ピンチは続く
モゾモゾ。ゴソゴソ。
闇にうごめくでっかいイモムシ……ではなく。
え~と、私はただ今絶賛縄抜け実践中でございます。
というのも、なんと私、後ろ手に縄で縛られてるんですよ。
手を縛られ足を縛られおまけに猿轡までされて、どこか柔らかいところに転がされているんです。うん、この柔らかさは床じゃないな。
ああ、まさか縄抜けまで実践するとは思わなかったなぁ……。
さっきは一本背負いがきれいに決まりましたね。会心の一本でしたが、お屋敷で練習していた時は、まさか実際にやる日が来るとは思ってもみませんでしたよ。
なんてことをしみじみ思いながらも縄をほどく手は休めません。
しかし甘いな、これ結んだ人。お屋敷での練習は容赦なくきつくグルグル巻きにされてましたから、結構、いやかなり痛かったよ! 下手すると肩はずれるかと思ったもん。
しかも結び目も甘いわ。教えてもらった通りにちょっとずつモゾモゾやっていたらどんどん緩んでいくんだから。よし、後もうちょい!
私は結び目と格闘しながら、今自分が置かれている状況を考えます。
妹君が懐から取り出した瓶に入っていた、なんか甘ったるい匂いをかがされて意識がもうろうとしたところまでは覚えていますが、気がついたらどこかの部屋の中で、こうして縄で縛られて転がされていました。
くそ~あの妹め! なによあの匂いは! まだ鼻の奥が甘ったるいわ!!
と、毒は心の中だけで☆
目を開けても部屋には明かりがないので薄暗くて、ここがどこか全然ワカリマセン。私以外の人の気配もありません。これはどこか空いてる部屋にでも押し込まれたのかしら? それとももう王宮の外に運ばれてしまったのかしら?
ドアの向こうに誰かいるとかまではわかりませんが、とにかく部屋には私だけのようです。よかった。目覚めて真っ先にあの王太子の顔とか見たら、無条件で張り倒してるかも……じゃなくて、目覚めが悪かったですよね。
とりあえず自分が縛られていることだけはわかったので、縄を解くことから始めたのです。
私が転がされているところ、柔らかいなぁと思っていたら、暗さに慣れた目で見ると、どうやらベッドの上でした。って、どこのベッドよ。とりあえずこれは馴染んだお屋敷のベッドではありません! ふわふわ加減が微妙に違います。
ということは、私が今いるところは、公爵家ではないどこかなのでしょう。私が意識を失っている間に救出されてるとかいう都合のいいことは起こってなかったようです。
しかしどれくらい意識をなくしてたのかしら。旦那様やお義父様たち心配してるんじゃないかなぁ。
さっさと抜けだして帰らなきゃ。
私は縄目を解くのを急ぎます。
つか、そもそも私が大広間を抜け出したのがすべての原因よね。
ちょっと勇気はいるけど、国王様の後ろには近衛団長様だっていらっしゃったし、国王様の横にはお義父様だっていたじゃない。ちょっと勇気を出して国王様に近付かないといけないけど。……ちょっとじゃないな。かなり、いや、決死の覚悟くらい要りますけどね、私の場合。
それでもちょっと頑張ってお義父様に報告すれば済むことだったのに。
あ~もうあの時の私のバカ。全然冷静なんかじゃなかった!
でもそんなこと今ごろ反省しても後の祭り。とにかくこの状況を打破することが先決ですよ!
さっきも言いましたが結び目は甘く、そんなに時間もかからず解けました。縛られていたところが赤くなっていますが、痣までにはなっていないようです。でもしばらく消えないだろうなぁ。しかし、まさかあのお屋敷での練習が実際役に立つ日がくるなんて……。王都、怖いところ!!
王都の認識を下方修正しながら、次は足の縄にとりかかりました。
足を縛っていた縄は手よりも簡単に解けました。猿轡も外し、体の自由を取り戻した私は、まず手始めに窓を探しました。窓からの景色でここがどこかわかるかもしれませんからね!
そう思い、目を凝らして部屋の中を見ていると、かすかに光が漏れているところが見つかりました。
今日は生憎の闇夜ですから、本来ならば真っ暗闇のはずです。
しかしかすかでも光が入ってきているということは、近くに明かりがある場所ということ。
まだ王宮の中かもしれないし、街の明かりかもしれない。とにかくここはまず確認です!
私はその光を頼りに窓に駆け寄りカーテンを静かに開けました。
そこは広々とした黒い庭でした。
闇夜だから何も見えないはずなのですが、ところどころに置かれた篝火のおかげで庭だとわかったのです。しかもあの篝火の形、さっき庭園で見たものと同じ!!
ということは、ここはまだ王宮、しかも庭園に面したお部屋!
高さを見て思うに、ここは二階のどこかのようです。
篝火に照らされて見える庭園の景色が、大広間から見たものと同じように思えるのは私の気のせい? あ、でも、同じ建物の一階、少し離れたところに煌々と明かりが漏れている場所がありますので、そこが恐らく大広間じゃないですか?!
王宮内、結構走り回ったと思ったんですけど、そんなに遠くに行ってなかったんですね。よかった!
しかも、大広間らしきところでは人影みたいなものがちらちら見えていますよ、まだ夜会は終わってない? じゃあ、意識を失ってからあまり時間が経ってないということ?
まあいいわ、あそこに戻りましょう!
ざっくりと大広間の位置を頭に入れてから、私は静かに入り口の扉に向かいました。
そっと扉に耳を付け外の様子を窺いますが、外からも音は聞こえません。
ラッキー! 今なら抜け出せる!
逸る気持ちを抑えつつそっと扉を押したのですが。
……やっぱりね。鍵、かかってるよね。
扉はびくともしませんでした。そりゃそーか。都合の悪いものを押し込んでるんだから鍵かけるよね、普通。
「仕方ないなぁ」
ぽそっと一人ごちてから、私は髪を結わえるのに使っているピンを一本抜き出しました。そしておもむろに鍵穴に差し込みます。
フフフ、最近この錠開け、暇つぶしにやりまくってましたから得意なんですよね~。遊びがてらにいっぱい練習しててよかった! でもここの鍵、ちょっと難しいですよさすがは王宮! とかわけのわからんことで感心しちゃいました。
とかなんとか言ってるうちに『カチャッ』と手応えがありました。ほらね、あっという間に開錠です。ワタシ天才!
……なんて馬鹿なことを言ってる場合ではありません。
そっと扉を開けて外の様子を窺おうと、顔を出したその時。
「もうお目覚めですか」
部屋の中とは違ってところどころに置かれた照明のおかげで仄明るい廊下。そこに立っていたのは、今一番見たくない顔。
王太子様じゃないですかやだぁ。
「侮れない方ですね。縄目も解き、部屋の鍵も開けてしまうとは」
「まるで泥棒みた~い!」
いや~な感じの笑みを浮かべて立ちはだかる王太子と、その後ろからひょっこり姿を現した妹君。つーか、どっちも会いたくなかったよ。
見つかってしまったものは仕方ないですね。
私は扉を閉めて廊下に出ると、
「まあ! 私を縛って転がしたのは王太子様と妹君様でしたの?! てっきり曲者が侵入して私を拉致したのかと思ってましたわぁ!! そりゃあ、妹君様から変な臭いを嗅がされて意識を失いましたから、そうかな~とは思いましたけど? まさか王太子様と妹君様がグルになってこんなことなさるなんて!」
思いっきり驚いたフリをしながら言ってやりました。私ってば演技派です☆
いや、最初からあんたたちが悪者ってわかってましたけどね。ここは言わせてもらいますよ!
「「……!」」
私の白々しいセリフにグッと顔を険しくした王太子兄妹。
そこに私は追い打ちをかけるように、
「残念なことに、私を捕まえても何の役にも立たないと思いますけど? 私ごときがいなくなっても、旦那様は痛くも痒くもありませんよ? 拉致したって脅す材料にすらならないです。なにしろ私の代わりなど、いくらでもいますもの。私なんて『ただの政略結婚で結ばれた妻』ですもの。ですから、私を餌に旦那様をおびき寄せようったって、無理だと思いますわ」
私がいかに価値がないかをお話させていただきました。……完全に嘘っぱちですけど。
ごめんなさい、旦那様! 旦那様が聞いてたらめっちゃくちゃ怒られそうですね。いやむしろ泣いちゃうかも?
でもこれくらいのハッタリ、許してくださいますよね!
私は心の中で旦那様に謝りつつ、ハッタリをかましましたが、
「公爵がどうこうなんてどうでもいい。私はヴィオラ殿さえ手に入れば万々歳ですから」
そう言ってにこ~っと笑う王太子。は? イマコノヒトナンツッタ?!
「あら、お兄様! 公爵はどうでもいいなんて失礼な。奥様。私がいなくなった奥様の後釜に入ってお慰めいたしますから、どうかご安心を」
兄の言葉に不満を言ってから私の方を向き、にこ~っと笑う妹君。コイツモナニイッテンノ?!
……え、そんなことで?!
そんな、自分の思惑だけのためにこんなことしたんですかアナタたちは?!
私が気に入ったから、拉致って自国に連れて帰るってか(人妻だから)。
妻がいなくなったから、その後釜狙おうってか(妻帯者だから)。
そもそも敗戦国のアナタたちが、その戦勝国の、しかも王宮内でこんなことやって許されるとでも思ってんですか?! 頭悪いにもほどがあるっ!!
でもあれ?
こいつら旦那様を拉致しようって言ってたんじゃなかったっけ?? 確か旦那様のピンチだと思ったんだけど、実は私のピンチだったの?!
つーかこれ、旦那様が知ったらどエライことですよ。オーランティア、ぶっ潰されますよ!!
今日もありがとうございました(*^-^*)