新たに学ぶのは
アルゲンテア家の夜会に着ていくドレスもお飾りも決まり、あとはできあがってくるのを待つばかりです。
『一週間後にお持ちいたしますわ』とマダムも宝石商のオーナーも言ってました。今回は妥当な製作日数です。旅行前の発注がおかしかったんですよ。
そして数日後。
今日は朝から雨が降っています。
ええ、年二回の雨季がやってきたんですね~これが。色々憂鬱な時期です。
カーテンが開け放たれた窓の向こうが薄暗いとわかると、朝からテンションダダ下がりです。ザーザーと音が聞こえてたら、もう一度お布団を頭からひっかぶって二度寝したい気分に駆られます。そんなにいやなら仮病を使ってサボればいいのでしょうが、そんなことをした日にゃ周りが大騒ぎするので(病気だ~医者だ~お薬だ~と騒ぐ人が約一名いますからね!)、迷惑をかけないためにもちゃんと起きる私ってばいい子! ……誰も褒めてくれないので、テンション上げるためにも自分で褒めておきました。
いつもと違ってのろのろしている私に、
「おはようございます奥様。今日は生憎の雨でございますね」
ダリアは苦笑いです。バレてます。
「雨ですねぇ……」
のそのそとベッドから降り、ステラリアの待つドレッサーに向かいます。身支度しないと、朝ごはんが遅くなってしまいます。遅れたらまた約一名が大さわ……以下略。
「まあまあ、そう気分を落とさずに。今日は明るいお色味にいたしましょうね!」
そう言ってステラリアが、衣裳部屋からオレンジのワンピースを持ってきてくれました。ひざ下丈の上品だけどかわいらしいデザイン。お仕着せと同じくらいの長さで、動きやすくてこのデザインは私のお気に入りです。色とデザインで、ちょっとテンションアップです。
髪を二つに分けてゆるく編んでもらうと、良妻スタイルの完成。
そしていつも通りの時間にダイニングに行き、いつも通り旦那様と朝食をとりました。大丈夫、誰かさんが大騒ぎすることなく、つつがなくいつも通りです。
そう言えば、旦那様の制服が変わりましたね。デザインではなく色ですが。
特務師団の時はジャケットが紺色でしたが、近衛はえんじ色なのです。セロシア様から教えていただいたとおりでしたね。
真新しい制服をピシッと着こなしている旦那様は、とっても素敵です。臙脂もよくお似合いですね! いいなぁ、何を着ても似合うって。
旦那様を送り出して。
エントランスの外まで旦那様をお見送りしたロータスが戻ってきて。
「奥様」
ビクーッ!
ロータスが私を呼んだだけですが、びくついてしまいました。きたよ、レッスンのお誘いがっ!
「は、は~い。レッスンですよね、ダンスですよね、ガンバリマスヨ~! ハハハハハ~」
私の頭の中で、フルール王国の童謡のひとつ、仔牛が市場に売られていくところを歌ったという切ない歌がリフレインしています。ええ、気分は仔牛。
私の態度が明らかに嫌そうに見えたのでしょう、
「そんなに力まなくても……」
ロータスがクスクス笑っています。いやいや、アナタ鬼ですから。容赦ないですから。でも、私の『いちおうダンスできます☆』レベルを、人様に褒めていただけるレベルにまで引き上げていただいたことは大感謝してますよ!!
「大丈夫です! 今日もガンバリマス!」
自分に気合を入れるつもりでグッと拳を握っていたのですが、
「ふふふ。では今日は違ったことをしますか?」
まだおかしそうに笑うロータスが、そう提案してきました。
違ったこと? まさかのウォーキング?
先日のピエドラでのことを思い出しながら聞き返したのですが、
「いいえ、違います。体術でございます」
ニッコリ。ロータスは思いもしなかった選択肢を出してきました。
「体術? えーと、投げたり倒したり打ち付けたりぶつかっていったりっていう、アレですか?」
「やけにアグレッシブですね」
旦那様がゴロツキを退治した時に見せたアレですよね。それを私が学んで、どうせいと?
素早いツッコミを見せたロータスですが、体術を習うという意図がイマイチよくわからなくてキョトンとしていると、苦笑いを引っ込め、
「この先公爵夫人として外に出る機会が増えますと、その分危険も増えるということになります。旦那様や護衛がお側にいる時ならば安心ですが、何らかの事情で奥様一人になった時、奥様は自分で自分を護らなければなりません」
ロータスが懇切丁寧に説明してくれました。なるほどなるほど。そういう時のための体術なんですね、と感心しながら聞いてしまいましたが。
「ふむふむ。あ、でもそんなに外出する機会なんて――」
増やすつもりがないので否定しようとしたのですが。
「増えるかもしれませんよね」
「――あ、はい、ソウデスネ」
失敗しました。
ロータスのいい笑顔に屈服しました。威圧感パネエです。
素直に(?)納得した私を満足そうに見てから、ロータスは続けました。
「もしもの時に備えておくことも大事でございます。ダンスはもはや私が教えることもなくなってきたくらいに奥様は上達されましたから、次は護身術を身に付けるということをやっていくのでいかがでしょう?」
ニッコリ。……今日のロータスは笑顔押しできますね。逆らえない。
「そ、そうね。目先が変わって楽しいかも?」
「適当な侍女を相手に、初歩から学ばれてはいかがでしょう」
「あ、侍女さんが先生?」
ロータスが先生じゃないとわかった途端、私は二パッと微笑んでしまいました。侍女さんならロータスみたいに鬼しごきはしないでしょうからね!
「はい。でしたらやはりここはステラリアが適任でしょう。それから、体術はベリスが得意としていますから、ベリスに監督してもらいましょう」
ロータスは考えながら、体術の先生を選び出していきます。ベリスね。うん、ガタイもいいし力持ちだし、体術得意そうだ!
「はーい。あ、でもロータスは得意じゃないの?」
ロータスにできないことなんてなさそうですが、いちおう聞いてみました。
「ええ、いちおうできますが、どちらかといえば私は剣術の方が得意ですね」
「うん、剣術、激似合ってると思います!!」
背筋をピンと伸ばして、剣を構えるロータスの姿が目に浮かびます。うわ、カッコイイかも!
さっそくサロンに行って練習開始です。練習に邪魔になるソファーやテーブルは、壁際にお片付けされています。大理石の床には、転んでも投げられても大丈夫なように二重三重に毛足の長いカーペットが敷かれて準備万端です。
「とりあえず、ご自分の力で投げ飛ばそうと思わないでください。襲ってきた相手の力を利用するんです」
「はい! 先生!」
まずはレクチャーから。
ロータスに代わってベリスが説明してくれます。
実家にいた頃は体術なんて要りませんでしたから(だって狙われることなんてなかったもん☆)、ほんとに初歩から教えてもらっています。
そして実演。
ベリスがステラリアに襲い掛かる。ステラリアは襲い掛かってきたベリスの手を掴み、身体を上手く沈ませて背負い投げ。ちなみにベリスは華麗なる受け身で無傷ですよ。
それを感心しながら見る私。
ステラリアは事もなげにやってのけましたが、はて、私にできるでしょうか??
「質問! ベリス先生!」
「……なんでしょうか?」
「後ろから襲われた時はどうするんですか?」
「その時の対処法も教えますし、体術だけでなく暗器を使った練習などもありますから、どれかで応戦すればいいです」
「暗器!!」
しれっと出てきましたよ、暗器ですとな! まあ隠し武器ですよね。
「屋敷にいる使用人は、もちろんそれぞれ身に付けてます」
「知らなかった!!」
マジすか。ちょっとびっくり(いやかなり)なカミングアウトです。
「公爵家のお仕着せのスカートが他のお家より少し長めなのは、暗器を太もものところに隠しているからですわ」
ベリスの話を受けて、ステラリアが補足しました。そうなんだ、公爵家のお仕着せって、他のおうちよりも長いんだ! そんなの見たことないから知らないですよ。
「そんなのちっとも知りませんでしたよセクシーですねっ!」
「ツッコミどころはそこじゃありませんが……。ちなみに、お仕えしている侍女は全員短剣をいつも忍ばせておりますわ」
「おお~っ!」
いつもみなさん明るく楽しくお仕事している風に見せて、こっそり凶器を隠し持ってたんですね!
いざという時にはサッとスカートをまくって短剣を構える……っ!! きゃ~! ナニソレメチャクチャカッコイイっ!! ……スミマセン、興奮してしまいました。
いやいや。初めて知ることばかりで驚きっぱなしの私です。
「どの使用人も、体術・剣術どれもばっちり師範代レベルですから、いつ何時敵が襲ってきてもしっかり奥様をお護りすることができますからご安心くださいませね!」
ニコッとかわいらしく笑っているステラリアですが、言ってる内容はものそい勇ましいです男前です惚れてまうがな。つーか、どこまでハイスペックなんでしょ、公爵家の使用人さんたち……。
「とりあえずは練習しましょうか。まずは基本の受け身から……」
そう言ってベリス先生監督の下、ステラリア相手に初歩から教えてもらった私です。
いつかベリスを投げ飛ばせる日は来るのでしょうか?
今日もありがとうございました(*^-^*)
作者は体術とかを習ったことがないので、こんな感じなんだな~と流してやってください。