ティンクトリウス、帰還
ステラリアの王宮復帰を諦めてもらえた代わりに、弟のティンクトリウスが王宮料理人として就職するということで話がつきました。
どこでどうなったら侍女が料理人になるのかわからないけど、なにはともあれ、早急にティンクトリウスを探さないとです!
「勝手に就職口決めてきちゃったけど、肝心のティンクトリウスは今どこにいるの?」
はいこれ大問題です。
ティンクトリウスはずっと『料理の修行する』と言って放浪の旅の真っ只中。私だって彼と会ったのはステラリアの結婚式の時が初めてというくらい、まったく公爵家に戻ってこないような人です。
そんなの見つけられるの?
「ん〜たぶん今は国境近くの町にいるんじゃないでしょうか?」
「え? そんなふんわりで大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ティンはいつも、落ち着いた先々から手紙をよこすんです。だから大体の場所はわかるんですよ」
「でもそれ全然情報古いよね?」
「場合によっては。しかし、前回便りをよこしてきたのが二ヶ月ほど前だったので、まだそこにいる可能性が高いです」
「それで大丈夫なのだろうか……」
ステラリアの説明にいささかの不安が残ります。
二ヶ月前かぁ。リアルタイムじゃないのが……と思っていたら。
「今回探してくれているのはロータスやベリスですよ?」
「おお……」
「前回——わたくしの結婚式の時は『結婚式するから帰っておいで』というゆるい伝言だったので、本当に帰ってくるかどうか疑問でしたが、今回は本気の捜索です」
「あ、すぐ捕獲……ゲフゲフ、見つかる気がする」
「でしょう?」
そう言ってニコッと笑うステラリア。
ロータスとベリス(とその弟子たち)が本気で捜索してるなら、それはもう、時間の問題ってやつですね!
そうして待つこと七日目。
「ティンクトリウスの居場所がわかりました」
ロータスから報告がありました。
二ヶ月前の消息文から現在の居場所を特定するのにたった七日!
うちの使用人さん、すごすぎるでしょ。
「早っ! いつもにも増していい仕事してますねぇ」
「お褒めに預かり光栄でございます。ベリスたちとともにロージアに向かっていますので、明日には着くかと思われます」
「そうなのね」
じゃあ、旦那様にお願いして、王宮に行く段取りしなくちゃ。
——おっと、その前に。
「ところでティンクトリウスは今回の件、知らされてるの?」
これめっちゃ大事。
肝心の本人が『就職拒否』なんてしちゃったら大変です。
しかし私の心配をよそに、ロータスはいつも通り余裕の微笑みです。
「はい。ざっくりと説明しております」
「それで、王宮料理人の件は、了解してくれたの?」
「はい。ざっくりと」
説明、ざっくりすぎません?
本人不在のところで話が決まっちゃってるから、そこは丁寧に、かつ説得なんかも加えつつ進めるところじゃない?
「さっきからザクザクしてるけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫でございますよ」
それでも微笑んだままままのロータス。
う〜ん、ロータスがそう言うなら大丈夫に思えるのが不思議。
「ティンクトリウスは今回のこと、聞いて怒らなかったの?」
「ええ、全然でございますよ」
「あら」
自分のいないところで勝手に話を進められても怒らないって、ティンクトリウスはどんだけ器の広い人なんでしょうか。
そして次の日。
私がバイオレットと遊んでいると、
「失礼いたします。ただいま愚息、ティンクトリウスが帰ってきました」
ダリアが知らせに来ました。
おお〜。ロータスが昨日、言っていた通りですね!
「奥様にご挨拶をと申しておりますので、通してよろしいでしょうか?」
「ええ、ぜひ!」
ステラリアの結婚式以来ですから、かなり久しぶりですね。
あの時だって、挙式ギリギリにふらっと帰ってきて式に参加するとまたあっという間に出て行ったので、ゆっくり話す時間もなかったし。だから今日が、実質お初にお目にかかります状態。
式の時、遠目に見たティンクトリウスは、優しそうな人に見えたけど。
ダリアに案内されてサロンに入ってきたティンクトリウスは、サラサラのラズベリーブロンドをさっぱり短髪に整えた、清潔感のあるイケメンでした。
人の良さそうなタレ目はカルタム似かな?
ステラリアも見た目カルタム似だから(中身はダリアだけどね!)、よく似た姉弟だわ。
「ただいま戻りました。ご無沙汰しております」
丁寧に頭を下げるティンクトリウス。ここは『久しぶり』と言うべきか、はたまた『初めまして』と言うべきか。まあいちおう二度目だから初めましてはないか。
「久しぶりです。元気にしていた?」
「はい! それはもちろん——って、天使おる! ええ? 二人も天使いるよ、姉ちゃん!!」
挨拶もそこそこに、バイオレットとデイジーを見て目を輝かせるティンクトリウス。
前回、バイオレットとデイジーはお屋敷でお留守番だったから、ティンクトリウスと会うのは初めてでしたね。
「ティン!」
「ごふっ!」
ゴッという低い音とともに頭を抱えるティンクトリウス。ステラリアから後頭部に一撃もらいましたね。
「奥様の前ですよ」
「ごめんなさ〜い。だってかわいい天使が二人もいるもんだから、ついうれしくなって〜」
ダリアにギロッと睨まれても、気にせずえへへと笑っているティンクトリウスはなかなかの大物のようです。
「話を聞いた時はびっくりしましたけど、姉さんに逆らったら後が怖いし、王宮ならまあいっか〜って、なりました〜」
王宮に就職のことを聞くと、ティンクトリウスは怒るどころかニコニコしています。
「え? 怒ってないの? 勝手に〜って」
「え? なんで怒るんですか? 父さんや母さん、そしてロータスさんが僕の働き口を探してくれたんです、むしろ感謝ですよ〜」
「おお……すごいポジティブ」
なかなか臨機応変というか、柔軟というか、いい性格しています。
「それに」
「?」
「王都にいればいつでも天使たちに会える!」
バイオレットとデイジーをめっちゃ気に入ったティンクトリウスは、二人に会えることもポジティブに捉えているようです。
「失礼いたしました。精神年齢が近いからか、子ども好きなのでございます」
「え〜、母さんひどい〜」
バイオレットたちと精神年齢近い……それなにウケる。だから無邪気なのね。
「なかなか面白い人ね、ティンクトリウスは」
「いつまでも子どもで……すみません」
「え、そう? 楽しくてポジティブで、いいじゃない」
「いつまでもゆるっとふわっとしていて困りものです」
ダリアがため息ついてますが、いいキャラなのでいいんじゃないですか?
そういうたった今も、
「おにいちゃん。はい、言ってみて!」
「おいちゃん」
「おいちゃん」
「違う違う、お・に・い・ちゃ・ん、はい!」
「「おいちゃん」」
「あ〜もう、かわいいから『おいちゃん』でいいや」
バイオレットとデイジー相手に言葉のレッスン中ですが、舌ったらずな二人は『おにいちゃん』が言えません。それはそれでかわいいけどね!
ティンクトリウスも、そんな二人の様子に悶えながらも楽しそうに遊んでいます。
うん、ティンくんはきっと、永遠の少年なんですよ!
とにかく、ティンクトリウスの性格に救われて(?)、ステラリア王宮復帰回避からのティンクトリウス捕獲……ゲフゲフ、捜索は無事に解決しました。
また一人楽しい仲間が増えた公爵家は、今日も平和です。
今日もありがとうございました(*^ー^*)