前言撤回?!
旦那様から外出禁止令が出、お屋敷で大人しくしとけって言われたんですけど、やっぱりどう過ごしていいのかわからない私です。
「お花の世話をしに、庭園へ行こうかしら」
天気もいいし、これなら義父母公認ですから、大手を振ってできることです。
庭園に出れば花も手入れできるし、雑草抜きなんかもできるし時間が潰せます!
善は急げと庭園に繰り出そうとすると、
「お待ちください、奥様」
ロータスに止められてしまいました。
「え? なに? どうかした?」
庭いじりすることはもはや諦め……もとい、公認ですから、何も都合悪くないと思うんですけど?
どうして引き留められたのかわからずロータスを振り返ると、
「花の手入れよりも、今日は体術のお稽古をいたしましょう」
にっこり。
いい笑顔のロータスが、私の背後に立っていました。
わわ、圧迫されてる! 威圧されてるっ!
そして若干(若干か!?)の黒さが滲み出る感じのいい笑顔。こういう時のロータスって、抗えないんですよね……。
でも頑張ってみます!
「きょ、今日は雨じゃナイデスヨ? いいお天気だなぁお庭が私を呼んでいる~!」
「別に雨の日でないと稽古してはいけないという決まりもございませんよ」
またまたにっこり。
私の抵抗も、ロータスの前に無力です。
「……はい」
しぶしぶ頷く(項垂れる?)私です。
それをまたにっこり微笑んで大きく頷いたロータス。あ、黒さが軽減されました。
「ではベリスを呼びますから、奥様は支度してきてください。ステラリア、正装で支度してください。盛り気味でもいいです」
「わかりました! どれくらい盛りましょう?」
「ドレスは重厚で、刺繍や宝石なんかがめいっぱいちりばめられてるとなおいいですね」
「わかりました。靴は?」
「高めのヒールで」
「了解です」
「えっ?! 支度って何?! 盛り気味の正装って何?! どうするの何するのこーわーいー!」
お稽古は決定事項の様らしく、私はステラリアに引きずられて私室に戻ります。
しかも何気に『正装』って言われました。正装して体術のお稽古は何度かさせられ……げふげふ、したのですが、これがハンパなくキツイんです!
ヒールは高くて安定しないし、ドレスは重くて動きにくいし。
いつも夜会などで着ているドレスは、私好みの軽くて苦しくないものですが、伝統的かつ格式ばった『正装』は、ドレスの生地自体も重く、その上ごてごてと刺繍がされていたり宝石が縫い付けられていたりですごい重量級なんです。戴冠式とかそういう王室の重要な儀式の時にしか着ません。なのに『正装』。……スミマセン、私、戴冠式とかそういう重要行事未経験(生まれる前に戴冠式終わってます)ですので、公爵家にきて、しかもお稽古でしか着たことないんです。
そして、それだけでもワタシ的には拷問なのです。
しかもお稽古終わりには廊下ダッシュも待ってますからね。コの字型のお屋敷の廊下を端から端まで走るんですよ! 直角コーナーをいかに上手く曲がるかがポイント☆ じゃなーい! キツイの! しんどいの!
ねえ、名門公爵家の奥様って、こんなに体力勝負なものなんですかっ?!
正装&ハイヒール着用でこれまで習った体術などをおさらいして、最後はやっぱり廊下ダッシュ。いやマジで途中リタイアしかけました!
そんなこんなで夕方には汗だくのへとへとになっていた私。
「使用人さんのお仕事の方がよっぽど向いてるわ。だめだ、楽しくないし何よりキツイ!!」
旦那様が帰ってくる前に軽く湯あみをして汗を流し、エステ隊による癒しのマッサージを受けます。もう抵抗する力も残ってませんのでされるがまま。でも生き返りました、ありがとう!
「慣れればどうってことないですよ」
ステラリアはなんでもないことのように言ってますが、そんなわけないし!
「慣れる気がしませんて!」
「まあまあそうおっしゃらず。これも奥様をお守りするためなのですから」
「……そう言われたらやるしかないよね……」
私にもしものことがあれば迷惑を被るのは公爵家です。公爵家に迷惑をかけるということは、使用人さんたちにも迷惑をかけ心配させてしまうということですから、それは避けたいですよね。
……じゃあ頑張るしかないのか。
湯あみを終え、マッサージをしてもらってちょっと体力回復してきたところで旦那様が帰ってきました。
いつも通りエントランスでお出迎えし、自室に着替えに行く旦那様を見送ってから先にダイニングに向かいます。
ダイニングで旦那様を待っていると、
「旦那様は大旦那様たちと少し話があるそうで、奥様には申し訳ありませんがこちらでお待ちくださいとのことでございます」
ダリアが伝言を持ってきました。
「あら、そうなの? わかったわ」
「そんなに時間はかからないものと思いますが、お待ちの間、お茶でも召し上がりますか?」
「そうね。……じゃあ、疲労回復に効くハーブティーを」
「かしこまりました」
ダリアが返事すると同時に、後ろで侍女さんがお茶の支度に動きました。
晩餐前に集まって話なんて、なんのことなんでしょうねぇ? 旦那様とお義父様、お義母様とロータスの姿も見えませんから、この四人で話をしているんでしょう。
昨日の今日だから、ひょっとしたら王太子様たちの話かしら。そういえば旦那様は今朝、王太子様に抗議するって言って出て行きましたよね。じゃあやっぱりそれ関係?
まあ今日は何事もなく平和でしたから、きっと旦那様がちゃんと話をつけてきてくれたんですよ! 私はいつも通り引きこもっていればいいことだし、お屋敷でのんびりオーランティアご一行様が帰っていくのを待つばかりですね。
少し待っていてくださいと言われたわりには意外と長く待たされ、三杯目のお茶を飲み干した頃に旦那様たちはダイニングに姿を現しました。ご飯前なのにお腹ちゃぽちゃぽですよ……。
旦那様に続いて義父母とロータスも入ってきたので、やっぱりこの四人で密談してたようです。
「すみません。待たせてしまいましたね、ヴィー」
「お茶を飲みながらゆっくりしていましたので大丈夫ですわ。もうお話は終わりましたの?」
「はい」
旦那様と義父母が席に着いたところで、晩餐が運ばれてきました。
「昨日はああ言いましたけど、やはり夜会に参加することにしました」
晩餐を終え、食後のお茶をいただいているところに、旦那様が申し訳なさそうに言いました。
な ん で す と ー ?!
口に含んでいたお茶を吹きだすかと思いましたよ!
アナタ昨日、その口で「夜会には参加しなくていい」って言いましたよね? きっぱりと言いきりましたよね? 男が二言あっていいのですか~?!
旦那様の翻った言に、私は口をパクパクさせています。抗議したいんですけどびっくりしすぎて言葉が出てこないという状態です。
「えっ、えーと、昨日は出なくていいっておっしゃって……」
頑張って声を絞り出したのですが、抗議とは程遠い! くっ、チキンな私め!
「すみません。確かに昨日はそう言いましたが、状況が少し変わりまして」
旦那様は変わらず申し訳なさそうに言いました。
「……状況?」
どういうことでしょう? 今日の話し合いで何があったんでしょうか?
「はい。今日僕はヤツと話し合いをしてきました。そもそも人妻に向かってプロポーズだけでなく国のために離婚しろなどと言い出すとはどういうつもりだ、と。そして僕は離婚もしませんし王女を娶る気なんて さ ら さ ら ないと」
『さらさらない』というところを強調してますねぇ、旦那様。
「はぁ」
「向こうも一夜明けて冷静になったのか、こちらの話を素直に聞いてくれました。ヴィオラにも僕にも謝罪し、もうこの件については諦めた、自分の相手は今度の夜会で見つけると言ってきたんです」
「えっ?!」
ちょ、待って。
今の旦那様の言葉に思いっきり驚いた私です。
一国の王太子が夜会で相手を見つけるとか、そんなのアリ?! どこかのご令嬢の相手探しとはわけが違うんですよ?!
驚愕が思いっきり顔に出ていたようで、
「適当に選ぶのではありませんよ! 候補はもう出していますので、その中から選ぶんです」
旦那様にクスッと笑われてしまいました。ええ、そうですよね。ちょっと考えればわかりますよね……。ああ、焦った――って、そうじゃなくて! だからってなんで私が夜会に参加しなくちゃいけなくなってんですか!
「で、でも、それなら私は不参加でもいいのでは?」
王太子様がお相手を夜会で見つけるのはわかりました。でも私が参加するのと全然関係なくね?
「昨日は僕も冷静さを欠いていたので、欠席すればいいと言ってしまいましたが、やはりよく考えてみれば国王主催、しかも直々に招待されているわけです。それを欠席するのはよくないと思いませんか?」
旦那様は微笑んでるんですが、なぜか嫌だと言わせぬ雰囲気。ぐぐっ、社交はオプションなのに! あ、でも断れないものは参加しないといけない決まりだったわ。
「いや、今回……二回目の夜会のことは知りませんでしたし」
いちおう抵抗してみましたが。
「招待状を見ますか?」
自信満々の旦那様。ええ、見なくてもわかりますよ、中にはばっちり『奥さん同伴してきてね☆』(意訳)って書かれてるんでしょう!
「……証拠があるなら仕方ないです諦めます」
「向こうも謝罪してきたことですし、大丈夫でしょう」
……それはちょっと怪しくね? おおっと、本音が出てしまいました。いや、アノ人たちが空気を読んで謝罪するとか、ちょっと信じられないんですけど。
「……」
アノ人たちの改心をにわかに信じれなくて、私が返答に困っていると、
「何があってもヴィーはちゃんと僕が守りますから」
旦那様がまっすぐに私の目を見て言いました。そう言われてしまえば、ハイと言わざるを得ないですよねぇ。
義父母を見ても笑顔でニッコリと頷かれました。ロータスを見ても小さく頷いています。そうね、行くしかなさそうね。
「……はい」
旦那様がどうして態度を翻したのかイマイチわかりませんが、何かあれば守ってくれると言っていますので、大丈夫でしょう。
何か引っかかるものがありますが、国王主催の行事をボイコットするのは許されませんよね、はい、諦めて参加します。
急遽夜会に参加することにはなりましたが、外出禁止令は依然発動されたままです。
そしてまた正装でお稽古に励んでいます。
今日なんて、接近戦の練習をさせられました。
「身近な道具を武器にしてください」
「はいっ!」
「カトラリーなどが近くになければ指輪も武器です」
「ええっ?! 指輪?!」
「はい」
ロータスが指し示したのは、私の左手薬指に輝く旦那様とお揃いの指輪です。
確かに厚みもあり石もたくさんついているので、これで殴ればかなり痛そうですけど。繊細なセッティングの石で殴ったら取れたり……
「少々のことでは壊れたりいたしいませんよ。それも想定内です」
まじまじと指輪を見ていたら心を読まれました。すごいね、ロータス!
「は、はいっ!」
「グッと拳を握って、急所を狙ってください」
「ふえぇぇ!」
急所をいろいろと教えられ、さあ殴れといわれましてもビビりますよ! しかも練習台はベリスときたもんだ!
「大丈夫です。ちゃんと直前で躱しますから」
と私が殴りやすいようにベリスが顔を近づけてきました。ぎゃ~! 躱されるってわかってても殴れないですよ! つか、躱されるような攻撃でいいのか??
ベリスを前に怯んでいると、
「練習あるのみでございますよ、奥様」
ロータスが催促してきます。
「いや、だって、殴れませんよ~!」
半べそかいてロータスに言ったら、
「や り ま し ょ う ね」
いつもなら「仕方ないですねぇ」とか言って終わってくれるのに、今日は逆に凄まれてしまいましたよ! どうしたロータス?! なんか機嫌悪い? というか鬼気迫るものがある!
「ひゃぁ~! ごめん、ベリス!」
とりあえず急所を狙ってパンチ! もちろん寸でで躱されましたが、
「まだ甘いです」
私の拳を止めながらベリスが言い、
「もっと素早く! 力が入ってませんよ」
ロータスの檄が飛びます。
わぁぁぁん。夜会にも行かなくちゃいけなくなったし、お稽古は厳しいし、なんか辛いんですけど?!
今日もありがとうございました(*^-^*)