商談成立☆
フィサリス公爵家からの縁談をお受けすると返答した数日後、今度はなんと公爵様自らが直々にうちにお出ましになられました。数々の結納品とともに。
今まで遠巻きにしか見たことのないような豪華かつ繊細なドレスやきらびやかな宝石。他にもあれやこれやとわんさかわんさか。
次々我が家に運び込まれる高額商品たちに、家族全員が浮き足立つどころか引きまくったのはナイショです。
「これらを売りとばすだけでも借金が消えそう……」
「これっ! ヴィオラ!! それは言っちゃいけません!!」
私がぼそっとつぶやいた言葉は、満面の笑みの中にもどす黒いオーラを発したお母様にすぐさま抹殺されました。
弟妹たちも初めて見る絢爛豪華な贈り物に目が点になってます。
そんな呆然自失なユーフォルビア一家の前に颯爽と現れる公爵様。
「初めまして、ヴィオラ嬢。私がサーシス・ティネンシス・フィサリス公爵です。婚姻の申し入れ、受諾いただきありがたき幸せでございます」
と言うと、ついうっとりと見入ってしまうような美しい微笑みを浮かべながら恭しく挨拶をされました。
相対する私はというと、初めてナマで見る公爵様の美形っぷりに唖然ボーゼンで棒立ちです。
美形だイケメンだと噂では聞いていましたが、本物は音に聞く以上でした。すらりとした長身、引き締まった体躯。濃茶の髪は騎士様らしく短くさわやかに整えられています。同じく濃茶の瞳はきりりと凛々しく、すっと通った鼻筋、今は柔らかな笑みをたたえた口元、どのパーツをとっても完璧。総合してもパーフェクトなハーモニーを醸し出している美形なんですよ。
そんなキラキラしいお方が私の目の前にいるんですから、緊張するなと言う方が無茶ですよね。
「は、初めまして、ヴィオラでございます」
噛んでしまいました。
しかしそんな無様な私につっこむことなくにこやかに微笑まれた公爵様は、
「噂通りかわいらしい方ですね。伯爵殿、ヴィオラ嬢と少し話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
あっという間に私の手を取ると、お父様の方に向かって私との懇談を所望されました。
「ええ、ええ、どうぞどうぞ。よろしければ庭の方に席を設えましょう」
首振り人形もかくやといわんばかりにコクコクと肯いたお父様。
「ありがとうございます」
ではさっそく、と、公爵様と共に私は庭へと向かうことになってしまいました。
明るい午後の陽光が煌めくつつましやかな庭に出て、公爵様は私と二人きりになるや否や。
「私はお飾りの妻を欲しているんですよ」
開口一番、笑顔で公爵様は言い切りました。
え? コノヒト今なんつった??
「お飾り、ですか」
公爵様の言葉に一瞬我が耳を疑いました。それ、とびきりの笑顔付きで言い切る言葉じゃなくね? ……こほん、取り乱しました。庭でさえずる小鳥たちの声が煩すぎて聞き間違えたのかと思いました。
「はい、お飾りです。実は私にはもう6年ほど付き合いのある恋人がいましてね。私は彼女を愛しているのですが、いかんせん彼女は元流浪の踊り子でして。庶民どころかあまりに出自が判らなさすぎると、どうしても周囲が反対しましてね、結婚できないのです」
私の戸惑いなんてどこ吹く風。公爵様は相変わらず綺麗な微笑みを浮かべたまま、すごい内容の話を何とも楽しそうに話しておられます。
「はあ……」
「しかし最近、私の周りが、結婚しろ後継ぎを作れとうるさくなってきまして」
「はあ」
「しかしだからと言って彼女との結婚は認めない。そして私は彼女と別れる気はありません。ですからお飾りの妻をもらい、仮面夫婦として生活してもらおうということなのです」
「……はあ?」
あまりに突拍子もない話だったので、私はひたすら生返事しかできませんでした。一応イントネーション等の変化を付けましたが。
端的にいうと、私と結婚する相手(つまり公爵様ね)にはすでに最愛の彼女さんがいて、私は正妻でありながら二号さんということですね。というか、二号さん以下ですよね? 愛されもしないことが決定してるんですから。えーと、あれ? ちょっと待って、混乱してきた。愛人のことを二号さんていうのよね、普通は。じゃあ、正妻な私は何? ああ、もう判らなくなってきちゃったわ。もういいです。
まあ、何ていうか、やっぱり美味い話には毒があったんですよ。でないとおかしいですからね。その点においてはみょーに納得しましたけどね。
恐ろしく笑顔のままの公爵様を見つめたままぐるぐる考えをめぐらす私を他所に、公爵様はさらに続けます。
「ああ、貴女は自由にしてくださって構いません。あまり派手には困りますが、恋人を作ってもらっても結構。衣食住、何不自由なく生活していただくことを約束しますよ」
ニッコリ微笑まれる公爵様。
微笑みながらの鬼畜発言に、私はうっかりどこかへトリップしそうになりましたよ! ちょっとーちょっとー!! ここに鬼畜がいますよー!!
あんぐり口を開けて瞠目する私。
……ちょっと冷静になろう、私。まずは間抜けな口を閉じて。
普通のお嬢様ならブチ切れているところでしょうけれど、私の場合はちょっと複雑です。なんてったってこの縁談は私の家の借金問題が絡んでいるのですから。借金をなんとかせねば、お父様、お母様、幼い弟妹たちが苦労するのです。私がこの条件にブチ切れて破談になどしてしまったら、うちの家族はまたビンボーまっしぐらです。いや、もはやどん底・なべ底ですけどね。その上社交界からも爪はじき決定です。名門貴族の顔に泥を塗った斜陽貴族! ……ちょっと聞こえはカッコイイけどネ☆
いやいやいやいや、ここは私さえ我慢すればいいことです。
先日このお話をいただいた時にも言いましたが、幸い私は恋愛に疎いようで、生まれて18年間気になる殿方もいませんでしたし『貧乏だし、家を手伝って一生独身でもいいわぁ☆』くらいにしか自分の将来のことを考えていなかったので、実際この先何不自由なく暮らせるのならむしろ有難いことでしょう。老後の心配をしなくていいんですよ!
これらのことを瞬時に頭の中で考えてから、
「わかりました。借金のことを守っていただけるのでしたら、私は何でも構いません」
結構平然と答えられました。
まあだからってさすがに恋人を作ろうなどとは思いませんがね。
私が怒りもせずに淡々と答えたからでしょうか、公爵様はちょっとびっくりした顔をされましたが、すぐに元の微笑に戻ると、
「物分かりの良い方でよかったですよ。これからよろしくお願いしますね」
右手を差し出してきました。これは『商談成立☆』の握手でしょうか?
私はためらうことなくその手に自分の右手を絡めました。
ここにフィサリス公爵家とユーフォルビア伯爵家の政略結婚改め契約結婚が正式に締結されたのでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
たくさんの方に読んでいただいたみたいでうれしいです!
これを励みにまた頑張ります!