お茶会
ちゅん、ちゅん、ぴぃ、ぴぃ。
眠気を誘うくらいにのどかな陽気と穏やかに濃い緑の匂いを運ぶ風。緩やかに私たちの間を渡ってゆきます。
ここはフィサリス公爵家の自慢の庭園。
特別に設えられたテーブルには甘い香りを放つ数々のお菓子や琥珀色のお茶が美味しそうに湯気を立てています。
今日はお日柄もよく、初めて公爵家でお茶会が開かれているのです。
今回のご招待客は、とりあえずパーティーでもお世話になったアイリス様――サングイネア侯爵令嬢――とナスターシャム侯爵令嬢、クロッカス伯爵令嬢、コーラムバイン伯爵令嬢の四人です。そもそもの言いだしっぺですしね。
「しかしこの間の夜会では驚きましたわ!」
おほほほほ、と鈴を転がしたようなかわいらしい音色で笑うのはアイリス様。
テーブルを囲み、各々優雅にお茶を楽しんでいるところです。
「ヴィオラ様、公爵様にあんなに溺愛されていらっしゃるなんて、ねぇ」
ほのぼのと目を細めるクロッカス伯爵令嬢。
「色々お噂がありましたけど、あれで一掃ですわね」
「あんな公爵様、初めてお目にかかりましたわ」
「「「「ね~!!」」」」
ご令嬢方は楽しそうにきゃぴきゃぴと会話が弾んでいますが、対照的に私の頬はぴくぴくしております。やーめーてー! それって私にとっては黒歴史以外の何物でもありませんから!!
「そ、そんなことございませんわ、あ、ははは……」
げんなりとしながらも弱弱しく笑っておきました。
あの夜会。
衆人環視の中『奥さん自慢』をとうとうとしてくれちゃった旦那様。
どんな羞恥プレイだ! と魂的な何かが幽体離脱していた私。
地雷を踏んでしまいどツボにはまったバーベナ様。
三者三様で注目を浴びていましたが、それをぶった切ってくれたのはホストであるココの人たちでした。
『ほら、もうあきらめな~。サーシス、邪魔して悪かったな!』
といい笑顔で言いながらバーベナ様を引きずっていくアルゲンテア兄弟。
『大丈夫! まだ話足りないくらいだけど、またの機会にでも!』
と片手を上げ爽やかに微笑む旦那様。待って! 次回無いから! やめて?
幽体離脱している場合ではないと、あわてて魂を体内に納めて我に返った私です。
『ああ、ヴィー。大丈夫でしたか? バーベナに何かされませんでしたか?』
気遣って私の顔を覗きこんでくる旦那様ですが、バーベナ様よりもアナタの精神攻撃の方がよほど堪えましたとは言えません。
『何もありませんわ。旦那様が間に入ってくださったので』
口元をひくひくさせながら答えると、
『間に合ってよかったです』
とまた爽やかな笑みを浮かべられました。
『ところで、僕を探していたようですが、何かありましたか?』
『え? ああっと。そうでした。あの、うちでお茶会を開きたいと思うんですけれど、どうでしょうか?』
そうだそうだ。バーベナ様との一悶着ですっかり用件をブッ飛ばしていました。
私の突然のお茶会発言に一瞬怪訝な顔をされた旦那様ですが、すぐに元の笑顔になり、
『それはいいですね! ぜひお友達を招待してください』
即行でOKが出ました。
『ハイ。ありがとうございます』
『ロータスとダリアに言えばすぐにでも用意してくれますよ。それにきっと喜ぶでしょう』
『はあ』
何で喜ばれるとか、今はツッコまないことにします。
……おおっと。黒歴史を思い出してしまいました。
あの日あれから周りのみなさんの視線がチリチリしたものから生温かいものに変化したことなんて、気付いてないったらないんです!
「ヴィオラ様?」
あらぬ方向にプチトリップしていた私を怪訝そうに覗きこんでくるナスターシャム侯爵令嬢。
「あ、すみません! あまりにいい天気なのでぼ~っとしてしまいましたわ」
おほほほほ~。
そういうことで、今日のお茶会は開かれているのです。
「まあ、でも、落ち着かれたようで何よりですわ」
ふふふ、と微笑むアイリス様。今日も素敵にピンクひらひらです。
「ありがとうございます」
「そうそう。バーベナ様ですけど、アルゲンテア家とフィサリス家はとても仲良くお付き合いなさっていらっしゃってご子息様同士も幼馴染でいらっしゃいますから、その流れでバーベナ様がフィサリス公爵様の最有力奥様候補でしたのよ」
「まあ、そうでしたの」
ほとんど社交界に顔を出さなかった私は、興味がないのも手伝って、噂やアレコレを知っているわけではなく。
アイリス様の説明に耳を傾ける私ですが、しかしコノヒト感心するほど事情通ですよね~。
「でも実際のところは婚約とかそんなことはなかったし、バーベナ様は公爵様にぞっこんでしたけど、公爵様は……ね? で、しかもいきなり結婚するとか言い出したと思ったら自分ではなく今まで全く接点も何もなかったヴィオラ様。悔しかったのでしょう。お歳も20歳と少々焦りの出る頃ですし」
「デスヨネ~」
というかですね、いくらあの鬼畜……もとい旦那様でも、ご自分のことを本気でお好きな方に『契約結婚してくれ』なんて言えるわけないですよね。プライドもお高そうですし、そんなことした日にゃ泥沼まっしぐらでしょう。だから旦那様もバーベナ様ではなく私を選んだのでしょうけれど。
「って、バーベナ様のことばかり言ってられないわ。私ももう20歳だし」
と、ぺろりと舌をだしアイリス様がカミングアウトされると、
「私も20よ」
とクロッカス伯爵令嬢。
「私は21」
とはコーラムバイン伯爵令嬢で、
「私は19歳よ」
4人組で最年少はナスターシャム侯爵令嬢でした。
うん、みなさん確かにヤバいお年頃に差し掛かってきています。
「「「「だからせっせと夜会に参加して、情報と優良物件をゲットしなくちゃいけませんの!」」」」
またきれいにハモっていらっしゃいますが、これまたずいぶん肉食な発言です。
「今日こちらのお茶会にお呼ばれしたのって話をしたら、ずいぶんな方からうらやましがられましたのよ~」
ニコニコしながらお茶を飲むクロッカス伯爵令嬢。
「へ? うちのお茶会がですか?」
何故にでしょう? 小首を傾げると、
「ヴィオラ様と仲良くしたいと思っている方はたくさんいますのよ」
「え? え?」
コーラムバイン伯爵令嬢の言葉にますます疑問が深まります。
「清楚で可憐で、振る舞いもしとやかでダンスも社交もお上手。そんな素敵な方と仲良くなりたいと思うのは当然でしょう?」
「えええっ? それは誰のことを言ってるんですか?!」
これでもかと目を見開いてしまいました。
一体誰の形容をしているのでしょう? 確か私の話をしているはずだったのですが?
全く違う人物が形成されてますよ?
「もちろんヴィオラ様に決まってますわ!」
アイリス様が言い切りました。
ちょ、ちょっと落ち着こう、私。なんだかすごいことになってるんじゃないでしょうか? つか、もんのすごい誤解ですよね。
「わ、私、そんな人じゃないですぅぅぅぅ!」
もはや涙目。
「そんなに謙遜なさらなくてもよろしいんですのよ? 実際ヴィオラ様はとっても素敵な方なんですし」
にこーっとアーモンドアイを細めるアイリス様。
ひえぇぇぇぇ! この間の黒歴史といい、この誤解といい、もう社交界に顔出せませんよ~!!
今日もありがとうございました(*^-^*)




