お客様が次々
成長するレティちゃん目当てに……♪
「よー」
最近何かを話し始めたバイオレットがよく言ってるのが『よー』。
「『よー』ってなんだろう?」
「う〜ん、なんでしょう??」
旦那様も私もわからなくて、ただバイオレットがニコニコしながら『よー』って言うのを見ていたんですが。
とうとうその『よー』が判明したんです。
「よーちゃ」
ある日バイオレットがロータスを見てそう言いました。
「『よーちゃ』……あ! これはひょっとして『ロータス』って言ってるんじゃないかしら?」
「ああ……言われてみればそう聞こえますね」
私がハッと気付いてロータスに言えば、ロータスもピンときたようです。
「レティ、これは誰?」
確認しようとロータスを指差すと、
「よーちゃ」
確信です。
「レティの最初の言葉が『ロータス』かぁ」
「恐縮ではございますが、とてもうれしいですね」
バイオレットが初めてしゃべったので私が感慨にふけっていると、ロータスもうれしそうに微笑んでいます。
「『お父様』や『お母様』を押しのけて、あえての『ロータス』。どうしてかしら……?」
ロータスに向かって笑いかけるバイオレットを見ながら呟いていると、
「あら、それはやはり『ロータス』がこのお屋敷での最頻出単語だからじゃないですか〜?」
朗らかにミモザが言いました。
なるほど!
旦那様も私も、使用人さんたちも、一番よく言う単語(名前?)は『ロータス』。しょっちゅう聞いてたら、そりゃ一番に覚えるわな、と。納得です。
しかもロータスはバイオレットに甘いですしね〜(あ、これはお屋敷の全員か!)。
「そうかぁ。なるほど〜。でもこれ、サーシス様が聞いたら泣いちゃうかも」
「ですね」
周りのみんなも、旦那様の反応がすぐに目に浮かんだようで苦笑いしていました。
でもほんと、よくよく考えてみれば、朝は、
「ロータス、今日のプライベートな予定は——」
と、旦那様の呼びかけから始まり、
「ロータス〜。あれはどこに置いたかしら?」
「ロータス、食材の購入についてカルタムが相談したいと——」
「ロータス、手紙の取次ぎが来ております」
「ロータス、もうお稽古は十分でしょ!」
などなど、一日中、そこらじゅうで『ロータス祭り』状態。
「そりゃ覚えるわな」
「ですです」
てゆーかうちのお屋敷、ロータスを働かせすぎじゃね?
「今日も一日、ヴィーもレティもつつがなく過ごしてた?」
ずいぶん砕けた感じになりましたが、これは結婚当初から変わらぬただいまの後の旦那様のセリフ。まあ、前はこれ言ったらサクッと別棟行っちゃってましたけどね〜って、これはそろそろ忘れてあげなきゃですね。
そして私が今日一日の話をするのも日課。でも今日は特別な報告しなくちゃです。
「はい! 今日も楽しく過ごしてましたよ。あ、そうだ」
「ん? 何?」
とうとう判明したバイオレットの『よー』の意味。これを知ったら旦那様、どんな顔するかなぁ。
「レティがしゃべりました」
「え? レティがしゃべったって?」
「そうなんです。最近よく『よー』って言ってたじゃないですか」
「うん、言ってた」
「あれの意味が判明したんです、しかも今日は『よー』だけでなく『よーちゃ』って」
「え? ほんと?」
「はい。レティ、これは誰?」
驚く旦那様の前で私がおもむろにロータスを指差すと、バイオレットはニコッと笑って、
「よーちゃ」
と答えてくれました。
「よーちゃ……ロータスか!『よー』はロータスのことだったのか。しかし、レティが初めて覚えた言葉がロータスとは……!」
旦那様、『よーちゃ』の意味がわかって複雑な顔をしています。
「どう考えてもレティが一番耳にする単語ってロータスですよねぇ」
「ああ……確かにそうだね……」
仕方なしに納得したような顔してますけどね!
「レティ、『おとうさま』。はい言ってごらん?」
「はい!」
「『はい』じゃなくて、『おとうさま』」
「はい!」
「レティ〜、お父様も早くレティに『お父様』って呼ばれたいよ〜」
あれからバイオレットの語彙は爆発的に増えていきました。
『はい』ってお返事もできるし、『パン』って言えるようになったし。
そして旦那様はというと、暇を見つけてはバイオレットに『おとうさま』と呼んでもらうべく猛特訓中(?)です。ロータスに先を越されたのがどうにも癪だったようです。
たった今もバイオレットを膝に乗せて特訓していましたが、どうも上手くいかないようで渋い顔をしています。
「そうだ! 屋敷中のみんなが僕のことを『お父様』って呼べば覚えるのも早いんじゃないか?」
「またそんな無茶言う。そんなこと無理に決まってるでしょう」
「いいアイデアだったと思ったんだけどなぁ」
「それにみんな、ロータスほどサーシス様のことを呼ばないと思いますよ?」
「ヴィー。それ言ったらダメなやつだ」
旦那様がバイオレットをぎゅーっと抱きしめて凹んでいます。だってどう考えても日中家にいないんですから、頻度としては高くないじゃないですか。
すると、
「おとーしゃ! きゃっきゃ」
しぼんでいる旦那様を見てバイオレットが笑いました。あれ? 今、なんて言った?
私がハッとバイオレットを見ると、旦那様も何かに気付いた顔をしていました。
「レティ? 今なんて言った?」
「はい!」
「『はい』じゃなくて〜。そうだ、レティ、これは誰?」
旦那様が自分を指差してバイオレットに問いかけると、
「おとーしゃ」
にっこり笑いながらバイオレットが答えました。
「レティ〜〜〜!! お父様はうれしいよ〜! ヴィー、聞いた? 聞いたよね?」
「はい! バッチリ聞きましたよ!」
「教えたらすぐに覚えてしまうなんて、レティは天才だね!」
大よろこびした旦那様がまたバイオレットをぎゅっと抱きしめています。天才かどうかは別として、旦那様の執念の勝ちですね!
それからしばらくしたある日のこと。
「ごめん……またこいつらついてきた」
「はあ」
「「「「「おひさしぶりで〜す!」」」」」
旦那様のお出迎えに行ったら、部下のみなさんたちも一緒に帰ってきていました。
「レティがしゃべり始めたっていうのをユリダリスに話してたのを聞きつけてついてきたんだよ」
「あら、そうだったんですね」
旦那様はげんなりしていますが、部下さんたちはとても楽しそうだからいいんじゃないでしょうか? 私も、もみくちゃにされるのにすっかり慣れてしまいましたしね。
「せっかく来てくださったんですからぜひ晩餐もご一緒に……」
「そんな気を使わなくてもいいよ。適当にレティを見せたら適当に追い返すから」
「「「「「副隊長のけち〜!」」」」」
急遽のお客様シフトだったので晩餐の用意が少し遅れましたが、部下さんたちはバイオレットを囲んで盛り上がっていましたので問題ありませんでした。
バイオレットは言わずもがな、旦那様も、部下さんたちからすごく愛されていますよね〜。仲良く戯れてる感じとかすごくいいと思います。てゆーか、部下さんと一緒にいる時の旦那様、ツッコミが追いつかない感じですけど。
いつもと違った旦那様が見れて私も楽しいのに、なんで旦那様は部下さんの来襲を嫌がるのかな?
バイオレットが話し始めたと聞いてお屋敷に駆けつけたのは部下さんたちだけではありませんでした。
「レティ〜! おじいちゃんだよ〜」
「おばあちゃまも来ましたよ〜」
義父母夫妻も飛んでやってきたのです。
「じーじ?」
「そう、じいじ」
「ばーば?」
「ばあばよ〜。レティちゃんに呼んでもらえて、ばあば、うれしいわぁ」
お二人ともバイオレットに呼んでもらってとてもうれしそうです。おじいちゃま、おばあちゃまはまだ難しいみたいで、『じーじ』『ばーば』に短縮ですが、それもかわいいですよね。
「レティはどんどんかわいらしくなっていくね」
「ほんとほんと。ねえ、明日レティのお洋服を見に行きましょうよ!」
「おお、いいねぇ」
「おもちゃもたくさん買いましょう!」
バイオレットのかわいさにメロメロの義父母はすっかり盛り上がってしまっています。今まででも十分に服だのおもちゃだの贈ってくれてるんですけど。
「いやいやいやいや、そんなにたくさんは必要ないですから!」
このじーじとばーばの経済力だと、お洋服もおもちゃも、さらに山のように買いそうだから怖い。私は慌てて止めました。
結局お買い物は諦めてもらえ、その代わり『王宮に孫自慢に行く』と言って出かけて行きました。
「孫自慢って……」
「好きなようにさせてやって」
「はあ」
旦那様もそう言うので、放置することにしました。
それから数日後。
またお客様がいらっしゃいました。——それも超絶大物です。
「視察でね、近くを通ったもんだから」
「そうなの〜。たまたま近くを通ったの〜」
そう言ってお屋敷に現れたのは、なんと国王様と王妃様!
「今日、来るって連絡ありましたっけ?」
「いいえ、ございません」
「サーシス様も言ってなかったわよね?」
「はい」
こっそりロータスに確認してもやっぱりそんな予定ありません。旦那様からもそんなこと聞いてなかったし。てゆーか、まだ昼下がりですので旦那様はお仕事で留守ですしねぇ。
ふとお二人の後ろを見ると、旦那様の上司様——ペルマム隊長——が、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていました。そのまた後ろでは、お姉様方が『ごめん!』と手を合わせているのが見えています。
ということは、このお二人、旦那様に内緒でお忍びで来たってことよね?
驚きすぎて気が遠くなりそうでしたが、もう来てしまっているものは仕方ない。腹をくくってお出迎えです。
「わざわざのご尊来、ありがとうございます」
私とロータス、その他主要な侍女さんたちで精一杯のご挨拶でお迎えしている間に、その他の使用人さんたちが別棟にいる義父母を呼びに行ったり、急ピッチでお迎えの支度を整えています。お客様シフト・特別バージョンです。
「急に来てしまってすまないね」
はい、ほんとに。——とは口に出しませんが。ニコッと笑ってごまかしました。
「バイオレットが話し始めたって、アングレータが自慢するもんだから〜。それにアンゼリカたちも『かわいいかわいい』って言ってたもんだから会いたくなっちゃったのよ」
おほほ、と朗らかに笑う王妃様ですが、突撃はやめてください。こっちにも心の準備ってものがあるんです!
お二人を案内してお屋敷に入ったところで、義父母がサロンから出てきました。
「陛下がまさかのご来訪!」
「君たちが孫自慢するから〜」
「あら、だってかわいいんですもの」
「そりゃあヴィオラの子供だもの、かわいいのは当たり前でしょ。ああ、私はなんて呼んでもらおうかしら?」
「ん〜。じじいとばばあ?」
「ロバータ! お前は相変わらず失礼なやつだなぁ」
「あはははは! 冗談ですよ、冗談」
義父母と国王夫妻でキャッキャと盛り上がってますが、バイオレットに『おうさま』『おうひさま』はまだ無理だと思います。そして、じじいとばばあも失礼すぎて言わせらんない。
結局、「おーしゃ」と「ひーしゃ」で落ち着きました。よかったです。
「幼子はこんなにかわいかったっけなぁ。ディアンツもすっかり大きくなってしまったし、忘れちゃったよ」
「そうねぇ。すっかり生意気になっちゃったし。これくらいの時はめちゃくちゃかわいかったのに。ああ、バイオレットに癒されるわぁ」
バイオレットに呼んでもらって上機嫌の王様たち、『かわいいかわいい』を連発しています。
「姫たちもバイオレットに会いたがってるわよ」
「早く王宮に遊びにおいで」
「ああでも、王宮にきたら帰したくなくなっちゃうわ」
バイオレットが王宮に持っていかれちゃう!? 王妃様が真剣な顔で言うもんだからギョッとしました。つーか、そんなことしたらアノヒトが何しでかすかわかりませんよ〜?
この本気とも冗談ともつかない発言に、
「そりゃ困るなぁ。帰してくれないなら、その時は実力行使かな?」
あ、お義父様の笑顔が怖い。
「そうねぇ。それか、そもそも王宮には行かせないとか?」
お義母様の微笑みも迫力ありますよ?
「あ〜ごめんなさい! 何があっても帰しますからぜひ来てください!」
「「当然でしょう」」
お義父様たち、王様に対しても強いなぁ。
というか、この親にしてあの息子あり? なんか血の繋がり感じました。
今日もありがとうございました(*^ー^*)