うれしい日
旦那様とロータスが剣の手合わせをしていたところにもたらされた『ミモザが産気付いた』という報告。
私が公爵家に嫁いできて以来ずっと側にいてくれたミモザが大変なんですよ、励まさないでどうするんですか!
「私も行く!」
ミモザたちの部屋に急ぐロータスに向かって、私は手を挙げました。
「……結局全員来てしまいましたね……」
「あはっ☆」
ロータスが深いため息を漏らしました。
ここは公爵邸の三階、使用人さんたちの部屋があるフロアの、ベリスとミモザの部屋の前です。
私と旦那様、ロータスとクインス、ステラリア、そして他にも侍女さんたち。先ほど大広間で旦那様とロータスの手合わせを見ていた全員が、そのままロータスにくっついてきてしまいました。だってミモザが心配なんですもん!
決して狭い廊下ではないのですが、大の大人が何人もいると狭く感じますね! ん? そういう問題じゃないって?
「部屋にはベリスとダリア、そして医師様がいますので、これ以上は入れませんよ」
「わ〜かってますって〜」
ロータスが噛んで含めるように言いますが、さすがに部屋まで押し入りませんよ!
ぷっと膨れてロータスを見ていると、
「じゃあ、ヴィー。僕たちはどこか出かけようか? ここにいても邪魔になるだけだし」
旦那様が声をかけてきましたが、お断ります! 外出したってミモザのことが気がかりですぐに帰ってきてしまいますよ。
「行きません! ここでミモザを見守ります!」
頑として動こうとしない私を見て、旦那様はやれやれといった感じで苦笑しました。
「仕方ないなぁ。ここにいても役に立たないだろうから、僕は書斎で仕事してるよ。ロータス、書類は積んであるんだろう?」
「もちろんでございます」
「やっぱり」
ロータスに話しかけるとごもっともな答えが返ってきました。
旦那様の机の上に大量の書類……簡単に想像つきますね。
「せっかくの休みだというのに仕事量くらい手加減しろよ……」
ブツブツつぶやきながらも旦那様は階下に降りて行きました。
「ちょ、ちょっと覗いてもいい?」
ロータスから『中に入っちゃダメ』って言われたので、部屋の前の廊下を行ったりきたり、時折扉に耳をつけて中の様子を窺ったり。
私は落ち着かなくてそわそわしています。
部屋の中からはずっとミモザの苦しそうなうめき声しか聞えてきません。まだ何も動きがないからかなぁ。時折医師様やダリアが声をかけているのも聞えてきます。ベリスも何か言ってるみたいだけど、声が低くてよく聞こえないよ。
少しくらいなら声かけてもいいよね、とロータスにお願いすれば、
「少しだけならいいでしょう」
とのお許しが出たので、すこ〜しだけ扉を開けて、そこから顔をちょこんと出して、
「もしも〜し。ミモザ? 頑張ってね! 私、ここで応援してるから!」
応援メッセージだけを伝えました。これなら邪魔になるまい。
「ありがとう……ございます……」
そんな私に、痛みに顔を歪めながらも笑ってくれたミモザ。うう、痛そう! 辛そう! でも頑張って! ここからでしか応援できなくてごめんね! 近くで手を握っていたいけど、それはベリスの役目だもんね!
私はガッツポーズを見せてから顔をひっこめました。
静かに扉を閉めて、また廊下待機です。
「お母さんになるって、大変なんですねぇ」
扉の向こうから聞こえてくるミモザの唸り声に、私もお腹が痛くなってくる気がします。思いっきり気のせいですが。
いちおうシスルやフリージアが生まれた時を知ってますが、お母様、こんなに痛がってたかなぁ? あまり記憶がないですね。
「そうでございますね。詳しくは、私にはわかりかねますが……」
ロータスが苦笑しています。さすがのロータスもわかりませんよね。
一緒に廊下にいるステラリアとクインスも、ロータスの言葉に神妙に頷いています。ここにいる全員、出産経験ないじゃないですか! って、ロータスたちは当たり前か☆
「頑張れ〜! ミモザ頑張れ〜!」
扉に向かって念を送っておきましょう!
私の念が届いたのか、しばらくすると部屋の中が慌ただしくなりました。ミモザを励ます医師様の声やダリアの声が聞こえてきます。
「息を止めないで」とか「力入れすぎないで」と言ったすぐ後に「はい、力入れて」って、どっちですか! ものすごい矛盾したこと言ってね? 出産って、難しいね☆
って、ツッコミ入れてる場合じゃなくて。
「何? 何? 生まれるの? やっと?」
「どうでしょうか……?」
ロータスも心配そうにしています。
しばらくみんなで固唾を飲んで扉を凝視していると。
「んぎゃー!!」
という元気な泣き声が聞こえてきました。
「やたっ! 生まれましたね!」
「どうやらそのようでございますね」
廊下にいるみんなでホッとしたり喜んだりしていると扉が開き、ダリアが顔を見せました。
「ダリ……」
「リア! もっとお湯をもらってきて。厨房に用意されているはずだから」
「はい」
「それから、他の使用人に言って、清潔なリネンをたくさん持ってきてちょうだい」
「わかりました」
キビキビとステラリアに指示するダリア。あまりにてきぱきしすぎていたので、声が掛けられませんでした。
急いで階下に降りていくステラリアを見送っていると、
「生まれましたよ。かわいい女の子でございます」
ダリアが私の方を見て笑顔で言いました。
「女の子? わぁ〜! よかったですね! ミモザは元気? 赤ちゃんも無事?」
ずっと扉越しでしか様子を窺えなかったので、私は矢継ぎ早にダリアに質問しました。
「ミモザも赤ちゃんも元気でございますよ」
「ああ、よかった〜! ホッとしたわ〜。今すぐ会いたいけど、ミモザ、疲れてるわよね」
「そうでございますね。後片付けなどもございますので、後にしていただいた方がよろしいかと」
「そっかぁ」
「落ち着いたらお知らせいたしましょうか?」
「そうして! ぜひそうして!」
「ふふふ。かしこまりました」
ミモザは大仕事を終えたばかりですからね。ここは我慢です。
私はいったんサロンに戻ることにしました。
「生まれたての赤ちゃんって、久しぶりです〜。あ〜かわいいんだろうなぁ。女の子かぁ〜。シスルもフリージアもかわいかったもんなぁ」
サロンのソファでくつろぎながら、私はニマニマが止まりません。あ〜、ダリア早く呼びに来てくんないかなぁ〜。
「僕は初めてですね。身近に子供がいないからなぁ」
仕事が一段落した旦那様も一緒におやつタイムしています。
「そうですねぇ。サーシス様は一人っ子ですもんね。もう、ちょ〜かわいいんですよ。ふにゃふにゃしてて危ういんですけど、見てるだけで笑顔になれるんです。ほっぺなんかプニプニで、食べちゃいたいくらい!」
「そうなんだね。ヴィー、弟妹やよその子でそんなにかわいいなら、自分の子供だったら……」
「全力で愛で倒します!!」
もちろんじゃないですか!
「ははは! だろうね。うん、きっとかわいいんだろうな」
「男の子は母親に、女の子は父親に似るっていうじゃないですか。女の子だったらサーシス様に似てきっと美人さんになるんでしょうね〜。あ、じゃあお義母様に似るのかしら? あらやだべっぴんさんですよ!」
「男の子ならヴィーに似るんでしょ? じゃあきっとイケメン間違いなし……」
「ああ、男の子だったら地味っ子になっちゃうんですね!! 私のせいで〜! あああ〜〜〜」
「ヴィー? お〜い、戻っておいで〜」
地味な男子……。公爵家に跡継ぎは必要ですが、男の子だったら地味男子……。旦那様の要素が強ければいいのですが……。男の子を産むのがためらわれる……っ!
……って、なんの話だこれ。
ここでハッと我にかえりました。いやいや、うちにまだ子供いないし!
それにロータスやステラリア、そしてこのサロンにいる使用人さんたちが生温かい目で見てるし!
「……こほん。まあそれはいいとして。ミモザの赤ちゃんは女の子でしょ? じゃあベリスに似る……?」
「…………想像できないね」
「……ですね」
「「「…………」」」
私と旦那様、そして使用人さんたちに沈黙が訪れました。各々ベリス似の女の子を想像してるんでしょう。
ベリスに似た女の子……。きっとキリッとした美少女ですよ! ベリスが精悍なイケメンですからね! ちょっと想像しにくいだけで☆
そんな他愛のない話をしていると、
「奥様、ミモザも落ち着きましたので、見舞いに行かれますか?」
と、ダリアが呼びに来てくれました。
「待ってました〜!! 今すぐ行きま〜す!! ほら、サーシス様も行きますよ!」
「え? 僕も?」
「もちろんじゃないですか!」
「わかったよ」
私は旦那様を引っ張り、ミモザたちの部屋に急ぎました。
驚かさないよう部屋の扉をそっと開けると、ミモザと赤ちゃんがベッドに横になっているのが見えました。もちろんその横にはベリスが座っています。
「お疲れ様〜! 女の子だって? 見せて見せて」
久しぶりの赤ちゃんにワクワクしながら近付きます。ハアハアしすぎで不審者かしら?
「奥様! 旦那様まで! ありがとうございます」
私が旦那様まで連れてきちゃったから、ミモザは最初びっくりしていましたが、すぐに微笑んで起き上がろうとしました。
「あ! そのまま寝ててね。起きちゃダメ。起きるなって命令しますよ〜」
「そうだ、そのまま寝てるといい」
私と旦那様が慌ててそれを制し、ベッドに寄りました。
ミモザの横にちんまりと眠っているかわいい赤ちゃん。
「いやん、かわいい〜」
ベッドのすぐ横に膝をついて座り、極限まで赤ちゃんに近寄りました。ガン見です。
でもよく眠ってる子は起こしちゃダメです。ほっぺをフニフニしたいけど、ここはグッと我慢します。
「目元がベリスに似てるんですよ」
「「お〜……」」
うれしそうに笑うミモザに、私と旦那様は揃ってベリスを見ました。
「…………だそうです」
耳まで赤くしてぽつりと言うベリス。照れちゃってますね!
「どっちに似てもかわいいよ〜。あ〜ずっとこうして見ていたい〜」
あ〜かわいい。もう『かわいい』しか出てこない。頬ずりしたい。でも我慢。
きっと私今、締まりのない顔してるんだろうなぁ。自覚してますよ!
私が赤ちゃんを見てニマニマしていると、
「ふふふ。よその子でこんなにかわいいかわいいを連発していたら、ご自分のお子様の時はどうなっちゃうんでしょうね〜」
ミモザがにっこり笑いました。
「全力で愛で倒します!!」
あれ。さっきも同じこと言ったな?
とにかく無事に、赤ちゃんは生まれてきました。
公爵家にまた新たな仲間が増えました!
今日もありがとうございました(*^ー^*)