ヴィオラ軍 vs サーシス軍?
アウレア様にお暇を告げ、その後は旦那様と一緒にせっせと宣伝に勤しみました。
いろんな方とお話しして、さりげなくサファイアを売り込む……って言うと、なんだか私たちがグイグイ押している感じになりますが、実際は向こうからサファイアの話を振ってくるんですよ? それに私たちがお答えしていると、自然に宣伝になっちゃうという不思議!
特に今日は指輪にツッコミが集中しました。なんでだろ??
「ご夫婦でお揃いの指輪とは素敵ですね」
「そうでしょう? これはとつ国の習わしだそうで、結婚した二人は夫婦である証としてお揃いの指輪をするらしいのです。それを聞いたときに私はすぐ、妻が喜ぶんじゃないかなぁって思ったんですよ」
「さすが公爵殿、奥様想いでいらっしゃる!」
「妻の喜んだ顔が何よりご褒美ですからね! しかもその『結婚指輪』は左手薬指にするのが慣例なのですが……」
「ほうほう、それには何か意味が?」
「左手薬指には『愛の進展を深める・愛の絆を深める』といった意味があるのだそうです。なんてロマンチックなんだろうますます喜んでもらえるんじゃないかなと思ったので、さっそく取り入れたのですよ」
「それはいいですね! ぜひうちも妻にプレゼントしてみようか」
「ええぜひ! ああ、奥様の瞳もこの『ヴィオラ・サファイア』のように美しいブルーでございましたね? このサファイア、きっと奥様によく似合うと思いますよ」
旦那様が今日はえらく饒舌で、そんな説明をあちこちでなさるもんですから、今日一日でフルール社交界に『結婚指輪』の話が広まったんじゃないでしょうか。ついでに宣伝ブッ込んでるのはさすがとしか言いようがありません。
アウレア様、せっかくヒイズル皇国で仕込んできた『結婚指輪ネタ』だったはずなのに、うちの旦那様がおいしいとこ持って行っちゃってすみません。
「しかし、なんでみなさん指輪のことばかり聞いてくるんでしょう?」
見てる人は見てる(お嬢様方も気づきましたもんね!)けど、そんなの一部だと思うんですよ。不思議に思って旦那様に尋ねると、
「そりゃみんな、ヴィーのことをよく見てるからですよ! 今回はどんな飾りをつけていたとか、どんなドレスを着ていたとか、ヴィーが参加したパーティーの後はその話題で持ちきりだからね。男の僕のところまでもその話が聞こえてくるくらいだから、女性陣の間ではもっと早いんじゃないかな」
だそうです。おーまいが。
私が険しい顔をしていると、旦那様はクスッと笑って頬を突いてきました。
「今日は楽しかった?」
「う〜ん、楽しかったというよりも疲れました」
帰りの馬車に揺られながら、旦那様が今日の感想を聞いてきました。社交が好きではない私にとって、パーティーは楽しいところではなく疲れるところなんですけど。
「そう? アウレア殿と楽しそうに話していたと思ったけど」
ニコッ。白々しい笑顔で旦那様が微笑んでいますが、別に今日おしゃべりしたのはアウレア様だけじゃないけど。
「そうですか? ああ、あれは指輪の意味を教えていただいていたのですわ。あと、ヒイズル皇国のこととか」
「ふうん」
「あ、でもサーシス様? どうして『結婚指輪』のことをおっしゃらなかったんですか?」
「それは社交界に広めてからでもいいかなと思ったんですよ」
「……何を広めるんですか?」
「左手薬指に指輪をしているのは既婚者だってこと。まあ、牽制だよ。『結婚指輪』の話が広まったら、僕のいないところでヴィーがナンパされることがなくなるでしょ」
旦那様、そんな『ドヤァ』って顔しないでも……。
ちょっと呆れて旦那様を見ていると、
「今日だって、アウレアはヴィーの指輪を見てナンパを断念したでしょう。ヒイズルにいたから、彼は指輪の意味を知っていた」
さっきまでの嘘くさい微笑みが消え、今度は氷の微笑みに変わりました。しれっとアウレア様を呼び捨ててるし。お〜い、目が笑ってないよ旦那様!
「はぁ? ナンパなんてされてませんよ!」
ダンスに誘われただけですよ、何言ってんですか!!
「いいえ、あれは立派なナンパです。しかもあいつはイヤラシイ目でヴィーを見ていました」
「そんなことないですよ!」
「いやいや、よーく見ればわかります」
「そんなじっくり見てないですし」
今になってジワジワきたのか、旦那様がどんどん不機嫌になっていきます。
あの時はにこやかになんでもない風を装っていたようなのですが、どうやら私とアウレア様が一緒にいたのが気に食わなかったようですね。
「ヴィーも、ニコニコとまんざらでもない様子でしたよね。確かに、アウレアは綺麗な顔立ちしてるとは思いますけど」
旦那様は私の営業スマイルにまでケチをつけてきました。
どう見たっていつも通りの営業スマイルですよ、必要以上に愛想なんて振りまかないっつーの! めんどくさい。
そもそもアウレア様レベルのイケメン、旦那様に比べたら月とすっぽん……っと、めんどくさくなってつい本音が出てしまいました☆
とにかく。旦那様以上のイケメンなんて、お目にかかったことないんですけど。
「アウレア様が綺麗な顔立ちしているっていっても、サーシス様の方がよっぽど綺麗ですからね? 比べるまでもないですよ」
「しかしですね……ヴィーは誰にでも愛想がよすぎます。それがそもそもの原因で……」
「いやいやソレ、社交辞令って知ってらっしゃるでしょう!?」
「そりゃそうですけど」
と、まだぐだぐだ言う旦那様です。
こんな調子で帰りの馬車の中で言い争ったままお屋敷まで帰ってきてしまいました。
「じゃあもう社交界に顔出しません!」
「それが一番いいけど、そうもいかないのはヴィーも知ってるでしょう!」
「でも、いちいち愛想笑いで文句言われたら困るんですけど?」
馬車を降りても私たちの言い合いは収まる気配がありません。
お出迎えの使用人さんたちが「一体どうした何があった!?」という顔で私たちを見ています。そういえば、ただいまの挨拶もすることなくずっと言い争ったままでしたねスミマセン。
「今日のパーティーで、何かございましたでしょうか?」
ロータスが、私たちの舌戦が途切れた隙を縫って聞いてきました。
「ヴィーがよその男に対して必要以上に愛想よくするから」
「サーシス様がしょーもないことでぐだぐだおっしゃってるんです! 愛想よすぎるっていうけど、いつも通りですよ!」
「はあ」
言葉は違えど同時に口を開いた私たちに、ロータスが呆気にとられています。
しかし旦那様もしつこいですね!
「じゃあお言葉ですけど、そんなことおっしゃるサーシス様だって、い~っつもきれいな女の人に囲まれてデレデレしてるじゃないですか!」
旦那様が私のことばかり責めるので、私も反撃することにしました。どう考えても旦那様が女の人に囲まれてる方が多いと思うんですよ! ダンス以外は基本、私は女の人といることの方が多いですからね!
いつもニコニコデレデレしちゃって、来るもの拒まずか!
旦那様をキッと睨めば、
「あれのどこがデレデレに見えるんですか! いやいやでしょう!」
ムッとした顔で見下ろしてくる旦那様。
「じゃあ私のだって同じデスヨ!」
「「ムム~!」」
また言い合いになる私たち。火花バチバチです。
「――平行線デスネ」
「――そうだね」
お互い平行線のまま睨み合っていると、何事だとさらに使用人さんたちがどんどん集まってきました。
普段はでてこない厨房担当の人たちまで出てきてるわ。
そこで、この事態を収拾しようとしたのかダリアが私の横に来て、
「まあまあ、そう興奮なさらずに。奥様が社交を頑張っておられるのは皆よくわかっております。きっと社交辞令なのか本気なのかわからないくらいによくできた対応だったのででしょうね。それに、旦那様が若い女の人からおモテになるのもみんなよ~く知っておりますから、それくらいのことならば見逃してさしあげましょう。……そのくらいのことならば」
なぜか最後のセリフを意味深にリフレインしましたね。しかもカルタムの方をチラッと見て言ったよね?
いつになく言葉に棘を含ませるダリアに「??」となっていると、
「いやいや、それは聞き捨てなりませんね」
と、今度はカルタムが応戦してきました。
「あらあら、まあまあ。何か心当たりでもあるのでしょうか?」
「いいや、別にありませんけど?」
ダリアが冷やかにカルタムを見れば、カルタムも珍しく無表情で見返しています。初めて見たよ、笑ってないカルタム。
あれ。よく見ると何気にダリアとカルタムも火花散ってる? つか、ダリア、最近ちょっと思ってたんだけど、やっぱり機嫌悪い?
「わぁ……ダリア、機嫌悪い?」
「まあ、ちょっと……」
私がポツリとつぶやくと、ステラリアがこっそり耳打ちしてきました。ダリアにキッと睨まれて、二人で肩をすくめます。
夫婦喧嘩勃発!? と、自分のことはすっかり棚に上げてダリアとカルタムが睨み合っているのを見ていると、
「やきもち焼いてもらえるだけでも奥様は愛されているのですよ。そうカッカなさらず」
いつの間にかステラリアと反対側に立っていたミモザが、私にしか聞こえないくらいの声でボソッと言いました。え、何!? 次はミモザとか?!
「でも限度ってあるでしょ。愛想よすぎって言うけど、いつもと変わりはしないのよ?」
「それでもいいんです。やきもち焼いてもらえるくらい関心を持ってもらってるということですから」
「ミモザ?」
こちらも機嫌が悪そうです。ミモザの視線の先には……ベリス?! って、いつの間に庭師チームまで出てきてたのよ?
「…………」
ベリスはカルタムと違い、黙ってミモザを見ています。安定の無表情です。……いや、むしろいつもより怖いかも。
いつの間にか使用人さんたち全員集合しているしっ!
なんだか今日の使用人さんたち……というか侍女さんたちはご機嫌ナナメですね。
とりなしているようで、しかしますます溝が深まってるような……。
私側に立つダリア・ミモザ対、旦那様側に立つカルタム・ベリス。それを苦笑いで見守るロータスはレフェリー?
そもそもこんな感じになったのって、私たちが喧嘩しながら帰ってきたのが悪いんですよね。つか、旦那様が愛想笑いにケチをつけてきたのがそもそもの原因ですよね。
ああ、もう!!
ブチン。私の中で何かが切れる音がしました。
「もうっ! サーシス様のバカ!! そんな心の狭いサーシス様なんて大っ嫌いです!! 私、出て行きます!!」
「えっ!?」
『大嫌い』発言からの『家出宣言』にぎょっとする旦那様。でも知ったこっちゃねぇや!
「行きましょう、ダリア、ミモザ! とりあえず別棟に」
「「かしこまりました」」
実家に帰るとかそういうのは後で考えます。とりあえず、ここを出ます!
何かがプチンと切れた私は、ダリアとミモザ、そして侍女さんたちを従えて別棟に移動することにしました。――男性陣だけをエントランスに残して。
今日もありがとうございました(*^ー^*)
書籍第4巻発売記念リクエストから加筆しました。