今宵のパーティーは……
やってきましたアルゲンテア家。
前回も思いましたがやっぱり立派なお屋敷です。敷地内を流れるワール川はとうとうと水を湛え、そこかしこに焚かれた篝火を映して美しく煌めいています。
公爵家ほどではありませんが、それでもやっぱり立派なお屋敷だなぁと思わずにはいられません。
私たちを乗せた馬車は静かに車寄せに停まり、アルゲンテア家の家人によって扉が開かれました。
先にお義父様が降り、お義母様を優しくエスコートしてます。抱きかかえんばかりなのは見なかったことにします。目のやり場に困るので、あまり嫁の前ではいちゃつかないでほしいです。旦那様は見慣れた風景だからか、どうってことない感じでスルーしてますね。
私が義父母のラブラブっぷりに遠い目をしていると、
「さ、行きましょうか」
と、旦那様が声をかけてきました。
「あ、は、はい!」
気が付けば、旦那様はすでに席を立ち外に出ていますが、私ったらぽけーっと座ったままでしたので慌てて立ち上がりました。
旦那様が外から手を伸ばしてくださるので、それを取り、外に出ました。そしてそのまま自然に手をつないで、エスコート・私たちバージョン完成です。そもそも腰を抱かれるエスコートや腕を組むエスコートがあまり好きではなかった私には(だってやたらとくっつくんだもん!)、手をつなぐという方がしっくりきましたので。ちなみにフルール王国の社交界で、エスコートの形は別に決まっているわけではないのでこれもオッケーなのです。手つなぎはくっついたり離れたり、距離感自在、便利です。
前を行く義父母はスタンダードに腰を抱くエスコートです。でもあれって意外と歩きにくいんですよねぇ。歩幅とか歩くスピードが同じくらいじゃないとしんどいというか。
まあ大体男の人が女の人に合わせるから問題はないんですけどね。でも気心知れてないとなんかこう、気を遣ってしまうし。私の場合、押されてるって気がするんですよ。あ、もちろん旦那様は押したりしてませんけどね。社交の場に行きたくないのを連行されてる気分というか。
その点、前を行くお二人は全然そんな感じしませんね。ラブラブイチャイチャ、お義父様はお義母様の歩調に合わせ、お義母様はお義父様の腕に全幅の信頼を寄せている、って感じが後ろから見ていてもわかります。
そして私たちは、そんな二人の後ろを手をつないでついていきます。
手つなぎって、二人の距離がいろいろ変えられるので面白いと思うんですよ。
ちょっと歩調をゆっくりにすると手が伸びて二人の距離は開き、引っ張られるみたいになります。連行モードですね。歩調を同じにすると隣に並びます。これだと対等な感じですね! そして旦那様より早く歩くと、私が旦那様を引っ張っている感じになります。「ホラ、あなた! さっさと行きますわよ!」「待ってくれよ~」みたいな感じでしょうか。
立つ位置によって気分が違いますねぇ、やっぱり面白いわ~。
私が自分の歩調を変えてみて、つないだ手がどういうふうになるかを楽しんでいると、
「さっきから何をやってるんですか」
旦那様がいつの間にか私を見て苦笑していました。
「あ、ちょっと歩調を変えてみて試してました」
「後ろに行ったり前に行ったり……まあ、楽しそうなんでいいですけど」
「見てました?」
「ずっと見てました」
一人でニヤニヤしていたのも見られてますね。ははは。恥ずかしいから笑って誤魔化しましょう。
私がニコッと笑うと、旦那様もニコッと笑って、
「そんなことしてたら手が外れてしまいますよ」
そう言うと、指を絡める形でつなぎなおしてきました。あら、がっちり握られちゃったわ。
そしてまた隣に並び、歩き出しました。
私たちが手をつないだまま後ろを付いてくるのを見つけたお義父様が、
「あれ? エスコートのスタイル変えた?」
と旦那様に聞いてきました。
「ええ。この方がいいとヴィーが言うのでね」
つないだ手を少し持ち上げ、お義父様たちに見せながら旦那様が答えています。
「あんまり見ないスタイルけど、むしろ仲よさげでいいんじゃないかな」
「あら、ほんと! なんだか『二人のかたち』って感じでいいわね~!」
愉しそうに微笑みながらお二人は認めてくださいましたが、お義母様と同じセリフ、旦那様も言ったような。
案内されてパーティー会場に行くと、思ったよりも人は少なめでした。王宮の夜会のように、国内の貴族すべてが来ているとは思っていませんでしたが、それでもそれに準じるくらいの規模だと思い込んでましたので。前回はそんな感じでしたし。
アルゲンテア家の夜会なのに、どうしたのかしら。
私が不思議に思って会場を見ていると、
「今回はそうたくさん招待客を呼んでるわけじゃないから。気心知れた人ばかりのパーティーってところだから、ヴィオラもリラックスしていれるんじゃないかな」
と旦那様が耳元で囁いてくれました。
リラックスなんてまず無理だよナニイッテンデスカ旦那様。……すみません、思わずツッコんでしましました。
いやいや、気心知れた人だけでという割にはかなりの人数ですからね? 前回の夜会よりは人が少ないというだけで。さすが、超一流お貴族様!
まずは今夜の主催者であるアルゲンテア公爵ご夫妻にご挨拶をしに行き少しお話などをした後、私たちはパーティーフロアに向かいました。義父母たちはそのままアルゲンテア公爵夫妻とお話をするそうなので、その場でわかれました。
「まずはどうしようか? ダンスしますか? それともあいさつ回りしますか?」
手をつなぎ、フロアを進みながら旦那様が聞いてきました。
う~ん到着早々いきなり席に陣取って軽食をつまむのもどうかと思いますし、顔見知りにつかまって(主に年上の奥様方)お話に花を咲かせるのもなんですしね。
それよりなにより。今日の私はこの『ヴィオラ・サファイア』の広告塔になるべく決意してやってきたのですよ! ええ、半ばやけっぱちですが何か?
『ヴィオラ・サファイア』の認知度を上げるべく、今日の私は目立たないといけないんですよ! うわーうわー、いつもの私と真逆ですよすっごい勇気いるわ。いつもの私なら壁際一直線☆ もしくは目立たないとこで木の葉隠れの術なのにね。
存在アピールならばやはりあいさつ回りですよね。今日、どのような方が来られているかわからないので、とりあえずあいさつ回りをして会場の様子を見るのがいいでしょうか。
「とりあえず、みなさまにご挨拶をしましょうか。旦那様の異動の報告もございますし」
いろいろ無い知恵絞って考えた結果を旦那様に告げると、
「そうですね。まずはあいさつ回りで見せつけるとしますか」
ニヤリ。旦那様が微笑み(?)ながら答えました。……ヴィオラ・サファイアを見せつけるんですよね?
さあ誰から挨拶しようか~、と考える間もなく、次々と向こうから挨拶にやってきました。
ああ、この方はクロッカス伯爵様ですね。いつもお嬢様にはお世話になっております。あら、あちらはサングイネア侯爵様じゃないかしら。アイリス様のお父様の。肖像画よりも少しお太りになられたかしら……って、おお! 私ったら顔と名前が一致している!! これってあの『貴族年鑑最新刊・肖像画入り』のおかげですよね!
ふおおおお。ロータスありがとう! あの本のおかげで、私、誰が誰だかわかるようになったよ! 帰ったらまずロータスを拝もう。
まさに目からうろこですね。
でも残念なことに、夫人方やご子息ご令嬢は以前どおりです。交友範囲、極狭ですから。
旦那様の近衛副団長就任の話をしつつ、もれなくヴィオラ・サファイアの話をします。こっちが話振るんじゃないですよ? 向こうから振ってくるんですよ!
旦那様ったら私のつけてるお飾りだけでなく、お揃いの指輪まで見せつけてました。認知度向上のためとはいえ、ちょっと恥ずかしんだけど。
あちらこちらで立ち止まり、ご挨拶をしながら会場をうろうろしている私たちです。
「ほら、周りのみんながヴィオラに注目してるよ」
旦那様がそう言いますが、きっとそれ違うと思います。
まずは旦那様に注目して、それから私の素敵なサファイアに目がいってるだけですよ。そもそもどこにいても旦那様のキラキラ美形オーラはハンパないから、コノヒトと一緒にいたら目立つ目立つ。あはは、失念してましたよ。いっそ旦那様が広告塔になればいいんじゃね? ……や、やさぐれてなんてないですよ!
「私じゃなくて旦那様を見てるんですわ、きっと」
「そんなことないよ。この会場でヴィオラが一番素敵で綺麗で輝いているのに」
げふっ!! 旦那様が甘ったるいことを耳元で囁くもんだから、思わず躓きそうになったわ。あぶねーあぶねー。
もうほんと、こんなことを顔色変えずにサラッとおっしゃるからなぁ。
「そんなことはないです。みなさんとっても素晴らしい方ばかりですわ」
甘い言葉は話半分で聞き流し、私は会場をさらりと見渡します。
今日は気のせいか、若い方が多いようですね。
「切実に『貴族年鑑・家族の肖像画もありますよ』の刊行を希望しますわ」
「え? いきなり何を言ってるの?」
私の何の脈絡もない発言に、旦那様がキョトンとしています。
「いえね、この間うちに届いた貴族年鑑を読破したから、ここにいる貴族様のお顔と名前がよくわかるようになったので、ぜひとも家族の肖像画も入れていただきたいなぁと思ったんですよ。当主様はわかっても、ご家族のお顔がわからないこともございますでしょ?」
「ああ、なるほど。では後でセロシアに会ったら言っておきましょう。確かに今日は、子息・ご令嬢が多く招待されてますからね」
「あら、そうなんですか?」
何でかなぁ? 気心知れた人だけのパーティーだから?
今度は逆に私がキョトンとしていると、
「バーベナ嬢のお相手の選別も兼ねてますからね、今日の夜会は」
クスッと笑った旦那様が、こそっと耳元で囁きました。
「え? バーベナ様のお相手ですか?」
うちに次ぐ公爵家のお嬢様ですよ、そんなの掃いて捨てるほどいるんじゃね? それにむしろこんなパーティーではなく正式に縁談として持ち込まれるんじゃないんですか?
「そう。縁談は次々に持ち込まれるけど、バーベナ嬢がどれも嫌だと拒否するらしくて、とうとう業を煮やしたお父上が『じゃあ直接選べ!』と言っとか」
「あ~……」
アルゲンテア父子の言い争いが、一瞬で想像できました。
旦那様も同じくだったようで、こっそり目を合わせて苦笑した私たちです。
しかし婚活でこんな立派な夜会とか……。一流貴族様って、やることスケールデカいね!
更新お待たせしてしまってすみません!
今日もありがとうございました(*^-^*)
手つなぎエスコートについては5/7の活動報告の小話に載っております。近いうちに裏説にUPしますね!
【追記】裏状況説明50話目『二人のかたち』としてUPしています。※話数は変動する予定あり
また、9/6の活動報告に小話を載せております♪ よろしければお立ち寄りくださいませ!