お義父様たちのお言葉
生まれてくる赤ちゃんが女の子だったら嫁に行っちゃうじゃないですか!!
せっかく授かった後継者(赤ちゃん)が、お家を継げないかもしれないというピンチに気が付き、にわかに不安になった私。
急におとなしくなった私を心配したロータスたちにサロンへ連れて行かれ、ソファに落ち着きました。そして、ステラリアが淹れてくれた温かいお茶をいただくと、少し気持ちが落ち着いてきました。
「それで、何を不安に思われたのですか?」
ミモザの優しい声が、不安な私の気持ちにじんわり沁みます。
「昨夜の旦那様の夢。この子が女の子で、王太子妃になっちゃうって」
私は丸いお腹を撫でました。
「旦那様には悪夢だったそうですね」
「叫んで飛び起きちゃうくらいにね! ……じゃなくて。そこなの」
「そこ、というのは?」
「この子がもし女の子だったら、公爵家を継がずにお嫁に行っちゃうかもしれないということに気がついちゃったってこと。女の子でも、そりゃお婿さんもらえば問題ないけど、もし旦那様の夢のように、王太子様から縁談があったなら、さすがに王太子様に向かって『婿に来てください』とは言えないでしょう?」
「ええ……?」
「どうしよう、名門公爵家なのに、旦那様の代で断絶しちゃう……!」
「奥様?」
「王太子様をお婿さんにする……、もしかしてお姉様の一人が女王様になるとかアリなのかしら?」
「お〜く〜さ〜ま〜!」
私が不安のままにテンパっているというのに、
「え〜と、ちょっと落ち着きましょうか、奥様?」
「そうですね。さあ、お茶のお代わり飲んでください」
ミモザやステラリアほか、周りの侍女さんたちはなだめてくれるんですが、なぜかみんな半笑いみたいになってる、というか笑いをこらえてるというか?
「ねえ、なんでみんなそんな笑ってるの?」
私が真剣に悩んでるっていうのに!
む〜っと唇を尖らせていると、
「奥様は、お子様はお一人だけでいいとお考えなのですか?」
こちらも微笑んだままのダリアが聞いてきました。
ん? 一人っ子? さすがに一個小隊できるくらいというのは無理ですけど、兄弟は欲しいですよ。
「いいえ? 一人っ子よりも兄弟がいた方が楽しいじゃないですか。私も弟妹がいてよかったと思ってるし」
「じゃあ、問題ないのでは?」
「え? ……おお!!」
そっか。子どもはこの子一人とは限らないもんね! 子どものうち誰か一人が跡を継げばいいこと……って。
でもでも、〝欲しい〟と思うのと〝できる〟というのは違う気も。
「でも、もし仮に〝次〟ができなかったら……」
「血縁者の中から優秀な方を養子にむかえるという方法もございますよ」
今度はロータスが口を開きました。
そうかぁ。そういう手もアリなのかぁ。……でも。
納得しかけたけど、これはあくまでも使用人さんたちの意見であって、旦那様や義父母たちの意見ではありません。正論っちゃ正論だけど。
解決したようで、根本的に解決してないモヤット感が残る……。
しかし使用人さんたちは私を元気付けようとしてくれているのだから、ここは納得したフリをしておかないといけませんよね。あまり心配かけるのもよくないし。
いったん納得したことにしておきましょう。
「……なるほど。私の心配は杞憂ってことね。ありがとう」
できるだけいつも通りに笑っておきました。
でもうちの使用人さんたちや旦那様に、私の大根演技なんて通用しなかったんですよねぇ……。
その夜、旦那様が帰ってきて。
晩餐も終え、サロンでくつろいでいると、
「ヴィー、今日は元気がないけどどうかした? また気分でも悪い?」
旦那様が私の顔を覗き込んできました。
うそん! 私、いつも通りにしてたはずなんですけど!?
思わず目が泳いだのは、綺麗な濃茶の瞳にじっと見つめられたからですからね! どうやってごまかそうかとか、思ってないですからね!
「え……えへへ、サーシス様、おかしなこと言いますねぇ! 私はいつも通りですよ、気分なんて悪くないですよ〜」
カラカラカラと笑って答えたのに、
「いや。いつもと違う。ほんっとうに、気分悪くない? それとも、どこか調子が悪いところがあるとか?」
鋭い旦那様は、私の大根演技を見破っています。ちょっと方向違うけどね。
「ないですよ〜。サーシス様ったら過敏すぎます」
「過敏くらいでちょうどいい」
さらっと過保護な発言ですね! まあ、いつものことですが。
私を心配する濃茶の瞳にまっすぐ見つめられると、隠しておける気がしません。
どうしましょう。この不安な気持ちを伝えていいものでしょうか?
どうせ本当のことを白状するまで解放されないし、ならいっそ、思い切って言ってしまう方が楽かな。
どんな反応が返ってくるかわかりませんが、意を決しました。
「この子がですね、もし女の子だったら、ひょっとしたら公爵家を継げないかもしれないのかなぁって。後継者が後継できない事態が起こるかも、って」
「え?」
おずおずと言い出した私に、旦那様がキョトンとしています。
デスヨネ〜。ちょっとはしょりすぎました。
ということで、私は旦那様の夢から今朝の使用人さんたちとのやり取りを旦那様に説明しました。
「……なるほど。僕の悪夢がヴィーの悪夢になった、ということだね」
旦那様がこめかみを押さえながら言いました。
「ソウデス」
しゅんとしている私を旦那様は引き寄せ優しく抱きしめ、膨らんだ私のお腹を撫でました。
「ヴィーは、子どもは一人でいいの?」
「いいえ。ああそれ、ダリアにも言われました」
「そうか……。それに、もしこの子が女の子だったら養子をもらえばいいことでしょ」
「それは冷静になってから自分で思いつきました」
「冷静になれてよかったよ! もし仮に、この子が一人っ子の女の子だったとして、王太子殿下のお妃に望まれたとしても……」
「も?」
「僕が断る!」
「いや、そこは断れないでしょう!」
すごいドヤ顔で言い切る旦那様。まあ、コノヒトなら本気で断りそうですけどね。
「大丈夫、きっとこの子が王太子妃なんて嫌だと断るに決まってるからね!」
「それも決まってませんけど」
「……じゃあ、渋々、ほんっとに仕方なく、かなりイヤイヤだけど、王太子のとこに嫁に行ったとしても、跡継ぎは血縁者の中から優秀なものを選んで養子にしたらいいんだから」
「あ、それ、ロータスも言ってました」
「ロータスぅぅぅ! 僕のセリフを奪うなぁぁぁ!!」
ギンっとロータスの方を睨みつけて叫ぶ旦那様です。
「……コホン。まあ、とにかく、ヴィーは余計な心配しないで元気な赤ちゃんを産むことだけを考えていたらいいんだから」
気を取り直した旦那様。優しい声なのは本心から……だよね?
「そうですね」
旦那様が『気にするな』って言ってるんですもんね。……まあ、ちょっとまだ気がかりは残りますが、今朝よりはずいぶん気が楽になりました。
それからしばらくして。急に義父母からロージアにくるという連絡がありました。
「何かご用事でもできたのかしら? また王宮からお呼び出しかしら?」
領地で悠々自適にお過ごしなのに、と私が訝しんでいると、
「ヴィーの顔が見たいらしいよ。久しく会ってないからって」
隣でお仕事の資料に目を通していた旦那様が教えてくれました。
「そんな、わざわざ見にくるような大した顔してないんですけどねぇ」
「元気にしてるか、自分の目で確かめたいんでしょう。なにせ実の息子よりもかわいい嫁ですから」
「なんかスミマセン」
ということで、久しぶりに領地から義父母がやってくることになりました。
いつもは気軽な感じでやってくる義父母なんですが、今回はちょっと違いました。
自分たちが乗ってくる馬車とは別に、荷物用の馬車をもう一台引き連れてきていたのです。
「お義父様、お義母様、いらっしゃいませ」
お仕事で留守な旦那様にかわって、私と使用人さんたち一同でお出迎えです。
「ヴィーちゃん、久しぶりね! 悪阻がひどいって心配してたんだけど、もう元気そうね?」
お義母様は急いで私のそばに寄ってくると私の顔色を確かめ、安堵の吐息を漏らしました。
「ご心配おかけしてすみません。かなり楽になってきました」
「もっと早くに、いいえ、懐妊がわかってすぐにでも会いに来たかったんだけど、サーシスが『ヴィオラは今大変なんで、来るな』って言って、来させてくれなかったの〜」
確かに、義父母が来るとなると気を遣うから、足止めしてもらった方がありがたいか。旦那様の判断に感謝☆
「そうだったんですね」
「やっと面会の許可が出たんで、いそいそやってきたのよ」
「ヴィオラが、悪阻がひどくて果物くらいしか食べられないと聞いたから、領地の新鮮な果物をいっぱい持ってきたよ」
お義父様が先ほどの馬車を指しながら言いました。そっか、あの馬車はお土産を乗せてたんですね。
「わぁ! ありがとうございます! もうかなりおさまってきているので、少しずつですが普通のものも食べられるようになってきたんですよ。でも果物はうれしいです」
領地の果物、とっても美味しくて大好きです。悪阻がひどいときもカルタムたちが取り寄せてくれたのを食べてました。たくさんあるようなので、いっぱい食べられますね。
「悪阻がひどくてあまり食べてないって使用人たちがとっても心配してたから、私たちも心配していたんだけど、かなり良くなってるみたいでよかったよ」
「もともと華奢なのに、さらにやつれてたらどうしましょうって」
「ご心配かけました」
「お腹もずいぶん目立ってきたわね」
「医師様には、母子ともに順調ですって言ってもらってます」
お土産の果物をさっそくいただきながら、サロンで義父母とおしゃべりです。
「私はそんなに悪阻がひどくなかったからよかったけど、ひどいとつらいわねぇ」
お義母様は自分の時のことを思い出し、そして重いつわりを想像したのか顔をしかめました。
「はい。今まであんなに美味しくいただいていたものが全て敵に見える日が来るなんて……。苦しい日々でした」
「あらぁ、それはかわいそうに! カルタムの料理は最高ですもんね」
「そうなんです! 今では食べやすい、そして体にいいものを作ってくれてるんですよ」
「食べられるようになってよかったわ。ヴィーちゃんが元気なのが一番よ」
にっこり微笑んだお義母様。
そして、
「そうそう。男の子でも女の子でもどっちでもいいから、元気な子を産んでおくれ」
お義母様に続いたお義父様の言葉。
男の子でも女の子でも、どっちでもいいって?
これは本音? タテマエ?
本当は跡継ぎ(=男の子)が欲しいんじゃないんですか?
義父母の心がわからなくてじっと顔を見ます。……どっちもニコニコとしていて、タテマエを言ってるようには見えないなぁ。
「でも、跡継ぎの事もありますし、女の子だったらどうしようって、不安なんですけど……」
おずおずとこの間からの不安を口にすれば、
「あ〜それ、私も考えたわ! ついつい考えちゃうのよね、妊婦さんって感情的にもいつもと違うから」
お義母様があっけらかんと言いました。
さもなんでもないことのように言うので、こっちがあっけにとられます。
「そうなんですか……?」
「そうよ〜。跡継ぎとか婿とか、いらないこといっぱい考えちゃうでしょ」
「……はい。考えてます」
現在進行形で。
「私もそうだったけど、旦那さんや先先代様たちが『そんなのなんとでもなる、どっちでもいいから元気な子を産みなさい』って、笑い飛ばしてくれくれたのよ」
「そうなんですね。確かにサーシス様もみんなもそう言ってくれました」
「でしょ? だからヴィーちゃんは安心して元気な子を産む! それでいいの」
そう言って魅力的な微笑みを浮かべるお義母様。
なんだ、そうなんだ。
みんなの言葉を信じたらいいんですね!
「わかりました! ありがとうございます」
やっとすっきり納得がいきました。
出産予定日まであと数ヶ月。早くプチさん(仮)に会いたくなりました。
* * *
「でもあまりにもタイムリーなお義父様の言葉……」
「そりゃあ、サーシスとロータスから『ヴィオラが跡継ぎ問題で悩んでるから助けてやってくれ』って手紙が来たからね」
「サーシス様! ロータスも! …………騙されてなかったのか」
今日もありがとうございました(*^ー^*)
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