優先順位
旦那様からお許しをいただきましたので、用事のない日(ほとんど毎日だけどね!)はお仕着せを着てお屋敷中を駆け巡り、使用人さん用ダイニングで賄いランチを食べている私です。もちろん休憩も使用人さん用ダイニングですよ!
今日もひと仕事終えてから、使用人さん用ダイニングでみんなと一緒に美味しいお茶とお菓子でくつろいでいると、
「あ〜、ポーチが壊れちゃった」
という侍女さんの声が聞こえてきました。
「あら、どこが?」
「うん、この底の方。破けてきちゃってる。小物を入れるのにサイズがちょうどよくてお気に入りだったのになぁ」
別の侍女さんが手元を覗き込みながら聞いています。
「ちょっと見せて〜」
「え? 奥様? はい、どうぞ」
私も気になったので会話に混ざっていき、そのポーチを見せてもらいました。
侍女さんから受け取ったポーチは、確かに底の方が破けています。あらら、かなり大きくほつれてますねぇ。これだと小物を入れたら落ちちゃいます。
「結構大きくほつれてるから、繕ったら不恰好よねぇ」
ポーチをまじまじと見ながら私が言うと、
「そうなんですよ〜。でもないと困りますし……。今度のお休みに雑貨屋さんに行って、同じようなの探してきます」
ちょっと困り顔で答える侍女さんです。
「次のお休みはいつ?」
「え〜と、昨日休んだばかりだから四日後ですね」
「あら、ちょっと日が開くわねぇ。……そうだ! 私が作ってあげる!」
縫い物は得意ですよ、私。
しかも今は、旦那様のベッドカバーを作ろうと暇をみては作業していたので、道具も出てるしすぐに取りかかれます。
私が作れば四日もかかりませんからね! 超特急で作ってあげますよ〜。え? 旦那様のはって? 旦那様のは急がないし、後でも大丈夫! つか、旦那様自身「何か作ってください」とか言ったの忘れてるかもしれないしね! だって全然催促されないもん。
私の申し出に、
「ええっ!? いいんですか?」
驚く侍女さん。
「もっちろーん! それに、お裁縫ならダリアたちも渋い顔しないし」
「「「「「そうでございますね……」」」」」
ここにいる侍女さんたち全員が苦笑いしています。
お裁縫は奥様業としては普通ですからね! ダリアもロータスも、むしろ推奨しています。
私は侍女さんからポーチを預かると、自室に持って行って早速作業に取り掛かりました。
タイムリミットは明日。というのも、明後日に実家の母と歌劇を観に行く約束をしているのです。だから急いで縫わなくちゃ!
サイズを測って布を切って。せっかくだからかわいく作ってあげましょう。
お花のモチーフがいいかしら? どんな種類? 考えるだけでもワクワクしてしまいます。
「ふんふんふ〜ん」
得意のことですから、鼻歌交じりに作業は進みます。
「あら奥様、ご機嫌ですね」
「そうよ〜。パッチワークでポーチ作るの。喜んでくれるかな〜」
「奥様の手作りでございます。喜ばないわけございませんよ」
ダリアもニッコリ微笑んでいます。奥様らしいことしてるからかな。
デザインも決めたら、さっそくチクチク縫っていきます。その間使用人さん業はお休みです。まあ、私一人くらいいなくなっても全然問題ありませんが。
旦那様が帰ってきて一緒に晩餐を摂った後も、私は引き続き縫い物をしていました。
食後のお茶もそこそこに、あまり熱心に取り掛かってるからか、
「そんなに縫い物って楽しい?」
と、旦那様に聞かれました。
「た〜のし〜いで〜すよ〜」
「ふうん、そっか」
私が楽しそうにしているからか、旦那様も微笑んでくれました。
寝る間も惜しんで……は旦那様が許してくれないので、起きてる間にチマチマ作業です。まあ物が小さいのですぐできますけどね〜。やろうと思えばドレスだって縫えるヴィーちゃんの実力見せてあげるよ!
そして次の日の昼過ぎにはすっかり完成させてしまった私ってば天才! ……すみません、調子にのりました。
とにかく出来上がったので侍女さんに渡すと、
「わぁ! すっごくかわいい!! ありがとうございます、大切に使いますね!!」
と、いたく感激してもらえました。うん、頑張った甲斐あったね!
そして次の日。
「実家用の手土産は準備できてたっけ?」
「はい。カルタム特製焼き菓子を用意しておりますわ。服はこちらをどうぞ」
「ありがと! ああもう時間がない〜! 遅刻したらお母様に叱られる〜!!」
珍しくうちのお母様がどうしても観に行きたいと行った歌劇です。遅れるわけにはいきません。
私がワタワタと実家に行く支度をしていた時でした。
寝室の扉がドンドンとせわしなくノックされ、続いてバーンと開いたかと思うと、
「ヴィオラ、ヴィオラ!」
私の名前を連呼しながら旦那様が勢いよく入ってきました。そんなに急いでどうしたのでしょう?
「はい、どうなさいました?」
「ちょっと聞きたいことが……」
旦那様が話し出したのですが、すみません、どちらかというと私の方が急いでるんですよ。
下ではロータスがもう馬車の準備をしてくれているでしょうし、なにしろ約束の時間が迫ってるんです。うちのお母様怒らせたら怖いんですから!
「ええ、と、後からでもよろしいですか? あ、ステラリア、そこの箱を忘れないでね」
「はい」
旦那様、ごめんなさいね! 帰ってきたらゆっくりお話は聞きますから。とにかく今は時間厳守なんです!!
私が遮ったからか、旦那様がショックを受けてるのが見えましたがごめんなさい、構ってる時間はありません。
「では、行きましょうか! ああ、ロータスが待ってるわ。急がないと」
私はダリアとステラリアを従えて部屋を出て行きました。
あ、旦那様がベッドに倒れこんだのが、閉まる扉の隙間から見えました。誰かフォローしてくれるよね? ロータス? 時間ないから、後はお願いしま〜す!
なんとか約束の時間に間に合いお母様と歌劇を楽しんだ後、晩餐前に私はお屋敷に帰ってきました。
あれから旦那様どうしたかな? 誰か回収してくれたかな?
旦那様ったら凹むとしばらくくっついて離れなくなるから大変なんですよ。って、さっき邪険に扱ったのは私ですね、ごめんなさい。
「ただいま帰りました〜」
エントランスから声をかけたら、
「おかえりヴィー! 待ってましたよ!」
ほんとに待ち構えていたかのように、旦那様がサロンから飛び出してきました。いつもと逆パターンですよね、私が帰ってきて旦那様がお出迎えって。まあ滅多にないけど。
ぎゅうって抱き締められてチュッと口付けられて、熱烈歓迎です。
あ、いつも通りの旦那様だ。
どうやら復活しているようですね! これはロータスあたりがフォローしてくれたんでしょうか? いつもすみませんねぇ。
「さっきはスミマセンでした。で、サーシス様は何が聞きたかったのですか?」
旦那様とサロンに向かいながらさっきの話の続きを促した私に、
「あ〜、うん。僕が随分前にお願いしていたヴィオラのお手製のもの、あれってどうなったのかなぁって……」
視線を彷徨わせながら歯切れ悪く言う旦那様です。その割には『随分前』っていうのを強調してましたけどコノヒト。
「え? サーシス様のはベッドカバーを作ろうと思っているので時間がかかってるだけですわ?」
おっと、覚えてましたか。じゃなくて。
あれは……旅行の準備をするのに旦那様のお部屋に入った時でしたっけ。そこで自分の部屋にだけ私のお手製のものがないって旦那様が言いだしたんですよね。
何を作ろうかあれこれ考えて、作ろうと思い立ったのがベッドカバーでした。
最初、旦那様のお部屋に合わせてシックな感じで作っていたのですが、いかんせん、旦那様が私の部屋に移動してきてしまったのでイメージが合わなくなって作り直してたんですよ。私の部屋は旦那様の部屋と違ってナチュラルテイストなもんで、シックだと浮いちゃうんです。
「あ、そうなの?」
「はい。一度作りかけてたんですけど、サーシス様が私の部屋に来ちゃったから、ちょっと雰囲気合わなくなったんです。だからもう一度作り直していて、それで時間がかかってるんです。クッションとかがよかったですか?」
「いや、そうじゃないけど……。そっか、そうなのか」
「そうです」
旦那様がやけに晴れ晴れとした笑顔を浮かべてますけど、どうしたんでしょうねぇ?
「じゃあ、楽しみに待ってるよ」
「なる早で仕上げますね」
あまりに嬉しそうに言うもんだから、ついこっちの頬もゆるんじゃいますよ。
仕方ない。次は旦那様のベッドカバーを大至急仕上げましょう!
今日もありがとうございました(*^ー^*)
活動報告の方でまだまだ小話祭りやってます♪ よろしければ覗いていってやってくださいませ〜!