遠距離の行方
天使のように可愛らしかった王太子様のお誕生日パーティーから一夜明けて。今日は義父母たちもいないので、お仕着せにお下げ姿で朝から張り切ってお仕事しています。怪我のせいで、この姿になるのも久しぶりですねぇ。
「もうね、もうね、めっちゃくちゃかわいかったのよ〜!」
そしてひと仕事終えたところで休憩時間となり、私は使用人さん用ダイニングで昨日の王太子様のかわいらしさについて力説しているところです。
「ディアンツ様でしたっけ?」
「もう六歳ですか〜。早いですねぇ」
「王妃様に似ておいでなんですか? それはきっとおかわいらしいのでしょうね!」
侍女さんたちもお茶を飲みつつ話を聞いてくれます。
「キラッキラの金髪には天使のように輪っかができていてね、もうあれは本物の天使ですよ!」
私が身振り手振り、そして表情まで駆使して全力で王子様の天使っぷりを伝えているのに、
「……見た目は天使なんですけどね」
横からステラリアが小声でツッコミを入れてきました。おや、なにこれ同じことを聞いた気がするよ?
「あら、それ旦那様もそんなこと言ってましたよ、どういうことなの?」
渋い顔をしているステラリアに尋ねると、
「見た目は天使のようにおかわいらしいんですけどね、いたずらが大好きなやんちゃさんなんですよ、ああみえて」
ふぅ〜、とため息をついています。
「え、そうなの? でも男の子だから、大人しいよりもちょっとくらいやんちゃなほうが良くない?」
「付き合うというか、いたずらされるこっちの身にもなってくださいませ」
「あ〜……」
「ある時はお勉強ボイコットでどこかに隠れたまま出てこなかったり、ある時は陛下の執務室にこっそり入り込んで大事な国印をそこらじゅうに押しまくったり、ブーブークッション仕掛けたり、あとは……」
などなど、ステラリアの口からは毎日のように繰り広げられるやんちゃの数々が語られます。まさに枚挙にいとまがない!
う〜ん、でもあのリアル天使がやんちゃさんねぇ……。いやいや、ちょっとくらいやんちゃでも、あの微笑みで「ごめんね」とか言われたら絶対許しちゃう☆
あのかわいさはもう犯罪だわ〜と、私が天使の微笑みを思い出してニマニマしていると、
「男の子は仕方ないでしょ〜。リアだって、ティンでよく知ってるくせに」
「そりゃ、まあ……」
カルタムがおかしそうに笑いながらステラリアをたしなめています。ティンというのはティンクトリウスさんの愛称。カルタムとダリアの息子さんで、ステラリアにとっては弟です。今はどこかで修行中だとかで、私はまだ会ったことないんですけどね。そっか、ステラリアの弟君はやんちゃさんだったのか。
そんな話をしながら適当に休憩しているところに、
「ご注文のぉ、お野菜お持ちしましたぁ〜」
という女の人の声が、厨房の勝手口から聞こえてきました。
「あれ? お野菜持ってくるのって、いつもおじさんじゃなかった?」
聞き覚えのない声に私が勝手口を見ると、そこには見たことのない女の子—私と同じくらいか少し上くらい、かな? −−が、ニコニコしながら立っていました。
すると、それまでいつもどおり甘い笑顔を浮かべていたカルタムが急に顔を引き締め、
「今行きます」
なんて、すっくと立ち上がり勝手口の方に急いで行きました。あれ、なんかカルタムらしくないよね?
カルタムの変化に私がちょっと戸惑っていると、
「はいはい、奥様、休憩終わりですよ〜」
「次は窓拭きですよ。たくさんあるから頑張りましょうね!」
侍女さんたちはそう言うと、テキパキとカップやお皿を片付け出しました。
旦那様の愛人騒動—業者の人がうちに来て噂話をしていったアレですよ。アンゼリカお姉様が愛人役だった〜ってやつ—以来、あまり私と業者さんを鉢合わせしないように気を使われています。ありがたいような寂しいような。
侍女さんたちに背中を押されるようにして使用人さん用ダイニングから出ました。あんな若い女の子の業者さん、いつの間にいたんだろう? それとも業者さんが変わったのかなぁ?
しかしそこのところはロータスたちに任せているので、私はそれ以上気にすることもなく、次のお仕事に向かいました。よっしゃ、窓拭き頑張るぞ〜!
「きゅっきゅっきゅ〜。磨けばきれいに輝く〜。磨きがいのある大きな窓〜」
自作の楽しい(怪しい?)歌を歌いながら、窓拭きをします。リズムに乗っていい感じ〜……って、おや?
私と侍女さん数名でエントランスのすぐ横のお部屋の掃除をしていたのですが、誰かが門からこちらに向かって歩いて来るのが見えました。
それは、今日お休みしているロータスの姿で、しかも隣には女の人を連れて……!
「……ロータス! しかも一緒にいるのはお義母様付き侍女さんのアマリリスよね?」
私は今磨いたばかりの窓ガラスにベタ〜っと張り付き、食い入るように二人の姿を見ました。がっつり見ました。大丈夫、まごうことなくロータスです。そんな私の元に、他の侍女さんたちも集まってきました。
「ああ、アマリリスですわ」
「デートですね」
でも侍女さんたちは特に騒ぐでもなくフツーに感想を言うだけ。
「これはまさしくデートですなぁ! やだぁ、仲むつまじそうじゃないのぉ」
ウハウハと喜んでいるのは、どうやら私だけのようです。むむ、おかしい。
「「奥様、顔がニヤついておりますよ」」
「あら、おほほほほ☆」
野次馬根性丸出しで覗いていたら、侍女さんたちに呆れられてしまいました。
でもスクープです! あのロータスに熱愛発覚!?
こ れ は 、 ぜ ひ 、 き ち ん と お話を聞かねば!
次の日、早速ロータスを捕まえた私は、
「み〜ちゃったわよぉ! ねえねえ、アマリリスとはいつからお付き合いしてるの?」
単刀直入に聞きました。
「えっ……」
目を泳がせうろたえるロータスが超珍しい!
「昨日、仲良く外出から帰ってきたところを見ちゃったのだよヴィーちゃんは」
「ああ、そうでございましたか」
「で? で?」
「で? と申されましても……」
私がグイグイ押すので苦笑するロータス。でも口を割ろうとはしません。
照れているのか!? 愛い奴じゃのぉ〜。
「ほらほら、馴れ初めとかぁ、いろいろあるでしょ」
「馴れ初め、でございますか? ……ああ、奥様! 先ほどカルタムが探しておりましたよ。今日の献立は何にしましょうかと。あぶなく忘れるところでございました」
「う〜ん、そうね。今日の晩餐は……って、ちっが〜う! それは後でいいから!」
あぶない。危うく話を逸らされるところでしたよ! 思わずノリツッコミしてしまいまいたが。ロータスめ!
「ではランチは……」
「ランチも違くて! ……んもう! こうなったらアマリリスに直撃だわ」
「はい?」
「ロータスは自分の仕事してていいわよ〜! 私ちょっと、別棟行ってくるから!」
「えっ!? 奥様!?」
ロータスは何も話す気がなさそうなので、アマリリスに直接聞いてみましょう!
ちょっと焦るロータスをその場に残し、私はステラリアと一緒に、別棟に急いだのでした。
お義母様にアマリリスをお借りして、わたし庭園へと連れてきました。
義父母の前でこういうお話ししていいもんかどうか悩んだんですよ。で、ちょっと拝借。
いきなり連れ出されたアマリリスが不安そうにしていますが、大丈夫、ヴィーちゃんは優しいから。怖くないですよぉ。
「うふふふふ。あのね、昨日ね、見ちゃったの」
「え?」
私がニヤニヤしているからか、アマリリスがビクッと肩を揺らしました。
「ロータスとねぇ、ラブラブしながら帰ってくるところ!」
「あ……ま、まあ、そうでございましたか」
私が端的に昨日のことを言うと、アマリリスがポッと顔を赤くしはにかみました。……なんだろう、無性にギュッとしたい。
とっても美人さん、というわけではないのですがほんわかとした柔らかい雰囲気の持ち主です。いわゆる癒し系ってやつですかね。普段忙しいロータスですから、こういうポヤポヤっとしたかわいい感じの人に惹かれるんでしょうね。うん、納得。
「ね、ね、アマリリスはロータスとお付き合いしてるの?」
「ええ、はい」
「いつから? いつから?」
「ええと……もう六、七年は経ちますね」
「そんなに長いの!? その間ほとんど離れ離れでしょ? 切ないなぁ」
「それは、まあ、慣れましたから」
おおらかに微笑むアマリリスは大人だなぁって思います。
離れていたらさみしいのもありますが、浮気したらどうしようとか、色々ぐるぐる考え……って、まあ、あのロータスが浮気するようには見えないね。離れていても信じ合える……素敵です!! ん? 私? もちろん旦那様を信じてますよ?
「そっか! じゃあそれは今は置いておいて。きっかけは? 馴れ初めは? そこんところ、くーわーしーくー!」
ずいっとアマリリスに近寄れば、
「奥様……アマリリスが引いてますよ」
ステラリアにつっこまれました。あらやだ私ったらオホホホホ☆
「でもでも! 恋バナ、しかもあのロータスの恋バナよ! ステラリアだって聞きたいでしょ?」
「ええ、とっても!」
真顔で頷くステラリア。
「ほらね! で? で?」
ステラリアの同意も得て、ドヤ顔になる私。
「ええ〜……馴れ初めというか、……」
困惑しながら、それでも質問に答える形でアマリリスは馴れ初めを語ってくれました。
「……できない私を厳しく、でも温かく見守ってくれる優しさに惹かれたのですわ」
真っ赤になりながら『惚れポイント』を語ってくれたアマリリスは、とってもかわいいです。またギュッとしたくなっちゃいました。
『できない私を厳しく温かく』か。あれ? 私の場合『できない私を厳しく厳しく厳しく』見守られてるよ?(ダンス・体術などなど) ……これは愛の差なのか!? そうなのか!? ロータス、私にも愛を分けてください。せめて『厳しく厳しくちょっと優しく』くらいにしてください。
とまあ、冗談はこれくらいにして。
「でも、そんなに長いことお付き合いしてたのに、どうして結婚してないの? そしたらこんなに長い間離れ離れになることもなかったでしょうに」
ふと湧いた疑問を口にすれば、
「ちょっと時期が悪かったのでございますわ。お付き合いが落ち着いてきた頃が、ちょうど先代様たちが御領地に隠居されるタイミングと重なってしまって。そのままロータスは忙しくなってしまいましたし……」
アマリリスが言い辛そうにしています。
それって、お義父様がうちの旦那様に家督を譲った時ですよね? アマリリスは上手く言葉を濁しましたが、ロータスが忙しくなってしまったというのは、旦那様が絶好調に使えない人だった時のことですよね!?
わぁ……。旦那様の被害者はこんなところにもいたのね……。
「あ〜……。すんごい胸が痛む……。ごめんなさい。ものすごくごめんなさい。とりあえずサーシス様の代わりに謝っておきます。サーシス様には私からあとでよーーーくお話ししておきます!」
旦那様が帰ってきたら、ヴィーちゃんお怒りの説教タイム決定です。
私がプンスカしていると、
「あ、いえ、若旦那様がどうこうというわけではありませんので」
どうか仲良く、とか言いながら慌てるアマリリスは、ほんといい人だなぁ。
「ちなみに、お義父様たちはアマリリスたちのことを知らないの?」
「ええ、ご存知ありませんわ」
「まあ知ってたらこんなに長い間放っておかないわよね」
あの優しい義両親が、こんな話を聞いてそのままにしておくわけがありませんからね。
「使用人さんたちは知ってるのよね?」
「ええ、知ってますわ」
ステラリアに聞けば、首を縦に振られました。そっかぁ。知らないのは主人たちだけなのか。
「じゃあ、今は一緒に居られるから幸せですね!」
「え? ええ、まあ」
そう言ってはにかみ微笑むアマリリスからは、幸せな気持ちが溢れてきているようです。その幸せオーラを浴びて、私もほっこり温かい気持ちになります。ほんと、アマリリスって、癒されるなぁ。
たくさんお話が聞けたので満足した私は、お義母様にお礼を言いがてらアマリリスを別棟まで送って行くことにしました。
案内されて中に入ると、なにやら侍女さんたちがバタバタと慌ただしく動き回っています。
手に手に服や帽子やお飾りやらを持って。
「あら、ちょうどよかったわ。今荷造りを始めたところだったの〜」
それはお義母様とお付きの侍女さんたちが、服やらお飾りやらを引っ張り出してきてカバンに詰め込んでいるところでした。
「え? どこかに行かれるんですか?」
荷造りが必要な外出をされるなんて、私、ひとっことも聞いてませんよ?
キビキビ動き回る侍女さんたちにキョトンとなっていると、
「そろそろ領地に帰ろうかって。こっちは色々落ち着いてきたのに、領地ではちょっと問題が出てきているようだしね」
お義父様が横からひょいっと入ってきました。
え!? ちょっと待って。
お義父様たち、領地に帰っちゃうんですか!?
今日もありがとうございました(*^ー^*)