ロマンチストな旦那様
久しぶりの夜会の日がやってきました。
社交は旦那様がお留守の間に二度ほど参加しましたが、私的な夜会はバーベナ様の印象が強烈なあのアルゲンテア家の夜会以来です。って、またアルゲンテア家だ。パーティ好きですね。じゃなくて。これが一流お貴族様の本来あるべき姿ですね! たぶん見習うことはしないと思いますが。
今日も素敵に仕立てていただいたマダム・フルールのドレスを纏い、自分でいうのも未だ慣れない『ヴィオラ・サファイア』の首飾りと耳飾りを付け、装備はばっちりです!
いつものドレスよりも若干胸元が開き気味ですが、そこはヴィオラ・サファイアを強調するため……っ! ここは我慢しましょう。大丈夫、この貧相な私の胸元だってサファイアがカバーしてくれるんです!
衣装も完璧、メイクもオッケー。髪は、首飾りを引き立てるためにもアップにまとめます。これなら全方向から見れますよっ、ってね!
鏡に映る戦闘モードな私をいろんな角度から見ながら、
「広告塔に、私は、なるっ!」
グッと拳を握り気合を入れます。
「広告塔、ですか? ああ、サファイアのですね! そんな気合を入れなくても、奥様が身に付けているだけでも十分に宣伝ですよ」
おかしな気合いを入れたからか、身支度を手伝ってくれているステラリアが一瞬キョトンとしましたが、すぐに思い至ってクスクスと笑いだしました。
そんなステラリアを横目に見つつ、宝石商オーナーさんの渾身の作というサファイアのお飾りにこわごわ触れてみます。ヴィオラ・サファイアをふんだんに使用しているだけでなく、ダイアモンドも贅沢に使い、もうね、いろんな意味で重たいです。肩凝ります。
「今日の主役はサファイアですからね~。しっかりとアピールしてきます! ……じゃないとこのデコルテの開き具合がいたたまれない……」
いつもと違って結構開いた胸元を睨み、やっぱり恥ずかしくてこっそりと引き揚げたら、すかさずステラリアに元に戻されました。いいよいいよ、どうせきわどく開いてたって、ちらっとも見えるものないし。
「まあまあそう言わず。最後の仕上げにこれをつけましょうね」
ステラリアは微苦笑しながらそう言うと、最後は小声になる私の左手をとり、薬指に指輪を嵌めました。
それはたくさんの石がびっしりとはめ込まれたリングでした。
「うわー……すごーい」
あまりにたくさん石が嵌っているのと、そのグラデーションの美しさに、私は思わず感嘆の声をあげてしまいました。
「とっても素敵ですわね!」
「でもこんなの用意してたっけ?」
「あ~……、石が余ったらしいので……としか聞いておりませんが……」
「ふうん、そうだったのね」
ちょっと視線を逸らせて珍しく言い淀むステラリアですが、詳しいことは知らないんですね、きっと。
あまり深くツッコまずに、私は自分の指におさまった指輪をまじまじと見ました。
パッと見たところ石は三種類。ダイヤモンドにルビーにサファイアです。びっしりと隙間なくパヴェセッティングされた石は、ふっくらとしたラインを生み出しシンプルなのに重厚感すら感じさせます。この指輪一つ作るのに一体何個の石が使われてるんだろう? 縦には三……四列、かな? 横はとにかくぐるっと一周。すごい。数えられないや。
まあとにかくキラキラです。
重厚感があるのにマルチカラー使いでかわいらしさもある、そんな素敵リングにうっとりとなっていると、
「今日までに『ヴィオラの瞳』が採れなかったので、サファイアとピジョンブラッド、そしてダイヤモンドで作らせました。もちろんすべてご領地の最高級品でございます。同じ種類の石でも微妙に色に違いがありますのを、上手くグラデーションに利用して……」
ダリアが石の説明をしてくれましたが、後半はあまり興味がな……ではなく難しいお話だったので盛大に耳の中を滑っていきました。ダリアゴメン。でもとにかく、使われている石はとっても高価で、なおかつ繊細に選ばれたものだということはわかりました。
しかし何気にすべて自家生産……そして最高級品。公爵家領産の宝石はどれも最高級品だって前に聞きましたよね。うわ~、お値段考えただけでもクラッとしそう。
あ、待って。今身につけてる首飾りも耳飾りも、明らかに指輪よりもっと高価よね。
ちょ、私、ヤバいわ。歩く宝石箱みたいになってますよ!
自分の現状を把握して、自然と手が震えてくるのがわかる私は根っからの庶民派です。
さっきの戦闘モードはどこ行った。
鏡の前には、指輪が高価すぎてプルプル震えている私が映っていました。
なんとかお支度終えて階下に向かうと、旦那様はもうエントランスで待っていました。
「今日も何て素敵なんでしょう! こんなに美しいヴィオラを、夜会で大勢の眼に晒すのがもったいないくらいですよ」
「え、そうですか? では今日のお出かけは中止にしましょうか!」
「そうしましょう!」
「……何を言っておられるんですかお二人とも。そんなことできる訳がございませんでしょう。おふざけはそれくらいになさって、お出かけになりませんと。先代様たちは先に馬車でお待ちでございますよ」
「「はーい」」
ついつい二人で盛り上がってしまったら、ロータスに冷たくツッコまれ現実に引き戻されてしまいました。ちぇー。旦那様は行かなくてもいいって言ったのにな~。ロータスは甘くなかったな~。
対面早々わーっと寄って来て私の両手を取り、にっこりあまーい微笑みとあまーい言葉をささやいてきた今日の旦那様の衣装は青、ですね。やっぱり被せてきました。前回のように一部をリンクしたお揃いです。こっそりやりましたね、旦那様!
旦那様の今日の衣装を見ていると、ふと旦那様が握る手に違和感を感じました。
なんか固いものが当たってない? こんな感触、今まで感じたことなかったよなぁと思いつつ視線を下げると。
旦那様の指――しかも私と同じ指です――に、同じデザインの指輪をなさってるじゃありませんか!
そういやお飾りを仕立てる時にお揃いの指輪もどうのこうの言ってましたねえ。私は即却下したはずなんですけど。私の分だけと思いきや、ご自分の分までこっそり作らせてたんですね!
私の指輪はルビーとサファイアとダイヤモンドの三色使いだったのに対して、旦那様のはダイヤとサファイアだけのグラデーションで、男の人がつけても違和感ない、クールなデザインです。
旦那様の左手を目の前に持ってきてまじまじと観察する私を見て、
「あ、見つけましたか! 素敵に仕上がってますよね。いや~、あれからまたいいサファイアが出たんですけど、ちょっと小さいからどうしようかと考えたんですよ。それじゃあ同じような規格のものを使って指輪に仕立てようかということになりまして」
「……」
固まる私。ご機嫌な旦那様はさらに饒舌に。
「『ヴィオラの瞳』が出なかったのは残念なんですけどね、小さな石の活用法ができてよかったなぁと思います。……あれ? ヴィオラはお気に召しませんでしたか?」
「あー、いえ? かわいくて気に入ってます」
「それならよかったー」
無言かつじと目で旦那様の指輪と自分の指におさまっている指輪を見つめていると、旦那様がちょっと心配そうに見てきました。
気に入らなかったんじゃなくて『ココにもお揃いかぶせてきた!』って思ってただけですから。
ちらりと後ろに控えるステラリアに視線をやると、しれっと逸らされました。
あ、ステラリアはこのことを知ってて言い淀んでたんですね。知らなかったんじゃなくて知ってたからか。しっくりきました。
「これならシンプルですから、普段から嵌めていても邪魔にならないと思いますよ」
「いやいや、ぎっしり石が詰まってますから! 一個でも落としたらどうしようって気が気じゃありませんから!」
どこがシンプルだ。ぐるっと一周、しかも何列もびっしりと高価な宝石が嵌ってる指輪をシンプルって、どの口がゆーてる!!
高価な宝石を惜しげもなく使った指輪を日常使いにしろという旦那様に抗議をしたんですけど、
「そこはしっかりとした技術で外れないよう絶妙に計算されていますから、安心して付けてください」
あっさりと却下されました。これ以上詰め寄ると、今度は宝石商さんの技術を信じてないということになりますからねぇ……。ぐっ。
「それに、ヴィオラだけでなく僕もつけますよ」
「え? 旦那様もですか? こんなにぎっしりと石がついていたら、いくらしっかり石が留まっててもお仕事中は邪魔になりません?」
剣を握る時とかに邪魔になったりすると思うんですけど。
「僕の場合、仕事中はチェーンに通して首から下げておくつもりです。その方が安心ですからね」
「じゃあ私もそれで」
「いやいや、ヴィオラはぜひその指にしておいてください」
「? 指に何か意味でもあるんですか?」
「我が国ではなくてどこか遠つ国の言い伝えなんですがね、指輪をする位置によって意味が違ってくるそうで、左手薬指には『愛の進展を深める・愛の絆を深める』といった意味があるそうなんですよ」
「……」
「だから、ぜひ!」
ちょっと頬を染めてはにかみ微笑む旦那様が、やけにかわいいんですけど……。
ブンブン振ってる尻尾が見える気がして否とは言えないじゃないですか。
旦那様、うっすらとは感じてましたが、ものすごくロマンチスト?
すっかりお待たせいたしました!
読んでくださり、今日もありがとうございました(*^-^*)