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指輪のもう一つの意味

 旦那様は兵部卿様のお相手を、私はナスターシャム侯爵令嬢、クロッカス伯爵令嬢、コーラムバイン伯爵令嬢とお話(女子トーク)をするために、いったん別行動することになりました。


『あの方はいい感じだ』とか『あの方は見た目地味だけど誠実で優しい方って評判ですのよ』だの『○○伯爵のご子息様、先日ご婚約されたそうですわ』などなど、今日も婚活に余念のないお嬢様方のお話に付き合って、私も会場中あちこち視線を走らせます。ほうほう、あの方が○○伯爵の息子さんね、ご婚約おめでとうございます。で、あちらの方は確かに一見地味だけど、よく見ると綺麗な顔立ちしていますよ? それで誠実とか、超掘り出し物じゃね?……って、この人たちと一緒にいたら『貴族年鑑・当主だけじゃなく家族の肖像もあるよ☆』はお願いしなくてもいいかもしれませんね!

 次から次へと独身貴族様(しかも適齢期の男性限定)が、ちょっと独断と偏見の混じった解説付きで紹介されていきます。


 そうしてこの会場内のあらかたの紹介が終わった頃、


「わあ、あの方とっても素敵じゃない?」

「あら、見ない顔ですねぇ? どなたかしら?」


 そう言うナスターシャム侯爵令嬢とクロッカス伯爵令嬢の視線の先を見ると、緩やかにウェーブした金髪が素敵な長身のイケメンさんがいました。ワイングラス片手に、数人のお嬢様に囲まれて談笑しています。

「どこの方かしら?」

「最近デビューした、っていう感じじゃなさそうですわよね。場慣れしていらっしゃる」

「それでも素敵ですわねぇ〜」

 お嬢様方がうっとりしながら言っています。

 確かにイケメンだとは思いますが、やっぱりうちの旦那様に比べたらフツメンレベルですけど……。それでも目立つ美形さんなのは間違いないです。

 しかし、そんな人目を引くようなイケメンを、この『歩く貴族年鑑』のようなお嬢様方がご存じないってどういうことでしょ?

 気になってしまって、お嬢様方と一緒になってチラチラとそちらばかりを見ていたら、視線に気づいたのかこっちを向きました。

 こちらに向かってニコって微笑んでるし。

「きゃあ! こちらに気づいてくださったわ!」

「ニコって、微笑んでくださったわ!」

 お嬢様方はきゃあきゃあうれしそうです。

 しかし、どこのご子息様なんでしょうね? 肖像画が年鑑に載ってなかったから、当主様でないのは確かです。

 私がぼーっとイケメンさんを見ていると目が合ってしまいました。やば。ジロジロ見過ぎたわ。

 慌てて目をそらせたのですが、イケメンさんはそれまで一緒に談笑していたお嬢様たちに何かを告げると、颯爽とこちらに向かってきました。こっち来なくていいよ、あっち行ってて!

 苦情でも来るのかしらとドギマギしていると私たちの前に来て、


「よろしければ、僕と一曲踊っていただけませんか?」


 イケメンさんが誘ってきました。

 ん? 誰を誘ってるんでしょう? ここには未婚の女性が三人もいますからね。名前をはっきり言ってくれなきゃわかりませんよ! 

 お嬢様方も誰が誘われたのかわかってない様子。誰も応えません。

 反応がないことに苦笑したイケメンさんが、スマートな仕草で手を取ったのは—


「私ぃ!?」

「ええ、お嬢様。貴女と、ぜひ」


 よりにもよって私かい!! そわそわしているお嬢様方を差し置いて!

 しかもまた『お嬢様』って言われたよ、これ、や〜な予感しかしない。……今回は旦那様、同じ場所にいるし。

『きゃー!』とかいうお嬢様方の声を背に受けつつ、

「お嬢様ではありませんが、まあ、はい、喜んで」


 軽く一人で先に、サファイアの宣伝しておきますか……。




「初めまして、アルストロメリア伯爵家のアウレアと申します。以後お見知りおきを。お嬢様は−−」

 イケメンさんは私の手を引きながら自己紹介してくれました。やっぱり私を知らない方のようですね。自分で言うのもなんですが、私ってば最近やたら有名人になったらしく、たまに出る夜会で知らない方にも『フィサリス公爵夫人!』って声かけられますから。すっごい不本意ですが。

 アウレア様、歳は旦那様より下かしら? 私よりは上っぽいけど。

「アウレア様ですね。初めまして、ヴィオラと申します」

「かわいらしい名前、貴女にぴったりですね! ところでヴィオラ殿はどこのご令嬢ですか? 僕がいない間に、こんなかわいい人がフルール社交界にデビューしてるなんて。ああ、留学なんてするんじゃなかったなぁ」

 なんて大袈裟に頭をフリフリ、ため息まじりに言ってますが。

 

 軽っ! 


 おっと、失礼いたしました。いやぁ、おっしゃる内容と仕草があまりにチャラいもんでつい。

 デビューなんてとっくの昔に済んでるわ! とツッコミそうになるのを笑顔でこらえ、

「ええと、わたくし、フィサリス公爵の−−」

 妻ですと言いかけたのですが、


「あれ? 左手の薬指に指輪って……。貴女、もしかして結婚してる?」


 ダンスをしようと私の左手をとったアウレア様が、例の指輪を見てびっくりした様子で聞いてきました。

 ちょ、待って。なんで指輪見ただけでわかるの!? つか、この指輪の意味って、そんなのもあったの!? だーんーなーさーまー!?

「あ、はい。フィサリス公爵、サーシス・ティネンシス・フィサリスの妻でございます」

 ちょっと前にもこれ言ったなぁと思いながら私は名乗りました。でもアウレア様は、どっかのおバカさんと違ってちゃんと最後まで話を聞いてるけど。

 ちょうど曲が流れてきたのでいったんおしゃべりは止めて、私たちは踊りだしました。


「フィサリス公爵殿の奥さんだったんですね! 僕、まるっと三年間国外に留学していて、フルールに帰ってきたのがつい最近なのですよ。だからフィサリス公爵殿が結婚してたなんて知りませんでした……って、あれ? でも公爵殿って……あ」

「あ〜、え、と、おっしゃりたいことはわかりますが、それについては大丈夫でございますよ?」

 

 ダンスしながらお話しするのはもはや朝飯前! 易しい曲に合わせてステップを踏みます。

 アウレア様の言いたいことはわかりますよ、カレンデュラ様のことでしょう? 最近までフルールにいなかったのなら、ここ一年で起こったすったもんだはご存知ないですよね。

『まずい』みたいな顔をしたアウレア様に向かって、私はにっこり笑っておきました。

「そ、そうですか。それはよかった……!」

 地雷踏み抜いたとでも思った? 私が『大丈夫』って笑いかけたら、あからさまにホッとした顔してるね、アウレア様!

「はい。それにわたくしたちが結婚いたしましたのも、一年ほど前でございますから、ご存じなくても仕方ありませんわ」

「そうなんですか。でも、フルールでは『結婚指輪』なんてしないでしょう? なのにどうして、ヴィオラ殿はそれをしてるんですか?」

「サーシス様—ええ、と夫が作ってくれたので。とつ国の、この指に指輪をはめる意味を聞いてこられて、それでぜひにって」

「そうなんですね。それは僕が留学していたヒイズル皇国の風習ですよ」

「まあ! そうでございましたか!」

 つか、ヒイズル皇国って知らんけど。……あ、すみません。無知をさらけ出してしまいました。

 知らないけど適当に話を合わせておくよ☆ と愛想笑いで誤魔化していたつもりなんですが、

「フルールから馬車でひと月、そこから船で七日ほどかかるところにある小さな島国なんですけどね、穏やかな気候と国民性の国です。フルールでも、ヒイズル皇国産の農産物などが人気ありますよ。農産物だけでなく色々な加工技術が進んでいる国で、それを学びに行ってたんです」

 アウレア様は、聞いてもないのにヒイズル皇国の説明をしてくれました。空気読んでくださいましたねありがとうございます。

「きっとそこで学ばれたことが、フルールで役に立つのでしょうね! 素晴らしいです」

 営業スマイル全開で相槌を打っておきます。

「そこで初めて『結婚指輪』なるものを知ったんです。あちらでは結婚しているという証に、夫婦でお揃いの指輪を左手の薬指にはめるんです」

「まあ! そうでしたの。そこまでは存じませんでしたわ」

「左手薬指に指輪をはめる意味はご存じなんですよね?」

「ええ」

「ロマンチックだから早速僕も取り入れようと思ってたんですけど……いやぁ、公爵殿に先を越されてしまっていたなんて! ちなみにそれはヴィオラ殿がおねだりしたのですか?」

「違いますぅ!! サーシス様がしたんです!」

「へぇぇ! しかしあの公爵殿がねぇ……。へぇぇ」

 まじまじと指輪、そして私を見ながら言うアウレア様。ロマンチストなのは私じゃなくて旦那様ですからね!




 一曲終わったところで、


「ヴィー。お待たせ」


 キラキラ眩しい微笑みとともに旦那様が戻ってきました。やっぱりこっちの方が数段上の美形だわ。やっぱり笑顔が眩しいよ、相変わらずまともに食らったらクラクラするもん!

「サーシス様! もうお話しは終わりましたの?」

 私はアウレア様の手をパッと離し、旦那様の差し出す手を取りました。

「うん、終わったよ。僕もヴィーと踊りたいな」

「はい!」

 宣伝しなくちゃいけませんもんね! あ、そういえばさっきは指輪の話に夢中になってて、すっかり宣伝忘れてたわ。指輪作るつもりの人が目の前にいたというのに、私ってばなんてチャンスロス!!

 いつでもどこでも宣伝することを忘れないようにしなくちゃと、私が一人反省会をしているその横では、

「フィサリス公爵様、お久しぶりでございます」

 アウレア様が旦那様に挨拶をしていました。

 旦那様の眉がキュッと上がりましたが、すぐに合点がいったのか元の微笑みに戻って、

「ああ……誰かと思えば、アルストロメリア伯爵家のアウレア殿ですか。留学から帰ってきていたのですね」

「ええ、先日。しかし驚きました。私のいない間にご結婚なさっていたんですね。おめでとうございます」

「ありがとう」

 アウレア様がしれっと旦那様の指輪を見ています。旦那様もそれに気づいてニヤッと笑ってるし。

 しかし、美形な二人がにこやかにお話ししている姿って眼福ですねぇ。


 遠巻きに見ているお嬢様方、私なんかが独り占めしちゃって申し訳ないです。でもこれを間近で見る僥倖、ありがたや〜。

今日もありがとうございました(*^ー^*)

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