夜会の後
今日の夜会は疲れました。
これまでの社交パーティーも結構いろいろありまして疲れましたが、今日の比ではありませんでしたね。
人の話を聞かない空気読まないジコチュウ王太子とその妹の暴走しか覚えてないという今日の夜会。
マジ馬鹿じゃない? 頭いかれてる?
なにあのバカ王太子は! 冷静になると無性に腹が立ってきました。
でも今日はほんとに体力残りゼロ。このむかつきを口にするのもメンドクサイ。
しかしご立腹なのは私だけではありません。
私が静かにムカムカしているのに対して、
「なにあの頭悪いのは! あれでも王太子? よくもまあオーランティアもあんな馬鹿を外交の場に寄越したものね。舐めてんのかしら。妹の方もなにあれ。いろんな外交の場を潜り抜けてきた王妃様をして、あの場で引きつらせるとは! あ~、思い出しても腹が立つ。サーシス、もう一回攻めて。あんな国滅ぼしてしまいなさい!」
お義母様が柳眉を逆立てまくってます。もはや逆毛状態。力任せに手持ちの扇子を握り締めてるので、扇子が悲鳴を上げてます。みしみしいってるよ、割れちゃうよ! でもお義母様が私の言いたいことを代弁してくれまいた。ちょっとスッキリ。
プンスカお怒りのお義母様、静かにムカつく私、不機嫌そうな旦那様とお義父様。
帰りの馬車の中はビミョーな空気に包まれています。
「前々から馬鹿だ愚かだとは思っていたけど、まさかここまでとはね。国王と第二王子は今軟禁中だから、アレしかいなかったんだろうけど。あんなの連れてきてしまって、外相は今頃頭抱えてるんじゃないか? ……まともな神経の持ち主ならば、だけど」
「それはうちの?」
「フルールもオーランティアも」
お義父様も呆れかえっているようです。
まさかよその国、しかも戦争で負けた相手国で、人妻に向かって公開プロポーズ。はては国のために離婚して嫁にこいなんて言い出すとは。あそこまでバカとは思わないですよね、一国の王太子ですよ教育どうなってんの。
「もし仮に、さっき王太子が言ってた『離縁』の話が正式に決まっても、うちは断固として反対するから安心しなさい」
「当たり前です、父上。その時は反旗でもなんでも翻してみせましょう」
「そうだな!」
お義父様と旦那様でとても盛り上がっています。とうとう謀反の話まで出てしまいましたよ。
でも本当にやりそうでコワイです、この人たち。
旦那様は不機嫌そうな顔をしていますが、私を引き寄せたままの手に力を込めました。いつもなら恥ずかしくて困るんですけどね、今日は抗う力も残っていません。大人しくされるがままになってるんですが、今日はなんだかこれが落ち着きます。守られてるって感じ? ……寝てしまいそうです。
お屋敷に帰ってきて、ようやくホッとできました。今日は本当に疲労困憊です。
お出迎えの使用人さんたちの顔を見てホッとし、別棟に戻る義父母をお見送りしさらにホッとした私は、エントランスで力尽きてしまいました。うう、足から力が抜けた!
「ヴィオラ! 大丈夫ですか!」
ガクッとその場に崩れ落ちそうになった私を、旦那様が抱き留めてくれました。
「ちょっと安心したら力が抜けちゃいました~」
旦那様に抱き上げられながらニヘッと笑って誤魔化します。いや安心したら力が抜けたんですよ。
そんなお疲れな私を見て、ダリアとステラリアが顔色を変えてすっ飛んできました。
「かなりお疲れのようで……! いかがなされました?」
ダリアが旦那様に聞いています。
「ああ、今日はちょっといろいろあって。ヴィオラはこのまま部屋まで僕が連れて行こう。今日の詳しいことはロータスに話しておくから、ダリアたちはこの後のヴィオラの世話を頼む」
「かしこまりました」
旦那様は私を抱えて階段をのぼりながら、
「ロータスは僕の部屋へ。ああ、父上も呼んできてくれ」
「かしこまりました」
ロータスに声をかけています。きっとこれから今日の話をするんでしょうねぇ。すいません、疲れているのでお任せにします。
私室に戻ると、いつでも休めるように準備されていました。うう、ありがたいです! 使用人さんたちの心遣いが、今日は特に身に染みるわぁ。
旦那様は私をベッドにそっとおろすと、
「じゃあ、僕はこの後があるから。ヴィオラはゆっくり休みなさい」
「はい」
「後のことは頼んだ」
「はい」
私とダリアに一言ずつかけて、部屋に戻っていきました。
バタンと閉まるドアを確認してから。
「ふわ~。とにかく疲れました! すぐに湯あみして寝る。寝たい。泥のように眠りたい!」
今すぐにでも眠りたいけど今はとにかく湯あみです! 温かい湯船に浸かって今日一日の疲れをとりたいのです!
私がフラフラした足取りで湯殿に向かっていると、
「今日は湯殿のお世話をさせていただいた方がいいのでは?」
ステラリアがあわてて支えにきました。いやいや、大丈夫! どんなに疲れてても一人で入れますから、腕まくりしなくていいですよ!
「大丈夫! 私、やればできる子だから!」
疲れすぎて何言ってるのかよくわかりませんが、やんわりとステラリアを押し戻し、丁重に(?)お断りさせていただきます。
ステラリアの心配そうな顔を見ないようにし、私はさっさと湯殿に入りました。
中にこそ入ってきませんでしたが、ステラリアは扉の向こうで待機することにしたようです。いつもは部屋で待っているのに。どうやら警戒されていますね。
綺麗に体を洗い、いい香りの湯船に浸かれば極楽です。
「ぐぅぅぅぅ。気持ちいいわぁ…………ゴボッ! ゴフッ! っと危ないっ! 寝てしまうところだった!!」
あまりの気持ちよさに意識をぶっ飛ばし、舟漕ぎついでに顔面着水したところで目が覚めました。おお、マジ危ない。これはのぼせるどころか溺死ですよ、ヤバいヤバい!
それに、以前ここでのぼせてしまった時は大騒ぎになっちゃったしね。あれはホントに申し訳なかった……。
「奥様?! どうかなされましたか!」
声と同時にバーンと扉が全開されました。キャー、開けないで~!! 私、全裸~!!
「だ、大丈夫よ、ちょっと顔に水がかかっただけ☆」
「本当ですか? ……ならよろしいですが」
疑わしげですが、ステラリアはまた外へ出てくれました。ホッ……。
なんとかお風呂で寝落ちは辛うじて免れ、その後は吸い寄せられるかのようにベッドへ一直線でした。
今日のことはもう考えるのやめよう。明日考えればいいさ! とにかく今は眠らせ……ぐぅ。
次の日の朝食は、義父母も一緒でした。
わざわざ別棟からこちらにいらっしゃって、何かあるんでしょうか?
「今日、陛下も交えて王太子と話をしてきます。話というより抗議でしょうけど」
「そうだな。そっちは任せよう」
食後のお茶を飲みながら、どうやら昨日の話の続きのようです。
旦那様は今朝も制服を着ていますので、仕事ついでに話に行くのでしょう。
旦那様の言葉にお義父様が頷いています。ということはお義父様、今日は王宮にはいかないのですね。
次に旦那様が私の方を見て、
「あいつらが帰るまで、ヴィオラは外出禁止です」
「はい? 別にいつも通りなんで問題ないですよ」
何を今更。誰に向かって言ってるんですか。引きこもり奥様の私ですよ。どこに外出するってんですか、ほとんどお屋敷にいますよ。
って、旦那様、王太子様たちのことを『あいつら』呼ばわりしてるし。
旦那様は私の答えに満足そうに頷くと、
「王太子の方から接触――面会に来たり親書を寄越したりしてきても門前払いだ」
「かしこまりました」
ロータスたちに指示しました。
「文句を言って来たら私が対処するから任せなさい!」
お義父様も胸を叩いています。頼もしいですね!
「でも三日後の夜会はどうするの? ヴィーちゃんだけ不参加にする?」
それまで黙って聞いていたお義母様が旦那様たちに聞きました。
え? 三日後にも夜会あるの?! 私だけ不参加って、私も行く予定だったの?!
初耳案件ですから、私はお義母様を二度見してしまいましたよ。この短いスパンでまた夜会とか! ……って、普通のお貴族様は呼吸するようにパーティーしてるんでしたっけ。失礼。
でもまた三日後って、お次は何の夜会? つか、私そんな立て続けに夜会出たことないし! そもそも夜会がまたあるって聞いてないし!
よくわからないので、とりあえず三人の話を聞くしかありませんね。
お義母様の質問に、旦那様は眉をクイッと上げると、
「もちろん不参加です。ヴィオラは出なくていい」
真面目な顔でそう言いました。
やったね! なんの夜会かわからないままだけど、旦那様公認で夜会お休みできる!! これはラッキー☆
「はいっ! 私、大人しくお屋敷でお留守番してますわ!」
私は満面の笑みで『良い子でお留守番』宣言です。
「しばらく大旦那様たちも本館でお過ごしになられますので、いつも通りの活動はできませんよ」
朝食後、一旦私室に戻った時にダリアが釘を刺してきました。
え? お義父様たちは別棟からこっちにお引越しなの? 一体いつの間にそんなこと決まったの?!
「え? そうなの? いつの間にそんなことになってたの?!」
寝耳に水です。お義父様たち、別棟で仲良く夫婦水入らずで過ごしたいんじゃありませんでしたっけ?
「昨夜のうちに旦那様と大旦那様が決めてしまわれたようでございます。旦那様が日中、仕事で留守の間の屋敷の守りを固めるためですわ。ですからしばらくは大人しくしておいてくださいませ」
昨日、旦那様がお義父様とロータスを呼んでいたのはこのことだったのでしょうか。お義父様がお留守番てこと?
「さっき言ってた門前払いのこと?」
「そうでございます。もしもの時のためにです」
「……はあい」
今更ですが、大人しくって、どうすればいいんでしょう?
今日もありがとうございました(*^-^*)