やりなおしサプライズ
改装が終わった庭園からグイグイと愉快なエステ隊に連れてこられたのは、本館の寝室でした。見知らぬ場所じゃなくてよかったです。
これから何が起こるのかわからなくてビクビクしている私に、
「まずは湯浴みですよ〜。準備はできていますから、ささっと入っちゃってくださいね!」
そう言って湯殿に私を押し込める侍女さん。
「あの〜。これから何が起こるのか、ちょっとくらい教えてほしいんだけど〜」
私は侍女さんに泣きついたのですが、
「それはまだ言えないです。後のお楽しみってことにしときましょうね。ほらほら早くしないとお世話しちゃいますよ〜」
「きゃ〜! 湯浴みくらい自分でやります〜!!」
ニマニマと笑った侍女さんに返り討ちにあってしまいました。
仕方なく湯浴みを終えて出てくると、
「さ、お次はマッサージですよ〜。ツルツルピカピカ、いつも以上に別嬪さんになりましょうね」
そう言ってマッサージ体制に入る侍女さんたち。私をベッドまで引っ張っていきます。
「久しぶりですから、私も張り切らせていただきますね〜」
「ミモザ! いつの間に!?」
「奥様を磨くんですよ、じっとなんてしていられませんよぉ」
いつの間にかミモザまで参戦してきてるし。
頭から顔からつま先まで、全身をグイグイモミモミ、繊細でありながら時には力強くマッサージされます。ええ、極楽です。でも寝てしまいそうになったら、
「あ、奥様、寝ないでくださいね。寝ぼけ眼でメイクとかできませんから」
キリッとミモザに注意されました。気持ちいいのに寝ちゃだめとか、どんだけ非情ですか。
マッサージが終わると、今度はクローゼットの前で待機していたステラリアがドレスを持ってやってきました。むむ、今日はステラリアも旦那様側か。
「今日はこちらをお召し下さいね」
そう言って出してきたのは、見覚えのないドレス。
ソファーの上に広げられたのを見ても、やっぱり記憶にございません!
「こんなドレス、いつの間に用意したの?」
作った覚えがないので聞いてみると、
「この間の、サイングイネア家のパーティーに着ていくドレスを作った時に一緒に作ってもらいましたの」
にこやかにステラリアが答えてくれました。マジか。あの時か!!
確かあの時は、アマリリスのウェディングドレス作るって張り切ってた時ですよね。そしていきなり私のも作るから採寸しろって言われてびっくりしたんでしたっけ。まさかあの時に二着も作ってるなんて思わなかったよ。
「それも旦那様の仕業?」
「はい」
ステラリア、即答です。つーか旦那様、どんだけ前から今日のこと画策してたんだろ?
「まあまあ、とりあえず着替えてくださいませね」
「あ、はーい」
そう言って待ち構えてられると、もはや条件反射でドレスに袖を通してしまう私が悲しい。
私にぴったりなドレスを着て鏡の前に立つと、ドレスの全容が明らかになりました。
純白のドレス。
これって……。
「ねえ。このドレス、ウェディングドレスに見えるんだけど」
「まあ、そうでございますか? ただの白のドレスですけど?」
ステラリアが視線を逸らせながら言いますが、もうそれ本当うそくさいですよ!
シンプルなドレスのラインは私好み。真っ白と見せかけて実は同じ白の糸でバラの花がいくつも刺繍されているところなど、手が込んだマダムらしいドレスだなぁと思います。
ベアトップで肩と背中が大胆に開いていますが、きっとこれはお飾りを強調したいがためのデザインでしょう。
そして最近旦那様のお気に入りのバックスタイル『大きなリボン』。どんだけ気に入ってるのよこのデザイン。今回も後ろ姿がかわいくできています。ちなみにグローブにも同じくリボンがあしらわれています。
スカートの裾が長くて地面に引きずってるから、ちょっと歩きにくいですね。気をつけないと踏んずけて転んでしまいます。
とどめが靴。真っ白なハイヒールです。
って、これ、どう考えてもウェディングドレスでしょ!!
「何これどうするの?! まさかの結婚式とか??」
私が必死で侍女さんたちに聞いてるのに、
「はいはい、メイクしましょうね」
「髪はどうしましょうか。結い上げます? それとも下ろします?」
「ハーフアップにして、上は編み込みましょう」
「そうですね!」
「あ、小物は髪とメイクの後ね。お飾り用意しておいて〜」
「了解!」
誰も私の話聞いてくれないし! ステラリアやミモザを中心に、あれこれテキパキと準備されていきますけど、ナニコノ置いてきぼり感!
アレヨアレヨという間に髪が結われ、いつもの特殊メイクまでされてしまいました。相変わらず仕事早いね、うちの侍女さんたち。
お飾りはいつものヴィオラ・サファイア……って、あれ?
「このお飾り、新しい?」
ステラリアによってまさに私の首に着けられようとしているそれは、これまた見たことのないもので。とりあえず宣伝にとサンプルで作ったものではありません。
鏡越しに見てもすごく綺麗なサファイアです。サンプルなんて目じゃないくらい。
すると、ステラリアがお飾りを着けようとしている手を止め、私の目の高さまで持ってきて、
「はい。ようやく『ヴィオラの瞳』が出ましたので、それを使って作らせたのですよ。ほら、全然色も輝きも違いますでしょう?」
よく見せてくれました。
「おおー……とうとう出ちゃいましたか、最高級品」
触れるのは怖いので見るだけにします。しかし、私みたいな素人が見ても『なんか違う』とわかる最高級品! いつの間に出て、いつの間に加工されてたんでしょう。
それを装着したら準備完了。
「さあ、そろそろ行きましょうか!」
「どこに!?」
「はい、行きますよ〜」
「って、どこに!?」
ステラリアに手を引かれ部屋から連れ出されたのですが、ステラリアもミモザも侍女さんたちも誰も行き先を教えてくれません。もうサプライズとかいいから教えてよ!!
ドレスが長いので静々と歩いていくと、
「これはまた……なんて素敵なんでしょう、僕のヴィオラは!」
感激したようにこちらを見る旦那様が、階下に立っていました。
旦那様は近衞の制服を着ています。ああもうこれ、完全に結婚式じゃないですか!
ドレスを踏まないように気をつけながら階段を降り、私の手はステラリアから旦那様に渡されました。
「……さっきから驚きの連続なんですけど」
「驚かそうと思ってましたからね、大成功です」
ジト目で旦那様を見上げたらにこやかに微笑まれてしまいました。くっ、キラキラスマイルをまともに浴びてしまった。
「これって完全に結婚式スタイルですよね?」
「そうですね」
「まさかこれから王宮の神殿に行くとかじゃないですよね!?」
さすがに結婚式を二回やったとか聞いたことないよ!
「はははっ! まさか!」
ドキドキしながら聞いたら、笑い飛ばされました。よかった。つか、コノヒトならやりかねないから聞いたんだけどね。
旦那様と一緒に歩き出したところで、ステラリアがブーケを渡してきました。小さなラウンド型のブーケ、よく見ると……。
「わっ、これワタシ庭園のお花じゃないですか!」
旦那様がピエドラで買ってくれたお花を使ってブーケが作られているのです。
葉っぱがハートの形をしていてかわいい花—アンドレアナムという名前なのです—を使って。葉っぱもアクセントで使っています。
「ベリスが作ってくれましたのよ」
「ベリス、女子力たけぇ……」
「まあ、ちょっと羨ましいスキルではありますね……」
ステラリアと二人でちょっと凹みます。
違くて。ベリスってば、ほんと器用ですよね〜。どんな顔してこれ作ってたのか、ちょっと気になるところですが。
いやいや、でもうれしいです!
「うれしい。ありがとう!」
ベリス作のブーケを持ち、旦那様と手をつないでまた歩き出しました。外は外でも、また庭園に出ていくようです。マジ王宮じゃなくてよかった。
「もうなにも驚かないぞ〜」
「ははは! 足元、気をつけてくださいよ」
「はあい」
そんな会話をしながら私たちがゆっくりと向かっているのは別棟の方向。
でも別棟は通り過ぎて辿り着いた先は、またワタシ庭園でした。
ワタシ庭園て、さっきも来た場所じゃないですか。
さっきは旦那様と二人で来たのですが(愉快なエステ隊はどこに潜んでたのか不明)。
なのに今は、お屋敷の使用人さん全員が集合しているではありませんか!
お屋敷内で働いている使用人さんから、ベリスたち庭師チーム、そして公爵家騎士団の方々まで。まさにフルラインナップです。
もう何があっても驚かないつもりでいたのにもう前言撤回!
「みんな揃って……」
唖然ボーゼンとしながら呟くと、
「全員いないと意味がないんでね」
そう答えた旦那様。意味がないって、どういう意味?
キョトンとして旦那様を見上げていると、手を引かれ東屋に連れて行かれました。
東屋の中には入らず前で立ち止まると、
「結婚式をもう一度。嘘の誓いではなく真実の誓いを、皆の前で。ここにいる全ての者に証人となってもらいます」
私の前で跪き、そう宣言する旦那様。
あっけにとられて見守るしかできない私に、すっと立ち上がった旦那様は私の手を取り、するするとグローブを脱がせ、
「私、サーシス・ティネンシス・フィサリスは、ヴィオラ・マンジェリカ・フィサリスをただ一人、生涯かけて守り愛すると誓います」
そう言って、私の手の甲に口付けしました。
そういえば、本物の誓いって二度目ですよね。
ピエドラでも同じように誓ってくださった旦那様。あの時は私の気持ちが追いついていなくてお返事出来なかったんですが、旦那様は私の気持ちを考えて待ってくださったんですよね。
でももう大丈夫です! 私だってちゃんと覚悟できましたよ!
ちょっと間が空いたからか、不安そうに私を見つめる旦那様。おっと、あまりお待たせしてはいけませんね!
旦那様の目を見つめ、安心させるように微笑んでから、
「私、ヴィオラ・マンジェリカ・フィサリスは、サーシス・ティネンシス・フィサリスをただ一人、生涯愛すると誓います」
ゆっくり、でもはっきりと宣言してから旦那様の手を取り、その甲に口付けしました。
そして旦那様を見上げると、さっきの不安そうな顔は消えて、代わりに晴れ晴れとした笑みを浮かべていました。私も0円スマイルで応戦です!
ニコッと笑いかえしたその時です。旦那様の綺麗な顔がすっと近づいてきたかと思うと—
ちゅっ。
ん? 唇に柔らかい感触? え? ええっ!?
き、キスされた〜〜〜!!
気がつけば旦那様にキスされていた私。顔が熱いです!!
唇が離れた後、真っ赤になって瞬きを繰り返すしかできない私と違って余裕綽々な旦那様は、
「ヴィオラ、真っ赤になってかわいい。ヴィオラの気持ちがわかった今、ようやく本当の夫婦になれますね」
なんて、耳元で囁いてるし!
今のキス、使用人さんたちみんな見てましたよね。ファーストキスが使用人さんたちの前ってどうなの?
私が恥ずかしくって穴があったら入りたくて、でもそんな穴はなくて、どうしようもなくて旦那様の胸に顔を埋めると、そのままぎゅうっと抱きしめられました。
「すっごい幸せだ。ねえ、ヴィーは幸せ?」
「……幸せです」
旦那様の囁きに、私も囁き返します。でも今は恥ずかしさが勝ってるけどね!
そんな私たちに、
「お二人の誓いはしっかりと見届けさせていただきました。これからもお幸せに過ごされることをお祈り申し上げます」
「「「「「お幸せに!」」」」」
ロータスの言葉に続いて使用人さんたちの祝福の言葉が聞こえ、そしてフラワーシャワーが舞い飛びました。
お日様に透けて綺麗です!
豪華なドレスではなく私好みの素敵なドレスで、王宮ではなくお屋敷で、王族様やお貴族様ではなく使用人さんたちで。
何もかも違いますが、今日の方が全然うれしいですね。気持ちがこもってる分、温かくてうれしいですね。
しかしさっきのキス。これ後から絶対冷やかされるパターンだわ、使用人さん用ダイニングに行くのしばらく控えよう……。
なんて密かに思ってたんですが。
「じゃあこのまま別棟に行きましょうか!」
「え?」
「新婚気分を存分に味わわなくちゃ」
「ええっ!?」
「ロータス、僕たちはしばらく別棟で過ごすから、起こさなくていい」
「かしこまりました」
きゃ〜! 旦那様、なんてこと言うの〜!!
ロータスも! 笑顔で返事しないの!! 使用人さんたちも、そんな満面の笑みで……っ!
いいんだよ、いいんだけどさ。めちゃくちゃ恥ずかしい……。
「もうっ! そんなこと堂々と言わなくても〜!」
恥ずかしくて旦那様の背中に顔を埋めれば、
「うれしくてつい」
とか言ってるし!!
あ〜もう、やっぱり当分使用人さんダイニング行けないわ。
今日もありがとうございました(*^ー^*)
活動報告での小話祭り、まだまだやってます♪
お時間よろしければ覗いてやってくださいませね!