団欒
ロータスの一言でダイニングルームに向かうことになりました。
メインダイニングで食事するなんて、初日だけでしたよね。二日目には使用人さんのダイニングにお邪魔してましたし。今朝もあちらで食べてますし、もはやあちらの方がしっくりきてるんですけど、これは言えません。
ロータス先導のもと、お義父さまと旦那様、その後ろにお義母さまと私がついていく形で移動を始めたのですが、エントランスを出るところでお義母さまが急に立ち止まり、
「まあ、綺麗な花ね! この種の花はうちにあったかしら?」
私の方を見ながら言いました。
お義母さまの視線の先には今朝私が置いたエントランス用の花瓶。そこに活けてあるのは、私がベリスにお願いして取り寄せて育ててもらっている種類でした。新参者ですからお義母さまが知らないのも無理ありません。
「これは最近ベリスが取り寄せてくださいましたの」
私が答えると、
「えええっ?! ベリスが??」
大袈裟なくらい驚かれるお義母さま。
「はい。ベリスが私の好みの花を取り寄せて育ててくれておりますの」
魔王様、腕がいいからとっても上手に育てるんですよね~。惜しむらくはあの無愛想!
「まあああ!! あのベリスと打ち解けられたの?!」
頬に手を当て、目を見開き私を凝視するお義母さま。そんなに驚くことなのでしょうかね?
「ええ、とっても優しい方ですね」
「ヴィオラちゃん、貴女なかなかやるわね。ふふ、お花、とっても素敵よ!」
驚き顔から一変すると、今度は柔らかいキラキラ笑顔になるお義母さま。うん、なにかお義母さまの中で認定されたようです。なにか関門があったのでしょうか?
「本当だね。こうやってエントランスで花に迎えられるのは気持ちいいものだね」
お義父さまもこちらを振り返り、ニコニコとされています。
「そう言っていただけてうれしいです! ベリスもきっと喜びます」
私もうれしくなってきました。ベリスのいい仕事が褒められたのですからね!
「って、ベリスじゃなくて、ヴィオラちゃんがこうやってこの邸を華やかにしてくれてることを言ってるのよ?」
「あれ、私ですか」
「そうよ」
クスクス笑うお義母さま。私、綺麗に咲かせてくれたお花を飾っただけなんですけどね~? なんかベリスの手柄を横取りした気分です。
そんなふうに花瓶の前で立ち止まってしまっていた私たちでしたが、
「ほら、せっかくの食事が冷めてしまいますよ。行きましょう」
という冷静な旦那様の声に、再び移動を開始しました。おお、旦那様いたのですね! 今まであまりに静かだったので(発言してないですからね!)、すっかり存在が空気化してました。
旦那様とお義父さまの後から私たちはついて行ったのですが、旦那様があちこちを見ているのには笑えました。自分ちなのに自分ちじゃないみたいな? 旦那様にとってはかなり久しぶりの本宅ですもんね。しかも私が来てからは初めて入るんじゃないですか? 結構毎日花を飾ったりファブリックや家具を替えたりと、使用人さんたちと楽しくカスタマイズして回りましたから、ずいぶんと印象が変わっていると思います。もっぱら『若返った』方向で。
お義母さまもお義父さまも、
「いや~、すっかり若返ったね! うん、明るい雰囲気でいいじゃないか!」
「ええ、ええ! ヴィオラちゃん、センスがいいわ~!」
とまたもや褒めてもらいました。旦那様だけは相変わらず無口ですが。
ダイニングで席に着くや否や、待ち構えていた侍女さんたちが昼食を運んできてくれました。
ラフな身内の昼食なので、お義父さまとお義母さまが奥側に並んで、旦那様と私が手前に並んでという配置です。
今日はさすがに賄を食べるわけにはいきません。腸内テロリストとの一騎打ちです。がんばれ私の善玉菌!!
一応事前のメニュー相談の時に、
『私のお料理は少なめにしておいてね』
『ウィ、マダ~ム』
『かしこまりました。お皿を間違えないように気を付けます!』
こっそりとカルタムやお給仕担当の侍女さんたちに根回ししておきました!
「メインディッシュの鶏の香草焼き、レーニアンソースがけでございます」
ロータスが優雅な動きでお義父さまの前にお皿をサーブしました。
おお、今日の料理はレーヌ地方出身の料理人さんの提案ですね! ああ、今日の賄食べたかったなぁ。
なんて使用人さんのダイニングにプチトリップしていた私の前にもお皿が運ばれてきました。
綺麗なきつね色の焼き色がなんとも美しい。さすがはカルタム、腕は超一……もういいですね。レーヌ地方特産のハーブを使っていて、その独特の香りがまた食欲をそそります!
お皿を凝視してそんなことを考えていると、
「おや、これはレーヌ地方の郷土料理じゃないのかい?」
お義父さまが愉しげな声をあげました。
「はい、左様でございます」
ロータスが答えました。
「やはりね。前に旅行で行ったんだけど、あちらの料理は美味しかったなぁ」
「ええ、そうでしたわね」
お義父さまとお義母さま、見つめ合って微笑み合って、頬染めて……って、他所でやってください。現役でいちゃラブだとは聞き及んでいましたが目の前で展開されては……。げは、激甘。
「まさかうちで食べられるなんて思わなかったよ」
二人の世界から帰ってきたお義父さまが言うと、
「そうですね。最近、いろいろなところの郷土料理が増えてきているよね。ヴィーは気付いていたの?」
それまで静かだった旦那様が突然発言しました。しかも愛称呼び! あ~びっくりしました。空気化してたから油断していましたよ。
そういえば『賄で郷土料理で旅行気分』は、旦那様とカレンデュラ様にお出しする食事にも実はひそかに取り入れられたりしているんです。気付かんだろな~程度ですが。ソースだったり、調理法だったりというふうに。
「え、ええ、まあ……。料理人さんたちの勉強にもなりますねってことで。こちらの見習い料理人さん、いろんな地方から来られているみたいなので」
ま、詳しくは話せませんのでオブラートに包んで説明しました。
「へえ、そうだったんだ」
あれ。旦那様がちょっと驚いているようで、片眉がクイッと上がりました。つか私的には旦那様がそれに気付いていたことに驚きですよ! 秘かにロータスたちだって驚いてますよ、顔に出さないだけで。
「なかなか面白いことを考えたもんだね、ヴィオラとカルタムは」
お義父さまは感心したように言ってくれましたが、私はただ珍しくて美味しいものを食べたかっただけなんですよね~。勉強云々は後付けの大義名分ですよ!
「サーシスはヴィオラちゃんのことをヴィーって呼んでるのね?」
お義母さま。食いつくところはそこですかい! 今、郷土料理の話をしてましたよね? 料理の勉強になるって話でしたよね? なのになぜそこ!
ガクッとなりそうになるのをこらえていると、
「ええ、そうですよ」
旦那様はしれっと笑顔で答えています。すごい演技力ですね! まるで、いつも呼んでますが何か? って顔してます!
「あら可愛いわ! 私もヴィーちゃんって呼んでいいかしら?」
お義母さまがキラキラスマイルで私にお願いしてきます。うわ、眼福ですね。
「もちろんですわ」
にこーっ。平凡娘としては精いっぱいのスマイルで応じました。うん、スマイルはゼロ円なんだよ。スマイルに罪はないんだ。平凡でもスマイルはいいもんだ。うん。
眼福な美貌を目の当たりにして、ちょっぴりやさぐれてしまいました。
和やかに昼食を終え、サロンに移動しても義父母夫妻のわーきゃー(主にお義母さま)は続きました。なにせ名実ともにお蔵入りしていたお嫁入り道具がリバイバルされてサロンに鎮座しているのですからね。お義母さま、とうとう泣き出してしまいました!
旦那様はというと、サロンに入るとまたしばらく空気化していました。空気化するのはどうやら状況を把握する脳内情報処理時間のようです。私的観察結果。
私が好き勝手カスタマイズしたことは知っていても、どうなったかまではご存じなかったからですね~。
家庭訪問の結果。私は義父母夫妻にとっても気に入られてしまいました。
いい嫁になりました! いい仕事しました私!
今日もありがとうございました(^-^)
基本的に旦那様はそんなにおしゃべりさんではありません。