超頑張った!
お気楽妊婦生活を満喫していたと思いきや、突然お世継ぎクライシスに見舞われた私。
それを救うべくわざわざピエドラの領地から来てくださった義両親は、
「まだ産まれるのには早いから、一旦領地に戻るわね。今向こうは忙しいのよ〜」
と言って、颯爽とピエドラの別荘に帰って行かれました。
ピエドラ含むフィサリス家の領地では、自警団の整備を急ピッチで進めているのだそうです。あの時の私の何気ない一言が、今になって結構大事になってるなぁと思わざるをえません。
私の不安を取り除きに来てくださった義両親ですが、さすがに長期でこちらに滞在するとなると気を使っちゃうので、さっくり帰ってくださったのは正直ありがたかったです。
「『義理の両親がいたら気が休まらないだろう』とおっしゃられておいででした」
と、後からロータスから聞きましたけど。さすが、気配り満点な義両親ですね!
それからは特に問題も情緒不安になることもなく、いよいよ臨月になりました。
「お腹がお〜も〜い〜」
いちいち立ち上がるにも『よいしょ』とか『よっこいせ』と言ってしまう自分のおばちゃん化が止められません!
ぽっこりと膨らんだお腹は重たいけれど、これは幸せの重みです。
「だからと言ってじっとしていても体にはよくありませんよ」
くすくす笑いながら立ち上がるのに手を貸してくれるダリア。
「そうね、医師様も言ってましたしね」
私の懐妊期間中はいつものおじいちゃん医師様ではなく、その奥様のおばあちゃん医師様が診てくれています。
出産専門のお医者様なんだそうで、自身も四人のお子さんを産んだという超のつくベテランだから、私のちょっとした不安や体調の変化にも的確な判断をして対処してくれます。
そして医師様だけじゃありません。
二人も産んで育てているダリアや、絶賛子育て中のミモザ、他にも経験豊富な使用人さんたちが常にフォローしてくれているのでとっても安心なんですよ。
そんな感じで当の本人はリラックスしているんですけど。
「体調はどう? 辛かったら遠慮せずに言うんだよ?」
「お腹痛い? 医者をすぐ呼べ! もう産まれるのかもしれない」
「これだけお腹が大きくては足元が見えなくて危ないな。そうだ、車椅子があっただろう、あれに乗るのはどうかな?」
「…………」
約一名、めちゃくちゃソワソワしている人がいます。
ソワソワしっぱなし、ちょっと落ち着きましょうね旦那様!
「サーシス様、全然大丈夫ですから」
私が苦笑いで旦那様をなだめると、
「いや、油断は禁物だから。いつ何が起こるかわからないでしょ」
真剣な顔の旦那様。真剣すぎて笑っちゃいます。
「医師様も、今すぐじゃないって言ってらっしゃるじゃないですか〜」
「でも……」
「まあまあ、もうすぐサーシス様も〝お父様〟になるんですから、もっと落ち着いてくださいませ」
「ぐ……っ。それを言われると『はい』としか言えない」
しゅんとした感じがカワイイとか思える私の方が年上な気がしてきた……。
でもでも、心配してくれるのはうれしいですけどね!
それでもって、臨月に入ってからは、
「お父様のいない時間に出てきてはダメだよ? いいかい、プチ?」
と、お腹に向かって話しかけることが旦那様の日課になりました。
毎日この儀式をしてからお仕事に向かっています。
以前に見た夢(赤ちゃんが女の子(仮)で、将来王太子様のお妃になっちゃうという、旦那様にとっては悪夢)以後、お腹の赤ちゃんに『プチ』と名付けて呼びかけるようになった旦那様。〝プチ〟ヴィオラか〝プチ〟サーシスかはわからないけど、どっちにしても自分たちのミニサイズだからって。よくわかりませんね。
おばあちゃん医師様から『もういつ産まれてもおかしくないですよ』と言われた頃には、子供部屋の準備もすっかりでき上がり、ベビーベッドも配置されました。
「とても二十年以上前のものとは思えないわ〜」
「もともと良いものですし、掃除や修理もしっかりとさせていただきました」
素敵なアンティークのベッドを見てうっとりしている私にロータスが教えてくれました。このベッド、旦那様が赤ちゃんの時に使ってたものなんですって! 倉庫で眠っていたのを私が見つけて引っ張り出してきたんです。得意のリユースです。
お洋服や下着も揃って、いよいよ産まれてくるのを待つばかり、準備万端です。
車椅子は私と使用人さんたちが却下したので、旦那様は、在宅の時はずっとエスコートするということで納得したようです。
廊下はもちろん、階段も、数段先を降りて私の足元に気を配ってくれるんです。
旦那様って、こんな心配性でマメな人だったんだなぁ。……結婚当初からは想像もつかない変貌ぶり。
最初の頃はその日の報告? みたいなことをしたらハイ解散。とっとと別棟の彼女さんの元に帰って行ってたというのに……いかん、思い出しただけでニヤッとしちゃいます。あ、その変わりっぷりが面白くてですよ。
一人で回想をしてニヤニヤしていると、
「どうかした?」
私の手を取り数段先を歩いていた旦那様が、私の顔を不思議そうに見ていました。
数段という段差でようやく私と旦那様の目線が同じところ。
旦那様、背が高いですもんね。
普段ではあまりない、同じ高さで目が会うと、新鮮でドキッとします。
「なんでもないです」
ふっと笑って流すと、
「ふうん? ……なんか聞いたらいけない気がするから聞かないでおこう」
「そうしましょう」
鋭いですね、旦那様!
そしてそのまま私の大きなお腹に手を当てると、
「プチ、出てくるときはお父様のいる時にしてくれよ」
今日も旦那様はプチさんに話しかけ(言い聞かせ?)ました。
「きっとプチさんもお父様に早く会いたいと思ってるから、お父様がいる時間を見計らって出てきてくれますよ」
「だといいけど……。まあ、ヴィーもプチも、無事でさえあればいいか」
「心配性ですね」
「そりゃそうさ。前にも言ったでしょ、こういうことは初めてだから怖いんだって」
「でしたね」
ふわりと抱きしめられて頭を軽く撫でられると、守られてるって感じで安心します。
そんないつもの儀式を終えて旦那様をお見送りして。
ロータスやダリア、その他お見送りに出ていた使用人さんたちと一緒にお屋敷に戻って、今日一日のお仕事開始です。
「ふう、今日は下着の縫いかけを完成させちゃいましょう」
「そうですねぇ。肌着は何枚も必要ですから〜」
「赤ちゃんって、す〜ぐ汚しちゃうもんね」
「ですです。あら奥様、お詳しいですね」
「これでも弟妹のお世話をばっちりしてきてるんだから!」
「なるほど〜」
なんてミモザと話しながらサロンに向かっている時でした。
ピキピキっ。
「ん?」
お腹に違和感。
張る、というか、シクシク痛むような。
「どうかなさいましたか?」
私がお腹に手を当てピタッと止まったから、ミモザが心配して顔を覗き込んできました。
「なんだか、お腹が張るのよねぇ」
「痛みは?」
「ん〜? 張って痛むような……」
痛いのかなんなのか、よくわからないなぁと思った時でした。
「んんんん!? 痛いっ!!」
「えええっ!?」
「大丈夫でございますか!」
突然襲ってきた激痛に、その場に崩れ落ちた私。慌てるミモザと侍女さんたち。
ちょ、めちゃくちゃお腹痛いんですけど?! 誰かこの状況を説明……じゃなくてっ! これが噂の陣痛か!?
「いた〜いっ!」
「陣痛が始まったのかもしれませんね。カルタムかベリスを呼んで、寝室にお連れしてもらいましょうか。リア、カルタムを呼んできてちょうだい。ミモザはこのまま奥様に付き添って」
「「はい」」
私が痛みにうずくまって唸ってる最中にも、後ろについていたダリアがテキパキと指示を出してくれています。あまりの痛みに動く気にもなれないんですけど……。いや、廊下で産まれてしまっては困ります! ここは頑張らないと!
「では私が運びましょう。ダリアは医師様を呼んできてください」
「かしこまりました」
先を行っていたロータスが戻ってきてくれました。
ロータスはさっと私を抱き上げると寝室に運んでくれました。今の私、超重量級(自分史上)なのにすみません。
私の体に負担がないよう丁寧に急いでくれるロータスの気遣いがうれしいです。さすが紳士。
その間にダリアは医師様を呼びに行ってくれたようです。
寝室のベッドに寝かされた時には、激しい痛みは治っていました。息もできないくらいに痛かったのが嘘のようです。
「痛み、なくなっちゃった。陣痛だとか言って騒いだけど、ただの腹痛だったのかしら」
だとしたらめちゃくちゃ迷惑な話だけどね! そして騒いだ自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。
なのにミモザは『ノン、ノン』と人差し指を振ると、
「いいえ奥様、これからが本番ですわよ! 陣痛というのはですね、治ったと思ったらまた始まるんです。そしてまた治る……の繰り返し。永遠に続くかのように思われる痛み。そしてそれとの戦い。この痛みの間隔が徐々に縮まってきてようやくお子様が産まれるんですよ」
これから来るであろう痛みについて力説しました。いつものゆるい口調はどこへやら、キビキビと話す迫力はさすが経験者というべきか。
「そうだったのね……この痛み、まだ続くのね……」
「そうですよ! ですから、この痛みが治まっている間にゆっくりリラックスなさって体力温存なさってください。何か食べ物でも食べてくださいね」
「ええ……無理」
お母様が弟たちを産んだ時の記憶なんて曖昧ですから、産まれるまでの手順(?)はわかってませんでした。
体力温存はするけどさぁ、さすがに食べるのは無理。
それからはミモザの言った通り、激痛がきたかと思えばすっと引いていく、の繰り返しでした。
「痛いですけど、力まないで。ゆっくり息をしてくださいよ」
おばあちゃん医師様が穏やかに声をかけてくれるけど、痛すぎて無理! 体に力入りまくりです。
「大丈夫、大丈夫」
私の手をしっかり握り、優しく撫でさすり落ち着かせようとしてくれています。
ごめんなさい。無理とか言ってる場合じゃないですね、ちゃんと医師様の言葉には従わなくちゃ。
「ふぅぅぅ」
「そう、ゆ〜っくり」
痛みで何も考えられない私は、もうひたすら医師様の言うことだけに集中します。じゃないと痛すぎて気が遠くなる。
痛む間隔がどんどん狭まっていて、もうずっと痛い状態になりました。
もうどれだけ時間が経ってるのかもわかりません。すでにへとへと、意識も朦朧としてきました。
みんな、こんな苦しい思いしてきたのね! お母様には今まで以上に感謝しなくちゃ!
そろそろ気力体力ともに限界を感じてきた頃、
「もう少しですよ、頑張って下さい」
「えっ?!」
なんかもういろんな感覚が麻痺してきてるから、もう少しって言われてもわかんない!
言われるがままに力を入れてみたりしていたらものすごく痛くなって、もうダメだと思った時。
んぎゃ〜!
と言う泣き声と
「お産まれになりましたよ。かわいらしい女の子でございます」
医師様の声が聞こえたところで、私の意識はフェードアウトしました。
今日もありがとうございました(*^ー^*)