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旦那様、体調を崩す

「今回はゴーニュ地方を視察してきたよ。ヴィーは行ったことある?」

「ないです。私が行ったことあるのって、せいぜい実家の領地と公爵家の領地くらいなもんですから」


 旦那様がディアンツ殿下の国内視察に付き添っての出張から帰ってきて。

 お土産の果実酒やその原料のムロンブランという房状の果物を干したお菓子なんかを見ながら、旦那様がゴーニュ地方の話をしてくれました。お酒はあまり得意ではありませんので(貴族の端くれとしても情けないですが)、お菓子はうれしいです。


「そっか、行ったことないのか」

 フィサリス家領のピエドラやルクールはロージアより南のロヴァンス地方、ユーフォルビア領は北のノール地方にあります。だから王都の東に位置するゴーニュ地方には、行くどころか通ったことすらありません。

「どんなところなんですか?」

「農業が中心の穏やかなところだよ。山や川や、自然が多くてのんびりしてるね。素朴な田舎だよ」

「果実酒が特産品でしたっけ」

 先ほどいただいたボトルをを見ます。

 薄い緑色をしたボトルにはムロンブラン酒という、外から見ると透明の液体が入っています。透明のグラスに入れるとよくわかるのですが、果実酒は金色の濃淡で味が全然違うのです。濃い色をしたものはトロリと味が濃く通好み、薄い色はさらりと飲みやすい初心者向けです。

「そう。ヴィーでも飲みやすいように薄い色のものを買ってきたよ。そうだ、今度旅行に行ってみる?」

「行ってみたいですね!」

 公爵家領のピエドラやルクールは地方都市といった感じで、あまり田舎っぽくはありません。実家の領地は確実に田舎ですが緑の少ない荒地ですから、自然豊かな田舎って見たことないから行ってみたいです。

 公爵領や伯爵領よりは少し遠いそうですが、また機会があれば行こうね、ということになりました。


 そして気になるのがもう一つ。


「ディアンツ殿下とは仲良くしてましたか?」

 ちょっとからかい混じりで私が聞くと、

「……もちろんじゃないですか」

 その間は何? 

 視察の時を思い出したのか、旦那様が真顔になっています。王子様、また何かやらかしたんでしょうね!

「ディアンツ様、今回はどんなかわいらしいことをやらかしたのですか?」

「ちっともかわいいもんか〜っ!! ……コホン。まあいろいろあったけど、帰るぞっていう時になって川に落ちたのが一番ヒヤッとしたかな」

「川に!? 大丈夫だったのですか?」

「ええ。すぐに拾い上げましたから」


 宿にしていたお貴族様のお屋敷の横にきれいな川が流れていて、その水底にキラキラ光る石を見つけたとかなんとかで、

『きれいな石、取ってくる!!』

『落ちるからやめてください……って、聞いてねぇ!!』

 言うと同時に駆け出していた王子様、そして案の定河原の石に躓いてポチャン。

 絶対落ちると確信していた旦那様たちが追いついていたのですぐに川から助けたものの、王子様も旦那様たちもずぶ濡れになってしまったそうです。

 冷たい川に落ちてしまったので、出発を遅らせて少し様子を見ようかという話になったそうなのですが『早くおうちに帰りたい』と王子様が駄々……ホームシックになられたので、そのまま急いで着替えただけで帰ってきたようです。 


「本当に、何やらかすか……まったく」

 思い出してプリプリお怒りの旦那様ですが、ワタシ的には旦那様たちの体の方が気になります。というのも、今は寒い季節なので川の水はとっても冷たいのです。そんなところに落ちたりしたらどうなることか。

「川の水は冷たかったでしょう? 大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫ですよ。しっかり拭いたし、毛布でぐるぐる巻きにして馬車に放り込んできましたから」

 毛布で簀巻きにされた王子様が想像できますねぇ……って、そうじゃなくて!

「王子様じゃなくて! サーシス様は馬車ではないでしょう? 冷えた体のまま馬に乗って帰ってきて、大丈夫でしたかってことです!」

 馬車の中なら風も当たらずヌクヌクしていられますが、馬上は風びゅうびゅうですよ吹きっさらしなんですよ。

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

 旦那様はなんでもない風に言いますけど、ここは用心に越したことはありません。

「お疲れもあるでしょうから、今日はもう寝ましょうね。明日から休みですし、ゆっくりしてください」

 私は旦那様の手を引き、強制的にベッドに押し込みました。

「ええ〜? うん、まあ疲れてるのは事実だしね、おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 さっき触れた手がいつもより熱かった気がしたけど……?




「サーシス様、朝ですよ、起きてください」


 いつもなら先に目を覚まして私の寝顔なんかを見ている旦那様なのですが(けしからんな!)、今日に限って私の方が先に目を覚ましたようで、旦那様の目はまだしっかり閉じられたままです。

 旦那様は今日から三日間お休みをいただいているから、お寝坊しても平気っちゃ平気なんですが、ちょっと様子が変ですね。

 仕事だろうと休みだろうと、そう変わらない時間に起きる人なんだけど。あ、二度寝はしますよ。

 昨夜、出張中のお話をあれこれして、夜更かししてしまったのが悪かったのでしょうか。ちょっと疲れてるって言ってましたよね。

 行ったことのない地方だったので、ついあれこれ聞いてしまったからなぁ。川から落ちた話もアレですが、他に聞いた王太子様のご様子もかわいかったし(旦那様はそんな風には思ってないようですが)。

 ゆさゆさと体を揺すぶっても起きません。

 そばに控えるステラリアを見ても首を傾げています。ここはまたロータスの出番かしら——と思っていたら、長い睫毛が震え、ゆっくりと目が開きました。ロータスの出番前に起きてくれましたね。

「もう朝ですよ、あ、でも今日はお休みだからもうちょっと寝ます?」

「ん……。そうか、起きないとな……」

 答える声がガラガラです。え? いくら寝起きとはいえ、かなりいつもと声が違うよ??

「サーシス様? 声が変ですよ??」

「ん……? あれ? ほんとだ、掠れて出にくい。しかも喉が痛い……っ、ゲホッゲホッ!」

 掠れた声を無理やり出したからか、旦那様が咳き込んでしまいました。

「だ、大丈夫ですか?」

 そう言って背中をさすろうと手を回すとやけに体が熱いので、ちょっと失礼しておでこに手を当てると、こっちはさらに熱い!

「わぁ! サーシス様、熱がありますよ!」

「そう言われると寒気がすごい」

 そう言いながらも起きようとするので、押しとどめてもう一度寝かせます。

「サーシス様は寝ててください! ステラリア、ロータスに頼んでお医者様を呼んできて! 他の人は冷たいお水と手ぬぐいを用意して。ミント水もお願い」

「「「かしこまりました」」」

 ステラリアと侍女さんたちにいろいろお願いしてから、私も手早く上着を羽織りました。

 私たちがバタバタとしている間も、額に腕を乗せてぐったりしている旦那様。こんな弱ってる旦那様を見るの、初めてですよね。

「お熱が高いようなので、お布団をしっかり掛けてくださいね。お水が届いたら飲みましょう」

「ん……」

 私が布団を掛け直していると、だるそうに返事をする旦那様。これはお熱が高そうです。

 やっぱり昨日、手が熱かったのは気のせいじゃなかったんですね。




 お医者様の見立ては、お疲れが溜まっているのでしょうということでした。出張先で王子様を助けるために川に入った話をすると、それが引き金でしょうねと苦笑いされました。大事じゃなくてよかったです。

 だからといって油断は禁物。

「今日はゆっくり休んでくださいね。幸い今日からお休みですし」

「せっかくの休みが……ヴィーと一緒にデートしたかったのに……」

「そんなのいつでもできますよ。今は早く元気になることだけに専念してください」

「ん、ありがとう」

 熱が出てアンニュイな感じが、いつもと違って色っぽいっとかどうなの? くそう、美形め。


 とりあえず薬を飲んでもらわないといけません。

 でも朝食まだなんですよね。

「何か少し召し上がってから薬を飲みましょうね」

「喉が痛いから今はいい。起きると頭が痛いから寝てる」

 起きていやすいよう、背中にいっぱいクッションを入れて整えていると、駄々をこねる旦那様。おこちゃまか!

「ダメですよ! ちゃんと食べてちゃんとお薬を飲まないとよくなりません! 喉が痛いなら、果物をすりつぶしましょうか。そうすれば喉越しがいいし、寝たままでも食べられますよ」

「……わかった」

 旦那様が納得したので、ベッドサイドにすりおろし用の道具を持ってきてもらい、何種類かの果物をすりおろしたり果汁を搾ったりして『ヴィーちゃん特製☆病人食』の完成です。手馴れてるって? それはもちろん、実家で弟妹のお世話をしていたからですよ!

 苦しくない程度に背中に少しクッションを入れ体を持ち上げ、少しずつ口に運んであげます。

「はい。少しずつにしますけど、多かったらおっしゃってくださいね」

 はい、あ〜ん、と、食べやすい量をスプーンにすくって旦那様の口元に運べば、

「食べさせてくれるの?」

 驚く旦那様。

「もちろんですよ。熱で朦朧となさってるじゃないですか。こういう時は素直に甘えてください」

「うれしいな」

 説得すると素直に食べてくれました。

「喉は痛くないですか?」

「うん、これくらいなら大丈夫」

 まだ声はかすれていますが、食べられそうでよかったです。


 そうして大半食べ終わったところで、旦那様が私の顔をじっと見てきました。何か付いてますかね?

「? どうかしましたか?」

「いや……ヴィーが優しいから……」

 熱のせいですかね、そんなうるうるしないでくださいよ。私がいつも冷たいみたいじゃないですか!

「私はいつも優しいです〜! もうっ!」

「ははは、ごめんごめん」

「さ、次はお薬ですよ。苦いけど大丈夫ですか?」

「さすがに大人だから飲めるって」

 ついフリージアに言ってた癖が出たら、さすがに苦笑いされました。子供扱いスミマセン。




 お薬も飲んだことだし、もう一度寝てもらいます。

「後はゆっくり休んでくださいね。私はここにいますから、何かあったら遠慮なくどうぞ」

 特に急ぎの用事なんてない私ですからね、忙しい侍女さんたちに代わって旦那様の看病させていただきます。

 上掛けを掛けながら旦那様に言うと、

「ヴィーに伝染るといけないから、別の部屋にいていいよ」

 そんなしょぼんとしながら言っても説得力ありませんて!

「大丈夫ですよ〜。丈夫だけが取り柄の私ですから! 病人さんはそんなこと気にせず寝ててくださいな。いつも私たちのために頑張ってくださってるサーシス様ですもの、こんな時は私にお任せですよ!」

 冷たい水で絞った手ぬぐいを額に乗せてから熱で熱い旦那様の手を握れば、ひんやりした感触が心地いいのか、安心したようにスゥッと寝付いた旦那様です。


 眠っている間も緩くなった手ぬぐいを交換します。

 ああもう、ただの過労でよかったです。これが重大な病気とかだったら……ガクブル。

 旦那様にもしものことがあれば、後継のいない今、公爵家存続の危機ですよ。病気だけじゃないな、戦の時の方がもっとピンチだったか。おお……そう考えると無事に帰ってきてくれてよかったです。

 でも平和な国に戻ったとはいえ、こうして病に倒れることもあるんですよね。

 ああもう〜! 

「サーシス様、死なないでください!!」

「ええっ!? 突然何!?」

 うっすらと目を覚ましていた旦那様が、私が急に抱きついてきたので驚いて飛び起きました。あ、熱下がりました?

「すみません。妄想が暴走しました」

「ならいいけど、過労ごときで僕を殺さないでほしいな」

 私の奇行に苦笑いする旦那様です。

「薬が効いてきたんじゃないですか? 熱が下がってますよ」

「ほんとだ。体も少し楽になってる。その代わり汗でぐっしょりだけど」

「汗を拭いて乾いた寝巻きに着替えましょう。このままだとまた熱がぶり返してしまいます」

 とりあえずさっきのおかしな行動を深く追求される前に話題そらし成功です。


 その後も着替えを手伝ったり汗を拭いたりと看病させていただきました。早く元気な旦那様に戻って欲しいですからね!

 お昼もまだすりおろした果物しか食べられませんでしたが、夜にはクタクタ野菜のたっぷり入ったスープも飲めるようになりました。今日は特別に、旦那様のご飯は私が料理させてもらったんですよ〜。ユーフォルビア流スープ。貧乏スープとか言わない!


 次の日。


「おはよう」

「……おはようございます」


 私が目を覚ました時にはもうとっくに目を覚まして、私の寝顔を見ていた不届きな旦那様がいました。さすがは騎士様、体力ありますね。一日で復活です。


今日もありがとうございました(*^ー^*)


活動報告にUPした際のおまけ、シャケクマさんの会話はこちら↓


* * * * * *


「ねえねえシャケさん」

「なんだいクマさん」

「旦那様、元気になってよかったねぇ」

「よかったねぇ。奥様、ずっとつきっきりで看病してたもんねぇ。ああ見えて心配してたんだろうねぇ」

「侍女さんが着替えの手伝いしようとしたら、奥様、自分がするって言って、侍女さんから寝巻きを取り上げたねぇ」

「あれはやきもちだねぇ」

「そうだねぇ」

「旦那様ったら元気になったついでに、日課の、奥様の寝顔ウォッチも再開してたねぇ」

「好きだよねぇ旦那様も。幸せそうだからいいけど」

「もう俺たちの出番はなさそうだねぇ」

「さみしいねぇ、シャケさん」

「オレたちがさみしい方が、あの人たちは幸せなんだよクマさん」

「そうだねぇ。オレたちの仕事も長かったなぁ。まさかの用途だったけど。それに一時は倉庫に押し込められた時もあったけど」

「奥様の怪我の看病(本編135話目あたり)とか言って、旦那様ったらドサマギでオレたちを排除したんだよねぇ。あの時は旦那様を呪ってやろうかと思ったねぇ」

「このまま暗くて埃っぽい倉庫で過ごすのかと覚悟した時期もあったねぇ。でも優しい奥様に救出されて、またこうして窓辺に飾ってもらって」


「「いつでも臨戦態勢☆」」


「って、クマさん! オレたちの出番ってことは、あの二人が喧嘩してるとかそんなんだから、だめじゃん」

「そっか」


「ところでクマさんよぅ」

「シャケさんなんだよぅ」

「ちょっとオレを噛む力緩めてくんない? 牙が食い込んで痛いんだよ」

「おっとこいつはすまなかったなぁ。でも緩めると落ちちゃうよ?」

「じゃあ落ちた隙に逃げる!」

「えっ!?」


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