突然の帰宅
嘘で固めた私と旦那様ですが、その演技に納得されたのかご満悦で義父母夫妻は翌日には帰って行かれました。『今度は領地にいらっしゃい。あ、あいつが忙しいならヴィオラ一人だけでもいいからね』という言葉を置いて。うん、私も気ままに一人っていうのならありかもしれませんね!
義父母夫妻が帰ったということは旦那様も別棟に帰ったということで、やっと私のお気楽使用人ライフが戻ってきました! 綺麗なドレスも素敵なんですが、やっぱり私はお仕着せが好き! ドレスはボンキュボンの人が着てナンボのもんです。それに引き替えお仕着せの、『つるぺた』を『清楚』にすり替える魔法ときたら……! 感涙ものです。
ランチはどこか外で食べるという義父母を満面の笑みでお見送りして、速攻、私室に駆け戻りました。そして素早くお仕着せに着替えてライフ充電!
「きゃ~! なんて 開 放 感 !」
少々お行儀は悪いですが、ベッドにボフンとダイブ! この広々ゴージャスベッドも私のものです!
「奥様。誰も見ておりませんからよろしいものの……」
苦笑いでダリアがため息をついています。
「はい、わかってます。10分だけ、ね?」
肌触りサイコーのシーツに頬をすりすりさせながら、私はダリアにお願いしました。ああ、こうやってシーツに頬ずりできるすっぴんひゃっほーです! 一応義父母の前では特殊メイク……いや、もとい、ナチュラルメイク良妻Ver.をしていました。皮膚呼吸が止まるのではないかとひやひやしましたよ。
「わかりました。少しお昼寝されてもいいかと思いますよ」
「ええ、10分だけ……」
ちょっと目を閉じて充電したら、また使用人ライフをエンジョイ……すぴー。
私は自分が思っていた以上に疲れていたのでしょう。結局気が付いたのはお昼もとっくに過ぎて夕方近くでした。すっかり薄暗くなってしまっている室内に驚いて、がばぁっと起き上がりました。これ、昼寝っつーかマジ寝でしょ? と、一人ツッコミを入れてしまいました。ダリアもミモザも起こしてくれればよかったのに! ああ、楽しみにしてたお昼の賄食べ損ねてしまいましたよ……がっくし。
私が一人ベッドで項垂れていると、ドアがノックされミモザが入ってきました。
「奥様、お目覚めですか?」
「はい。がっつり眠ってしまいました」
「よくお眠りだったので、起こさずにおきましたの。きっとお疲れだったのですわね」
いたわるような優しい微笑みを浮かべるミモザ。うん、癒されました。ちょっと復活。
「そおね。いつものようにみなさんと動き回っている方が、私には合ってるみたいだわ」
「え、と。それはそれでちょっと……」
苦笑いに変わるミモザです。まあ確かに奥様的発言ではありませんね!
それから一週間。
私はこれまで通り使用人さんたちと『楽しい使用人ライフ』をエンジョイしていたのですが、非日常が突然やってきました。
「奥様、旦那様がお戻りになられました」
いつものように旦那様の帰宅を知らせに来たミモザ。
「ありがとう。急ぐわ」
そう言って小走りにエントランスに向かいます。あ、最近は旦那様の帰宅推定時間に合わせて着替えておくという芸当を身に付けたんですよ。毎回毎回お仕着せからバタバタと着替えていてはいつかボロが出かねませんからね! メイクは私の皮膚呼吸のことを考慮してごく薄化粧なのであっという間。不本意そうなミモザはスコ無視です。
エントランスに着くと、いつものように旦那様とロータスが話をしています。いそいそとやってきた私に気付くと、旦那様は、
「ただ今戻りました」
と言うとニッコリと微笑まれました。うん、なんというキラキラしい愛想笑いでしょうか。愛想笑いと判っていても眼福です。思わずぼけーっと見惚れてしまいそうになりましたが、がんばって踏み止まって、
「お帰りなさいませ、旦那様」
ゼロ円スマイルでいつものセリフを言いました。そしていつもだとその後社交辞令会話をしてからハイ解散~なのに、今日に限って次に旦那様の口から出てきた言葉は誰も予想だにしなかったもの。
「今日も特に変わったこともなく平穏なようで何よりでした。ああ、今日の貴女の話は晩餐を食べながらでも聞きましょうか」
あれ? おっかしーなぁ? 幻聴が聞こえた気がするー。
「は、い?」
「ですから、食事をしながらですよ」
ぎこちなく返事をした私に、さらに畳み掛けてくる旦那様。うん、これはハッキリと聞こえてしまったわ。でも私の脳が正確に処理することを拒んでいるようで、やっぱり理解できません。
しかしどうやらその状況に陥っているのは私だけではないようで、いつも冷静沈着なロータスまでも動揺しています。パッと見判りづらいところはやはり優秀な執事ですね。
私の後ろに控えているダリアとミモザからもそんな雰囲気が伝わってきます。
このびみょ~な空気に気付いていないのは旦那様だけです。恐るべし。
旦那様は、今日、本宅で、私と、晩餐を食べる、と言っている。
思考を拒否していた私の脳が、嫌々活動し始めました。
マジすか。……いや、まだ動揺が収まりません。
「こちらで晩餐は召し上がっていかれるということでございますね?」
いち早く動揺を収めたロータスが旦那様に確認します。
「そう言ってるだろう」
誰も一度で理解しようとしなかったことにイラッとしたのか、ちょっと不機嫌そうに眉をしかめておっしゃる旦那様ですが、私たちを動揺の淵に突き落としたのは旦那様ですからね!
「かしこまりました。準備ができるまでサロンでお待ちください」
丁寧に了承するロータス。
「わかった」
そう言って頷き、サロンの方へと歩を進める旦那様ですが。
……私はどこへ行けばいいのでしょう? いや、その前に緊急会議ですよ!
「私一瞬理解不能に陥ったわ~! さすがはロータスね、復旧が早かった!」
サロンへと旦那様が消えてすぐさま私とロータス、ダリアミモザは自然発生的に円陣を組み、これからの対策を練っています。声のよく響くエントランスなので、みんなで額を寄せ合ってひそひそ声で話します。
「お褒めに与かり光栄ですが、さすがの私も一瞬真っ白になりましたよ」
苦笑いのロータスです。
「私どもは、まるで外国の言葉を発せられたのかと思いましたわ。全く理解できませんでした」
そう言うダリアの横で、ミモザもしきりに首をコクコクと縦に振っています。脳が理解を拒否していたのは、どうやら私だけではなかったようです。
いや、今ここでこんなカミングアウト大会をしている場合ではないのですよ。
「とりあえずここでこうしてはおられないわ。ロータスはカルタムに言って晩餐の用意をしてもらって」
私はやっと動き出した頭をフル稼働してやるべきことを考えました。
「かしこまりました」
肯くロータス。それを確認してから私は次にダリアに向きました。
「ダリアは休憩に入ってない侍女さんたちにお給仕の指示をして」
「わかりました」
コクリと肯くダリア。
「ミモザは私と一緒に旦那様のおもてなしね」
「はい」
「私は……むむ~、今日は仕方ないから旦那様と晩餐をご一緒するわ。あ、でも私のはハーフポーションにしてってカルタムと侍女さんに伝えておいてね。以上、解散!」
「「かしこまりました」」
そう返事をすると、ロータスとダリアは厨房の方へと足早に消えていきました。私とミモザもサロンへと向かいます。
あ~、せっかく平穏な日常が帰ってきたと思ってた矢先なんですけどね~。またどういった風の吹き回しでこちらに顔を出されたのかしら。こればかりは理解不能のままですね。
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