レティのいる生活
バイオレットが生まれてひと月が経ちました。
これまで特に問題なくすくすくと成長し、ふっくら赤ちゃんらしくなり、動きや表情なんかもできたもんだから、かわいらしさも倍増・激増です。
毎日見ていても飽きない、赤ちゃんて不思議です。
「日に日に成長していく姿は驚きでもありよろこびでもあるね」
と、旦那様もバイオレットの成長が嬉しいようです。
お仕事帰りお出迎えすると、私にハグするのは前からですが、そこにバイオレットへのハグも追加されました。
お義父様たちも領地に帰り、お屋敷に日常が戻ってきました。
私も部屋にこもりきり、寝てばかりじゃなく、少しずつ日常生活を始めています。と言っても使用人生活を再開したわけじゃないですよ! バイオレットと一緒に庭園へ散歩に出たりとかです。
ベリスがバイオレット用に作ってくれた乳母車で、鼻歌交じりに機嫌よくお散歩。
この乳母車、デイジーとお揃いなんですが、もうお座りできるデイジーのは座って乗れるタイプ。一方まだお座りできないバイオレットのはベッドタイプになっています。そういえばベリスは私が怪我した時にも車椅子を作ってくれましたよね。ほんと器用だなぁ。
寒くもなく暑くもなく、快適な時間を選んで、わたし庭園で日向ぼっこがてらお茶もできるようになりました。
今日もミモザとデイジー、ステラリアと他数人の侍女さんたちとお茶をしているところに、
「奥様にお手紙がきております」
ロータスが封書を持ってきました。
「お手紙? 今日はどなたから?」
「はい、今日は旦那様の職場関係の……女性騎士様からでございます」
「あら、綺麗どころトリオのどなたからかしら? ありがとう」
私はロータスから手紙を受け取りました。裏を返せば差出人は連名で、綺麗どころトリオ三人の名前です。中身は……見なくても内容はわかります。
それは『お見舞いに行きたいけどいつがご都合よろしい?』というもの。言外に『バイオレットに会いたい』というのも含む。
お手紙は出産のドタバタが落ち着いた、バイオレットの生後十四日目くらいからちらほらくるようになりました。騎士団の綺麗どころトリオだけじゃありません。アイリス様からも、バーベナ様からも、他のお嬢様方からもきているのです。——それも、もう何度も。
わたし的にはいつでも来ていただいていいんですけど、いちおう旦那様にお伺いをたてると「ダメ」って言うもんですから、まだ誰とも面会が叶っていません。
そもそも先日まで寝たきり寝巻きのままだったりしたので、さすがにお会いできないとは思ってましたけど。
もうそろそろいいんじゃね? とは思っています。
なんて考えながら手紙を開けると、やっぱり思っていた通りの内容でした。
「今日、サーシス様が帰ってきたら聞いてみましょ」
「そうでございますね」
またダメとか言うようだったら、旦那様のお留守の時間にこっそり来てもらっちゃおうかしら。う〜ん、そうしたらお姉様方は仕事中かしら?
その夜。
「ただいま帰ったよ……」
「サーシス様!? どうしたんですか!?」
朝はいつも通り元気に出仕して行ったというのに、お仕事で何があったのか、旦那様が悲壮な顔をして帰ってきました。
すわ病気か!? と、あわてて駆け寄っておでこに手を当ててみましたが、熱はないみたいですねぇ。
「ご気分が悪いんですか? 医師様を呼びましょうか?」
まっすぐ顔色を見ると……う〜ん、悲壮感は漂ってますが、病的な顔色の悪さではないような。
「いや……そうじゃないんだ。うん、まあ、中に入ろうか」
そう言ってフラフラと歩き出すけど、いつもと違って覇気がない! しかも今日はまだバイオレットにハグしてないし! 大丈夫か旦那様?!
私はバイオレットをミモザに預けると、旦那様の背に手を添え、ゆっくり歩調を合わせてお屋敷に戻りました。
「出張、ですか」
「……そうなんだよ」
「…………」
それでこの世の終わりみたいな顔をしてたのか旦那様。
とりあえずサロンに入ってもらい、侍女さんたちが用意してくれた気付けのお酒を口にすると、旦那様の顔色が少し戻りました。そして口にしたのが『出張』。相変わらず出張嫌いな人ですねぇ。
「いつからですか?」
「うん、明後日から。七日ほど」
「七日くらい、あっという間じゃないですか」
「いや、僕にとっては一年に匹敵する」
「大袈裟ですよ!」
すっかりネガティブになってる旦那様。たった七日だというのに。
「七日間もヴィーとレティに会えないなんて」
バイオレットをミモザから受け取り、ぎゅーっと抱きしめる旦那様。
まったく、今生の別じゃあるまいし……ん?
でも、旦那様のお仕事は騎士様。中でも頭脳集団にいるとはいえ、危険な任務も稀にあります。まさか……今回の出張がとても危険なものだとか? だからこんなにしょげてるとか!?
「サ、サーシス様」
「なに?」
「そんなに……今回の出張、いえ、任務は危険なのですか?」
私は最悪の事態を想定して恐る恐る聞いたっていうのに。
「いやぁ? 王太子のお守りというのがまた気が重いくらいで、特に危険はないよ」
どうしたの急に? ってキョトン顏で返されても!
ぅおおおお〜い! 内心ツッコミ入れましたよ。
「じゃあグズグズ言ってないで行きましょうね?」
私の背後からブリザードが吹き出すのを自分でも感じましたよ。ロータスの気分がちょっとわかった。
「行きます行きます! よろこんで!」
私の顔色を見た旦那様、行く覚悟ができたようですね。よかったです。
「ならよろしい。あ、そうだ。お姉様方からレティに会いに来たいってお手紙きましたよ。これでもう何度目かしら?」
「あいつら……僕が取り合わないからって、また直に訴えてきたか」
「サーシス様がいつも門前払いしてるからじゃないですか。せっかく会いたいと言ってくださってるんですから、もうそろそろいいんじゃないですか? 私もレティも、普通の生活してますし」
新生児の間はおかしな病が伝染ってはいけない〜とかなんとかで、あまり大勢の人に会わない方がいいとは医師様から言われてましたが、もうその時期は脱しましたしね。
「うんうん、わかったわかった」
「それにお姉様方だけじゃなくて、バーベナ様やアイリス様もレティに会いたいって言ってますよ」
「わかった。その件に関してはとりあえず出張帰ってきてからにして」
「なぜですか? バーベナ様たちだったら、サーシス様がいない時間でも来ていただくことは可能なのに」
「そうじゃなくて。僕がレティに会えないというのに他の奴らが会ってるだなんて……っ!」
「…………」
考えただけでもむかつく、とか言ってる旦那様、心狭すぎです。まったく〜。しかもものすごく悔しそうに言うから、笑いがこみ上げてくる。
まあでも旦那様らしいっちゃらしいですけど。
私が呆れ半分笑い半分で見ていると、旦那様はレティとおしゃべりすることにしたようです。
「レティ、お父様はしばらくお仕事でお留守しなくちゃいけないんだよ。寂しいけどお母様とお利口にお留守番しててね。お土産を買ってくるから」
「ぶ〜」
おでこを合わせて話しかけると、バイオレットは小さな手で旦那様のほっぺをペシペシと叩いています。
「『お父様、頑張れ〜』ってことだね、レティ!」
「う〜」
ぺしぺし。
自分でアテレコして自分で納得している旦那様。ポジティブ戻ってきて何よりです。
そして二日後。
いろいろ察知したユリダリス様がお屋敷まで迎えに来てくださり、旦那様は元気に(泣く泣く?)出張へと出かけて行きました。
今日もありがとうございました(*^ー^*)