崩された日常 ~フィサリス家の長い一日2~
ワタシ庭園に旦那様から送られてきた花を植えた後、私はそのまままったりと花を眺めて過ごしていたのですが、風が冷たいのと体が冷えてきたのとで室内に入ることにしました。
私は風邪ひいたっていいんですよ。でも赤ちゃんのデイジーに風邪をひかせてしまったら申し訳ないですからね! ……って、まあ、くしゃみしたし寒気もしたから、こじらす前にデイジーにかこつけて退散したんだけどね。
サロンの、庭園に面したガラス扉から直接お屋敷に入りました。
「昼食までいかがなさいますか?」
寝てしまったデイジーを部屋に連れて行くミモザを見送っていると、ステラリアが聞いてきました。
「昼食にはまだ早いもんね。それまで温かいお茶でもいただこうかな」
「やっぱり体が冷えてしまったんですね?」
キラリ、とステラリアの目が光った気が。おっと、見抜かれてる!
「の、喉が渇いたかなぁって! あはは!」
「……では、すぐにご用意いたしましょう。奥様はこちらでお待ちくださいませ」
そう言ってステラリアがサロンを出て行こうとするので、私は慌てて止めました。
「あ、待って! サロンだと準備とかめんどくさいから、使用人さん用ダイニングでいただくわ」
「面倒くさいなど」
「いいの! ほら、そしたらそのままお昼もいただけるでしょ? 一石二鳥☆」
「一石二鳥って……」
「ほらほら、レッツゴー!」
苦笑いするステラリアを引っ張って使用人さん用ダイニングに向かおうと、サロンから廊下に出る扉に手をかけた時でした。
「そのようなお方を存じておりませんし、ご来訪の連絡をいただいておりませんが」
ロータスの……声? お客様に対するにはえらく事務的というか冷たい感じですね。いつもと様子が違う、よね。
え、でもこれ、急なお客様ってこと?
私がそっとステラリアに目配せすれば、ステラリアも小首を傾げています。
だよね。今日お客様がいらっしゃるなんて聞いてない〜っ! 来客があるなんて知ってたらお仕着せ着てないっつーの!!
「あのお客様、誰に御用なのかしら」
「さあ……? そもそも今日は何も聞いておりませんが」
「そうよね」
「それに、ロータスの様子が変ですね。ちょっと様子を見た方がよろしいのでは」
「そうね」
ひそひそ。こそこそ。
私たちはそうっと開けた扉から、エントランスの様子を伺うことにしました。ステラリアも、この急なお客様について知らないようです。
でもここからだと声は聞こえるけど姿が見えないのよねぇ。
「別の扉から出て様子を見ましょうか」
「また奥様は……。はぁ、もう。止めても無駄でしょうから、こっそりですよ」
「大丈夫! これ何回かやったことあるから!」
昔取った杵柄……ではなく。カレンデュラ様がいらっしゃった頃、本館に突撃してきたのをロータスが門前払いするのをこうして物陰に隠れて覗き見……げふげふ、見守っていました。いろんなところからこそこそと、二人のバトルを見せてもらいましたよ。大丈夫、ちっともバレなかったもんね☆
では、いざ行動!
私たちはそっと静かに扉を閉め、メインダイニングに繋がる扉からエントランスにつながる廊下へと移動しました。
抜き足差し足忍び足でこそこそ移動し、うまいこと柱の陰に隠れてエントランスの様子を窺えば、見たことのない中年男性と、私よりも少し年上な感じの女の人がロータスと話していました。
女の人はその腕に赤ちゃんを抱いています。
男の人は体格がよく、歳は……そうですね、うちのお父様と同じくらいでしょうか。でしたらこの二人は親子、親子と孫かしら?
私たちが柱の陰に隠れたのを目ざとく見つけたロータスが一瞬『マズイ』みたいな顔をしましたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻って『出てきちゃダメですよ』と目くばせしたので、軽く頷き『らじゃ!』の意を表します。では本格的にここで様子を見守らせていただこうじゃないか!
いつもの、いや違うな、むしろ冷ややかな無表情に戻ったロータスは、
「モンクシュッド男爵様……でございますか。旦那様から聞いたこともございません」
招かれざる客(仮)をバッサリ切りました。
しかし二人はそれを全然気にもしないようで、
「そりゃあ都合が悪いからでしょう。うちの娘とデキてるなんて、正妻の前では言えないでしょうからねぇ!」
「まあ、お父様、言い方が下品ですわ。お付き合いしている、とおっしゃってくださいませ」
「おお、すまんすまん」
男の人も女の人も、どちらも品のない感じで笑いながら話しています。
「——さようでございますか」
それをロータスは無表情で対応していますが、これってデジャヴだわ。カレンデュラ様とお話ししてた時のロータスだぁ! むしろ今日は背後から冷気が漂ってるから、あの時よりさらに怖いよ!
「で、今日は何用で来られましたか」
ロータスはさらにニコリともせず淡々と続けました。
「いやぁ、こんなところで話すことではないですなぁ。ぜひご正妻さんを交えてじっくり話をしたいんですよ」
「約束のない方を奥様の前にお通しするわけにはいきませんので」
「なんですと! 仮にもおたくのご主人様の恋人とその親ですぞ!」
ギロリと音が出そうな勢いで男の人がロータスを睨みつけながらどやしました。
しかしさすがはロータス。顔色一つ変えずにメガネを中指でキュッと押し上げると、
「あいにく主人は留守をしておりまして。そちらの言い分を確認する術がございません。ですから、おっしゃっていることが本当かどうか怪しいものです」
ものすごーく冷静に返しました。まあ向こうが掴みかかって来たとしても、ロータスなら軽くかわせるでしょうしね〜。
あくまでも冷静に、そして凛とした冷たい眼差しでロータスが男の人を睨み返すと、男の人はその眼光に威圧されジリッと後退しました。
そして咳払いをすると、
「うちの娘とフィサリス公爵の間に子供ができてましてね。認知してくださいよってお願いにきたんですよ」
渋々、といった感じで『モンクシュッド男爵』は言いました。
は? いまこの人なんつった? ……じゃなくて〜!! 旦那様とその女の人の間に子供?! マジすか!
いつの間に旦那様ってばまた愛人作ってたんでしょうか?! しかも今回は子供まで作ってるし?!
「…………!」
あんまり驚いたので、私は思わずよろめいてしまいました。
「あっ、奥様」
「ご、ごめんなさい」
とっさにステラリアが支えてくれたので事なきをえましたが。
ロータスも、ことがことだけにこれは詳しく聞いた方がいいと判断したのか、
「——奥様はただ今外出なさっておりますので、それまでわたくしが話をお伺いいたします」
と、サロンに案内することにしたようで、先導するために踵を返しました。
おおっと、移動されたら隠れてるのが見つかっちゃう!
「急いでステラリア! ダイニングに移動よ!」
「まだ覗くんですか……」
私たちはまたこっそり、今度はメインダイニングに移動しました。メインダイニングからサロンを覗き見です☆
「旦那様と娘御の間に御子が生まれたとおっしゃいましたが」
サロンに案内し、モンクシュッド男爵父娘がソファに落ち着いたところで、ロータスが口を開きました。
「ええ、そうでございます。先のオーランティア国との戦の時にこの娘と出会い、公爵様はたちまち娘の虜になったんですよ」
「それで?」
「あの頃は仕事そっちのけで娘と会ってましたねぇ。そしてとうとうこの子ができたんですよ」
「それで?」
「聞けば、公爵家にはまだお子様がいらっしゃらないということではございませんか。でしたらぜひともこの子を認知して、ご正妻様の養子にして嫡子にしてもらえたらなぁと思うのですよ。まあ、ご正妻様からすれば乱暴な話ですから? 認知できないというのならば養育費をいただくことでも十分ですよ?」
そう言ってヒッヒッヒ、とモンクシュッド男爵は下品に笑いました。
あの赤ちゃんを正妻(って私か!)の養子にしろって?? 普通そこは『責任とって娘を側室にしろ』でじゃね?
……なんか腑に落ちないなぁ。
私が違和感に首を捻っているというのに、
「では、養育費はいくらほど必要なのでしょうか」
ローターーース!!
すっかり認知・養子はスルーして養育費払う方向に定めてる〜〜〜!!
ロータスの決断の早さに思わず心の中でツッコミいれてしまいましたよ! まあロータス以外の人でもそう言いそうですけど。
「そうですねぇ。この子が成人するまでとして、一年に……くらい、だから……くらいですかねぇ」
男爵の口から出てきたのは途方もない金額でした。それ、うちの実家の借金と同じくらいじゃん。あ、もうきっりり精算されてるけど。
子供を育てるってそんなにお金かかるんだぁ……じゃなくて。
たぶんそれくらいのお金、公爵家なら痛くもかゆくもないと思います。ぽん、と出ると思います。
でもなんか、腑に落ちない!!
なんだろう、この違和感。
私はじっとモンクシュッド父娘、そして赤ちゃんを見ました。
抱っこされてる様子から、生後半年……くらいでしょうか。デイジーよりも少し大きい、かな。遠目だし大体って感じだけど。
戦は一年半ほど前に終わっているので、子どもができただろう時期と旦那様が戦に行っていた時期はちょうど一致します。計算が合います。
じゃあやっぱりあの子は旦那様のご落胤?
……いやまて私。思い出せ、私。
旦那様ってば戦の間もしょっちゅう、ウザいくらい……げふげふ、まめまめしくお手紙攻撃してましたよね。二〜三日に一回くらいのペース……王宮に戦況報告行くのと同じくらいの頻度で。
それにお姉様方の報告でも、旦那様はいろいろお忙しそうでしたし……。うん、思い出したぞ。
ですからそんな、愛人を作って子作りに励んでいるような時間、なかったと思うんですけど……?
よーく見て。モンクシュッド男爵父娘をよーく見て。
どっしりと恰幅のいいモンクシュッド男爵は、脂ぎった灰色の髪と豊かなヒゲの持ち主。
娘さんは綺麗な金髪のほっそり華奢な美人さん。
父娘っていうけど、まるで似てないんですけど??
色素だって、黒い瞳のお父さんに対して娘さんはグリーンの瞳。そりゃ、母親似って言われたらそうだとしか言いようがないですけどね。
でも赤ちゃんが。
真っ黒な髪に空のように青い瞳。
旦那様の要素も娘さんの要素もかすってもないっ!! どゆこと??
それに——。
「あの人、モンクシュッド男爵じゃないですよね」
「え?」
私の小さなつぶやきを拾ったステラリアが私を見ています。
「だって、貴族年鑑に載ってた絵姿と違う……」
そう。
確か貴族年鑑に載ってた『モンクシュッド男爵』は、もっと細っそりしていてツルンとしていました。ヒゲも御髪も……。
「そう言われれば。絵姿ではもっと線の細い方だったような。口髭もなかった気が……それに……」
「あ、それ以上はデリケートなところだから言っちゃダメよ」
「あ、はい」
「……じゃあ、一体あれは誰?」
どういうことでしょうか――??
クラッ。
――あ、難しいこと考えてたらめまいがしてきました。
「奥様、大丈夫でございますか?」
「難しいことは考えるなってことね。めまいがしたわ」
「ご冗談はそれくらいにしてください」
「はあい」
これはやっぱり風邪ひいたのかなぁ。
でもサロンの様子も気になるしなぁ……。
今日もありがとうございました(*^ー^*)
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