旦那様、賄いを食べる
旦那様の留守中、お仕着せを着て掃除や洗濯をしていたことがとうとうバレてしまいました。
これでもう私の楽しい使用人ライフに終止符が打たれると思いきや。意外にも旦那様はオッケーしてくださり、まさかの旦那様公認になりました。もちろん今まで通り、外部には内緒ですけどね☆
これで自由度がかなり上がりましたよ。わたし的生活向上ですよ寛大な旦那様に感謝です!
だからと言って旦那様の前でお仕着せなんてトンデモナイ。旦那様の前ではちゃんと良妻スタイルでいますよ。
「今日は遅くなりそうだろうから、晩餐は先に食べてていいよ」
いつもの朝のお見送り。
旦那様は出がけにふと思い出したように私とロータスに言いました。
「またお仕事が忙しいのですか?」
「いや、夕方から御前会議の予定が入ってるだけだから。陛下、なんであんな時間に予定入れるかなぁ。できるだけさっさと終わらせて早く帰ってきますけど」
「巻いちゃダメですよ! ちゃんと話し合ってきてくださいね!」
ブツブツ文句を言う旦那様に釘を刺しておきます。陛下相手でも「さっさと終わらせましょう」とか言っちゃいそうですからねコノヒト。
「わかってますよ。だから終わる時間がちょっとわからないだけ。いつ帰ってこれるかわからないのにヴィーを待たせるのも悪いし」
「それなら了解です!」
私はにこやか〜にお返事しました。だって旦那様がいないということは、使用人のみなさんと一緒に、使用人さん用ダイニングで晩餐を食べれちゃうってことですからね!
「……なぜかな。こういう時のヴィーは生き生きしてるよね……」
あら、旦那様の濃茶の瞳が湿ってます? いや気のせいですよね。気のせい気のせい。
「そんなことないですよ? では今日もお気をつけて行ってらっしゃいませ~!」
私はいつもよりもいい笑顔で送り出しました。
「うっふっふ~。今日の賄いな~にかな~」
私は弾む足取りで、使用人さん用ダイニングに向かいます。
今日も一日掃除洗濯頑張りました。お昼も賄いランチをいただきましたが、今日は夕飯も賄いが食べられるんですよ、久しぶりでルンルンしてます。
「今日はチキンのグリル、カルタムスペシャルだそうですよ」
スキップを踏む私に、ステラリアが教えてくれました。
「カルタムスペシャルってなにそれ美味しそう! うわぁ、どんなのか楽しみ~!!」
厳格親方シフトで力いっぱい作ってくれる正餐は言うに及ばず、力の抜けた、いつものゆるキャラのまま作ってくれる賄いとかも超絶美味ですからね! それが今日は『スペシャル』なんですよ、もうどんなのかしらワクワクしちゃいます。
使用人さん用ダイニングに着くと、もう部屋中にいい香りが漂っていました。
香草のスパイシーな香りに刺激されて、もう私のお腹はペコペコで限界です。さっさと準備してしまいましょう。
私も侍女さんたちと一緒にカトラリーなどの準備をしてから、厨房に料理をもらいに行きます。
使用人さん用ダイニングは基本的にセルフサービスです。私のはちょくちょく侍女さんが持ってきたり下げたりしてくれますが、それでも基本ルールは守りますよ!
自分の分の料理とパンをもらって、静かに席に着きました。
色とりどりの野菜のソースがかかったチキンのグリルは、焼き加減も絶妙なジューシーさ! やっぱりカルタムですよ、スペシャルですよ!
「いっただーきまーす!」
「「「「「いただきます」」」」」
みんな揃ったところで食べ始めます。私もご機嫌で、チキンにナイフを入れました。
「ん~~~~!! おいし~~~!!」
ぱくっ。
チキンのジューシーさと、野菜ソースの酸味と甘みのバランスが絶妙ですね!
「一日の疲れが吹き飛びますね」
「あ、そっちのバターとって」
「どーぞー」
久しぶりにみんなでワイワイ食事します。やっぱいいわぁ、この雰囲気!
「ちなみに、今日のサーシス様の晩餐はなんだったの?」
厨房にいるカルタムに聞いてみると、
「メインは『チキンの香草焼き、グリル野菜をそっと添えて』でございますよ〜」
とのこと。ふむふむ、チキンはチキンでも、旦那様のは野菜をそっと添えるのね。賄いは”添える”んじゃなくてソースとして上に乗っかってるけど。でも『そっと』ってなに……?
そんなふうに私たちが美味しい賄いを堪能していると、
「大変です奥様! 旦那様がお戻りになられました!!」
そう言って旦那様付の侍女さんが慌ただしく使用人さん用ダイニングに駆け込んできました。
「えええっ?! 今日は遅くなるんじゃなかったの??」
驚いてカトラリーを置き、食事を中断した私。えらくお早い会議終了ですね! ……じゃなくて。
「それがどうやら、陛下のご都合で会議が急きょ取りやめになったそうなんです」
「あらら~。とにかく急ぐわ。名残惜しいけどお料理はまた後でいただくから、置いといてね!」
私は途中で気を利かせてくれた侍女さんからストールを受け取り、お仕着せの上から羽織ってエントランスに急ぎました。
「ただいま、ヴィー!」
「お帰りなさいませ!」
私がエントランスに着くと、旦那様はいつものようにロータスと話しているところでした。
私の姿を見つけると、旦那様の表情がふわっと柔らかくなります。私にしか見せないこの変化、結構うれしかったりするんですけどね。でも内緒です。
近寄れば手を引かれ、軽く抱きしめられます。
「予定よりもずいぶん早く帰ってこれたよ。ヴィーは何してたの?」
「ちょうど晩餐をいただいているところでしたの」
「ああ、そうか。まだそんな時間か」
「サーシス様は何か召し上がってこられたのですか?」
「いや、何も食べてない。僕もお腹減ったし、ヴィーと一緒に食べようかな」
「えっ?」
「『えっ?』?」
旦那様の一言にピキッと固まる私。
おかしな返事をした私に、怪訝な顔をする旦那様。
「どうしたの? だって今君が食べていたんなら、僕の分もあるだろう?」
旦那様はそうおっしゃられますが、ちょっとそれ、違うんですよね~。
私が食べていたのは〝みんなの賄い〟でありまして、旦那様とご一緒する〝正餐〟ではないんですよね〜。
「ヴィー?」
半笑いのまま固まっている私の顔を覗き込みながら旦那様が問いかけてきますが、私は濃茶の瞳からつつーっと視線を外し、傍にいるロータスに、
『旦那様の晩餐、すぐできるかしら』
『少しお時間をいただかないと』
素早くアイコンタクトです。
ですよね~。お時間いただきますよねぇ。
何のレスポンスもないことに痺れを切らせたのか、
「とにかく僕もお腹が減ったし、ダイニングに行くよ」
そう言って旦那様は私の手を引きスタスタとダイニングに向かったのでした。
……ですが。
「ヴィー? ダイニングがきれいなままなんだけど? 晩餐を食べてる途中だったんだよね?」
「……ええ、まあ」
使われた形跡のないメインダイニングを見て、旦那様の濃茶の瞳がスッと眇められました。
私は都合が悪いので、しれーっと視線を外しましたが。
「どこで、なにを、食べてたのかな?」
両手で私の頬を拘束し自分の方にグイッと向け、とっても素敵な笑顔で旦那様が聞いてきました。に、逃げれねぇ!
「ええーと。今日はサーシス様のお食事がいらないということでしたので、簡単な食事を食べてました」
仕方ないので正直に白状ましたとも。でも『どこで・誰と』は伏せさせていただきました!
「ふうん。簡単な食事ねぇ。でも、どこで?」
イヤなとこにツッコミきました〜! そこ伏せてたところ! つっこんじゃダメなところ〜! 空気読んでよ旦那様! ……って、まさかそんなこと言えませんからね。
「……使用人ダイニングです」
小さな声で答えました。
「ヴィー……。お仕着せ・掃除洗濯に続いてそんなところまで進出してたのか……」
おでこに手を当ててなんだか項垂れてしまった旦那様です。
「……ええ、まあ」
「まあそこはよしとしましょう。で、何を食べてたのかな?」
「え!? いいんですか!? ええと、今日の賄い料理です」
まさかの『よしとしましょう』発言に旦那様を二度見してしまいましたよ! え、いいの?
旦那様は私が賄いを食べていたということに微妙な顔をしています。
「う~ん、もはやそれをヴィーらしいと思ってしまう僕は甘いのだろうか? そうか。それは美味しかった?」
「そりゃあもちろんですわ!! なんてったって今日は『カルタムスペシャル』ですもの!」
「へえ。それは美味しそうだね」
それまでのしおらしい私から一転、美味しい料理を思い出して一気に元気を取り戻す私。
そして私の表情から料理の美味しさが伝わったのでしょうか、旦那様も微妙な顔から笑顔に変わりました。
「とっても美味しかったですよ! 味だけじゃないんですよ、賄いなのに見た目もちゃんとキレイなんです。中座しちゃったのがもったいないというかなんというか。あ、でも冷めても美味しいのがカルタムの腕の素晴らしいところですよねぇ」
私はカルタムの料理の素晴らしさを力説させていただきました!
すると。
「その”賄い”ならすぐにできるんだよね? じゃあ僕もそれをいただいてみようかな。ロータス、いいよな」
「……旦那様がそうおっしゃられるのでしたら」
旦那様の口から、賄いを食べるという言葉が発せられましたよ! ロータスが一瞬目を見開きましたが、すぐにいつもの顔に戻り了承していました。
メインダイニングで旦那様が〝賄い〟を食べる日が来るなんて、想像もしませんでした。
しかし今、旦那様の前に並べられているのは『チキンのグリルカルタムスペシャル』であって、『チキンの香草焼き、グリル野菜をそっと添えて』ではありません。さっき私たちが使用人さん用ダイニングで食べていたのと同じ賄いの晩餐です。
なのになぜか旦那様の前に並べられると立派な正餐に見えちゃう不思議。ちなみに私の前にも同じもの(というかさっきの食べ残しですが)が置かれていますが、なんか別物に見える……。これがいわゆるイケメン補正というやつでしょうか?(絶対違う)
しかし賄いですらセレブ美食に見せてしまう旦那様の補正力ってすごいですね。
私が勝手に旦那様(と賄い)を観察している間に、旦那様は食べ始めました。
「いつもと違って手が込んでないけど、シンプルで美味しいね」
優雅な仕草で一口食べた旦那様もまんざらではない様子です。
「でしょう! だから賄いをいただくのがやめられないのです!」
またもや私は力を込めて、魂込めて言わせていただきました。
「でも、賄いが食べたいのならそうカルタムに言えばいいんじゃない? わざわざ使用人用のダイニングで食べる必要はないでしょう?」
「……この広いダイニングで、一人で食べるのがイヤなんです。寂しくて。お屋敷に来るまでは、家族みんな揃って楽しく食事するのが当たり前だったので、いきなり知らないお家で一人きりの食事に耐えられなかったんです。それで、無理言って使用人さん用のダイニングに入れてもらうようになったんです」
「うん……なんか、ごめん」
私がしょぼんとするはずなのに、旦那様が辛そうな顔してますね。
「サーシス様?」
「まあ、これからも僕がいなくて寂しい時はあっちで食べてもいいよ」
「ほんとですか!?」
「うん」
「ありがとうございます!!」
旦那様に飛びついて、跳ね回りたい気分です!
やりました! お仕着せ・掃除洗濯に続いて使用人さん用ダイニングもオッケーいただきましたよ!
これって、もうやりたい放題じゃない?
今日もありがとうございました(*^ー^*)