普通の生活?
超貧乏伯爵家の娘である私が、超名門貴族フィサリス公爵家に嫁入りしてるって?
恋愛経験値ゼロかつ興味なしの枯れ子、かつ地味子(悲しいかなネガティブ要素しか出てこない!)の旦那様が、超絶美形の公爵様ですって?
しつこい?
そりゃだって、釣り合い取れてないにも程があるってば。
公爵様と同じ色素を持ち、なおかつ私に似たレティちゃんという証拠(?)を見せられても、思い当たる節がないし。
「現実把握ができない……」
頭を打って気を失ってたというのはみなさんのお話からわかりましたが、それ以降は、ちょっと何言ってるのかわからない。
「今は無理に思い出さなくていいから。いつも通りの生活をしておけば、何か思い出すかも知れない」
という公爵様の提案で、私は伯爵家に送還されることなく公爵家で過ごすことになりました。てゆーか、私の普段通りというのは自宅で家事洗濯に邁進することなんですが?
さすがに寝室=私室と言われてもキラキラ公爵様と同室はハードルが高いので、断固拒否させていただきました。
その代わりにと案内されたのがお屋敷とは別の、庭園内にひっそりと佇む『別棟』という建物でした。
別棟って言いつつ、うちの実家以上の立派さなんですけど?
「わぁ……素敵なお部屋! こんなところにいていいんでしょうか?」
「いいんだよ。そもそもここはヴィーの居心地がいいように改装してあるんだから」
確かに公爵様のおっしゃる通り、私好みの内装・家具調度品。そして本棚には私の好きなジャンルの本ばかり並べられてるし。
うわ。私、めっちゃ研究されてないか?
……まあ、そこはスルーしておきましょう。
とにかく落ち着く部屋だったので、こちらに滞在させていただくことにしました。
落ち着く部屋を与えられたら、次は晩ご飯です。公爵様、お仕事から帰って来てからかなり経っているというのにまだお食事もされてませんでした。……ってまあ、私のせいですけど。
公爵様にエスコートされてまたお屋敷に戻ると、今度はめちゃくちゃ広いダイニングに連れて行かれました。
「これが……晩餐」
「今日の献立も、ヴィーがカルタムと考えてくれたのかな?」
「……さあ?」
次々運ばれてくる美食の数々。見たらわかる高いやつやん。……じゃない。
それを私がカルタムさんという人と一緒に考えたって?
ありえないって。
そりゃあ、うちではお母さまを手伝って家族の夕飯作ってますけど、こんな綺麗で豪華なものじゃありません。せいぜい野菜の切れ端のスープとか、固いパンとか……あ、比べたら泣けてきた。
てゆーか、そろそろお腹壊しそうで怖いんだけど。
普段からこういう高級食材、食べ慣れてないもんで。
「もうお腹いっぱいです」
「相変わらずヴィーは少食だなぁ」
「粗食の間違いでは?」
腸内テロ必至の夕飯を終え、美味しいお茶をいただいてから、私は逃げるように別棟に戻らせていただきました。
公爵様みたいな美形と長時間一緒にいられる耐性ないって。
別棟に戻ったからといって一人になれたわけじゃありません。侍女さんが数人、私の身の回りのお世話をしてくれています。
「公爵家にきたばかりの奥様に戻ったみたいですね」
「う〜ん……」
きたばかりも何も、私、今日、初めて公爵家にきましたからね?
お金持ちのところのお嬢様なら、こうして侍女さんたちにお世話してもらうのなんて慣れっこでしょうけど、貧乏令嬢(自分で言うのもなんだけど)の私は、自分のことは自分でするのが当たり前。違和感通り越して申し訳なくすらなってくるんだけど。
でも、未来の(今の?)私は、こうして侍女さんに傅かれてるのが当たり前になってるのかしら?
「ところで、お腹の調子はいかがですか?」
「それが、全然大丈夫っぽいんです」
あれだけ高級食材をふんだんに使った料理を食べたんだから、絶対に美食あたり起こす! って思ってたんだけど、不思議なことにこれが全然大丈夫なんですよねぇ。
一人で首を傾げていたら、侍女さんがクスクス笑いました。
「ふふふ。そりゃそうですよ。奥様は毎日、カルタムの美味しい料理を召し上がっているんですから」
「ふうん?」
そっか。カルタムさんていう人は料理人なんだ。
すごいお料理上手そうだから、ちょっと教えてもらえるかな?
「奥様、朝食の用意ができましたよ」
「…………」
超絶寝心地のいいベッド……まだこのフワフワに包まれていたい……!
しぶとく布団にくるまっていたんだけど。
「旦那様のお見送りに間に合いませんよ?」
「それはいけません! ……あれ?」
「おはようございます」
「オハヨウゴザイマス」
なんで私、今、飛び起きたのかしら。
脊髄反射のような自分の行動に首を傾げたけど、なぜだかわからない。
モヤッとしたものを抱えながらも、朝食の後は、お仕事に行く公爵様をお見送りしました。
「今日はお仕着せ、いかがしましょう?」
公爵様がお出かけになった後、侍女さんが素敵なワンピースと一緒に、自分たちと同じお仕着せを持ってきてくれました。
ワンピースは見るからに上等そう。
ならば、私が選ぶのもは。
「もちろんお仕着せで」
「かしこまりました」
袖を通したお仕着せは、測ったように私にぴったり。
マイお仕着せ持ってるとか、やっぱり私、公爵家で働いてるんじゃないの?
「やっぱり私は公爵家の使用人——」
「ではありませんよ! 奥様のご要望で、特別に作らせておりますから」
「ソウデスカ」
違うそうです。
侍女さんに即否定されました。
それから侍女さんに連れて行かれたのは、お屋敷の裏に広がる立派な庭園でした。
この広い庭園で、いったい私は何をするのかしらと思いながら、大人しく侍女さんに付いていきます。
私の滞在している別棟の裏に出ると、そこには開けた小さな庭があり、かわいらしい花がたくさん咲いていました。
「わぁ! かわいいお花がいっぱい!」
広大なのに隅々まで手がきちんと行き届いている庭園にしては地味な花ですが、どれも私好みの花ばかりです。
もっと近くで花を見たくて駆け寄ったら、
「今日咲いたばかりですから、部屋に飾るにはちょうどいいと思います」
そこで作業してくれていた男の人がヌッと立ち上がり、私たちの方に向いたんですが……。
え? いかつくね?
身長も大きければガタイもいい。庭師? 傭兵の間違いじゃなくて? もしくは魔王的な何か。
「そ、そうですか!」
「…………?」
慣れない男の人にビビっていると、無表情ながらもその男の人は首を傾げました。
「お花のお世話、貴方がしてくださってるんですね」
「いや……? それは奥様が……」
「そうなんですか?」
「…………」
男の人は困惑しているようで、侍女さんに視線で助けを求めました。
「ほら、昨日から奥様の調子が悪いと聞いているでしょう?」
「……ああ。まさか、本当とは……」
察した侍女さんが説明すると、男の人はぽとり、と手にしていたスコップを落としました。
私の調子が悪いの、そんなに重大なことなんでしょうか!?
しばらく庭園の様子を見てから次に向かったのは、またお屋敷の中で、今度は広いお部屋でした。
「次はダンスのレッスンですわ」
キリッとした侍女さんが平然とそんなこと言うけど、私、ダンスなんて得意じゃありません!
「え〜と、私、ダンスはそれなりにしかできないのですが……」
「大丈夫でございますよ。今日はいつもより易しい曲でレッスンしましょう」
ちょっと……いやかなり及び腰でお断りしようとしてたんだけど、今度はロマンスグレーの素敵おじさま(執事さんかな?)が、優しく微笑みかけてくれました。
上手く踊れる自信ないんだけど……とためらっている間にも侍女さんが伴奏の曲を弾き始めてしまったので、私は慌てて踊り出しました。
てゆーか。易しい曲って言ってたけど、全然難しいじゃない!
テンポの速い曲で、ターンも難しい。
なのに、なんで……こんなに踊れるのかな?
なんだか、体が覚えているような、不思議な感覚。踊ったことすらないはずの難しいステップも、難なくクリアしてるし。
私、実は天才か?
「今日はパーフェクトでございますね。お上手です」
「自分でもびっくりです」
「いつももっと難しい曲でレッスンをされているのですから、これくらいは簡単でございましょう」
「え? そうなんですか?」
「はい。そうでございますよ」
そうか〜。知らなかった。(超他人事)
ダンスのレッスンが終わると、休憩がてら昼食を摂ることになりました。
案内されたのは、昨日から公爵様と一緒にご飯を食べているだだっ広いダイニング。
こんなところでお一人様ランチなんて、寂しすぎて泣いちゃう。
「あの〜。ここ、寂しすぎるんで、別棟に戻ってもいいですか?」
別棟には、小さいながらも立派なキッチンがあったので、そこで自分で作って食べるのならギリ耐えられる。
そう思い、侍女さんにお願いしたら、
「やはり同じことをおっしゃるんですね! では、いつもの場所に参りましょうか」
そう言ってにこ〜っと笑う侍女さん。
私は『誰』と『同じこと』を言ったのかな?
……ま、いいけど。
侍女さんに付いて行った先は、厨房の隣にある部屋でした。そこで使用人さんたちがお茶を飲んだり、お菓子を摘んだりしています。ここは使用人さん用の休憩場所か何かかな?
「こ……ここで食べていいんですか!?」
「はい、もちろんですわ」
「ありがとうございます!」
ちょうどお昼ご飯を食べに来た使用人さんたちに混じってワイワイ、ガヤガヤ。
たくさんの人たちと一緒に食べる食事は美味しいですよね!
自分の分は自分で用意する。自分で片付ける。当たり前のことがすごくうれしい。
出してくれるお料理も、公爵様と一緒に食べた晩餐のような華美さはないけど、それでも丁寧に作られていて美味しいし。 ごめんなさい、公爵様。私はこっちで食べる方が楽しいです。
「こんなに美味しいお料理、作ってくれてありがとうございます」
料理長らしきおじさまにお礼を言ったら、
「Oh……マダーム……」
おじさまは天を仰いでしまいました。
あ、包丁は危ないので取り落とさないでくださいね!
今日もありがとうございました(*^ー^*)