっかくのお休みですからね、ご自分でもおっしゃっていたようにゆっくりさせてあげませんと!
そっと静かに旦那様の私室を離れ、階下のメインダイニングに向かいます。旦那様がいつ起きてこられるかわからないので、今日は寂しいですがおひとり様で昼食です。
「お昼を食べたらベリスのところに行くわ。見頃の花がたくさんあったと思うから」
「かしこまりました」
さすがに旦那様がいらっしゃるのでお仕着せは封印です。手持ちのドレスの中でも比較的動きやすい簡素なデザインのものを選んで着ています。って、何着かをヘビロテしている中の一着なんですがね。まあこれなら少々汚れても大丈夫です。
昼食時間になっても旦那様は相変わらず起きてきませんでした。どんだけお疲れなのでしょうね。どんなお仕事だったのかしらと若干心配になってきました。
やはり体力の回復が一番ですので旦那様はそのままそっとしておいて、ミモザと一緒に庭園へベリスを探しに出ました。
のどかに晴れた気持ちのいい日です。きっと花も美しく咲いていることでしょう!
「土いじりできないのは残念だけど、綺麗なお花を見るだけでよしとするわ」
「そうでございますよ。あ、日傘から出ないでくださいませね!」
「大丈夫よ~!」
「せっかくの美しい肌にシミなどとんでもございません!」
「ミモザは過保護ね! で、ベリスはどこにいるのかしら?」
「多分今頃は温室じゃないですか?」
「さすがねミモザ! ベリスの行動パターンを把握してるのね!」
そうそう、こちらもラブラブ夫婦です。カルタムとダリアのカップルよりはギャップが少ないとは思いますが。私が『いよっ、ラブラブだねお二人さんっ!』と微笑ましく思いながらニマニマとミモザを見ていると、はにかみ頬をうっすらと染めるミモザ。いやん、可愛いです!!
はにかむミモザに身悶えているうちに温室にたどり着き、ミモザの言った通り魔王様……もといベリスを発見しました。
見頃な花がたくさんあったので、
「これはエントランスにぴったりね!」
「こちらはダイニングにいかがでしょう?」
「これはサロンがいいと思います」
などなど、三人であれやこれやと吟味しながら花を摘んでいきます。誰かをお招きすることはまずないのですが、それでも豪華な花は自然とパブリックスペース向けに摘んでしまいます。私的には大輪の華やかなものも好きですが、小さく可憐に咲いているのも捨てがたいので、そちらは小さくブーケに作ってもらって私室に飾っています。うん、お花のある生活っていうのはなかなかに潤いのあるものなのです。
花摘みが一段落したので、ちょっと小休止ということになり『オレはいいです』というベリスを『まあまあ、ご一緒に』と無理矢理巻き込んでお茶をすることにしました。
本当に目にも眩しい青空の気持ちのいい天気だったので、庭園の木陰でピクニック休憩です。
邸からティーセットとお菓子を持ってきてもらい、敷物をしいてもらって直接座り込みます。芝生のふかふか加減が絶妙に気持ちのいいクッションになっています。
ミモザが淹れてくれた美味しいお茶と、カルタム作の美味しいお菓子。
「あ~なんて幸せなティータイムなんでしょう!」
私が目を閉じ、お茶のフルーティーな香りを楽しんでいると、
「あ、奥様、これを温室にお忘れでしたよ」
そういいながらベリスが手渡してきたのはさっきのプチブーケ。私室に飾るつもりだったのに、うっかりしていました。
「あらやだ、私ったら。ありがとう、ベリス」
お礼を言ってベリスから花束を受け取ろうとした時。
「ベリスっ!! ヴィオラに何してる?!」
ざっざっざっ、とこちらに駆けてくる足音と共に聞こえたのは旦那様の声。
「「「旦那様?」」」
足音と声のする方を三人がキョトンと見ていると、猛ダッシュで走ってくる旦那様。ダッシュがつらいのか、超不機嫌な顔をしています。
「ベリス! その花束は何だ? ヴィオラに媚びでも売るつもりなのか?」
「そのようなことは……」
「いいや、こんなところで二人きりというのも怪しいじゃないか!」
あっという間に私たちのところまで来たかと思うと、ベリスに掴みかからんばかりの勢いで突っかかる旦那様です。寝起きそのままに来られたのでしょうか、きれいな濃茶の髪が少し乱れています。でも旦那様のおっしゃったこと、おかしいですよね? 私とミモザとベリス、三人いますよ?
今日も鬼気迫る旦那様です。
「旦那様? どうなされたのですか? ベリスと二人きりとかおっしゃってますけど、ここにミモザもおりますよ?」
気色ばむ旦那様をちょっと冷静になってもらおうと私が声をかければ、
「ミモザ? え? あ……」
こちらにようやく視線を向けた旦那様がミモザを確認し、動きを止めました。
「旦那様は何か勘違いをなさっておいでですわ。私とミモザとベリスでお茶休憩をしていただけですし、この花束も私が温室に忘れてきたものです」
そう言って、今の今までお茶をしていた名残りを指し示します。
「そうなのですか?」
「はい。なんで私とベリスが二人っきりだとお思いになったのです?」
「目が覚めて窓から外を見たら、庭園でヴィオラとベリスが寄り添って話をしているのが見えたので……。僕の部屋の窓からだと、木でミモザは見えなかった」
ばつが悪そうにする旦那様。寄り添ってもありませんでしたけどね。私とベリスの間には茶器やお菓子を載せた皿などがあり、ゆうに人一人分は開いていましたから。きっと旦那様のお部屋の窓からの角度がそう見せたのでしょう。
「それでおかしな誤解をして走ってきたと」
「そうです」
「……あの~、私昨日も同じようなことを申し上げたのですが、敢えて今日も言わせていただきますと、ベリスが私を口説くわけがないんですよ」
「えっ?」
さすがの旦那様も何だかデジャヴと思ったのか、口元をひくり、と動かしました。
「え~と、またもや昨日の今日で同じ質問をするとは思ってもみなかったのですが、まさか旦那様、ベリスとミモザが夫婦だということもご存知ないのですか?」
「えっ? ベリスとミモザが夫婦……?」
知らなかったよ、とつぶやきながらプチンと糸が切れたように芝生に脱力し座り込む旦那様。
あちゃー。こちらのカップルについても知りませんでしたか。私は思わず天を仰ぎました。
「俺たちが結婚したのは、旦那様がこちらに帰ってこなくなってからのことですから」
今回はベリスにフォローされています。
「ベリスとミモザはラブいちゃというよりもベリスの溺愛という感じですけどね、ベリスがよそ見なんてするはずないんです! それよりも旦那様!」
「何でしょう?」
「昨日もそうでしたが、旦那様はお邸のことについて疎すぎます!」
「えっ?!」
「旦那様は公爵家の当主なのですから、もう少し、いえもっともっとしっかりしていただかねばなりません!!」
ちょっと厳しくビシリと言ってしまいました。
「う、」
お綺麗な顔をピクリと引きつらせる旦那様。ちょっと偉そうに言い過ぎたかしら、と思い直して今度は一転優しい口調にして、
「お忙しいとは存じますが、少しは公爵家のことに目を向けてくださいませね? 微力ながら私も頑張らせていただきますから」
そう言って微笑みかければ、
「ヴィオラがそう言うのなら、これからはもっとちゃんとする」
強張らせていた顔をほころばせながら言いました。お、更生の兆しが見えましたよ! 何せ私の肩には『ぜひとも旦那様を更生させてくださいませね!』という使用人さんたちの期待がのしかかっているのですからね。チャンスです!
「ありがとうございます。あ、旦那様よろしければお茶でもいかがですか? ずっと寝ていらっしゃったのでお腹が空いているんじゃありませんか?」
さらに笑みを深くし、座り込んでいた旦那様に手を差し伸べます。
「うん、いただくとしよう」
素直に私の手を取り立ち上がった旦那様の手を引き、お茶セットの広がったままの敷物のところにご案内します。
何の衒いもない旦那様の笑顔はキラキラと眼福ものです。先に敷物の上に座った旦那様は、私を見上げながらご自分の隣の場所をポンポンと叩きました。これはここに座れっちゅーことですね。素直にそこへと座りました。
私たちが腰を落ち着けるのを見計らって、
「もう一度お茶を淹れなおしますね」
「軽食の用意をこちらに運ばせましょう」
そう言ってミモザが茶器を手にすると、阿吽の呼吸でベリスが厨房へと伝言に向かってくれました。二人が一瞬『にこっ』と微笑み合ったのをばっちり目撃してしまいました。ああ、今日も仲良しさんで、見ていて心が温まります!
「こうやって外でゆっくりお茶をするのもなかなかいいものだね。ああ、寝すぎてしまってもったいないことをしたよ」
敷物に座り、手を後ろについて空を眩しげに見上げる旦那様は何て絵になるのでしょう。
「今日はとてもいいお天気ですからね」
天気がいいからか、私の心も凪いでいます。うん、初めて旦那様とこうしてゆっくりとお話している気がします。天気のせいか、そんなにつらくはありません。
「寝すぎで体が重いよ」
くすくすと笑う旦那様。
「まあ、ふふふ」
柔らかい風が頬に心地よい午後です。
……そんな私たちの様子を、いろんなところから見守る使用人さんたちに姿があったことなど、まったく気づきもしませんでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
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3/29 誤字訂正しました m( _ _ )m




