この佳き日
「長い長い、なっが〜いおつきあい期間にようやく終止符が打たれる時が来たんですよ!」
「……はい」
ここは寝室、今私は旦那様にお話中です。
私はにこやかにお話をしてるんですが、旦那様の顔は引きつっています。おかしいですね。そしていつの間にか正座してらっしゃいますし。
まあそんなもん気にせずお話の続きをしますけどね!
「こんなにも長い長い長〜い遠距離恋愛をしなくても、もっと早くに結婚するチャンスもあったと思うんですよ」
「はい」
「できなかったのはロータスの仕事が忙しすぎたからです。わかりますよね?」
「はい。ヴィオラさんの言いたいことはよ〜くわかります」
私がニコッと笑いかければ、神妙な顔で深く頷く旦那様。おーけー、ここまでは理解していただけたようです。
「わかってくださってよかったです。さて。ロータスはこれまで、サーシス様の不在を補ってあまりまるほど働いてきましたよね?」
「うっ……皆まで言われるとキツイ。しかもヴィーがものすごくいい笑顔なのがさらにキツイ」
「なんですか?」
「なんでもないです!」
旦那様ったらボソッとひとこと言いましたよね? 私がキッと睨めば、すかさず首をすくめてます。
ふむ。反省が足りないようですね?
「誰かさんがいろんなものを放り出して誰かさんと別棟でよろしくやっている時に、ロータスは遠距離……! 会いたくても会えない、そんな切なさを心に秘め、誰かさんの穴を埋めるべく働きに働き……」
「わぁ〜!! ごめんなさいごめんなさい!! 僕が全面的に悪かったですわかってます反省しています!!」
私がロータスたちの切なさを代弁すると、旦那様が慌てふためいてひれ伏しています。ふふ、ちょっと面白いね、これ。
でもまあ、旦那様をいじるのはこれくらいにしておいてあげましょう。焦りすぎてぐったりしていますしね☆
「それがようやく結ばれる時が来たんですよ。しかもみんなの前でかっこよくプロポーズまできめちゃってくれましたし。あれはみんなでキュンキュンしてしまいましたねぇ」
「……ロータスめ」
昼間の別棟での出来事を思い出してニンマリしていると、旦那様が面白くなさそうな顔をしました。いやいや、そんなところでロータスに嫉妬しても勝ち目ないですから。
「ロータスがかっこ良かったのは事実ですから、素直に受け入れましょうね」
「うう……」
「そこでですね、せっかくだし結婚式を挙げることにしたんです。近しい人たちだけの、ささやかなものがいいと二人が言うので、うちの庭園ですることになりました」
「それはいいですね」
旦那様も賛成のようで、パッと顔を明るくしました。
「私としてはいろいろ準備をしたいと思うんですよ。アマリリスやロータスの結婚式用の衣装を作りたいし、ロータスのお部屋も二人用に改装しなくちゃですし……」
先立つものがたくさんいるんです。
でもそこは明言せず、
チラッ。
思わせぶりに旦那様を上目遣いに見れば、
「いくらかかっても構いませんよ。それくらい全額僕が負担しましょう! お安い御用です!」
ちゃんと目配せの意図を理解してくれたようで、旦那様、快諾です。
お義父様もお金はふんだんに使っていいって言ってくれましたが、ここはやっぱり旦那様が持つべきでしょう?
「ありがとうございます!」
にっこり。さっきまでとは違った、心からの笑顔を奮発しますよ!
次の日、早速マダム・フルールがうちに来てくれました。さすがステラリア、昨日のうちにマダムのところへ連絡をしてくれていました。仕事が早い!
恐縮しまくるアマリリスをなんとかなだめすかして採寸し、さあデザインを決めましょうという段になって、
「さ、お次はヴィオラ様でございますよ」
と、マダムのお弟子さんに採寸され始めた私。いやいや、今日は私のじゃないし。要らないし。
「はい? 今日は私じゃないですよ? ちょっと意味わかんないです」
また後日〜とかなんとか、丁重にお断りしようとしたら、
「サングイネア侯爵家からパーティーのお誘いがきているので、そちら用にでございます。ご令嬢直々のお誘いでございますよ」
「えっ!?」
しれっとダリアが説明してくれましたけど、なにそれ私聞いてないよ!? 初耳よ? つか、そもそも行くとか言ってないし!! ……まあ、アイリス様のご招待ならば行かなくちゃならないかなぁ。
しぶしぶ採寸されておきます。
私が採寸されている横では、マダムとステラリア、そしてミモザが例によって例のごとくデザイン会議をしています。アマリリスのウェディングドレスと私のパーティー用ドレス。まあ、この人たちに任せておけば安心ですよね〜。
本館と庭園の間のテラスを式場にしようと決め、使用人さんたちと一緒に私もいろいろ準備に奔走していると、あっという間に式の日がきました。
参列客は、ロータスとアマリリスのご両親、義父母夫妻と公爵家使用人さん全員と、私と旦那様です。今日、旦那様はたまたまお休みだったので参列できました。
「ちなみに、今日、僕が休みじゃなかったらどうなってたの?」
「え? そのまま決行ですよ?」
「ですよね……」
苦笑いしている旦那様ですが、だって今日しかみんなの予定がバッチリ合う日がなかったんですもん。あ、旦那様抜きですけど☆
アマリリスの支度はダリアとステラリアがお手伝いしています。私が手伝いにいっても足手まといになるだけなので、会場で旦那様と並んでお客さんしています。
式場となるテラスには祭壇のようなものが置いてあり、そこでお義父様が立っています。お義父様が今日の立会人です。さすがに神官様のコスプレはしてませんが、完全に神官様になりきっていますよ。
「お義父様、ノリノリですね」
「父上、ああいうの好きですからねぇ」
「ところでロータスたちはまだでしょうか?」
「もうすぐじゃないでしょうか……あ、ほら」
旦那様とコソコソ話をしていたら、旦那様の視線の先、サロンのガラス戸のところに人影がさしました。
ゆっくりとステラリアの手で開けられた扉から、白いタキシードをビシッと決めたロータスと、はにかみながらウェディングドレスに身を包んだアマリリスが出てきました。
ドレスで動きにくいアマリリスの歩調に合わせ、ロータスがエスコートしています。
一歩進むたびにシフォンがふわふわと舞うようなドレスは、優しいアマリリスのイメージぴったりですよ。このデザインを選んだマダムやステラリアたちに乾杯!
「おめでと〜!」
「とってもきれいよ!」
「お幸せに!」
ずらっと並んだ使用人さんたちが口々に声をかけながらフラワーシャワーしているのですが、色とりどりの花びらが陽に輝いてきれいのなんの! フラワーシャワーの下をくすぐったそうに笑いながら歩くロータスたちを見守る二人のご両親や、うちの義父母たちもとびきりの笑顔で。みんなに祝福されているって感じですよね! うう、私もフラワーシャワーやりたいよぅ……けど今日は『奥様ヴィオラ様』なので拍手で我慢です。
「うわぁ、素敵ですね!」
「本当に」
時折見つめあっては微笑み合う二人。ロータスがあんなに甘く微笑むのなんて見たいことないよ! しかも、ロータスの髪についた花びらをアマリリスが取ってあげたりしちゃって、ああもう、ラブラブなんだから!
拍手で迎えながらつい嬉しくてニヤニヤしちゃいます。
「ロータス。汝はアマリリスを妻とし、生涯愛すると誓いますか?」
「誓います」
「アマリリス。汝はロータスを夫とし、生涯愛すると誓いますか?」
「誓います」
祭壇のお義父様の元にたどり着き、お義父様の問いかけに迷いなくはっきりと宣誓する二人。
ロータスが、宣誓する前にアマリリスと目を合わせて少し微笑んだのが印象的でした。
そしてお互いの手の甲に誓いの口付け。
あ〜これ私と旦那様もやったやつだわ。王宮の神殿で。
あの時は嘘っぱちだったから心の中でツッコミまくってたけど。……おっと、ピエドラでのことを忘れてました。でも今は言及すまい。
本物の、心からの誓いって感動しますね!
私が自分たちの結婚式(いやあれは調印式に近かったよね)を思い出している間にも、ロータスたちは手を取り合ったまま、また微笑み合っています。幸せオーラがバンバン出ていますよ!
結婚証明書にサインをしている二人を見ながら、私はボロ泣きしています。だって感動したんだもん!!
「やっぱり本物の誓いって、心にグッときますねぇ〜!」
「そうだね」
「みんなに祝福されて、幸せですねぇ」
「……そうだね」
今不自然な間がありましたよね? どうしたのかなと思って旦那様を見上げると、私をじっと見ているではありませんか。
「サーシス様?」
泣きすぎてひどい顔になってるとか?
私が名前を呼ぶとハッと我に返ったような顔をした旦那様。
「あ、いや。ほら、せっかくの幸せな日なんだから、涙で濡らしちゃいけないよ」
そう言って差し出してくれたハンカチで私が涙を拭いていると、よしよしとなだめてくれます。
「この幸せが続くといいですねぇ……ぐすん」
「大丈夫だよ、きっと。今までだって、遠く離れていても大丈夫だったんだから」
「そうですよね……そうですよね! ……ふえぇぇぇん!」
絶対幸せになるよね! 私、しっかりと見守らせていただきます!!
……って考えたら、大泣きしちゃった私。旦那様が慌てて抱きしめてきました。ああ、服が汚れてしまいますよ! でも止められないけど。
旦那様の胸を借りてエグエグ泣いていると、
「そんなに号泣してどうしたの?」
背やら頭やらを優しく撫でて落ち着かせようとしてくれます。
「これまでいっぱい苦労してきたロータスたちが、これからは幸せになるんだなぁって思ったら、なんだか涙腺が決壊しちゃいました〜!」
「……そっか」
耳に直接響く旦那様の鼓動が『ドキン!』と大きく響いたのは気のせいですよね?
今日もありがとうございました(*^ー^*)