勉強になりました
「でや~っ!!」
「おっと」
私の勇ましい(?)掛け声とともに、カルタムが宙を舞います。
投げ飛ばされてる割には全然余裕で、着地と同時に一回転すると、何事もなかったかのようにスタッっと立ち上がられましたが。
「……渾身の一投だったのに……」
「ははははは!」
膝に手をつきゼーハーゼーハと肩で息をする私と、いつもと変わらぬ余裕の笑顔のカルタム。むむー。
ベリスとステラリアの特訓のおかげで、とりあえず前から襲ってきた相手を投げることはできるようになりました。まるっと一日かかりましたが。
でもまだベリスは無理です。ガタイが良すぎます。でも男の人は投げ飛ばせた方がいいよね、ということで、カルタムを招集してきました。
なぜかって?
一般的に、襲ってくるのは男の人ですよ。そして男の人を投げ飛ばせたら、女の人なら余裕でしょ? カルタムは成人男性の平均的なスタイルなので、白羽の矢がぶっ刺さったのです。それでも細マッチョですから、投げるのに苦労しました。
「僕はマダ~ムが投げ飛ばすと判っているから対応できましたけど、訓練された人でもなけりゃダメージは喰らいますよ~。一日でこれだけ上達できれば上等上等。マダ~ムの投げ技、素晴らしいです!」
カルタムに甘い微笑みで褒めてもらいました。でも全然ダメージ喰らってない人に言われても、素直にうれしいとは思えなんだけど。
「普通の貴族のお坊ちゃんだったら伸びてるかもしれませんね」
ベリスもそう言ってます。そ、そう? そうかな?
しかし、体術ってダンスよりも体力使いますのでかなり疲れました。向かってきたのを受け止めて投げ飛ばす簡単な作業だと聞いていたのですが、あれは嘘だったんですね。完全に騙されましたよすっごい疲れましたよ。ダンスと違うのは精神的な疲労がないところくらい。う~ん、素直にダンスのレッスンするのと、どっちが良かったんだろうか……?
何も考えずにひたすら投げる・転がる(受け身の練習)。笑顔の仮面なんてつけなくていい分、体術の練習の方が楽かな?
「へっへっへ~。カルタムにもベリスにも褒められたし、私ってばなかなかなんじゃない~?」
それでもいちおう褒めてもらったので、調子に乗った私はドヤ顔してたんですが、
「でもこれは基本中の基本、真正面から襲われた時の対処法です。むしろ正面より背後や横手からくる方が多いですよ」
「あ」
ベリスめ~、珍しく長文しゃべったと思ったら、さらりとそんなこと言いやがりました! ふう。そうか、これはまだ基本の基本だったのか……。
「一朝一夕にはできませんから、少しずつ身に付けていきましょうね!」
私が明らかに遠い目になったのを見て、ステラリアがすかさずフォロー入れてくれますが、でも「ここで終わりです」とは言ってくれません。あ~これ、お稽古が当分続くパターンよね。
うちの使用人さんたちですからね、ここで「基本もできたし、もうやらなくていいよ!」という選択肢はくれないことを、私はこれまでの生活でいやというほど理解しています。
むしろ「基本ができたら応用、応用ができたら極めろ奥義!」となることが目に見えてますから。こんなところにまでプロフェッショナル魂見せなくてもと、私は声を大にして言いたい。
でもチキンな私。そしてレジスタンスを起こしても、上手いこと言いくるめられるのが関の山。
「……少しずつなら頑張れます」
そんな返事しかできない私を責めないで。
それから旦那様が帰ってくるまで、エステ隊によりしっかり揉みほぐされ癒された私でした。それでも普段使わない筋肉をいっぱい使ったから、やっぱり筋肉痛は免れませんでした。いてて。
次の日は雨ではありませんでした。
薄曇りの、それでも鬱陶しい天気ですが雨よりいいです。昨日の体術の練習のせいで筋肉痛に陥ってる私に、今日も体術だ~ダンスだ~と言われても、どんな拷問だよこれとしかなりませんからね!
とりあえず今日が雨でないことにホッとしつつ、いつも通り旦那様を見送ったあと、サロンでお茶を飲みながら今日やることを考えます。
「昨日はお花を替えてあげられなかったから、今日はまずお花を飾ることからしようかな~。……今日はあんまり動きたくない」
「まあまあ、奥様。お花を替えるのはよろしゅうございますね~! 気分も明るくなりますし~。ベリスも、今日は温室にいるでしょう」
「今日はね。昨日は私の体術の稽古につきっきりだったもんね」
「ソウデスネ~」
私の世話係は一旦お休み中、今は話し相手のミモザを見ているとお屋敷に飾っている花のことが思い出されたので、まずはそこからやろうと決めました。
ミモザとステラリアを連れて温室に向かおうとサロンの扉を開けた時、ちょうどばったりロータスに出会いました。
「あら、ロータス。それは何?」
ロータスは分厚い上に豪華な装丁の本をその両腕に抱えていたのです。
紺色の本で、表紙や背表紙に金字でタイトルか何か書かれていますが、ぱっと見ただけでは読みにくい装飾文字で書かれていたので、手っ取り早く私はロータスに尋ねました。
「こちらは新しく作り直された貴族年鑑でございます。先程王宮から届けられたところなので、図書室に運ぶところでございました」
そう言ってロータスが見せてくれたのは、フルール王国の各貴族の爵位や名前、役職や血縁関係を網羅した本でした。公爵と侯爵には配布され、それ以下のお貴族様には配られない貴重な本です。伯爵以下が読みたい時は、王宮図書館に行かないといけないアレです。
私もいろいろな理由から(決して興味ないからとかじゃないですからねっ!)、これを見るのは初めてです。実家の父曰く「文字ばっかりでつまらん」らしいですが。
フィサリス家は公爵だから、こうして配布されるんですね。
「結構な分厚さねぇ! 重そう」
私の親指から中指までをいっぱいいっぱいに伸ばしても、それでも足りない厚みに感心して見ていると、
「今年から肖像画付きになったそうなので、その分ページが増えてしまってこのように『太った』らしいですよ」
ロータスが微苦笑しながら言いました。あら、文字だけでつまらんというお父様の声が届いたのかしら。
「これまでは文字ばっかりだったのよね?」
「そうでございます。これまでのように文字ばかりだと、顔と名前が一致しないと不評だったのと、肖像画付きになることで、貴族を騙る不届き者を撲滅する目的だそうでございますよ」
不満を言ってたのはお父様だけじゃなかったのね。って、そうじゃないか。
ごくたまーにですが、めったに王都や社交界に出てこないような貴族の名を騙った詐欺事件とかがあるらしいですからね。確かに肖像画がついてる方がいいですよね! いい仕事しましたね、編纂委員会さん!
「肖像画付きなんですね~。ちょっと見てみたいかも!」
国内の貴族を網羅しているんですから、当然旦那様の肖像画も載ってるということですよ。今まで貴族年鑑なんてどうでもいいもの(あ、言っちゃった!)見たいなんてこれっぽっちも思ったことなかったんですけど、あのキラキラお美しい旦那様が、どんな風に描かれているのか興味が出たのでロータスにお願いすると、
「ええ、どうぞご覧になってください。国内で一番腕がいいと言われている絵師が肖像画を描いておりますから、それだけでも見応えはあると思いますよ。図書室に運びますので、よろしければそちらでどうぞ」
と快諾してくれたのはいいんですけど、何か今、ちょっとニヤリとしませんでした?
「?」
「どうなさいました奥様?」
「いえっ! ナンデモナイデス行きましょう!」
思わずロータスの顔をまじまじと見ましたが、いつも通りの微笑みですね。うん、きっと見間違いだ。
「うお~!! 旦那様、ちょーかっこいい!! この絵師さん、すごくいい腕なさってますね~! 旦那様のキラキラ加減が上手く表現されてますよ!」
「先代様も素敵ですわね~」
「あ、うちのお父様、ちょっと美化されてるっ!?」
ただいま図書室で三人、新しくできたばかりの貴族年鑑を見て盛り上がっております。
フィサリス公爵家はもちろんトップバッターで、その当主である旦那様の肖像画が、堂々最初のページに載ってるわけですよ!
それがまた、超美形の旦那様の容姿を余すことなく描き切ってるんですよ! 年鑑なんかにしておくのはもったいない、切り取って部屋に飾るお嬢様方が出るんじゃないかと思われるくらいのできなんですよ! ……あまりの上手さに力説してしまいました。え、私? 飾りませんよ? だってご本人がすぐそこにいるのでお腹いっぱいですもん。
「アイリス様のお父様って、こんな方だったのね~」
「サングイネア侯爵様ですね~」
「お嬢様、お父様によく似ておいでですわね。特に眼元が」
などなど。三人でキャッキャと盛り上がりながらどんどんページを繰って行きます。
「旦那様や実家の父を見る限り、肖像画とご本人がかけ離れてるってことはなさそうね」
「そうですね。この絵師様、見たままを忠実に、しかしいい雰囲気に描いてくれるということで今王都で一番人気があって、そこらじゅうで引っ張りだこなんですよ。先日は王妃様がお召しになられて、ご自分の肖像画を描かせておいででしたわ」
ふむふむ。美形はそのままの美しさを、そして『フツメン』は『雰囲気イケメン』にする技量ですか! かくいううちのお父様も、その恩恵にあずかってる一人ですけどね。
「さっすがステラリアね! 社交界での流行から王宮のことまでよく知ってるわ~」
「王都の情報は任せておいてくださいませ! 知りたいことがあれば何でもお答えいたしますわ!」
ステラリアの情報通ぶりに、私は感心しきりです。
肖像画のおかげか、私たちは飽きることなく貴族年鑑を読破し、主要なお貴族様の顔と名前が一致しました。ほんと、肖像画付きの年鑑は素晴らしいね!
今日もありがとうございました(*^-^*)