夜会を終えて
バーベナ様とお友だちになった(?)ところで、
「ではそろそろ踊りに行きますか」
と、旦那様からダンスのお誘いをうけました。
そういえばそもそも最初にダンスする予定だったんですよね。バーベナ様のナチュラル化に驚き、唖然としているうちにお嬢様方に出会いーの、ユリダリス様に出会いーのでダンスはすっかり忘却の彼方になってしまったわけですよ。
ダンスをして、さっさと退散したい。……おっと、本音が漏れてしまいました。ちがくて。
もう結構時間が経ってるので、そろそろお暇したい。あんまり変わらないか。
まあそういうことです。慣れない夜会に疲れてきたので、公爵家に帰りたくなってきたのです。
「はい」
私は素直に返事をしました。
とりあえずダンスして存在をアピール、そしてサファイアをアピールできたらいいですよね、帰ってもいいですよね?
私は旦那様の手を取り、ダンスをしている人たちの方へと向かって歩き出しました。
ダンスはフロアの真ん中で行われていて、それを囲むようにテーブルや椅子が配置されています。ダンスする人たちを見ながらおしゃべりしている感じです。でもおしゃべりの方に夢中で、誰もダンスなんて見てない気がするんですけど……? 思ったより存在アピールできないっぽい? ま、いっか。
旦那様と二人並んで、曲が変わるのを待ちます。うん、これさっきもやったね。
少し待ったところで曲が変わったので、旦那様にエスコートされてフロアを進んでいきます。
が、旦那様。
ずかずかと中心付近まで進むのはどうかと思います! しかも私たちの進行方向にいる人たちがささーっと左右に割れて道ができていくし!? や、待って! 人がいなくなると目立つでしょ! あ、目立っていいのか、いやいや、ちょっと目立つくらいのところがいいと思うんです!
焦る私の心の声は届くはずもなく。
旦那様は涼しい顔で一番目立つ場所を陣取ってしまいました。周りにあんまり人がいないよ?! しかも、さっきまでおしゃべりに夢中になってたはずの人たちがこっち見てるよ?! 一気に注目度が上がったよ?!
「だ、旦那様?! ちょー目立ちますよ?!」
仕方なくこっそり耳打ちしたんですけど、
「目立たないと宣伝になりませんよ!」
って、相手にしてもらえませんでした。こういう時、私がぐだぐだ言っても何ともならないのは学習済みです。仕方ない。目立つんだからせめて恥かかないよう、ステップ間違えないように頑張るしかないかぁ。
覚悟を決めて曲が始まるのを待っていると、流れてきたのは結構踊るのが難しいことで有名な曲でした。
注目浴びてる上に、難しい曲?! ナニコノ試練!!
「よりにもよってこの曲……」
私が思わず顔をしかめていると、
「難しいですね、これは。僕も頑張らないと」
旦那様も苦笑いしています。
しかしいつまでも渋い顔をしているのは許されませんので、無理やり笑顔を貼り付けて踊り出しました。
気のせいでしょうか、周りにあまり人がいない気がします。やっぱりみなさん目立つ場所は避けますよね。よっぽどダンスに自信がないと、こんなところで踊れませんよね。
場所がぽっかり空いてるから明るいのか、首飾りがキラッキラ輝いています。それはもう、目にも眩しいくらいに。つか、眩しいんですよ、光が目に刺さるわっ!
「ここ、眩しくありませんか?」
耐えかねてこっそり旦那様に囁けば、
「ん? 眩しい? 首飾りに、ちょうど光がよく当たるところを狙ってるから、ですかね」
しれっとそんな答えが返ってきました。
おい。眩しいのは あ ん た の せ い か っ !!
ただでさえ難しいステップ、踏み間違えまいと私なんて必死なのに、旦那様ったらそんなことまで考えてたんですか。余裕ですね~……じゃなくてっ!
思わず笑顔の仮面がはがれてしまいそうになりましたよ、いかんいかん。ステップ踏み間違えた~とか言って、旦那様の足を踏んでやろうかしら!! ……いや、こんな目立つところでそんなことはできませんけど。
次の曲もこれまた難しい曲でしたが抜けそびれてしまい、そのまま何曲か踊りました。ええ、眩しさに耐えましたとも。眩しくったって、完璧に踊らないとロータス先生に怒られます。またしごかれます。それは勘弁願いたいのでこっちも必死です。
ようやくダンスから解放され一休み、喉が渇いたので果実水で潤していると、
「目立ってましたね~副団長! 奥様もダンス、お上手でした!」
と、ニヤニヤしながら寄ってきたユリダリス様に言われ、
「明りに首飾りがキラキラと煌めいて、光を纏ったよう。フロアで一番素敵なカップルでしたわ!」
「まるで光の粒に彩られたようでしたわ~! 会場中が目を奪われてましたわよ!」
「難しい曲も余裕の表情で! 周りがどんどんリタイアしていくのに」
どこかうっとりとした顔つきのお嬢様方にため息交じりで言われ。
十分目立っていたようですね。旦那様の作戦は見事に成功したようであります。
つか、周りが空いているように思ったのは、ダンスをやめる人が多かったからか! なんてこったい。
本格的に疲れてきたところで、旦那様から「そろそろ帰りますか。さすがに疲れたでしょう?」と言ってもらえましたので、本日の夜会はこれにて撤収ということになりました。
「では父上と母上を探してから、アルゲンテア卿のところにお暇のご挨拶に伺いましょう」
そう言って旦那様が手を差し出してくるので、何気にそれを取ろうと手を出しかけたんですけど。
なんだろう、急に恥ずかしいなこれ。
ほんとに何の気なしに手つなぎエスコートとか言って手をつないでましたけど、なんだろう、急に意識しちゃいました。……さっきアイリス様たちに『愛されてる』だの『素敵なカップル』だの、さんざん冷やかされたせいでしょうか。今日はよく冷やかされましたもんねぇ。やだぁ。どうしてくれるんですかぁ。
来た時のように平常心で旦那様の手をとれなくなってしまった私は、しばらく旦那様の手を見つめてしまいました。
旦那様も、私がなかなか手をとらないのを不思議に思ったのか、
「どうしました? 気分でも悪くなりました?」
と私の顔を覗きこんできました。
その濃茶の瞳を見て、ハッと我に返った私です。ハッとした瞬間にドキッとしたのはなんでかな? まあいいや。
ああ、私ったらいきなりぼーっとしちゃって、不審ですよね!
「いや、気分は悪くないです大丈夫です!」
慌てて何でもないふりをして旦那様の手を握りました。
でも……ちょっと恥ずかしい、かも。
お義父様たちも帰るというので、四人で揃ってアルゲンテア公爵様にご挨拶に行きました。
そこにはバーベナ様もいらっしゃって、
「お茶会をするときは呼びますから、来てもよろしくてよ」
と、またよくわからないお誘いを受けました。
呼ばれるの? 行かなくてもいいの? え、ごめん、全然わからん! と一人混乱していると、
「奥様、バーベナは友達少ないからぜひ来てやってくださいね!」
「お兄様っ!! 余計なことはおっしゃらないでくださいませ!」
セロシア様がまたフォローしてくださいまして、ようやく理解できました。バーベナ様語、私には難しすぎます。もう少し簡単直接的に言ってください!!
ああ、今夜も盛りだくさんで疲れました。
あとは帰って寝るだけ……と戦闘モードを解いて油断していたその時。
「さっきの続きですけど。帰ったらしっかり説明してもらいますからね。ああ、なんでしたら帰りの道中でも構いませんよ」
ニッコリ。
氷の王子様再降臨の微笑みを向けてくる旦那様。おお、すっかり忘れてましたよ……。
そしてまたぎゅっと力が籠められる手。イタイから地味な攻撃しないでください!!
キラキラなのになぜか恐ろしい微笑みから目を逸らせた私は、
「ええーと。あ、そうだ!! 私、帰りはお義母様の横に座りたいです~!!」
とっさに前を行くお義母様の手を取りました。助けて! お義母様!!
「あらあ! かわいいこと言ってくれちゃって! もちろんいいわよ~。じゃあサーシスはお父さんと座ってね」
いきなり私に手をとられたお義母様は驚き顔で振り返りましたが、すぐにうれしそうに笑ってオッケーしてくれました! マジ天使!!
「はあ?!」
ちょっとムッとした旦那様と、
「ええ~?! じゃあ僕もヴィオラと座りたい~!」
訳のわからない駄々をこねるお義父様でしたが、
「狭いからイヤ! ほら、早く乗ってください。後がつかえてます」
「がーん」
「……はい」
お義母様が一蹴すると、ショックを受けたようなお義父様と、渋々顔の旦那様、どっちも素直に馬車に乗り込んでいきました。
うん。お義母様、最強かもしれない。
「そもそもやましいことがなければ逃げなくてもいいと思うんですけど?」
帰りの馬車の中、私は旦那様と向かい合って座っています。隣よりも面と向かって氷の微笑みを向けられるので、この配置は失敗だったのではとちょっと後悔しております。
つか、帰ってからじっくり話を聞くって言ってませんでしたっけ? もうここで尋問しちゃうわけ?
「やましいことなんてちっともないです! アイリス様たちが同じ人を素敵って言ったから、修羅場回避のためにフォローしたんです!」
口がとがるのはお許しください。
「ほう」
じと目で私を見る旦那様。
「仲良し四人組で、同じ人の取り合いになっちゃったら後が気まずいじゃないですか~。確かにユリダリス様は素敵ですよ? お仕事もできますし、人柄もいいですしね。でもみんなで寄ってたかってはダメだと思うんです! だから、ユリダリス様だけじゃないですよ~、他にも素敵な人はいっぱいいますよ~って」
私はさらに言い募ったのですが。
「ふむ、ユリダリスは素敵ですか」
あれ? 論点そこ? しかも今、旦那様の目がきらりと光りましたね?
「素敵ですよ……って、あ」
旦那様の言葉を反芻して、自分が失言したことに気付きました。おーまいがー。
「よし。ユリダリスは公爵家に出入り禁止にしておきます」
「そうじゃなくて~!!」
もう、旦那様ってばメンドクサイっ!!
「そんなわけのわからないことばっかり言ってる男の人は嫌いです!」
ぷちん、と切れた私は、とうとうぶっちゃけてしまいました。
「えっ?!」
私に反論されると思ってなかったのか、旦那様がさっきまでの黒いオーラもすっこんで、目を丸くしています。
ええ、これくらいじゃおさまりませんよ!
「ちゃんと私の話を聞いてましたか? アイリス様たちに向けて言ったって言ってるでしょう。素敵な人はいっぱいいますよ、とか、それくらいの軽い感じです! それから、ユリダリス様が素敵なことは、私よりも旦那様の方がよくご存じでしょう?」
「え……ええ」
ふっ……ちょっとスッキリ☆ 言ってやったぜ! と私が満足していると、
「おお、なかなかヴィオラも言いますねぇ」
「ほんとほんと。まあ、それにケンカするほど仲がいいっていいますもんねぇ」
ニヤニヤと笑いながらこっちを見ているお義父様たちに気付きました。
あ~、やっちまった~! すっかり私と旦那様だけの世界に入っちゃってたよ、と天を仰いだ私でしたが、旦那様はさっといつも通りのキラキラスマイルに戻って、
「お見苦しいところを見せてしまいました。すみません」
なんて、しれっと両親に謝ってるし!!
旦那様が、馬車の中で話を切り出すから~! お屋敷に帰った後なら、ロータスの影に隠れて逃げおおせる自信はあったんだけど……って、違うか。
「スミマセン」
私もさっきの勢いはどこへやら、か細い声ながら謝ると、
「ヴィーちゃんが謝る必要ないわ。それよりサーシス。ヴィーちゃんの言うとおり、ちょっとくらいよその男を褒めたくらいでぐだぐだ言うもんじゃありませんよ、女々しい」
「……っ!」
私に優しい微笑みを向けてから、旦那様には厳しい眼差しでビシッと言い放ったお義母様です。再び旦那様は何も言えないようで黙ってしまいました。
その隣では、お義父様が苦笑いしています。思い当たる節、あるのかな?
これ以上は詰問できないと感じた旦那様がこっちを見て苦笑していますので、私もゼロ円スマイルで微笑み返します。よし、話はひとまずこれで終わりだね! あとはお屋敷に帰って逃げ切るだけだね、と心の中でしめしめとか思っていると、
「やきもちもほどほどにしときなさいよ、サーシス」
お義母様が爆弾投下です!
グサッと何かが刺さったような顔になっている旦那様と、お義母様の言葉に固まる私。
やきもちって……!
あ、だめだ。旦那様の方まともに見れないや。
今日もありがとうございました(*^-^*)
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