異動するそうです
お仕事から帰って来るやいなや、
「異動することになりました」
って言いましたね、旦那様!
確か、先の帰還の儀で昇進していましたが、異動はどういうことでしょう? 出世でしょうか。でもそもそも一個師団の団長様ですから、次はもっと上……あ、軍部のことヨクワカリマセン。
突然の異動発言に私はぽかんとなりましたが、ロータスたちだって面食らっているようです。さすがのロータスもこのことは知らなかったみたいですね。
私たちがぽかんとしている間も、旦那様の『聞いて聞いて』オーラが全開です。
「特務師団ではなくなるのですか?」
気を取り直し、私が代表して聞きました。
「そうです。次は近衛所属になります」
「え?! 近衛、ですか??」
「はい」
異動先は近衛隊だそうです。
近衛隊というのは主に国王様以下王族方の身辺の警護、王宮の警備などを主に請け負う部隊です。これまで旦那様が所属していた特務師団や実働部隊とは異なる系統にあります。要人警護が常ですし、王宮は文字通り最後の砦なので、騎士としての腕だけでなく頭脳も要る精鋭集団ということは、いろいろ難しいことに興味のな……ではなく、わからない私でも知っています。
なんと、そこに異動ですとな!
部下のみなさんが口をそろえて『仕事は優秀』と言っていたのは、どうやら本当だったのですねぇ。あ、いや、確かに旦那様強いですよね! ピエドラで目の当たりにしました。
「近衛隊の副隊長になりました」
特務師団の団長さんだったのに、次は副隊長さんなんですね? 階級とか役職名がイマイチぴんとこないんですが、とりあえず近衛の副隊長は特務の団長より上なんですね。う~ん、あとでロータスに聞いて勉強しとかなくちゃ。
「そうなんですか。でも、急ですね」
「そうでもないですよ。戦から帰ってきてソッコーお願いしましたから」
「へ?」
休暇から帰ってきて出仕一日目が異動の辞令って、急じゃね? と思って旦那様に聞いたんですが、旦那様が事もなげに言った言葉に、また私がぽかんとなってしまいました。
「休暇の前に、陛下や上司たちに異動をお願いしておいたんです。いや~、まじめに労いの宴に参加した甲斐があったというものですよ!」
あはは、と白い歯を見せて爽やかに笑う旦那様ですが、それって、戦から王都に帰還した日、まじめに王宮の行事に参加してきたあの日のことですよね?
いつもの旦那様だったら、めんどくさい行事は『疲れてますから~』とか言ってすっぽかしていたところを、なぜかあの日はちゃんと参加してきて、私や義両親、そしてロータスやダリアまでもを驚かせたという。
戦に出て一回り成長して帰って来たんだなぁと思ったんですけど、異動のお願いしてたんですかっ!!
呆気にとられて旦那様を見ている私に。
「近衛になると、よほどのことがない限り王都から、いや、ヴィオラから離れることはありませんからね!」
もうね、めちゃくちゃ凛々しくそんな事を言いきられてもですね……。
「さっき言ったことは間違ってないんですけどね」
とりあえずサロンに場所を移して。
ソファーでいつものポジション――はい、旦那様と密接して座ってます――に落ち着きました。異動について説明してくださるようです。
って、王都から離れたくないんですか! 近衛志願の理由はそこなのか!!
そうだ、旦那様ってこんな人だったよと思っていると、
「真面目な話をすると、今回の戦で僕たち特務は敵領内で結構動き回ったので、面割れしている可能性がある。……まあ、そんなヘマをするわけないですけどね。いちおう上司にはそう言っておきました。そして同じメンツが長いこと諜報活動をしているのは、面割れするリスクなども考えてあまりよくないというのも。それを含めてそろそろ異動時期じゃないですかね、とお願いしたんですよ。特務みんなで」
ちょっと真面目な顔をした旦那様が、ちゃんとした理由を説明してくださいました。よかった。王都離れたくないからとか上奏してたらどうしようかと思いましたよ。
「特務のみなさんで?」
「はい! 今の特務のメンツは僕と一緒に、結構長いことこの職務についていますからね。僕たちのお願いはすんなりと聞いていただけたようで、陛下も兵部卿も、騎士団長もすぐさまオッケーくださいました」
何でだろう。お酒を持った特務のみなさんが、上司の方々のところにどーぞどーぞと言ってお酌している場面が浮かんできたのですが……。そ、そんなことないよねっ!
「そうだったんですか」
「これまでの特務師団はまるっと近衛隊の傘下に入りました。新しく部署ができましてね、国内情勢などを調査するのが僕たちの仕事です。これまで対外国だったのが、これからは対国内ということに代わっただけです」
「では、ユリダリス様やお姉様方も近衛に?」
「はい、また一緒です。……もはや腐れ縁に近くなってきていますが」
「そうですか!」
ユリダリス様やお姉様方、そして部下のみなさんとても楽しいいい人ばかりなので、散り散りになったら寂しいなと思っていたのですが、杞憂でした! 旦那様も口ではああいってますが、本当はうれしんじゃないですかね。苦笑いですし。
元特務師団のみなさんがまた一緒ということにホッとしていると、旦那様がああ、そうだと言って、
「でも表向きは近衛の王宮警備隊ということですので、今の話は内緒ですよ」
ニヤリと笑うその顔が黒いですよ! マジか。また話していいギリギリのところまでしゃべったんですか、旦那様!!
「ちょ、まって?! かなりディープなこと聞いちゃったんですか私?!」
「ヴィオラなら大丈夫ですよ!」
「ヘビーです~~~!!!」
信用してもらっているのはうれしいですが、そんなディープなことまで私に話さなくていいですっ!
ぐったりする私に反して、どこまでも爽やかな旦那様。
「ということで、王宮が僕たちの仕事場になりましたから、今までみたいに遠征や出張といって長期で屋敷を空ける、いや、ヴィオラを一人にしておくことはなくなりましたよ! いや~、お利口に行事に参加していてよかったです」
「何かが違う……」
「え?」
「い、いえ」
「でもまあ後々兵部卿になるためには、このコースに乗っておかないといけないんでね」
そこまで計算済みだったんですか! すごいね、旦那様!
そういえば、お義父様は引退するまで兵部卿でした。引退してからは非公式ですが辺境伯的なことをやってますが。
フィサリス家は軍事的なことで王家を支えているそうです。ちなみに内政的なことはアルゲンテア家が支えています。今の宰相様はセロシア様やバーベナ様のお父様で、アルゲンテア現当主様です。
「遠征や出張がないのは、宰相様や文官様でも同じでは?」
そんなにお屋敷を空けたくないのなら、文官に転職(というのかしら?)というのもありなんじゃね? と旦那様に聞けば。
「宰相や文官は、陛下のご機嫌取りもしないといけないじゃないですかメンドクサイ。僕はノーサンキューですね。そういうのはセロシアたちが適任です」
「ソウデスカ」
旦那様、ぶっちゃけすぎですよ。
「あ、それから。旅行から帰ってきて早々で申し訳ないんですが、アルゲンテア家でパーティーがあるそうなので、それに参加しないといけなくなりました」
突然の異動のお話が一段落したところ、私が納得したなというところで、旦那様はもう一つのお話を切り出しました。
「え?」
マジすか。異動の次はパーティーですか。
「今回あまり行く気はなかったんですがね『異動のお披露目も兼ねて来い』と、セロシアから言われまして……」
私が明らかにビクッとしたのに気が付いた旦那様は苦笑いをしています。
そっかー、異動のお披露目って言われたら仕方ないですよねぇ。しかもセロシア様からの直々のお誘いなら仕方ないですよねぇ……。
「……それはお断りできませんデスネ」
渋々ですが私が了承すると、
「そうなんですよ! ですから、僕の就任お披露目はともかく、ヴィオラ・サファイアのお披露目と思って出ることにしました!」
旦那様がにっこりと微笑みました。
「……はい」
私はげんなり。旦那様? むしろ後者が本音でしょ!
行く気はなかったとか言ってたくせに、
「パーティーは三週間後です。今回はドレスや飾りを仕立てるにも余裕がありますね! 明日にでも早速マダム・フルールを呼ぼう。宝石商も、とりあえずはサンプルに持ち帰ったものでいいから、いつものところでヴィオラ・サファイアを仕立ててもらおうか。ロータス、手配を頼む」
嬉々としてロータスに指示していますよ。
「かしこまりました」
「鉱山の方には『ヴィオラの瞳』が出たらすぐに届けるように伝えておけ」
「すでに伝えております」
「さすがだな」
ほんとこの人たち、仕事早いね。
次の日。
マダムいつものように穏やかな笑みを浮かべてやってきました。
「公爵様から、奥様の瞳のように美しいサファイアに合うドレスを仕立てて欲しいとご注文をいただきましたわ」
なにそのこっぱずかしい注文は!! 旦那様~!! もっと普通の注文出しましょうよ?
旦那様の恥ずかしい注文に目が点になっている私の横では、
「こちらがそのサファイアでございます。『ヴィオラ・サファイア』と名付けられておりまして、今度の夜会でお披露目する予定でございます」
ダリアがしれっとサファイアをマダムに見せています。あ~またヴィオラ・サファイアが広まってしまった……。
マダムは繊細な手つきでサファイアを手に取ると、
「これはなかなか美事なサファイアですわね! 質といい大きさといい、こんなに高品質のものは滅多にお目にかかれないですわ。さすがは奥様の名前を冠したサファイアですこと!」
べた褒めです。聞いてるこっちが恥ずかしいです。いやね、サファイアは綺麗ですよ? それは間違いない。でも、私の名前がそれを台無しにしてる気がするのですが。誰かそろそろ止めてよ気付こうよ。
今日はダリアとステラリア、そしてミモザがドレスの意匠を打ち合わせています。こういうことには執念を燃やすミモザですからね!
主にマダムとミモザ、ステラリアが話しています。
「青いドレスは……初めて奥様のドレスをお仕立てさせていただいた時が、水色のものでございましたね」
あ~、あのオプション発言したあの夜会ですね。
「ええ! あのドレスもすっごく素敵でしたわ~!」
うっとりとした顔つきになるミモザです。確かにあのドレスも素敵でした。私のツルペタ体型をもカバーして、スタイルよく見せる手腕とか!
「では、今回はサファイアブルーを、メインではなくアクセントとして使う方がいいでしょうか?」
ステラリアが考えながら言っています。もう意匠を想像しているのでしょうか。
「そうですね、さすがリアさん! ……あ、すみません!」
心酔するステラリアを呼び捨てすることができないミモザは、ダリアとステラリアにキッと睨まれて小さくなっています。
「奥様がシンプルなドレスをお好みで、それが結構新鮮だったものですから、最近では『ヴィオラ様が着ていたドレスと同じようなものを』という注文が多いんですのよ」
おほほほほ、とマダムが笑って言います。
「今まではどちらかというと盛り系の、華やかなドレスが流行っていましたものね」
さすがはこの間まで宮廷女官をしていたステラリアです。社交界の流行などにも詳しいのでしょうね。
「奥様のお好みとは真逆ですね~」
「ですから、今の流行はシンプルなドレスなんですよ」
盛り盛りのドレスはちょっと好みとは違うので、シンプルが流行るのはうれしいかもですね。
「いや、流行ろうが廃ろうが、むしろいつまでもシンプルでいいです」
「まあ! おほほほほ」
楽しそうに笑われてしまいました。おかしい。
結局、ドレスは白をベースに、サファイアブルーをアクセントにするということで決まりました。もちろんいつも通りシンプル・イズ・ザ・ベストです。
「少し胸元は開きますが、そこはお飾りを目立たせるためと我慢ですわ、奥様」
「ドレープをたくさんとったスカートにはサファイアブルーの花をちりばめアクセントに。バックスタイルは大きなリボンでキュートにしましょう~!」
ミモザとステラリアの注文を聞きながら、今日も鮮やかな手つきでサラサラっとドレスのデザイン画を描き上げたマダムでした。
意匠を決めてマダムが帰って行ったあとすぐ、宝石商のオーナーさんがやってきました。
こちらはマダムよりもさらに上機嫌です。
「まだお披露目されていない貴重なサファイアをわたくしめに預けていただけるなんて、光栄の極みでございます!!」
ということでした。
「これはまた、上質なサファイアでございますね……! 奥様のお名前を冠しているとあれば、欲しがる人が後を絶たないでしょうねぇ!」
マダムとは違い本格的な石の鑑定をしながら、オーナーさんはため息をついています。
「これよりも上質のものが採れる予定です」
しれっとダリアが言ってますが。採れるかどうかわからないのに……。
「これより上質が採れるとは! 楽しみにしておりますよ」
しかしオーナーさんはうれしそうに目を瞠っています。そんな、期待させちゃだめだよ~。
「その時には意匠変更をお願いするかもしれません」
「喜んでお受けいたしましょう!」
いいの? オーナーさん、軽いね!
今回も大まかなドレスの意匠に合わせてお飾りの意匠を決めました。
社交は相変わらず苦手ですが、いやだきらいだと言ってられなくなってきていますので、頑張らせていただきます……。社交、結婚当初はオプションだったのになぁ。(遠い目)
今日もありがとうございました(*^-^*)