返したくない!
王宮から突然のお手紙は、『ステラリアを返して』だそうです。
一体どういうことでしょうか?
「そんなこと、急に言って来られても……」
私は頭を抱えました。
確かにステラリアはもともと王宮に勤めていた女官です。
ミモザの懐妊が発覚し、私付きの侍女さんが足りなくなることから、急遽公爵家に来てもらったんでした。
そんなこと、ずーっと前の話だし、すっかり忘れてたわ。
「そうですね。ステラリアも、公爵家に馴染んでいますし」
ロータスも困惑しています。
「どういうおつもりでリアを『返せ』と言って来てるのかわかれば、こちらも対処のしようがあるんですが……」
ダリアがステラリアを見てため息をついています。
ダリアの言う通り、王宮の意図がわかればいいんですが、如何せん今回の手紙だけでは判断しきれません。
サロンに重い空気が流れます。
それを破ったのは、ステラリアでした。
「おそらく今回の、一の姫様の結婚に関連してだとは思います」
「そうよね。このタイミングだもの」
ステラリアの意見に私も賛成です。
しかし手紙云々、王宮の意図云々よりも、まずはステラリアの意志が大事ですよね。
「ステラリアは、王宮に戻りたい?」
ステラリアが『戻りたい』って言ってるのに、私たちが『もう公爵家になくてはならない侍女だから』という理由でひきとめる訳にはいきません。
私が聞くと。
「いいえそんなことぜんっぜん考えたこともありませんでしたわ」
ステラリア、即答しました。
「『ぜんっぜん』にえらく力がこもってますね」
「失礼いたしました、おほほほほ」
「女官の仕事もやり甲斐あったでしょ?」
「確かに奥様のおっしゃる通り女官の仕事は楽しかったです。けど……」
「けど?」
「それ以外のストレスが半端ないんです!」
キッと険しい目つきになるステラリア。
「どうしたどうした? 何がストレスだったの?」
「勉強やお稽古嫌いの姫様やディアンツ殿下を探し回ったり連れ戻したり、説教したり! あの人たち、ちっとも懲りずに逃げ出すから、追いかけるこっちは大変だったんですよ」
「おお……」
そういえば以前、そんなこと言ってましたね。
一気にまくし立てたステラリア。よほどストレスだったのね。
そしてまた、息継ぎすると続けました。
「それにひきかえ公爵家の素晴らしいこと! 奥様はちゃんと嫌がらずにお稽古に励まれますし、お嬢様も天使のようにお可愛いし。私、こちらを離れたくありません!」
いやぁ、それほどでも〜。違くて。お稽古逃げたら後が怖いから逃げられないってば。
てゆーか、私のお世話がストレスになってなくてよかった。
「ステラリアの気持ちは『公爵家にいたい』ということでいいのね?」
「もちろんです!」
「じゃあ、詳しい話は旦那様たちが帰って来たら聞いてみましょ」
「はい」
あの人たちは毎日王宮に行ってるんです。何かしら打診されてるかもしれないですしね。
夕方。
旦那様と一緒にユリダリス様も帰って来ました。
いつもならサーシス様は着替えてすぐに晩餐、ユリダリス様はいったん庭園の家に帰って……となるところを、今日は話があるので、私は二人をサロンに引っ張っていきました。
「サーシス様! 今日、王宮から『ステラリアを返して欲しい』っていうお手紙が来たんですが、何かご存知ないですか?」
私は旦那様とユリダリス様に、先ほどの手紙を見せながら聞きました。
「え? ステラリアを?」
「はい」
「う〜ん……僕は聞いてないけど……ユリダリスは?」
「いや、俺も聞いてないですね」
二人とも手紙を見ながら首を傾げています。じゃあ今回の件は、旦那様たちに相談なく決められたことなのですね。
「サーシス様、もしくはユリダリス様に一言でも相談してからでもよさそうなのに」
「いや、今王宮はそれどころじゃないからね」
「姫君の結婚準備のためですか?」
「ああ。後宮は輿入れの準備、こちらは婚約披露パーティーの件で大忙し。女官の動向を話し合ってる暇はない」
「そうなんですか」
そういえば外国からお客様を招く時って、警備とかそっち関連で旦那様たち騎士団のみなさんは準備大変でしたね。
思い出したくもない例の隣国がやって来た時も、旦那様たちはお屋敷に帰って来る時間がないくらい(いや、帰って来てたけど)忙しそうにしてました。
だから今回も、王宮は上へ下への大騒ぎなんでしょう。
「ステラリアは今や公爵家ではなくてはならない存在だからなぁ。返したくはないな」
旦那様も、ステラリアの重要性を認識しています。
「そうですよ! 私が社交に出られるのはステラリアの力が大きいんですから!」
愉快なエステ隊は言わずもがなだから、今は置いといて。センスのいいステラリアにドレスを選んでもらい、特殊メイクをしてもらわないと社交モードになれないんですからね!
もう二度と社交界に顔出さないでいいならステラリア返しても……いや、よくない。
ステラリアがいなくなったら、誰が私のボケにつっこむんですか。え? 使用人さんs全員って? まあ……確かに。
じゃなくて。
「ステラリアの旦那さんのユリダリス様にも相談なかったなんて。ここはひとつ、私が王宮に乗り込んで……」
ぐいっと私が腕まくりしたら、
「わー! 待って、ヴィー!」
「待ってください奥様!」
旦那様とユリダリス様に止められてしまいました。
「まあ俺も、副隊長と一緒に忙しくしてましたから、話してる時間がなかったんでしょう。明日にでも、この手紙の真意を聞いて来ましょう」
「わかりました。お願いします」
ということで、旦那様とユリダリス様が詳しい話を聞いて来てくれることになりました。
「アルテミシア姫の結婚に際して、付き人としてこちらから侍女や料理人を相当数連れて行くそうなんだが、そのまとめ役としてステラリアを連れていきたい、ということだった」
次の日、旦那様たちが国王様から聞いたのは、そういう事情でした。
うっすら結婚に関してだろうなぁとは勘付いてましたが、やっぱりです。
「ダメです。絶対ダメ! というか、どうしてステラリアをまとめ役として連れて行くんですか」
「向こうに初めからいる使用人がいるでしょう? フルールから連れて行った付き人たちとうまくやれるかどうかなんてわからないから、ステラリアに調整役として行ってもらいたいって」
「そりゃ、ステラリアは有能だから両者の仲介役もできるでしょうけど……」
なんなの、その、明らかにストレスフルな職場は!
さっきも言ったけどステラリアは超有能だから、両者の折衝なんかはお手の物だと思いますよ。でも下手すりゃ板挟みになりかねません。そんなところにステラリアを放り込むことなんて賛成できるかっつーの。
それよりまず『婚家に』というところがダメ!
王女様の婚家って、国外じゃないですか。
ステラリアはもうユリダリス様という立派な旦那さんがいるんです。ユリダリス様も騎士団ではなくてはならない人ですから、ステラリアがアンバー王国に行くからと言って一緒についていけません。
ということは遠距離……ダメ、絶対。
「ユリダリス様と離れ離れになるのは良くないと思います!」
「まあね。何度も言うけど、ステラリアはすでにうちでは重要な侍女だ」
「そうです。抜けられては困ります」
「それに、ユリダリスと結婚しているから『伯爵夫人』でもある。そんな人を簡単に他国に出すわけには……」
「あ。それ、忘れてました」
「ええ……。奥様、忘れないでくださいよ〜」
ユリダリス様がカクッとコケています。
あらやだスミマセン。
「だって、ユリダリス様が『覚えておかなくていい』って言ったじゃないですか〜」
「確かに」
それに、ユリダリス様もステラリアも、全然『なんちゃら伯爵(いまだに名前覚えてないという)』然としてないんだもん、仕方なくない?
「ヴィー。それは覚えておこうね」
「もう大丈夫です」
「ならいいとして。それで、返すにしてもさすがに国外には出せないって、僕とユリダリスで猛抗議した」
「当然です。というか、返しもしませんよ! なんで『国外』に限るんですか! 公爵家から出さないって抗議してくださいよ!!」
「まあまあ、奥様、落ち着いて」
私がフンスフンスと息巻いていたら、ユリダリス様になだめられました。
苦笑いした旦那様は、私が落ち着いたのを見て続けました。
「とにかくそんな条件下で返せるわけないでしょうと全力で反対したら、とりあえず嫁ぎ先に行くことは諦めてもらえたよ」
「それでもステラリアが王宮に行くことには変わりないんですよね?」
「う〜ん、まあ、そうだけど」
「ステラリアにも確認したんですが、王宮に戻りたいとは言ってないんです。だからもう一度交渉しましょう。なんなら私が直接王宮に行って直談判します!」
待ってるだけなんてじれったい!
やっぱりここは直談判……と、拳に力入れたら、
「待った。ヴィー!」
「落ち着いて、奥様!!」
またしても旦那様とユリダリス様に止められました。
「わかった。ヴィーの言いたいことはよ〜くわかったから。ここは公爵家当主としてビシッと言ってこよう」
「俺も一緒に行きますから」
「そうですか? ではよろしくお願いします」
旦那様とユリダリス様が再交渉をするといいうので、いったんここは引き下がることにしました。
二人いれば大丈夫でしょう。……‥多分。
確かに冷静になってみれば、イチ公爵夫人が、呼ばれてもないのに王宮に乗り込んでいくというのもどうかと思いますよね。
今日もありがとうございました(*^ー^*)