生まれました
もう、めちゃくちゃ頑張りました(当社比)。
すっごい痛かったけど、プチさん(仮)に会うために頑張りました。
ものすごく頑張って頑張って超頑張った先に、元気な鳴き声と『女の子ですよ』って言うおばあちゃん医師様の声が聞こえて、完全に吹っ切れました。
元気だったら、男でも女でも、どっちでもいいじゃない。ってね。
とりあえずよかった。無事に産まれてくれてよかったです。どうやら私も無事っぽいですし。まあ、疲労困憊ですけど。
なんて朦朧としながら考えていたら、いつの間にか意識を手放していました。
とりあえず疲れました。疲れたの一言です。
「…………ヴィー…………ヴィー」
「ん〜…………」
誰か……旦那様? 私を呼んでる声がしますね。
え〜と、私何してたんでしたっけ?
そうだ、赤ちゃん生まれたんだった。朦朧としすぎて記憶まで曖昧になったか私。
それで、疲れ果ててあれから寝ちゃったんだ。つか、意識を手放したというか。
で、旦那様の声がするのは……さてはまた、仕事を抜け出して帰ってきたんですかね? それとも、もう旦那様の帰ってくる時間だということ?
そっと目を開くと、やっぱり私を呼んでいたのは旦那様でした。
ベッドの横に跪いて、私の手を握っています。
「サーシス様? もうお仕事は終わったんですか?」
「いや、知らせを受けて帰ってきたよ」
やっぱりか! 残りの仕事はどうしました!?
あ〜でもこれは通常運転か。
「お仕事は?」
「大丈夫、今頃ユリダリスが頑張ってくれてるよ」
「…………」
ユリダリス様、こんな上司でごめんなさい! ステラリア、こんな主人でごめん!
心の中でユリダリス様に謝っておきます。ついでにステラリアにも。
でも旦那様のことだから、きっと飛んで帰ってきたんだろうなぁって思うと、ちょっとうれしいかも、です。
「赤ちゃん、会いました?」
「うん、かわいい女の子だ」
「男の子じゃありませんでした、でも元気です」
生まれるまでは『元気だったらどっちでもいい』って言ってくださってたけど、やっぱり現実に女の子だとがっかりされたかな? と、ちょっと弱気になったのですが、
「元気な赤ちゃん、無事に産んでくれてありがとう」
旦那様が麗しい濃茶の瞳を細めて微笑みました。相変わらず眼福です……違くて。
ほんとに優しく顔をほころばせる旦那様。なんだろう、旦那様全体から喜んでるオーラが出てるって感じます。
よかった〜。私はどっちでもいいって吹っ切れてたけど、旦那様もちゃんと喜んでくれてました。
「それで、赤ちゃんが生まれた時にサーシス様のお姿は見えなかったのですが、結局間に合ったんですか?」
「それが……、知らせを受けてすぐさま帰ってきたというのに間一髪間に合わなかった」
「あ〜……」
「扉のところで産声を聞いたよ」
「それは、間に合ったのか、間に合わなかったのか……?」
「いやこれ、完全に間に合ってないでしょ! むむ、いきなりお父様の言うことを聞かないなんて、じゃじゃ馬娘だな。いやでも、お母様に負担をかけずに安産だったから、いい娘なのか?」
「あはははは!」
旦那様がブツブツ言ってるのがおかしくて、つい吹き出してしまいました。
「あれでも安産だったんですか? めっちゃくちゃ大変でしたけど」
もうね、この世が終わるかってくらい痛かったんですよ! あんなに痛かったのに安産と言うのか? と旦那様に憮然と抗議したら、
「そうらしいよ。だってまだ昼過ぎだから」
すごく意外な答えが返ってきました。
はぁ? まだ昼過ぎですってぇ!?
「え? まだお昼なんですか!? ……全然時間の感覚なかった……」
痛くてどうしようもなくて時間の感覚ゼロだったんですが、旦那様から今の時間を聞いてびっくりです。
旦那様がお仕事に行くのを見送って、その後すぐに陣痛きて、頑張って、なのにまだお昼? あの永遠とも思えた時間が、たったの半日だったっていうんですか!?
痛みは別として、そりゃ安産だわ。
「だから僕が間に合わなかったのもあるけど」
今度は旦那様が憮然とする番でした。
「そう言えばあんなに『待ってなさい』って言ってたのに、待ってくれませんでしたね。きっと赤ちゃんはお父様に早く会いたかったんですよ」
「そういうことにしておこう」
私が旦那様と話している間にも、赤ちゃんは産湯できれいに清められたり、私の縫った産着を着せられたりと、かいがいしくお世話されていました。
ダリアやステラリア、侍女さんたちが医師様の指示に従ってバタバタしています。
そうこうしているとダリアが赤ちゃんを連れてきて、私の隣に寝かせてくれました。
ふわりと閉じた目、ギュッと握られた小さな手。
ちっちゃいけど、こんな大きな赤ちゃんが私のお腹に入ってたのかぁ。
こんなにちっちゃいのに、あんなに大きく元気な泣き声あげてたのかぁ。
なんだか今やっと、感動がじわじわ湧いてきました。
さっきは痛みと疲労で、そんな余裕なかったですもん。
ほんとにちっちゃくてかわいい。
さっきは産んですぐに意識を手放してしまったので、赤ちゃんをしっかりと見るのはこれが初めてです。
「髪はお父様似ですね。綺麗な濃茶色です」
長いまつげに縁取られた目をしっかり閉じて眠っているので、今のところ瞳の色はわかりません。
ふっくらとしたバラ色の頬、ぷっくりかわいらしい唇、傷一つない色白の、それはそれはかわいらしい赤ちゃんです。——自画自賛ですが何か?
「全体的にはヴィーに似てるかな?」
旦那様もじっくりと赤ちゃんの顔を見ています。
「いや、それはかわいそうなので、全面的にお父様似を希望します!」
「…………」
生まれたばかりなのに地味子決定とか、かわいそうすぎる。
「名前は、どうしようか」
「公爵家には、名付けの儀式とかあるんですか? 伯爵家にはないですけど」
「大丈夫、うちもそういうのはない」
フィサリス家は名門公爵家ですから、お子様のお名前を決定するのに仰々しい儀式とかあるのかなぁと漠然と思っての確認だったのですが、特にないそうです。そういうのめんどくさいから、なくてよかったです。
「サーシス様は、お名前候補考えてたんですか?」
ごめんなさい。私はぜんっぜん考えてませんでした。
だってちょっと前までお世継ぎクライシスにハマったりしてましたしね。名前のことなどすっぽり抜け落ちてました。
旦那様はどうなんだろうと聞いてみると、
「いちおう考えてはいました」
という答えが返ってきました。
「どんなのですか? 聞かせてください」
「あくまでも僕の独断だけど……、男の子だったら『ヴィオル』、女の子だったら『バイオレット』っていうのがいいかなって」
さすがはお仕事できる旦那様、用意周到、ちゃんと男の子と女の子両方の名前を考えてくれていました。
つか『ヴィオル』って……。そこはもっとひねりましょうよ。
でも『バイオレット』は可憐な響きでいいじゃないですか!
旦那様の名前候補を、すぐに気に入ってしまった私です。
「じゃあ、女の子だから『バイオレット』ですね!」
「ヴィーはそれでいいの? さっきも言ったけど、それは僕の勝手な考えであって……」
「あら、バイオレット、かわいいじゃないですか。バイオレット……レティちゃんですね」
私の中で、なぜか、『バイオレット』がしっくりきたんです。
「ヴィーも気に入ってくれた?」
「はい! バイオレットちゃん、かわいいし素敵ないいお名前です。これはきっと美人さんになりますよ〜」
ただし全面的に旦那様に似ればね!
「屋敷には子育て経験者が多数いるから、助けてもらえるだろう。なあ、ダリア?」
「はい、もちろんでございます」
旦那様の問いかけに、ダリアが微笑しました。
ダリアだけじゃなくて、新米ママさんだけど絶賛子育て中のミモザもいるしね。超一流の公爵家使用人さんたちは完全無欠! 子育てだってフォローできますって、すごすぎでしょ。
「これからはヴィオラとバイオレットの専属——乳母としてミモザについてもらおうと思うんだけど、ダリア、どうだろう?」
旦那様がダリアに言った言葉に、私はハッとなりました。
乳母? 乳母、ということはほぼミモザがバイオレットを育てるってことですか?
私、これからも社交する気はないんで、乳母なくても専属母親できますけど?
「あの〜、サーシス様? 乳母をつけなくても私がちゃんとお世話しますよ?」
さすがにお乳はあげてないけど、シスルやフリージアのお世話をしてきた経験ありますからね!
「ヴィーならきっとそう言うと思ったよ。乳母と言ってもヴィーが疲れた時や困った時の相談役と思えばいい。それに、これからもどうしても外せない社交に出ないといけない時もあるでしょ。そういう時に預ける人って考えて」
「あ〜。子育てしてるからって理由で社交界引退できないのかぁ」
「諦めようか」
「……了解です」
公爵家に新しく生まれた赤ちゃん——バイオレット。
公爵家の賑やかさが激増しそうな予感です。
サ「朝から会議があって、終わったところで屋敷からの伝言が伝えられて遅れをとった!」
ヴィ「そこは仕事なんですから仕方ないですよ〜」
サ「いいや。これから会議はユリダリスに出てもらう!」
ヴィ「自分で出てください」
今日もありがとうございました(*^ー^*)