旦那様が今頃知ったこと
騎士団のみなさまの襲撃の数日後。
「急ですが明日から出張になりました」
いつもの帰館のお出迎えをした時に旦那様が急に告げました。
「え? 出張ですの?」
本当に急ですねぇ、と小首を傾げれば、
「そうです。二週間ほどですが、南の国境付近まで行かねばなりません。寂しい思いをさせますが、邸のことなどよろしくお願いします」
切なげに綺麗な濃茶の瞳を細め、私の瞳を覗きこんでくる旦那様。
ん、でも違和感です。
なんせ今までは出張があってもロータスから「○○日ほど出張に出られるそうです」と事後報告されるだけだったのに、今回は何故に直接? しかも赴任地まで? そして留守の間しっかりとお邸を守ってほしいなどと言われてますけど、しかしそれは通常営業の範囲内。
「はい。大丈夫ですわ! ロータスやダリアミモザもいますし寂しくなんてございませんわ!!」
使用人さんたちもいますし、どこに寂しさがあるというのでしょう! にっこり笑って力強く答えたにもかかわらず、旦那様はビミョーな顔で微笑んでいました。ビミョーな顔でもお綺麗って、どんだけうらやましい造りなんでしょう!
「そうですね。ロータスやダリアにも重々頼んでいきますからご安心ください」
「はいっ!」
満面の笑みで送り出してさしあげましょう!
それからきっかり二週間。まるで旦那様が彼女さんと別棟に暮らしていた頃のように、私は使用人ライフをエンジョイしました。掃除に洗濯、飾り付け。庭園の草引きや花の手入れ。三食は使用人さんたちと和気藹々使用人ダイニングで郷土料理フェスタです!
何度かお茶会やパーティーのお誘いがあったようなのですが、
「これらは行かない方が賢明かと存じます」
というロータスの判断がありましたので、『旦那様がお忙しいので、今回はごめんあさーせ☆』とお断りしました。そもそもあまり社交的ではないので、お断りする方が気が楽です。
そうして穏やかに楽しく過ごしていると時間なんてあっという間に過ぎて行ってしまうのです。悲しいかな。
そしてあっという間に二週間が過ぎてしまいました。
「ごきげんよう、奥様!」
お客様だとロータスに呼ばれてエントランスに顔を出せば、そこにいたのは先日の金髪キラキラのお姉さま。
「まあ、こんにちは!」
今日のお姉さまは何か使命を帯びていらっしゃるからか、凛とした美しさを身にまとっています。私が心の中でお姉さまの美しさを賛美していると、改まったお姉さまが胸に手を当て騎士の礼をしながら、
「今日は先触れとしてやってまいりました。我が特務師団は今回の任務を無事終えることができましたので、本隊は夕方には王都に帰還する予定でございます」
口上を述べました。今日の任務はこれだったのですね。
「では旦那様はそのまま王宮へ行かれるのですね?」
「はい、団長はそのまま王宮へ参上し今回の報告をされます。その後ささやかな労いの食事会がありまして、その後に帰宅となるでしょう」
「わかりました。騎士様もお疲れのところわざわざありがとうございました」
「では、私はこれにて失礼させていただきます」
そう言ってもう一度礼をすると颯爽とお邸を後にしました。
「ささやかな宴があるのでしょう? 旦那様はいつお戻りになられるのかしらね?」
使用人さんたちと楽しく晩餐をとった後、旦那様がお帰りになるまで私室で待つことにした私。さすがに何時になるか判らないからと言って、お許しもないのに先に寝るのは失礼かと思いましたので。
やりかけのパッチワークで時間つぶしをしようと針と布を手にしながらダリアに聞くと、
「いつもならばかなり遅く、夜更けでございますわね」
とのこと。
「う~ん、さすがに夜更けまで起きていられそうにないんだけど……」
日中活発に動きますので、早寝早起きをモットーとする私。夜更かしには自信ありません。
「少し仮眠されますか? ご帰館されましたらお起こしいたしますよ」
「う~ん、でも中途半端に寝ちゃうと後で寝れなくなっちゃうし」
う~ん、どうしましょ、と頭を悩ませていると、
コンコンコンコン!!
部屋の扉が忙しなくノックされます。
「ミモザでございます。奥様! 旦那様がお戻りになられました!!」
ノックの主はミモザで、ダリアが扉を開けると転がり込んできました。
「ええっ?! まだ夜更けでも何でもないわよね?」
「ええ」
ダリアも驚いているようです。
「私、さっき晩餐をいただいたところよね?」
「はい」
旦那様、早すぎじゃね?! ……こほん。これが事実ならば早急にお出迎えしなければいけませんね!
とりあえず夜更かし云々の懸念は去りましたが。
「旦那様、今頃は王宮で労いの宴じゃなかったの?」
私はエントランスに向かって小走りで急ぎながらミモザに問うと、
「どうやらその宴には参加しなかったようです」
「ええっ?! そんなことが許されるの?!」
「それは存じませんが……」
とにかく帰ってきているものは仕方がありません。エントランスへ急ぎます。
二週間ぶりに見る旦那様は相変わらずお綺麗なのですが、お疲れなのかどことなくアンニュイなオーラを醸し出していました。それはそれで素敵なのですが。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
ロータスと話す旦那様に駆け寄れば、
「ただいま帰りましたよ! ああ、ヴィオラ、元気でいましたか?」
そう言ったかと思うと、私の視界が真っ暗になりました。
「え? え? だ、旦那様?!」
はい。真っ暗になったのはいきなり旦那様にハグされたからなんですね。いきなりのことにあわあわする私。
「無事に帰ってこれましたよ! ヴィオラに早く会いたかったので報告だけをさっさと済ませて宴はすっぽかしてきました!」
少し私を離して顔を覗き込みながらいい笑顔で言ってますけど、そんなの許されることなんですかぁ?!
「いや、ちょ、待ってください?! すっぽかしてって!」
「ああ、大丈夫ですよ? ちょっとばかり旅の疲れが出て具合が悪くなったのです」
うそつけ。めっちゃ元気でしょうが。
「それに部下たちもさすがに今回は疲労困憊だったので、宴は後日になりました」
集団ボイコットですか。まあ、本当にすっぽかしてきたのではなくて胸をなでおろしたのですが。
「そ、そうですか。……って、では旦那様、晩餐はまだ召し上がっていないということですよね?」
宴が催されていないということはそうですよね。
「ええ、そうです。僕的にはヴィオラを……」
「すぐさまカルタムに言って用意させますね!!」
何だか旦那様の怪しげな発言が聞こえそうになりましたが、無視です、無視!
べりっと旦那様の腕を剥がし、
「とりあえずサロンでお待ちくださいませ!」
なぜかがっくり項垂れる旦那様をサロンに押し込みました。
サロンから出て、厨房にいるだろうカルタムのところへ行こうとしたところでばったり本人と出会いました。
「まあ、カルタム! 厨房じゃなかったの?」
「ちょっと自室に用事で戻っていたのですがね、ダリアに呼ばれて厨房に戻るところだったのです」
パチン、と片目をつぶるカルタム。はいはい、そこでウィンクは必要ありませんよ。まあこれが通常営業のカルタムなのでまったくもって気にもなりませんが。
「あら、そうだったの。旦那様の晩餐が急に必要になったの。今からでも大丈夫かしら?」
「全然余裕でございますよ! 少々お待ちくださいませ、マダーム!」
魅惑的な笑顔でにっこり微笑み、そのまま素早く私の手を取り優雅な仕草で手の甲にChu! いつもながら流麗です。ああ、もうこれごときでドギマギしなくなった私はスレてしまったのでしょうか?! ……って、嘆くようなことではありませんね。これもまた茶飯事なので、
「急にごめんなさいね? じゃあ、よろしくたの――」
「ヴィオラ? 誰と話……はあ?! カルタム!! お前何してんだ!?」
私の言葉にかぶさってきたのは、サロンから顔を出した旦那様の声。後半はもはやいつもの取り澄ました旦那様はどこへやら、すっかり素が出ています。
旦那様がばっちり目撃したのは、まさにカルタムが私の手にキスを落とすところだったのです! 見る見るうちに視線を鋭くさせ、もはやカルタムを射殺さんばかりに睨んでいる旦那様。
「だ、旦那様!」
そんな剣呑な雰囲気をビシバシ出している旦那様に慌てて駆け寄り呼びかけるも、カルタムを睨み据えたまま、
「ヴィオラは僕の奥さんだよ? そしてカルタムにとっては主人だよな? そんなヴィオラに手を出すのか!」
それはもう、周囲が凍りつくかと思われるような冷たい声で言い放ちました。
そんな私たちからすればトンチンカンな発言に、
「「ええ?! まさか!!」」
思わず声をハモらせた私とカルタム。
「何だ?! ヴィオラまでカルタムをかばうのか!」
旦那様の、もはや武器のように尖った視線が、私に刺さってきました。美形が怒ると迫力ありますね、思わず背筋がぞくっとしましたが、
「かばうも何も、カルタムが私を誘惑するわけないじゃないですか!」
剣呑な光を宿す旦那様の濃茶の瞳をしっかりと見返しながら、私は言いました。
「なぜそう言い切れるんですか!」
私がカルタムをかばったことが気に食わないのか、ますます声を荒げる旦那様ですが、
「だって、ダリアっていう愛妻がいるんですよ? 私に見向きするはずないじゃないですか!!」
「……は?」
「『は?』」
私の言葉に、それまでの空気は霧散しぽかんとなる旦那様。ぽかんとなった旦那様に私もぽかんとなってしまいました。恐る恐る、
「……あの、もしや、旦那様はカルタムとダリアが夫婦だということをご存知なかったのですか?」
私がゆっくり噛んで含めるように言うと、
「……それは本当なのか? 知らなかった……」
気まずそうに目を逸らせました。
「僕とダリアが結婚したのは、旦那様がまだお小さい時でしたからね」
カルタムが旦那様をかばうように言いました。しかし私はまだ言い足りません!
「それにカルタムのスキンシップは単なる挨拶ですからね。私も最初の頃はドギマギしましたけど、これに反応する女子は、このお邸にはいませんよ?」
「そうなのか?」
「そんなもんなんです!」
意味なく胸を張る私。そんな私をまじまじと見た後、旦那様は視線を外し、改めてカルタムに向き直ると、
「では、カルタム」
「何でございましょう、旦那様」
恭しく視線を下げ、腰を折るカルタム。それを満足気に見てから、
「これからヴィオラにはスキンシップ禁止だ」
ビシリといいました。そして言われたカルタムは、それはそれはいい笑顔で、
「かしこまりました!」
と即答です。
カルタムが何でそんなにいい笑顔で即答したのかよくわかりませんが、そんなことを言わなくったて、私、人のモノを盗ったりしませんよ??
今日もありがとうございました(*^-^*)




