修行は続くよどこまでも
相変わらず王都は雨が降ったりやんだり、曇ったり嵐になったりとグズグズした鬱陶しい天気が続いています。
鬱陶しい天気とともに、私の体術的なお稽古と脳みそ的なお勉強の日々が続いています。
体術といえば、少しお稽古が進化しました。
なんと、『武器』を使っちゃうんですね~。それも隠し武器、いわゆる暗器ってやつです。
「ロータスは剣術が得意なのよね?」
「はい。私の場合、暗器というよりは旦那様が持っておられるような普通の剣ですね。短剣なども扱いますが、それらはむしろベリスやカルタムの方が得意でございます」
「あ~何かわかる気がする~」
ベリスの場合スコップでも武器に変えちゃいそう。カルタムはやっぱり包丁投げたりするのかな?
二人が短剣を構えている姿を、勝手にスコップや包丁に置き換えて想像してニヤニヤしていると、
「奥様の場合、あくまでも護身でございますから、短剣でよろしゅうございます。それから、護身の剣術に関してはダリアに指導してもらうのがよろしいかと存じます。女性ならではの視点で教えてもらえますから」
そう言ってロータスは、練習用の短剣を手渡してきました。木でできているので怪我などもなさそうで安心です。
「そうね~。ロータスたちに教わったら、フツーに騎士様レベルになれそうな気がする」
「そこまでの必要はございませんから」
「はい」
ということで、護身の短剣術はダリア先生に習うことになりました。
基本は短剣ですが、
「いつでも暗器が出せるわけではありませんからね。そういう時は身近なものを代用するのですよ」
とダリアは言って、フォークやナイフといったカトラリー類、はては髪留めなどを使って身を守る練習もしました。『手にしたものは何でも武器にしろ』と教えられております。そうそう。お屋敷内では、ほうきという素敵日常アイテムも武器化できますよ☆
そして、増えたのは剣術だけじゃありません。
上手く逃げられなくて掴まってしまった時の対処法もやりました。
薬とかを使ってこられたら護身術って使えないじゃないですか。でもって、意識のないうちに縄でぐるぐる巻きにされているというのがオチです。女こどもって、縛られて連れ去られることが多いですからね。そこで『縄抜け』を。
そして連れ去られて監禁されました、牢屋のようなところです、ドアの鍵が見えますね、そういう時の『開錠技』。
それはわかるんだけど。
「用意、ドン!!」
「ひゃ~~~っ!!」
モリモリに盛装させられてからの廊下ダッシュまでやっております。もちろん靴はハイヒール。コの字になった公爵家本館の二階を端から端まで全力疾走は、いったい何のためでしょうか??
「すごいね~。自分護るの大変だわ」
がちょがちょと錠前をいじりながらこぼす私です。
鍵開けの得意な侍女さんたちにコツを教えてもらいながら、ちまちまと錠前相手に格闘中。もちろん道具は髪を結わえているピンです。常に非常事態を想定して訓練あるのみ! でもこれが結構面白くて地味にはまりそうです。これから暇な時間はパズル代わりにこれやろうかな。
「それだけ公爵夫人の立場が重いのですよ。でも護身術が明日の奥様を護る! 頑張りましょうね!」
愚痴る私を侍女さんはそう言って励ましてくれるけど。
「……確か、お飾りだったはずなんだけど。引き籠ってていいって言われたはずなんだけど」
『お飾り』ってのは契約更改で撤廃されちゃったけど、その他はいきてたはず。旦那様、あの契約はどこに行っちゃったんでしょうか?!
「どうかしましたか?」
「イエイエ、ナンデモゴザイマセ~ン。剣術も体術も頑張るぞ~。ああ、そう言えばロータスが剣を振ってるところ、ちょっと見たかったかも~」
ロータスが剣をふるってる姿、きっと素敵だろうなぁと思い口にしたのですが。
「ロータスは、何気に旦那様と互角なんですよ」
「うっそ!?」
さりげなくステラリアがすごいことを言いました。ロータス、旦那様と互角って……!
「旦那様、戦で敵の一個中隊を殲滅しちゃったってくらいお強いんですよね?」
「ええ、その旦那様と互角ですよ。旦那様、むしろ昔はロータスに負けっぱなしでさんざん悔しがってましたよ。今は若さと現役騎士様ということで、旦那様の方がお強いでしょうか……? いや、技術面ではやっぱりロータスがまだまだ上かしら」
ステラリアが乙女の様に頬を染めて、うっとりしています。やけに饒舌です。
「……何気にステラリアってばロータス贔屓ね……」
「あらやだ! おほほほほ!」
ニッコリ笑って誤魔化すステラリアです。
つーか、ロータスどんだけハイスペック……っ!! ロータスが剣術の師匠だったら、やっぱり私は騎士様化していたかも……ガクブル。ダリアでよかった。
両腕を縛られた状態からの縄抜け実戦練習。
私は何を目指しているんだろう。どこにたどり着くんだろう……。ちょっと遠い目になりました。いやいや、これも護身術! 自分のため、自分のため! ……ちょっと待って。王都って、そんなに危険だったっけ?
まあそれはいいとして。
もぞもぞと手を動かし、少しずつ縄目をほぐしていきます。
「難しいわ~……腕がおかしな角度に曲がってるから、肩が痛いし~」
ブツブツと文句を垂れながらも縄抜けの実戦練習です。
「あまり大きな動きはなさらないでくださいませ。腕も傷めますし、敵に勘付かれてしまいます。さあもうちょっとでございますよ。さすがは奥様、器用なだけあって縄抜けもお上手ですわ」
肩の痛さと動きの地味さにさじを投げそうになりますが、そこはステラリアに上手く持ち上げられます。
「え? そ、そうかな~。あは~。……がんばろっと。あ、できた」
「ほら! お上手ですわ! では次の縄目で」
そう言って今度は違う結び方で、また私を縛るステラリア。鼻歌交じりで楽しそうね、ステラリアさん?
「またかー」
そしてうんざり顔の私。あーもう、いろいろ辛いからさっさと抜けよう。
肩や腕の痛みから早く解放されたい私。
どんどん脱出時間が短くなってきました。
お勉強の方は、体術に比べてさりげなく進行中です。
というのも、先日の貴族年鑑のようにさり気なく、ホントにさり気なーくロータスが持ってくるんですよ。
ある時は本を持って、私の気を引く感じに(これが絶妙なんだなぁ~)うろうろしていたり、またある時は私の行く先に、とっても気になる感じでそっと置かれていたり。
「例の歴史書ですが、先日改訂されたそうで、ちょうど届いたところでございます。挿絵が増えて読みやすくなったそうでございますよ」
「なにそれ読みたい!」
先日旦那様が戦の前線から送ってきた麻袋。果物をいっぱいに詰めてその口をギュウギュウと縛っていたアレはその歴史書に載っている故事だそうで、マイナーだからあまり知られていないと旦那様は言ってました。挿絵が増えて読みやすくなったのなら読むしかないでしょ!
他にも『図解! 経済がわかる本』や『総天然色地図で見るフルール王国とその周辺国家』とかいう本が、さりげなく置かれたりした時もありました。ちょいちょいロータスの書いたと思われる領地の資料なんかも置かれています。もちろん挿絵付き。ロータス、何気に絵も上手いね。
……絵が入ってたらわかりやすいけどさぁ。
そんなこんなで日々は過ぎていく中、アルゲンテア家のパーティーに着ていくドレスと、『ヴィオラ・サファイア』(自分でいうのも恥ずかしいわっ!)を使ったお飾りも出来上がってきました。
「白を基調にしているから、ブルーが映えるな。ヴィオラのスタイルの良さを際立たせるデザインもいい。後ろの大きなリボンが、ヴィオラの可憐さによく似合っているね。素晴らしい出来栄えだ、マダム」
「ありがとうございます、公爵様」
「首飾りと耳飾りは、繊細なデザインで『ヴィオラ・サファイア』の美しさを最大限に引き出せていて、上出来だ。これなら十分宣伝になる」
「お気に召しまして、うれしゅうございます」
「ああ、石がまだ余っているなら指輪も作ろうか。そうだ、僕とヴィオラでお揃いというのは……」
「遠慮させていただきます」
「……そう?」
「はい!」
できあがってきたドレスとお飾りをつけて、旦那様の前でファッションショーやらされてます。
ドレスとお飾りの出来栄えに、上機嫌な旦那様。
「胸元は何もないから『ヴィオラ・サファイア』の首飾りがよく映えるね。でもバックスタイルの大きなリボンがヴィオラのかわいらしさを引き立てていていいね。ヴィー、もう一回後姿を見せてみて」
「はい」
長い足を優雅に組んでソファーに座る旦那様の前で、くるくる回る私。バックの大きなリボンがいたくお気に召した旦那様に、何度もターンさせられてます。目、まわるわっ!
なんでマダム、旦那様のいる時間にドレスを持ってくるんですか!
旦那様はドレスとお飾りの出来にご満悦、マダムと宝石商オーナーさんは旦那様からのお褒めの言葉でご満悦です。旦那様ってば、またしれっとお揃いを作ろうとしてましたね。今回は旦那様の衣装とがっつりお揃いじゃないから、どこかにリンクを持たせたいようです。まあ旦那様のことですから、きっとどこかに取り入れてくるでしょうが。
ヴィオラ・サファイアのお飾りは完成、ドレスも微調整を終え、あとはパーティーに行くだけになりました。
今日もありがとうございました(*^-^*)
作者、体術も剣術も縄抜けもやったことありません。こんな感じね~、と温かくスルーしてやってくださいませ。