災難続き
「今日はフリージアが遊びに来るんです」
「それは楽しみだね」
「はい!」
朝の、旦那様のお見送り時。私は今日の予定をふと思い出したので、旦那様にお伝えしました。遊びに来るのは昼間だから、旦那様には会わないかもしれないけど。
「レティも、よかったね」
「おねーちゃま、うれしいでしゅ」
バイオレットも遊んでもらう気満々で、朝からワクワクテカテカしています。
公爵家からのお迎えの馬車に乗ってフリージアが到着すると、待ちかねていたバイオレットがフリージアに飛びつきました。
「おねーちゃま!」
「レティ! 会いたかったよ〜」
バイオレットをギュッと抱きしめ返すフリージアは私によく似ているので、バイオレットとも姉妹のように見えます。妹も娘もかわいい私にとって、二人が仲睦まじくする様子は眼福でしかない。
「おねーちゃま、ごほん、よんで」
「いいよいいよ〜」
「レティね、昨日から『おねえちゃまにこれを読んでもらう』とか言って、張り切って本を選んでいたのよ」
「そうなんですね! じゃあ、お姉ちゃま、頑張らなくちゃ!」
バイオレットに『お姉ちゃん』と慕われるのが嬉しいフリージアが、気合を入れています。そんな様子もかわいいんだけどね。
フリージアの手を引き、自分の部屋に連れて行こうとするバイオレットに、私たちもついて行きました。
部屋に入るなり、この本、あの本と……と色々引っ張り出してきたバイオレットに、フリージアは全部お付き合いしてくれました。
フリージアが頑張って読む本を、大人しく聞きいるバイオレットとデイジー。なんて微笑ましい空間なんでしょう!
「この時間を絵姿に残したい」
「わかります!」
「私に絵心があれば……っ!」
ミモザも激しく同意してくれました。ま、私、画伯なんで描けませんけどね!
そんなことを言いながら子どもたちを見守っていると。
「ねえねえ、お姉様」
フリージアがこちらを向きました。
「なあに?」
「ミイラって、なあに?」
「はい?」
突然何かな? お姉様、びっくりしちゃったわよ。さっきまでかわいらしい絵本を読んでいたはずよね? なのに、なぜいきなりミイラ?
「ミイラがどうしたの?」
「なんかね、こんな本が混じっていたの」
と言ってフリージアが見せてきたのは、比較的薄めではあるけど、字ばかりの、ミイラの研究がうんたらかんたら……とかいう本でした。
「あらやだ、なんでこんな本がここに?」
「さぁ……? 図書室で絵本を選んでいる時に、混じってしまったんでしょうか?」
ミモザも首を傾げています。
「それで、ミイラってなあに?」
「えーと、ミイラっていうのはね——」
適当にはぐらかすのもよくないなぁと思うので、手短に説明しました。
「包帯でぐるぐる巻きの……!」
説明から想像したらしく、フリージアはそのままピキッと固まり、お子ちゃまたちは口々に「おばけ〜!」「こわい〜!」とビビりまくりでした。
「そ、そんな本より、こっちの、かわいらしい絵本を読んだら? お花がいっぱいで素敵よ」
「あ、そっちがいい〜!」
「レティーも〜」
「デイジーも〜」
雰囲気を変えようと適当に取り出した本に子どもたちが興味を示してくれたので、この場はなんとか収まりましたが。もうっ! 誰よこんな本を絵本の近くに置いたのは!!
気が付くと時間はもうお昼。そろそろランチタイムです。お昼の時間ですよ〜と、侍女さんが呼びにきてくれました。
「たくさん読んだね〜。そろそろお昼の時間だって」
「「「は〜い!」」」
「カルタムが朝から張り切っていたから、きっと美味しいランチがいただけるわよ」
「わ〜い!」
「やったぁ」
「どんな美味しいものがでるのかなぁ」
「たのしみでしゅ」
「うん、楽しみね!」
小さな子どもたちと一緒にはしゃぐフリージアは、やっぱりまだまだお子ちゃまですね。
ダイニングに移動し、お子ちゃまたちにはカルタム特製お子様ランチが、フリージアには私たちよりもちょっと少な目、かつかわいらしく盛り付けられたお昼ご飯が並べられた時でした。
「お食事中失礼いたします」
ロータスが改まってダイニングにやってきました。そういえばさっき、侍女さんに呼ばれて出て行ったんですよね。改まって、何事かしら。
「どうかしたの?」
「はい。実は——」
子どもたちには聞かせたくないのか、ロータスは私の近くに来て抑えた声で耳打ちしました。
「先ほど王宮から連絡がありまして、旦那様がもうすぐお戻りになるようです」
「はぁ!?」
おっと、思わず大きな声が出ちゃった。旦那様が早退? 聞いてないよ〜……じゃなくて。なんだかんだ言って、旦那様が早退って、珍しい。
「お姉様?」
「おかーしゃま?」
子どもたちが私の声に驚いちゃったようです。
「ごめんごめん。なんでもないから、さ、食べて食べて」
「? いただきます」
「「いただきま〜しゅ!」」
子どもたちが食べ始めたのを待って、ついでに自分も落ち着かせてから、ロータスに話しかけました。
「旦那様が早退? どうしたの?」
「それが……まだ詳しいことはわからないのですが……」
ロータスが浮かない顔をしているということは、あまりいい感じではない……のかな?
「そう」
「そろそろ戻られるようでございます」
「じゃあお出迎えしなくちゃ。ロータスは先に行ってて」
「かしこまりました」
先に出て行くロータスの背中を見送ってから、そばにいるステラリアを呼び、
「旦那様が帰ってくるみたいだから、ランチは後で食べるわ。置いといてもらえる?」
「こんな時間に旦那様がですか? 料理の件はわかりました」
不思議そうにするステラリアに料理の件をお願いし、
「ちょっとお出迎えに行ってくるから、子どもたちをよろしくね」
「かしこまりました」
ミモザには子どもたちのことをお願いして、私はエントランスに向かいました。
「きゃ〜! サーシス様! どうなさったんですか!!」
帰ってきた旦那様を見るなり、私は叫んでしまいました。
だってだって、旦那様が部下さんに両脇を抱えられて帰ってきたんですから!!
……ちょっと落ち着こう、私。
そもそもエントランスに王室専用の馬車が停まったところから、『なんかおかしいな?』と感じていました。基本的に旦那様はいつも、自分で馬に乗って出仕しているので。雨の日は馬車で行きますが、もちろん公爵家の馬車ですし。
王家の馬車が見えた時には嫌な予感(主に王族の襲来ってことで)がしたんですが、まず降りてきたのが見覚えのある旦那様の部下の方で、その方の手を借りて旦那様が降りてきたのには驚きました。
そして、脚には、今朝はなかった包帯があるんですから。膝から下、爪先までガッチリぐるぐる巻きです。
私がその姿を見て青ざめているというのに、旦那様はいつも通りに笑ってるし。
「あ〜、王宮の庭園でディアンツ殿下を庇って落とし穴に落ちた」
「はあ?」
は? 落とし穴? 王宮で何してるんですか旦那様と王太子様は。
「いつものいたずらなんだけどね。殿下、自分が掘った落とし穴のことをすっかり忘れててさ。マヌケにも自分が落ちかけたんだよ」
「はあ」
「で、それを僕がとっさに庇って足を捻ってしまったってわけ」
「ディアンツ様……」
自分が掘った落とし穴の場所くらい覚えておきましょうよ。……違うか。
とりあえずサロンに運び込んでもらいました。
「穴に落ちかけた殿下を咄嗟に抱きとめたまではよかったんだけど、足元がちょうど穴の縁でさ。踏ん張ろうにも土が崩れるから、体のバランスがとれずに倒れたんだよね。我ながらかっこ悪い」
「かっこ悪いも何もありません! 殿下をちゃんと守れたんですから」
「ムカつくことにガキンチョは無傷だったな」
「ムカついてどうするんですか。とにかく、殿下を無傷でお守りできて、サーシス様、かっこいいですよ」
「そうかな?」
「はい!」
これで嬉しそうになる旦那様ってば、チョロくない?
「陛下に平謝りされたよ」
「まあ!」
「おまけに三日ほど休みをくれた」
「それは安静にしておけということですよ!」
「まあね。こんな足じゃあ、ヴィーとデートにも行けない」
「安静にしてくださいってば」
まったく。足の怪我以外は元気そのもので安心しましたけどね。デートなんて、いつでもいけるっつーの。
「応急手当はされていますが、念のため医師様をお呼びしましょう」
そう言ってロータスが足早にサロンを出て行きました。
先日の私といい、今回の旦那様といい……医師様には『またか!』と思われそうですね。
今日もありがとうございました(*^ー^*)