波乱
オーランティア王太子ご一行様の歓迎会は夜遅くまで続きました。
しかし旦那様は裏方がお忙しいのかまだ現れません。国王様の後ろには、ずっと近衛団長様が待機したままです。
「あいつも忙しいんだろう。もうそろそろ帰ろうか」
とお義父様が言ってくれました。私が言い出したなら旦那様に恨まれるでしょうが、お義父様なら大丈夫でしょう。私もいい加減疲れてきているので大賛成です!
「そうねぇ。もう遅いし、ヴィーちゃんも疲れたでしょう?」
お義母様も同意し、私に聞いてくれます。ナイスアシスト!
「そうですね、そろそろ帰りたいです」
「じゃあ陛下にお暇を告げに行こうか」
「そうしましょう」
ということで、三人で国王様のところに暇乞いをしに行くことになりました。旦那様? 大人ですから一人でちゃんと帰ってこれますよ! 後で文句は言われそうですけど。
義父母の後ろについて国王様たちのいるところに行くと、ちょうど陛下と王太子様とが何やらお話をしているところでした。
あんまり顔を合わせたくないなぁというのが本音です。なんつーかあの王太子様の視線、やっぱり苦手なんですよねぇ……。
というわけで私は王太子様からなるべく見えないようにお義父様の後ろに隠れたんですが、目ざとく見つけられ、やっぱり射るような目で見てくる王太子様。だから~、それマジコワイですってば!
「陛下、私たちはそろそろお暇しようと思います」
お義父様が国王様に向かって恭しく礼をしながら言うと、国王様が応えようと口を開けたと同時に、
「おお、ヴィオラ嬢! 貴女はフィサリス家のご令嬢でしたか!」
という、王太子様の声が響きました。声が大きいので周りにまる聞こえです。つーか今、国王様の言葉を遮ったよね?!
ざわついていた会場の音が、一瞬止まったかのようになりました。
「え?」
ビックリして思わず間抜けな声が出てしまいましたが、今コノヒトなんつった?
私が、フィサリス家の、 ご 令 嬢 ? !
この発言には義父母も国王様も目が点になっています。王太子様の無駄にデカい声が聞こえた人たちも、じっとこっちを見ています。
みんなが唖然としている中で、王太子様だけがイヤに上機嫌で、
「ご両親が一緒にいるなら話は早い。おたくのご令嬢を我が国の王妃として迎えたいのだが、よろしいか?」
王太子様の言葉がまた、辺りに響きました。はあ? 私を王妃にだと?! 正気かっ!?
辺りは水をうったように静かになりました。そりゃそうですよね、王太子様の公開プロポーズですよ。しかも 人 妻 に !!
王太子様は、今や周りがシーンとなってるのも意に介さず、
「今回の訪問で王妃候補を探す予定だったのですが、今日ヴィオラ殿を見て一目惚れをしてしまったのですよ。先ほどダンスをした折にどこの家のご令嬢かをすっかり聞き逃していてね、探さないといけないなぁと思ってたんですが、そうかそうか、フィサリス公爵家のご令嬢ですか。ではフィサリス公爵は兄に当たられるのかな? ヴィオラ殿は母上によく似ていらっしゃるから、一目でわかりましたよ! 公爵家出身、しかも国で一番の名門の出身ならば、我が国の王妃として不足はない。ああ、これは運命ですな!」
「「「「「……」」」」」
一人でまくしたてています。オイこらちょい待て。
家名も、聞き逃したんじゃなくて貴方が 聞 か な か っ た んだろうがっ!!
ツッコミどころが多すぎてどこから手をつけたらいいのかわからんわっ!
まず、私はフィサリス公爵の娘じゃなくて、嫁だし! それにお義母様に似てるですって?! この地味子とキラキラお美しいお義母様のどこが似てるのよ! もはやこれは嫌味ですよね、い・や・み!! お義母様は旦那様と似てるのよ。旦那様とお義母様ならんでごらん? 目がチカチカするよ!
それに義父母と髪の色も瞳の色も違うでしょ!!
そして肝心なのは『王妃に迎える』発言。『名門出身』が『運命』だと? 何トチ狂ったこと言ってんの?!
……かーなーり興奮してしまいましたね。ちょっと落ち着こう、私。大きく息を吸いましょう。それからゆっくり吐きましょう。すーはーすーはー。……オッケー、落ち着きました。
「あの、王太子様? あの、私……」
王妃になるどころか、すでに人妻ですと言おうとしたのですが、
「貴女が正妃になってくれるのなら、一生側室も愛人も置きませんから安心してください!」
まーた人の言葉を聞きもせず被せてきたよ、コノヒト。いい加減、人の話聞けや。……すみません、ちょっと荒れてます私。
側室も愛人も置かない宣言なんて、うちの旦那様と正反対ですけど……って、そんなこと今はどうでもいいですね。ごめんね旦那様☆
私はすうっと息を吸い、
「そういうことじゃなくてですね! いいですか、よーく聞いて下さい! 私はフィサリス公爵の妻です! 妻! ここにいる前公爵の娘でなくて嫁です!!」
よっしゃ、言い切ったぞ! やっと最後まで言えたよ! 耳の穴かっぽじ開けて聞いてましたか!
私は声を張り上げましたよ。じゃないと聞いてくれないんですもん。
そして一方、『妻』『嫁』と聞いて驚いた顔をした王太子様。
「え? あ の フィサリス公爵の……妻?」
さっきまでの強引さはなりを潜め、じっと私を見てきます。それでも目力怖いんですけどね。
会場に流れるのは楽団の演奏する静かな音楽ばかり。みんなが私たちに注目しているようです。やだ~、今すぐ消えたいわ!!
私がこの空気にいたたまれなくなったところで、
バン!
入り口のドアが派手な音を立てて開きました。静まり返っていたので余計に響きます。
誰か知りませんが、この空気を破ってくれてありがとう!!
私は感謝の視線で、そして他のみなさんは『誰だ?』という顔で一斉にそちらに向くと、
「そうでございます、殿下。そこにいるのはわたくしめの妻、ヴィオラでございます」
そう言って旦那様がつかつかと入ってきたのでした。
旦那様は私を王太子様から隠すように、前に立ちました。後ろにも気配を感じたので振り返ると、そこにはいつの間にかユリダリス様がいらっしゃいました。背後の護りですね!
旦那様はまっすぐ王太子様を見据えています。
「申し訳ございませんがヴィオラは私の大事な妻でございますので、殿下の申し出は受けられません。他所をお当たりください」
表面上はにこやかに微笑んでいますが、よく見れば旦那様も目が笑ってません。わ~、旦那様、静かに怒ってますよ、これ!
「ほう、ヴィオラ殿は公爵殿の妹ではなく奥様でしたか! それは美しいのも頷ける」
ごめん、王太子様、それ意味全然ワカリマセン。
「妻を褒めていただき恐縮でございます」
「公爵殿も、我が国で会った時よりもますますイイオトコになっておられますな」
「そうですか。ありがとうございます」
ありがとうとは言ってるけど、全然嬉しそうじゃない旦那様。まあ、男の人にイイオトコって言われてもうれしくないか。
旦那様は口元こそ微笑んでいますが、目元いつもと違って眼光鋭くきりりと凛々しいです。
王太子様も目力強いから、必然的に睨み合いのようになっています。
わぁ……これどうなんの?!
後ろで見ていてもハラハラしてきました。
すると火花散るかもと思えるような睨み合いを先に終わらせたのは、意外にも王太子様でした。
「そうだ。ここは国のために一肌脱がれてはいかがかな?」
ハッとひらめいたような顔をしていますが、王太子様は一体何を思いついたのでしょう?
「国のために一肌脱ぐ、とは?」
何を言い出したのかさっぱりわかりません。旦那様が聞き返すと、
「ヴィオラ殿と離縁するのです」
「「は?」」
また突拍子もないことを王太子様が言い出しました。
え? 私と旦那様が離縁するんですか? するっていうかさせられる? 国のため? え? 何言ってんのコノヒト!!
思わず私と旦那様の声がハモりましたよ。
王太子様の言葉を聞いた途端、旦那様の周りからベリスもびっくりな冷気が流れ出すのを感じました。ついでに黒いオーラも! 旦那様、今、剣持って……ますね、さっきまで仕事中でしたもんね! ヤバい、旦那様! 殿中でござるっ!! とりあえず剣は私が押さえておこう。
旦那様の気配が変わったのも気にせず(気付かず?)、
「公爵殿がヴィオラ殿と離縁して、ヴィオラ殿は私の妃に、公爵殿は我が妹オランジェと結婚するのですよ。これで両国の友好は盤石。どうだ、いい案じゃないか、オランジェもそう思うだろう?」
オレめっちゃいい案浮かんだぜ☆ みたいなドヤ顔で、近くにいた妹君にも同意を求めています。
うわ~、いろいろ人としての大事な何かが欠けてるわ、コノヒト。周りからの視線もじとーっとしたものになっていますが気付いてませんし。
私は軽蔑混じりの視線で見ていたのですが、
「まあ! いい考えですわ、お兄様!! 公爵様、そんな奥様よりわたくしの方が素敵でしょう? 今日はフルール王国で流行りのドレスを着ていますから、以前お会いした時のわたくしとはまた違うでしょう? そりゃあ公爵様の奥様、お兄様が一目惚れしてしまうほどにお美しいのは認めますけど、そんなひょろひょろほそっこい人、頼りにならなくてよ? やはり女はどっしりと……」
馬鹿妹……げふげふ、妹君は大賛成のようです。オーランティアではどっしり系が主流なの? あ、別に今それは関係ないか。つーか、『ほそっこい』って、どこ見ていってんですか!
自分たちの欲望を通すために他所の夫婦を離婚させるって、もはやオーランティアのモラルをマジで疑うレベルです。これ、ほんとに王族の言うこと?! ちょっとうちの国王様を見習え!
私が妹君の発言にイラッとしていると、旦那様は妹君の言葉を遮り、
「いいえ、素敵とか美しさだけではないんです。妻は華奢ですが元気ですし、見た目だけが美しいのではなく、内面も素晴らしい女性なんですよ。むしろ内面の美しさがにじみ出て、外見をも美しくさせてるというか。私の留守の間もしっかりと屋敷を取り仕切り守る強さも持っていますし、人に対して気遣いもできる優しさも持っています。あらゆるものを愛で、いつくしむ優しい心の持ち主なのです」
また始まりましたよ、愛妻病!! もうやめてっ! 殿中でござるっ!!
早く止めないと、いつぞやのバーベナ様の時みたいになっちゃいます!! これはこれで勘弁願いたい!
私は旦那様の腕にガシッととりついて、
「旦那様、旦那様、もうそのへんでやめときましょう!!」
「どうして? 姫君にヴィオラの良さをわかっていただかねば……」
「いや、わかってもらわなくてもいいんです~!!」
必死で止めにかかりました。
あ、後ろでユリダリス様がクスクス笑ってます! もうっ、恥ずかしい!!
私と旦那様が周りを置き去りにして言い合っていると、
「先ほども言いましたでしょう? 公爵様は奥様を溺愛されていますし、見ての通り仲睦まじい二人ですもの。国のためになどで離縁などさせられませんわ」
王妃様が王太子様に釘を刺していました。
しかし、
「そうですか? いい案だと思ったんですけど」
王太子様は悪びれる感じがありません。
「本当ですわ。お兄様も満足、私も満足で万々歳でしたのにぃ」
妹の方も同じです。
あんたたちは満足でいいでしょうけど、振り回されるこっちはたまったもんじゃないですよ!
「まあそういうことですので、私たちのことは忘れてください」
旦那様がきっぱりと言いました。どさくさに紛れて抱き寄せられていますが、ここは仲睦まじアピール大事ですからね。恥ずかしいとかは後回しにして、私も旦那様にぴったりと寄り添いました。らぶらぶかぽーですよ!
「では帰りましょうか、ヴィー」
「はい」
それまでの険しい顔を、いつもの素敵キラキラスマイルに切り替えて私に微笑みかける旦那様に、私もゼロ円スマイル全開です。
こうして疲れただけの夜会から退散することができました。
もう私の気力はゼロですよ……。
今日もありがとうございました(*^-^*)