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甘えたい

「完全に伝染うつっちゃいましたね」

「んっくっしゅん!!」

「熱もあるし」

「はだがづまっでいぎぐるじい」

「? ああ、鼻ね。鼻が詰まるとしんどいですね」

「ん」


 旦那様が風邪をひきました。正確に言うとバイオレットの風邪をもらったんですけど。


 それは数日前のこと。


 バイオレットが風邪をひいていました。

「ただの風邪でございますよ、ご安心ください。薬を飲んでおとなしくしていればすぐによくなります」

 熱が出て鼻も詰まり苦しそうにしていたので慌てて医師様を呼んで診てもらうと、ただの風邪とのこと。

「変な病気じゃなくてよかったです」

「最近は寒暖の差が激しいので大人でも体調管理は難しゅうございます。ただの風邪ではありますが、こじらせないよう十分にお気をつけください」

「もちろんです!」

 私もそうですが使用人さんたちも超厳戒態勢(と書いて超過保護と読む)で看病する気満々です。


 環境はバッチリ整いましたが、だからと言っていきなり風邪が治るわけでもありません。

 お乳を飲むにも鼻が詰まって苦しく、眠ろうにも鼻が詰まって苦しく、どうにも機嫌の悪いバイオレットは今や『抱っこ魔』になっています。

 寝たと思ってベッドに置くとすぐ目を覚まして泣く。

「抱っこしてないとグズっちゃうのよね。苦しいね、かわいそうにね、早く治るといいね」

 私はバイオレットを抱き上げあやしました。

「奥様もあまり無理なさらないでくださいませ。レティ様はわたくしどもに預けてお休みください」

 ダリアやミモザはそう言ってくれるけど、かわいい我が子が苦しんでるんですよ? 私がのうのうと眠れるわけないじゃないですか!

「レティが辛いのに私だけ眠れないわ。ミモザだってデイジーのお世話があるし、ダリアたちだって昼間たくさんお仕事してくたくたでしょ」

「レティ様のお世話が乳母ナニーの仕事です〜」

「いいのいいの。それにこの家で私が一番暇なんだから」

「奥様……」


 ということで、夜間は私がレティに付き添うことにしました。暇人どうのこうのというより、やっぱり心配が先に立つからね。


 旦那様にも伝染らないよう、レティの部屋で過ごしてたんですが。

 ぐずりがひどくてほぼ徹夜の状態で朝を迎え、朦朧としているところに旦那様がひょっこり顔を出しました。


「今日は休みだから、レティのお世話は僕もするよ」

 

 そう言って、旦那様がレティを私から取り上げます。

「ええ……でも……」

「ほらほら、半分目が閉じてるよ。いいから寝た寝た」

 旦那様が軽く私の肩を押すと、私は簡単にベッドに転がってしまいました。むむ、あいかわらず素晴らしいふかふか加減です——じゃなくて。

「でもレティ、まだ風邪が」

「大丈夫、ちゃんと見てるから」

「……じゃあ、お願いします」

「了解」

 レティと一緒に部屋を出て行く旦那様を見送って、私は目を閉じました。

 ……時折隣の寝室からレティの鳴き声と「うわ〜泣き止まない! ロータス、どうしたらいいんだ!?」とかいう旦那様の声が聞こえてきましたが、助っ人に行こうにも睡魔には勝てませんでした。




 しばらく眠って目を覚ました時には、隣はすっかり静かになっていました。

「サーシス様たち、お散歩にでも出たの? 静かだけど」

「いいえ。部屋にいらっしゃいますよ」

「あら」

 それにしても鳴き声どころか物音ひとつ聞こえません。

「ちょっと覗いてくるわ」

「そっとお静かに、ですよ」

「? わかった」

 ステラリアが唇に人差し指を当てています。静かにね、オッケー。


 言われたようにそっと寝室の扉を開けると——二人はベッドでお昼寝中でした。そりゃ静かだわ。

 旦那様の腕枕ですやすや眠ってるバイオレットは、風邪、かなり良くなったかな? 鼻息がずいぶん楽になってきてるようです。

「しばらくそっとしておきましょ」

 バイオレットも昨晩はよく眠れてなかったしね。

 私はまたそっと扉を閉めたのですが——どうやらそっと寝かせておいたのが間違いだったようです。

 その晩、旦那様が風邪をひきました。




「あの時無理にでも起こせばよかったですね。すみません」

「いや、ヴィーのせいじゃないよ」

 二人くっついて眠っていたから伝染ってしまったようで、熱と鼻水という、バイオレットと全く同じ症状が出ています。え? 旦那様よりもっと一緒にいた私はなぜ無事なんだって? ナントカは風邪ひかない……とか言わないで☆

 看病するにあたって、私やバイオレットの身近に世話する使用人さんたちで予防的に栄養たっぷりの薬湯を飲んだりして準備バッチリだったからです。

 備えあれば憂いなし。

 回復したバイオレットはミモザに預け、旦那様のために医師様を呼んだりして、バタバタと慌ただしく時間が過ぎていきました。

「明日はお仕事休まなくちゃいけなさそうですね。ユリダリス様にお伝えしておきましょう」

「ん……明日の体調次第にするよ。大事な会議がある」

「でも無理はなさらないでくださいね」

「もちろんだ」

 こういう時、近くに同僚(部下?)が住んでると便利ですね。わざわざ使者を立てなくて済みます。

「お食事は召し上がれそうですか?」

「ん〜、食欲ないからいいよ」

「でも何か召し上がらないと熱に対抗できません! 果物なら大丈夫でしょう?」

「そうだね」

「じゃあカルタムに言って何か用意してもらいます」


 私が直接行ってもらってくる方が早そうなので、旦那様の側を離れようとした時でした。


「ヴィーは、ここにいて」


 旦那様が私の手をキュッと握っています。

 熱で潤んだ濃茶の瞳が私をまっすぐに見てきて……なんだよう、ちょっとキュンとしちゃったじゃないですか!

 熱で弱気になったのかしら? 

「仕方ないですねぇ。果物はステラリアに頼みましょう」

 私はまた旦那様の側に戻り、さっきまで座っていた椅子にまた腰を下ろしました。

「急にどうしたんですか? 甘えたくなった?」

「……かもしれない」

 自分で引き留めておきながら今更照れたのか顔を背ける旦那様。それでも手はつないだままだけど。


 ステラリアが持ってきてくれた果物を、せっかくなので私がお口に運んで差し上げましょう! 甘えたいんですもんね〜。ニヤニヤ。

「はい、あ〜ん」

「ん」

 一口大にした果物をフォークに刺して口元に運べば素直に食べてくれる旦那様はやっぱり甘えたモードですね! バイオレットみたい。

「サーシス様、なんだかレティみたいですね」

「…………」

「レティが甘えてるの見て、うらやましくなった?」

「…………」

 図星ですね。

 あまり病人をいじっちゃいけませんので、これくらいにしておきますけど〜。

「前回お風邪をひかれた時はすりおろした果物しか喉を通らなかったけど、今回は固形でも大丈夫そうですね」

「喉はそんなに腫れてない」

「じゃあ甘々ついでにうさぎさんカットをしてあげましょう!」

「うさぎさんカット?」

「はい!」

 不思議そうな顔をする旦那様を横に、私は皿に添えられていた果物ナイフを手に取ると皮の付いたままになっている果物をひとつ手に取り、サクサクとカットして見せました。V字に切り込みを入れて、それを切らないように薄く身から剥いて……。

「じゃーん! ほら、皮が耳のようでしょう?」

「ああ、それか」

「ご存知でしたか」

 出来上がったものを旦那様に見せると納得したような顔になっています。

 普段カルタムが出してくれる果物は綺麗な飾り切りがされてあったりするけど、さすがにうさぎカットはないですよ?

「子供の頃、病気をすると母上がしてくれたんだ」

「まあ、お義母様が」

 なるほどなるほど。うさぎカットはママの味なんですね!

「普段忙しくてあまりかまってもらえなかったから、嬉しかったなぁ」

「そうでしょうそうでしょう」

「ヴィーは……そういう思い出ある?」

「もちろんですよ! うちもうさぎさんカットは私が病気の時によく母がしてくれました。あ、でもフリージアにはよくおねだりされてしてあげましたね。おやつの時なんかに」

「へぇ」


 それからしばらく旦那様の小さい時の話や私が実家にいた時の話で盛り上がっていました。




 ハッと気が付けば、隣に旦那様の寝顔が。まつ毛長いなぁ。美形は寝てても美形だなぁ——違くて。

 旦那様とうさぎカットの話で盛り上がってたのは夜の話。今は……窓の外はすっかり明るくなってます。ということは、私、あのままここで寝落ちしたってこと!?


 旦那様は風邪っぴきだというのに、隣でのうのうと寝ちゃって、邪魔にならなかったかしら? てゆーか、私そもそも隣で寝てなかったよね? じゃあ誰がベッドに引き上げて……って、もちろんそれは旦那様か。じゃあ、やっぱり私、旦那様に無理させちゃってるじゃん!


 寝起きのぼーっとした頭に色々去来します。

 病人の旦那様に無理させたことにサーっと血の気が引くと同時に、鼻水がつつーっと垂れてきました。

 ん? 鼻水?

「あれ? 鼻がづまっでる」

 ついでに息苦しいです。

 眠ってる旦那様を起こさないよう、そーっと起き上がってベッドを出ようとしたんですが。


 ボスッ。


 体が重くてそのまま横に倒れただけでした。

 

 んんんんん?


 自分の身に何が起こったか理解できなくて、そのままボーッとしていたら、

「ヴィー? わぁ! 顔が紅いよ!」

 目を覚ました旦那様が慌てています。

 顔が紅い?

 霞がかったような頭で旦那様の声を聞いてると、おでこに手のひらが当てられました。

 ひんやり感じるということは、旦那様、お熱下がったんですね。

 ぼんやりそんなことを考えていると、


「熱がある! ロータス! 医師を呼べ」

「はい」


 そうですか、熱があるんですか。——って、私!?

「熱……」

「僕の風邪が伝染ったみたいだ。ごめん、ヴィー!」

「あー……」

 バイオレットの看病には万全を期して薬湯飲んでたけど、旦那様の場合にはすっかり油断してました。薬湯、飲んでませんでした。

 伝染っちゃいましたか。

「サーシス様は、お身体、大丈夫ですか?」

「うん、もう大丈夫みたいだ」

「よかったです。それなら大事な会議に出られそうですね」

 他人に伝染せば治るって言いますもんね! 私に伝染してくれてよかったです。

「私はみんながいるから大丈夫です。サーシス様はお仕事に行ってくださいませ」

「僕のせいでしんどい思いをさせてしまったんだから、今度は僕がヴィーを看病する時だろ」

 旦那様が私の手を握って訴えてきましたが。


「元気になったのでしたら、そろそろ出仕のお支度なさってください。奥様のことは私どもがしっかり看病させていただきますのでご安心を。さ、プルケリマ様がお待ちですよ」


「ロータス……」


 旦那様がロータスをじとんと睨みました。

「……仕方ない。ヴィー、なるべく早く帰ってくるから」

「はい」

「王宮の薬草庭園で風邪に効く薬草をもらってくるよ」

「それは遠慮しておきます」


 旦那様は渋々ロータスと一緒に出て行きました。


 また王宮の薬草庭園のお世話になってしまうんですか……王様達に無駄に心配かけそうで嫌なんだけど。


今日もありがとうございました(*^ー^*)

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[気になる点] しんどい、連発ですが作者様は関西の方ですよね
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